勇者に焦がれて   作:勇者万歳!

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彼女たちはそれでも

 三体のバーテックスを撃退してから2週間が経った。

須美、園子、銀の三人は神樹様の御力もあり無事回復し、学校にも復帰。

バーテックスの襲撃もなく、平和な時間が過ぎていった。

 

 ただ……唯一、可夢偉 真の姿だけはソコになかった。

 

 ずっと家の事情で休校とだけ告げられ、同じ勇者であるはずの三人に何の説明もなく。

三人は四国中を探し回った。車を動かしてもらい、電車を使い、走り回って。

 だが見つかることはなかった。

自分達で出来ることに限界がある。人一人を見つけるには、もっと大勢の人間が必要だ。

必然と頼る人は、決まっていった。

 

「先生、お話があります」

 

 放課後三人は、揃って担任の安芸先生へ赴いた。

大赦と勇者の間に居て、きっと色々忙しい立場に居る人。

そんな人だからこそきっと自分たちが知らないことを知っているはずだ、と。

 真剣な三人を見て、暫く無言でいた彼女だったが……諦めた様に息を吐く。

 

「はぁ……ついてきなさい」

 

 先生の車に乗せられ、向かった先は一軒の家。

表札は『可夢偉』、彼の家だった。

先生が(・・・)カギを取り出し、開いた先にあったのは、余りにも簡素な内装。

器やコップなど最小限しかなく、一家族が住んでいるというより一人暮らしの家といわれた方がまたしっくりくる。

 

「ここが、むいむいのお家?」

「いや、おかしいでしょ……」

 

 この中で一番庶民に近い生活を送っている銀が断言できる程、生活感の無い家。

二階には彼の部屋と思われる場所もあったが、そこにはベッドと小さな机があるだけ。

どういうことなんだと、先生を問い詰めることも出来ず呆然とする。

 

「……貴女たちは、彼から家族の話を聞いたかしら」

「いえ、忙しいとだけ……嘘だったん、でしょう、か」

「いえ……そうね、生みの親と呼べる存在は四六時中忙しいから、間違ってはいないわ」

「生みの親と、呼べる存在(・・)?」

 

 ぽつぽつと先生が語りだしたのは、衝撃的な事実だった。

 

「彼は或る日唐突に、神樹様から現れたの」

 

 *

 

 背後には黄金の樹が、世界があるのに、彼だったモノはそちらに目を向けることはなかった。

目の前に映るバーテックスへの殺意だけで、可夢偉 真は動いていた。

 何度腕を振るったのだろう、何度、力を行使したのだろう。

何度、満開を、散華を繰り返したのだろう。

覚えていない、思い出せない。ただ、長い戦いの中で段々と思い出したことが――いや、施されていた力が消えていった。

 

「ッ」

 

 僅かな隙も許されない状況で、ふと脳裏に浮かぶ自分の過去。

青い衣服と黒い刀を振るう少女の動きが、自分の動きとダブっていた。

段々と近づいている(・・・・・・)ことを自覚する。

 

「あぁ、そっか、貴女は()の……」

 

 信じられない事実、天に向かって呪いを吐いた前世、神樹様に乞うたドス黒い願い。

本人以外誰も望んでいない懇願によって運ばれた魂。

 

 そう、自分は――人間じゃなかった。

 

*

 

 神樹様から現れた彼は、自分のことを名前以外ろくに覚えていなかった。

何を目的に生まれ、何をなすのか、まるで分らなかった。

ただ、神樹様は彼を頼むとだけ告げて。

 

「だから私たちは彼に衣食住を用意した。時折、大赦から人が様子を見に行ってたりしたわ」

 

 彼はふらふらと彷徨い、困ってる人に手を差し伸べ、礼を碌に受け取らずまた彷徨ってを繰り返していた。

だがある日、学校に通いたいと言い出したのだ。

 

「何が彼をそう思わせたのか、私たちには分からない。ずっと見張っていたわけじゃないもの」

 

 ふと見かけた学校に目を惹かれたのか、それとも何かいい出会いがあったのか、定かではない。

 都合がつきやすい神樹館への入学を用意したとはいえ、詳細不明の彼をお坊ちゃまお嬢様が通う学校に入れるのは、中々に苦労した。

そもそも彼を多数の子供が居る場所に放り込んでいいのか、色々な疑念や否定的な意見もあった。

 

「でも、私は結果として良かったと思ってるわ。想定外の戦力になったのは勿論、こうやって心配してくれる子たちと出会って、ずっと無表情か焦燥にかられていた彼に、笑顔が生まれた」

 

 先生が取り出したのは、遠足の日に撮った数枚の写真。

そこには確かに、三人の勇者と一緒に遊ぶただの少年の姿があった。

同時に思い出すのは、帰りの車で少年が三人の仲間を見守る暖かな表情。

 

「答えなんて決まってるんでしょうけど、一応訊くわね――彼がどこで何をしているのか、知りたい?」

「はい、私たちは皆で勇者ですから」

 

 三人の真っ直ぐな瞳に、迷いはなかった。

 

「じゃぁ、まずスマホを出してちょうだい」

「「「へ?」」」

 

 想定外にぽかんとする少女達を見て、小さく頬を綻ばせながら先生はスマホを回収した。

これから行く場所に必要なアップデートの為に……願わくば、彼女達に幸多いことを祈って。

 

 

「ゴフッ」

 

 刀を振り続けたが、体力は無視出来ても精神力は無尽蔵というわけにはいかなかった。

神樹様に叩き付けられ、血反吐を溢す。

 

「ゲボッ、オェ」

 

 刀を支えに立ち上がろうとして、腕も脚も中々思い通りにいかずに目の前を睨みつける事しか出来ない。

 結界の外、そこは地獄と呼ぶに相応しいのだろう。

天は人を殺すと決め星の表面を燃やし、天は人に死ねと裁定しバーテックスをけしかけた。

唐突で無慈悲な殺戮は沢山の人々の命を奪っていった。

 

「ゼェ、ゼェ……ッ」

 

 許せなかった。絶望の中、彼女(・・)は憤怒して、殺意に溺れた。

納得できなかった。追憶を抱いた()は嘆き、何とか出来ないかと焦燥した。

暗い道だった。たった一人で何が出来るというのか、力を得てもこのザマだ。

 

「ぁー……くそ」

 

 もう自分が彼なのか彼女なのか、記憶が溶けあい分からなくなっていく。

散華で消えていった隔たり(・・・)は彼であり、彼女であるために必要な処置だった。

彼であることは、強い体と力を望んだ彼女の願いだったけど……この隔たりを欲したのは。

 

「……巫女、さん、だろうなぁ」

 

 金髪の巫女、かつてのパートナーだった少女が脳裏に浮かぶ。今も記憶に残る彼女は、何も応えることはない。

だが分かる。死した時、巫女はそれでも勇者の幸せを願ったのだ。

絶望し、復讐することを願った人でなしの幸福を願ってくれた。

 だから、彼であることは、神樹様が残してくれた一つの救済だったのだろう。

全てを忘れても良いのだと、幸福に生きて良いのだと、人が他人の為に願った一つの結末。

 

「ありがとう、でも私は……」

 

 言い訳染みたことを言いかけて、今更何を言っても無駄だと首を振るう。

自身の特製である異常再生は働いている、もうそろそろ動けるはずなのに、目の前に飛んでくるバカでかい針を避けられる気がしなかった。

 疲労が諦めを生み、諦めは動きを止めてしまったのだ。

 

「……ごめん」

 

 最後に口から出たのは怨嗟でもなく、一言の謝罪だった。

自分から願った復讐を果たせないばかりか、優しかった巫女の願いを無為にしてしまう。

 そしてそんな過去を思い出すと同時に脳裏に浮かんだ、三人の女の子たち。

結界外に来ないであろう少女達への呟き、返事が来ることのない独り言は――。

 

「だぁああああ!」

 

 襲ってきた針を弾く豪快な音に呑まれた。

自分を守るように立つ彼女たちを見て、数秒自身の目を疑った。

 

「なん、で」

「なんでじゃない!!謝るくらいなら、勝手にこんなことすんな!!!」

「むいむいのおばか~~!」

「後でお説教よっ」

 

 勇者システムのアップデートをおこなった彼女たちは、少し衣装が変わっていた。

武器にも変化が見られた。園子の槍は花の様な飾りが付き、銀は斧剣に炎の様な紋様が、そして須美に至っては銃へとなっていた。

 

「ともかく今はッ」

「中に戻るよ~~!」

「殿は任せて!」

「ちょっ」

 

 銀と園子に両腕を掴まれ、そのまま中へ引きずられていく。

小型のバーテックスが追いかけてきたが、全て須美が撃ち抜いてみせた。

だが、その奥では斬り殺し続けてきた大型のバーテックスがまた製造されようとしていて――。

 

「ぐっ放、して!」

「わっ」

「っとと」

 

 結界の中に入るやいなや、二人の腕を振り払った。

少し下がり、また外に出ようと思うが、目の前の三人を見て踏み止まる。

自分が外に出れば、きっと三人ともついてきてしまう、そんな想像が容易に出来てしまったから。

 

「どうして、こんな所に来たの……」

「はぁ?あのなぁ、仲間を放っておけるわけないだろ!」

「一人で我武者羅に戦い続けるなんて、無謀よ」

「そうだよ~……死んじゃったら、元も子もないんだよ?」

 

 銀の言葉は何時も真っ直ぐで、須美は正しくて、園子は核心をついてくる。

彼女たちは眩しくて、尊くて、どこまでも善人だ。

 

「わたしたちは同じ勇者で仲間、ずっトモな友達!でしょ?」

「……同じじゃないよ」

 

 こうして彼女たちを目の当たりにした今だからこそ、自分は違うのだとハッキリわかってしまう。

彼女たちは心配してくれていると同時に強い、とても強い光を宿している。

 

「そもそも、人間じゃないんだよ。神樹様に作られた人形擬きに魂を―」

「人間じゃないとか、そんなちっぽけなこと知るもんか!その程度で私らが揺らぐとでも思ってるのかよ!?」

「……それ以前に勇者だなんて、胸を張れるような存在じゃないんだよ」

 

 ここではっきりさせておくべきだ。

じゃないと、自分はきっと――彼女たちを巻き込んでしまう。

 

「ボク、わたし、…自分(・・)はもう、この感情を抑えられない。キミらとは戦う動機が違うんだよ」

「そんなこと関係ないわ。敵が同じなら、今までみたいに」

「無理でしょ。この()がタダで手に入ってると思う?」

 

 満開で手に入れた力は絶大だ。特に彼の場合は産まれが違うからか、引き出し方(・・・・・)が違う。

彼の意思に呼応するように出力が高まっている力に、幾らアップデートしたからといって彼女たちが追い付くのは難しい。

それこそ、同じように満開するしかないだろう。

 

「満開なら私らだって――」

「自分と違って、キミたちは散華する度に戦いにくくなるでしょ」

「散華……?」

 

 散華の機能を知らない彼女たちは、シンの言葉に疑問符を浮かべた。

その態度に少し驚きつつも、説得できるチャンスだと思い、説明を続ける。

 

「知らないの……? 力を使えば、散華っていう代償システムが機能する。キミらは(・・・・)身体機能を奪われていく以上、これは無尽蔵に扱えるわけじゃない」

「なんでむいむいが、そんなのこと知ってるの?」

「この身体は神樹様が作ってくれた器。神樹様と誰よりも繋がってるからね。満開の力を使えるようになった時に、使い方も頭に流れ込んできたんだ」

 

 勇者や巫女より神に近く、人に遠い。

そんな自分だからこそ、彼女たち以上に勇者というシステムに詳しくなっていた。

 

「大赦の人達……私たちが急がせたこともあるけど、隠し事とは感心しないわね」

「というか、それならシンだって」

「さっきも言ったけど、自分は君たちと散華の仕方が少し異なっていてね。一人で長時間戦えるってわけ。ちょっと油断したけど、もうしないよ」

 

 シンは未だ人間である内にキミらは帰れと、言外に告げた。

だが、彼女たちは諦めようとはしなかった。

 

「そういっても、ずっと一人ってわけにはいかないだろ?」

「油断とか隙とか、なくそうと思ってなくせるモノじゃないよ~」

「出来るさ、人じゃないと自覚した今なら……少なくとも年単位で戦えるはずだ」

「んな無茶な」

 

 めげずに言葉を紡いで、シンを引き留めようとする。

だがシンも引かず、否定を重ねる。

嘘も交じっていることなんて、分かり切っているだろう。

 

「そもそも一人で充分なんだよ。キミら勇者は、可夢偉 真という兵器を覚醒させるに至った。それで充分でしょ?」

「ハッ、こんな人間くさい兵器がどこに居るってんだよっ」

 

 無理のある否定は段々とヒートアップするしかなく。

段々と語気が強くなっていった。

 

「仲間を兵器だなんて思ったりしないわ」

「仲間だと思わなくなればいい。今まで兵器を作ってきたと思えば」

「ッ今まで、一緒に戦ってきたことは変わらないでしょう!?」

「これからもずっと一緒に居られるなんて限らない」

 

「――ッ、一緒だよっっ!!!」

 

 必死で悲痛な叫びが、彼女たちとの口喧嘩を止めた。

乃木園子はボロボロと涙を流して、絶対譲れないともう一度伝える。

 

「一緒だよ、わたしたちは、ずっと……ずっと、一緒で、友達なんだよ?」

「園子……」

「そのっち……」

「……」

 

 変えられない事実でも、間違いのない正論でもない、あまりに純粋で奇麗な願い。

同じ学校に通って、学んで、遊んで――困難に挑んで、絆を育んで。

これからもそうしたいと、思わないわけじゃない。皆がみんな、こんな風に成りたいわけじゃなかった。

 

 格好良いヒーローになって、園子は勿論、須美や銀とだって助けあって、支えあって、一緒に勇者になれれば――

 

 ――でも、無理なのだ。死者の遺した誓いは、呪いの様にシンに染みこんで抜け落ちることはない。

 

 彼女にもこんな風に泣いてくれる家族や友人が居た。

全て、一切合切残らず全て、理不尽に壊され、殺され、奪われて……。

その絶望は、今ここにいるシンだけが理解できるモノだった。

 

 勿論、だからといって園子の願いを否定するつもりはない。

そう在れたらどんなに良かったか。何か運命の歯車がズレて、まだ()で在れた時だったなら、きっとすぐに頷いて、彼女の涙を拭っていたに違いない。

 

 否、今からだって、きっと遅くはないのだろう。

死んで尚、脳裏に残る過去の巫女は、それこそ望んでいたのだろう。

 

「その、こ………ボく、は――」

 

 自身を想って泣いてくれる無垢な少女の姿を見て、シンが何を口走ろうとしたのか、誰も分からない。

なぜなら、すぐ近くの波の音は消え、空を飛んでいた鳥は動きを静止した。

 

――リィィン――

 

 敵は、彼女たちを待ってなんてくれない。

結界内へ、バーテックス()による襲撃が再度始まろうとしていた。

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