シンボリルドルフ以来の無敗三冠。
これが私の夢だった。遥かな夢を追いかけ、勝ち続ければ、私は私を応援してくれる人に、もっと大きな夢を見せてあげられる。
心の底から、私はエンタ―テイナーだった。勝利とは自分だけの糧ではなく、周りと分かち合う喜びだった。
まずは選抜レースに出て、結果を残す。ただし、勝ったらそれで終わりというわけではない。学園専属のトレーナーと契約を交わさなければ、公式戦に出走することも叶わない。
トゥインクルシリーズを目指すウマ娘にとって、トレーナーとの契約は、今後の人生を左右する一大イベントだ。
人間には相性というものがある。いかに腕が良いと評判のトレーナーでも、自分とウマが合わなければ無意味だ。よって、実力のあるウマ娘ほど、安易な契約を避ける。きちんと素質を見極めてもらい、指導方針などについて納得いくまで話し合ったうえで担当を決める。そのため、複数回の選抜レースに出走することもザラだ。
私も、そのつもりだった。
まさか、一度目のレースで、あんな有名人に声をかけられるとは思わなかった。しかも、1着どころか4着の大敗に終わったレースで。
この結果について言い訳はしない。自分の未熟さと甘さが招いた結末だ。
中央トレセンは、最高の福利厚生と引き換えに過酷な競争を強いられる。トレーナーにスカウトされ、メイクデビューを果たすだけでも狭き門だ。ゆえに、心身を病む娘も大勢いる。学園全体の精神衛生を向上させるための自治組織として生徒会があるけれど、彼女たちも生徒のひとりだ。個人の私生活まで万全のケアができるわけじゃない。
学園の闇から生徒を守る最後の砦が、寮長だ。
栗東と美浦、ふたつある寮のうち、私は栗東の寮長を務めている。生活の基盤である寮ならではの、細やかな気配りができる。
悩んでいる娘がいたら、寄り添ってあげたい。この残酷な競争社会で、少しでも心の安らぎになってあげられたら、と願う。寮長としての義務感ではなく、ひとりのウマ娘として本心からそう思っている。
だけど、今回は裏目に出た。選抜レースが近づくと精神的に不安定になる娘が増えるから、その娘たちの対応に当たるあまり、自分のレースに向けた調整が疎かになってしまった。
不甲斐ない走りをして、支えるべきポニーちゃんたちを落胆させてしまうなど、まだまだ私は真のエンターテイナーには程遠い。
数多のトレーナーからスカウトを受ける勝者を尻目に、次回は頑張ろうと決意を新たにしたとき、不意に声をかけられた。
振り向くと、そこにはひとりの男性がいた。他のトレーナー陣とは、どこか雰囲気が違う。彫の深い顔立ちに、感情の見えない瞳。私は、この人がルドルフ会長の専属であることを知っていた。でも、仮に知らなかったとしても、背筋に軽い寒気を感じただろう。
「見たところ、ひとりのようですが、他のトレーナーに声はかけられましたか?」
彼は丁寧な言葉遣いで私に話しかける。
「いいえ。今回は残念な結果で終わってしまったから、次頑張ろうと思ってます」
私が答えると、トレーナーは、わずかに口元を緩ませる。
「きみをスカウトします。よければ、トレーナー室まで一緒に来てください」
六条トレーナーは、それだけ言うと、さっさと歩き始めた。
どうしようかと一瞬迷った。有名なトレーナーにスカウトされたのは嬉しかったが、どうにも得体の知れない男だ。
寮長という立場もあり、ルドルフ会長とは気安い仲だけど、トレーナーの話は聞いたことがない。あえて話題にするのを避けているふうでもあった。
でも、遠ざかっていく彼の背中を見ていたら、勝手に身体が動いていた。この機を逃したら、たぶん彼からのスカウトは二度とないだろう。
ここは中央トレセンだ。未来のスター候補なら、山のようにいる。
私じゃなきゃダメな理由は、トレーナーの誰ひとり持ち合わせていないのだ。だったら私も、乗ってみるしかない。相性が悪ければ、次のトレーナーを探すまでだ。
書籍とコンピュータだらけのトレーナー室に案内されたとき、そこにはふたりのウマ娘がいた。ひとりは言わずもがな、ルドルフ会長。もうひとりは、意外な人物だった。
エアシャカール。彼女の天才性と気性難は、栗東寮どころか学園全体に轟いている。ゴールドシップやアグネスタキオンとは、違うベクトルの問題児だ。
「紹介しよう。新しく担当することになった、フジキセキだ」
トレーナーは、ふたりにそう言った。つまり、エアシャカールもまた、私と同じく新たにスカウトされたことになる。
ところが、紹介を受けた当のふたりは、複雑な表情をしていた。シャカールは困惑したように私を見ており、会長は額に手を当てて俯いている。
「マジで唐突だな。もしかして、アンタ意外にも苦労人か?」
シャカールが会長に尋ねる。会長は、うつむいたまま溜息をついた。しかし、すぐに毅然として立ち上がり、私の前に立つ。
「きみほどの実力者が加入してくれるのは喜ばしい。これから、よろしく頼む」
握手を交わす会長は、いつもの優雅で堂々としたシンボリルドルフに戻っていた。
「シャカールも、よろしくね」
パソコンのモニター前に戻っていたシャカールに声をかける。彼女は、「おう」とだけぶっきらぼうに応えた。
「トレーナーさん。これから、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
彼とも握手を交わす。見た目のイメージ通り、冷たい手だった。
「さて、これでボーダーラインの3名が揃ったため、今年からはチームとして活動していくことになる。共に勝利を目指そう」
初めて六条トレーナーが、トレーナーらしいことを言った。声には全然熱がこもってなかったけれど。
「待ちたまえ。トレーニングを始めるには、正式にチーム設立を届け出て、部室を含む学園施設の利用許可を得なければならない」
会長が指摘する。さすが長年、生徒会を引っ張っているだけあって事務能力も高い。
「書類なら、すでに揃っている。チーム名も、あらかじめ決めてある」
こともなげにトレーナーさんは言った。
チーム名か。あまり興味はないけれど、できればカッコいいのが望ましい。これからは、チームの名前も背負って走るわけだから。
「この学園では、一等星の名をチームに冠するのが慣例らしいが、外様の僕には関係ないことだ。覚えやすさときみたちのイメージを考え、『チーム・アルファルド』としたい」
トレーナーさんは言った。アルファルドは海蛇座の二等星だ。一等星でなくとも、周囲に明るい星がないため、よく目立つ。異議を申し立てる者はなく、チーム名はあっさり決定した。
「アルファルド、か。トレーナー君『たち』にはピッタリの名前じゃないか……」
ルドルフ会長が呟いた。人間の耳には聞こえないくらいの囁きだった。
後で会長から聞いたことだが、トレーナーさんは学園側から最低でも2名担当を増やせと言われたらしい。二千名を超えるトレセン生徒の中から、私が選ばれたのは、たぶん偶然だ。たまたま、トレーナーさんが視察していたレースに出ていたから、目に留まったにすぎない。
だけど、あのときトレーナーさんは、勝利ではなく、敗北したレースから、私を見出した。ひとまず、その目を信じてみよう。
そう思っていた矢先。
トレーニング開始三日目にして、早くも私は彼と対立していた。
「フジ。きみはマイル路線で戦うべきだ」
トレーナーさんは、きっぱりと言った。
彼には、私の夢は伝えてある。シンボリルドルフ以来の無敗三冠。そのことについて彼は何も言わなかった。まさか、こんなに早く否定されるとは思わなかった。
「……理由を、聞いてもいいかな?」
耳を絞らないように気をつけながら、私は尋ねる。
「この三日で、きみの走りを見せてもらった。位置取りのスマートさ、最終コーナーからの加速は見事だ。トレーニングを積んでいけば、クラシック戦線でも十分戦える素質がある。ただし、それに挑めば、きみの競走バ生命は確実に縮む」
トレーナーさんは、手に持っていたバインダーから一枚の紙を取り出した。それは、学園の健康診断で撮影された、私の脚部レントゲン写真だった。
「骨の太さと長さに対して、筋肉と腱の層がやや薄い。このタイプのウマ娘は、トップスピードまでの加速力が優れているものの、疲労が抜けにくい性質がある。もしクラシック路線を選ぶなら、必ずダービー、菊花賞を見据えたスタミナトレーニングをしなければならない。不良バ場まで対応するとなると、過酷なトレーニングになる。脚部不安をきたす可能性が高い」
頭の中の原稿を読んでいるかのように、トレーナーさんは説明する。
彼の意見に、疑問はあった。たかがレントゲン一枚で、そこまで未来のことが分かるのだろうか。私は自分が疲労の抜けにくい体質だとは思ったことがない。
私たちのやり取りは、会長とシャカールも聞いていた。しかしふたりとも口を挟まず、傍観している。トレーナーさんへの信頼が、そうさせているのは間違いない。
それでも、私は自分の夢を諦めたくはなかった。
「トレーナーさん、私は三冠に挑みたいんだ。トレーニングメニューは必ず守るし、小さな異常も必ず報告するよ。だから、私をクラシックに出させてくれないかな?」
少し、語尾が震えてしまう。たとえリスクがあっても、そう簡単に夢を諦めることはできない。
トレーナーさんの深い瞳が、私をじっと見つめている。まるで、私の覚悟の強さを試すかのように。
「分かった」
返答は早かった。頼んだこっちがあっけにとられるほどに。
「トレーニングメニューを、クラシック三冠目標に切り替える。同じく三冠目標のシャカールと連携して効率よくトレーニングをこなしてほしい。プールでのスタミナづくりの自主トレも許可する。ただし、これだけは守ってくれ。並走トレーニング後は、必ず脚部を即時冷却すること。いいね?」
「ありがとう、トレーナーさん!」
思わず、舞台女優の顔を崩してしまった。この瞬間、私はエンターテイナー・フジキセキではなく、一介の初心な女学生に戻っていただろう。
その後のトレーニングは、そこぶる順調だった。トレーナーさんの計画には全く穴がない。なすべきこと全てに理論的な裏付けがあった。私の脚部不安についても、あらゆる国の研究機関と共用している、数千例の膨大なデータから予測した結果だった。
シャカールは、こんなことを言っていた。
「あいつの元でなら、どんな駄バでも、G3までなら勝てるようになるんじゃないか」
それはつまり、この国のレース界に革命を起こせるということだ。血統や家柄が重んじられている中央の選手たちを、ぽっと出のウマの骨が打ち倒す。観客は熱狂するだどうけど、特権階級的な優越感に浸り、守られてきた中央の重鎮たちは面白くないだろうな。
シャカールとは、クラシック三冠を争うライバルだ。不必要な情報のやり取りはしないが、彼女がトレーナーさんを信頼しているのはよく分かる。
8月に、私はメイクデビューを果たした。
予想はしていたが、それよりも遥かに容易く勝利できた。次のもみじSではコースレコードを更新しての快勝。12月には、とんとん拍子に朝日杯フューチュリティステークスに出走し、当然のように勝利した。
ここまで快活に走れるのは、さすがに予想外だった。
まるで自分の脚じゃないみたいに、よく動く。
翌年、皐月賞の前哨戦である弥生賞に出走した。ここで、同門のライバル、シャカールとの初対決となった。私は王道の先行策で攻め、最後の直線でシャカールの猛追を半バ身差で凌ぎきった。
この調子で油断せずいけば、皐月賞も勝てる。
トレーナーさんは、私とシャカールのどちらにも肩入れせず、どちらにも全力で指導に当たってくれた。そのうえ、ルドルフ会長のシニア挑戦も抜かりなく進めているのだから、やはり凄い人だと思う。
ただ、いまだにその胸の内は読めない。私たちを育て、勝たせる。その先にある目的が見えてこない。そんなこと、担当バの私が考えても仕方ないけれど、なぜだか無性に気になってしまう。
まあ、それは信頼関係がもっと深まってからでいいか。具体的には、彼に無敗三冠をプレゼントしてから。
いよいよ、クラシック初戦である、皐月賞の日を迎えた。
天気は、あいにくの雨。バ場状態は重と発表された。ダービーの2400mに向けてスタミナもつけてきたから、あまり不安はない。心臓破りの坂に至るまで、いかにスタミナを残せるかが勝利の鍵だとトレーナーさんからアドバイスを受けた。
彼は控室の前で、私とシャカールを見送ったあと、すぐ会長の待つゴール前スタンドに戻った。会長は、いつもなら貴賓室から観戦しているが、今回はチームメイトの勝負であるため、近くで応援したいとのことだった。
無言で地下バ道を歩く私たち。互いの足音が、運命を刻む秒針のように響きわたる。歓声を浴びる一歩手前で、シャカールは立ち止まった。
「手加減も遠慮もしねえ。このレース、オレが勝つ」
その瞳に宿る自信に、微塵の揺らぎもない。
「私も譲るつもりはないよ。無敗三冠、その第一歩となるんだからね」
宣戦布告を済ませ、私たちはターフに躍り出る。曇天を割らんばかりの大歓声とファンファーレ。
全員がゲートに収まる。そして、勝負の門が開かれた。
囲まれる前に、前方集団に位置取る。外枠からのスタートだったが、ポジション争いで苦労することはなかった。重たい芝を蹴って突き進む。雨に打たれても寒いとは感じない。むしろ燃え盛る身体と気持ちを冷やしてくれる。
最終コーナーをまわり、最後の直線、すなわち心臓破りの坂に入る。ここで温存していた脚を一気に解き放つ。風を切り、他のウマ娘たちが後方に流されていき、ついに先頭に踊り出た。さすがに苦しいし、ブドウ糖が燃え尽きて脚の感覚もなくなってきた。だが、加速が鈍ることはない。
後ろからシャカールの豪脚が迫ってくる。だけど、ここで抜かせはしない。
いける。
坂を登りきり、あとはゴール板を駆け抜けるだけ。
無敗のまま皐月賞を制する私の幻影が見えたとき、突然、左脚に激痛が走った。
脚の内側に火がついたかのような、異常な痛み。たまらず左によれていく身体。こんなところで失速してたまるか。あと少しなんだ。
あと少しで、栄光に手が届く。だから、お願い。あと少しだけ。
だけど、私の左脚は、聞き届けてはくれなかった。
激痛と硬直。脚が回らなくなり、バランスを崩したと思った瞬間、全身を打ちのめす衝撃。私はトップスピードで転倒し、不時着した飛行機のようにもんどりうってターフに転がった。
朦朧とする意識のなか、なんとか外埒まで移動しようとする。こんなところで寝ていたら、他のウマ娘の邪魔になる。後続は、ほぼ横一列。レース内で起きた事故は、反則行為を除き、全て自己責任。
一生に一度のクラシックレース。皆、人生を賭けている。踏みつけられても文句は言えない。
生きていられるかな、私。
痛みで震える上体を起こしたとき、雨に滲む瞳のなかに、黒い人影が映った。誰かが観客スタンドから飛び降りて、こちらに駆け寄ってくる。跳ねる水しぶき、翻る外套。
その人は私の前にしゃがみこむなり、ものすごい力で私を担ぎあげた。
「トレーナーさん……」
ここにいちゃいけない。そう言おうとしたが、声が出ない。
このままじゃトレーナーさんまで巻き込まれる。全力で走るウマ娘とぶつかるのは、車と正面衝突するに等しい。人間の身体の強度では、とても助からない。
トレーナーさんは、全力で観客席に向かって走る。彼の外套をかすめるように、後続のウマ娘たちが駆け抜けていった。まさに間一髪だった。
遅れてやってきたルドルフ会長が、何事か叫んでいる。珍しく、あからさまな怒気を孕んだ声だった。トレーナーさんは、「きみの脚を危険にさらすことはできない」と冷静に返答していた。
「ありがとう、トレーナーさん……」
酸欠と痛みのなか、朦朧とする意識で、彼の耳元で囁いた。
私はすぐにURAの提携病院に運ばれた。
精密検査の結果、骨に異常はなかった。てっきり走行中に左脚が折れたと思ったが、そうではなかった。
私に告げられた病名は、骨折よりも過酷なものだった。
左脚屈腱炎。
一度発症してしまえば根治不能とされる、競争ウマ娘の癌とさえ呼ばれる最悪の病。炎症は、自覚症状のないまま進行し、あるとき致命的な異常となって表出する。
私の炎症は、すでに重症化していた。
医者には、レースからの引退を勧告された。療養には一年ほどかかる見込みであり、回復したとしても、再発するリスクが高い。レースに向けたトレーニングを復活させることは不可能であると。
気がつくと病室のベッドにいた。病名の告知から後の記憶がない。今も頭の中が真っ白だった。ふと隣を見ると、トレーナーさんが椅子に腰かけている。
「……皐月賞、どうなったの?」
言葉が見つからず、私はそんなことを尋ねていた。
「シャカールが勝ったよ」
いつもと変わらない声でトレーナーさんは答える。シャカールには申し訳ないことをしてしまった。勝利のライブにトレーナーさんが不在だなんて。
シャカールの勝利を讃えようと思ったけど、唇が震えて全く言葉が出てこない。かわりに、とめどなく涙が溢れてくる。
「……トレーナーさん、私、もう走れないのかな……?」
嗚咽交じりに、声を絞り出す。
こんなことになったのは自業自得だ。トレーナーさんは言っていたじゃないか。三冠路線は脚にかかる負担が大きいから、マイル路線で勝負しようって。それを拒み、無敗三冠にこだわったのは私自身だ。
それでも、悔しくて、悲しくて仕方ない。自分勝手な気持ちばかりが溢れ出して止まらない。
「きみは、まだ走りたいか?」
泣きじゃくる私に、トレーナーさんが尋ねる。
「走りたい。諦めたくないよ。もう一度、ターフに戻りたい」
絞り出すように私は言った。
もう恥も外聞も、どうでもよかった。涙で顔をぐちゃぐちゃにして、幼い少女のように泣き叫んで。エンターテイナー・フジキセキが、聞いて呆れる。でも、この人にならいいと思ってしまったんだ。弱くて情けない私を曝け出しても構わないと。
「長く、苦しいリハビリになる。完治する保証もない。それを承知のうえで、やってみるか?」
トレーナーさんが、まっすぐに私を見つめている。ゆるぎのない、真摯な瞳だった。いつもは冷たく感じる彼の目が、今はとても頼もしい。瞳孔の奥に宿る鋼の意思に触れていると、私の心も落ち着いてくる。
「お願いします。トレーナーさん。わたしを、もう一度走らせてください」
やっと私は笑うことができた。そして、助けてもらったお礼も言えた。トレーナーさんは、当然のことをしたまでだ、と意にも介さなかったけれど。
リハビリは、トレーナーさんの言う通り過酷を極めた。プールを使ったスタミナと筋力維持がメインで、トレーニング設備を使うときは『逆酸素マスク』を装備し、酸素量を減らして持続的な筋トレを続けた。
ラストスパートの苦しさが全身を苛み続ける感覚。悲鳴を上げそうになるほど辛かったけど、トレーナーさんの前で、もう情けない姿は見せたくなかった。
ダービーで奇跡の逆転勝ちをおさめたシャカールは、次の菊花賞で三冠リーチ。会長は、年末の大一番、有馬記念が控えている。私のリハビリに付き合いつつも、ビッグタイトルに挑むふたりのトレーニングもしなければならない。
もともと青白かったトレーナーさんは、さらに頬がこけ、目の下の隈が濃くなっていた。暗がりに立っていると、本当に幽霊みたいだ。生徒の間では、学園を徘徊する男の霊などという怪談になっていた。
肉体はともかく、心が健康でいられたのは、トレーナーさんのおかげだった。どれだけレースの準備に忙殺されても、私のリハビリを疎かにすることはなかった。
走れるようになるかも分からない、私のために。
心の底から感謝している。トレーナーとして尊敬している。でもね、それが毎日続くと、トレーナーさんに抱く感情は、別の何かに変質していくんだ。
駄目だと分かっていても、止められない。気づけば、もう手の施しようがないほど、私の心に燃え広がってしまっていた。
ベッドに、仰向けに倒れる。
こういうとき、寮長特権の個室は役に立つ。今日は、相談予定のポニーちゃんはいないけれど、念のために鍵をかけておいた。
万が一にも、こんな姿は見せられない。
みんなの憧れ、頼りになるフジキセキ寮長が、あられもない切望に身もだえる姿など。
左手で、そっと胸を掴む。
トレーナーさんの指の感触を思い出しながら、ゆっくりと力を込めていく。
変な意味じゃないよ。私の身体をマッサージしてくれているだけだ。
長くてしなやかだけど、ごつごつと骨ばった男性の指。意外と皮膚が厚くて、硬くなっている、ワイルドな手。
彼が私に触れるのは最低限の部位だけで、やましい気持ちなんか微塵もない。それは皮膚越しに伝わってくる。
でも、触られている私は、ほんとうに不本意ながら、そういう気持ちにされてしまう。
胸に、甘くて切ない痛みが走る。
顔が火照って、息が荒くなる。
「……トレーナーさん。きみって人は、ちっとも私をそういう目で見ないよね……!」
胸をまさぐりながら、不満の声が漏れる。
「学園には、かわいい娘がいっぱいいるのに、いつも澄ました顔しちゃってさ。ちょっとくらい、私のこと意識してくれても、いいんじゃないかな……!」
自分でも笑ってしまうほどの八つ当たりだ。でも、誰も聞いていないのだから許してほしい。
こうして、独りの夜は更けていった。
12月。
シャカールは念願のクラシック三冠を制覇した。会長は会長で、当然のように有馬記念を勝った。ファンや報道陣の前では、いつもの悠然とした笑顔だったが、控室では難しい顔をしていた。まるで自分のレースに納得がいっていないみたいに。
そんなに気になるのだろうか。一バ身差で2着になった、白毛の娘が。
その翌日、トレーナーさんは私を病院に連れて行った。定期検査の日だ。厳しい戦いなのは分かっているけれど、一縷の希望を抱かずにはいられない。
病院で撮影されたMRI画像を見て、トレーナーさんは言った。
「腱細胞が修復されていない」
覚悟はしていたけど、いざ結果が明らかになると、ショックだ。
痛みはなく、日常生活に何の支障もない。今すぐにだって走り出せる。でも、走ればすぐに炎症が再発し、悪化するのが屈腱炎だということも知っている。知識に感情が追いつかない。
「やはり、従来の方法での根治は不可能だ」
そう言って、トレーナーさんは私を病院の廊下に連れ出した。
「フジ。きみが望むなら、薬による対症療法ではなく、手術による根治療法を紹介しよう」
彼の言葉に、私は驚愕した。そんな治療法は聞いたことがない。でも、本当に存在するなら、賭けてみるしかない。
「ただし、日本で受けることはできない。日本の医事法では認められていない外科手法だ。国内で施術すれば、刑法上の傷害罪に該当する。ゆえに、海外の病院で手術を行うことになる。むろんリスクもある。臨床データの積み重ねが十分ではないから、数年後、数十年後に思わぬ副反応を生じることもある。一か八かの賭けだ。それでも、受けたいか?」
トレーナーさんが尋ねる。全ての決定を、私に委ねてくれている。
私は、彼の青い瞳を見つめて、頷いた。
先のことなんてどうでもいい。競走ウマ娘としての寿命は短い。身体機能を維持できている間に走れなきゃ意味がないんだ。
その後、別の総合病院で、腱の細胞を摂取した。麻酔が効いているとはいえ、ウマ娘にとって命に等しい脚に深く針が刺さるのは、怖気のする光景だった。
医療行為として日本で許されるのは、ここまでだ。
細胞は、一足先に空路でイギリスに送られた。
年明けのレース閑散期に、トレーナーさんと一緒にロンドン・ヒースロー空港に降り立った。いったんホテルに荷物を預け、そこからタクシーを1時間ほど走らせる。広大な森林を有するリッチモンド王立公園を望む場所に、ウマ娘専門の外科手術を行える総合病院があった。病院というよりは、美術館みたいに瀟洒なガラス張りの建物だ。
いくつかの書類にサインし、トレーナーさんに見送られながら、私は手術室に入る。施術自体は、細胞を取ったときと同じだ。針を刺し、炎症で破壊された腱細胞に、自らの幹細胞を移植する。
手術というには大げさな気がするが、これだけのことが日本では許されていない。
術後は、麻酔が切れるまで2時間ほど安静にしていた。その後に血液検査があり、異常が見られないため、これで退院となった。
「お疲れ様。無事終わったよ。二、三日は痛みが出ると思うから、鎮痛剤を飲んでおいてね」
控室にもどった後、執刀医は、流暢な日本語で言った。白衣のネームプレートには、『AKIO KIRYUIN』とある。
トレーナーさんが控室に入ってきて、その医師と握手を交わした。
「世話になった。この借りは、いずれ」
呟くようにトレーナーさんは言ったが、ウマ娘の耳には丸聞こえだ。
「借りだなんて思わないでくれ。貴重な臨床データになるのだからね。日本に帰ったら、タキオンさんにもよろしく。ああ、それと、ここはエプソムに近い。寄り道するなよ」
どうやら彼らは知り合いのようだ。なるほど、そのツテで私の手術ができたのか。アグネスタキオンの名前が出たのには、少し驚いた。学園内でも彼女の奇才っぷりは有名だが、イギリスの医療機関にも関わりがあるとは。
「さて、ホテルに戻ろうか。疲れただろう」
医師と別れた後、トレーナーさんは言った。
少し様子が変だ。まるでスパイみたいに帽子を目深にかぶり、周囲に視線を巡らせている。まるで何かを警戒するかのように。
エプソムに近い、とはどういう意味だろうか。
エプソム競バ場。
言わずと知れた、イングランドで最も歴史と格式ある競バ場のひとつ。各国のクラシック三冠のモデルとなった、ダービー発祥の地だ。あのエクリプスが活躍した舞台でもある。できれば見学したかったけど、トレーナーさんに拒否された。
病院から出て、タクシー乗り場に向かう途中、黒塗の高級車とすれ違った。その車は不自然なほど急にスピードを落とし、路肩に停車する。扉が開くと同時に、ひとりの女性が歩道に躍り出た。
ウマ娘だった。日本では長身な私よりも、頭ひとつ大きい。トレーナーさんと、ほぼ変わらないほどだ。腰まで届く、緩やかにウェーブする見事なプラチナブロンドの葦毛。モデル顔負けのスタイルの良さに、活動的な白いパンツスーツとロングブーツがよく似合う。ジャケットの胸元には、ライオンと盾の紋章があった。
悔しいけど、気圧されてしまう。あれが貴族の威容というものだろうか。
彼女はトレーナーさんに歩み寄ると、片膝を曲げて頭を下げ、右手を差し出す。敬礼の女性版であるカーテシー、その最上級スタイルだ。
深紅の薔薇を模した飾りが、左耳に揺れる。
トレーナーさんは、そっと彼女の右手に触れる。でも、それだけだ。キスしたり、まして抱き寄せたりせず、むしろすぐに距離を取る。私を背の後ろに隠し、守るようにして、葦毛の娘に立ちはだかる。
「フジ。先にタクシーを捕まえておいてくれ」
振り返らずにトレーナーさんは言った。珍しく緊迫感のある声だった。私は言われるがまま、彼らに背を向ける。
そのとき、葦毛の彼女と目があった。
私を一瞥するアメジスト色の瞳。その冷たさに、ぞっとした。あれは敵意や侮蔑とは違う。たまたま視界に入った路傍の石ころを見る目つきだった。
タクシーが私の前に来るまで、トレーナーさんは彼女と話し込んでいた。終始、穏やかな話し声であり、彼女も微笑んでいたが、瞳の奥には、ナイフの切っ先のような光が揺れていた。
トレーナーさんは、すぐ私のほうに戻ってきた。例の葦毛の娘は、私たちがタクシーに乗り込んだ後も、ずっとその場で屹立し、こちらを凝視してくる。街の中に入るまで、バックミラー越しに視線がまとわりついてきた。
「こちらの事情に巻き込んでしまってすまない、ホテルに戻ったら、すぐに部屋を引き払って出国だ」
まだ硬い声で、トレーナーさんは言った。彼が焦っているところを見るのは初めてだった。本当は、療養のための一時滞在として、イングランドの観光をして回る予定だった。出発前、私がトレーナーさんに取り付けた約束。
「いったい、あの娘がどうしたっていうのさ? ちゃんと説明してくれないと困るよ」
つい棘のある声で尋ねてしまう。デートの約束を反故にされたようなものだから、これくらいは許してほしい。しかも、他の女が理由だし。
「彼女は、僕がこの国でトレーナーをしていたときの担当だ。G1トレーナーに昇格してから、最初の担当になる」
トレーナーさんが答える。
日本と異なり、海外ではトレーナーも階級制だ。海外ウマ娘は、自分が出走するレースの格に応じて、上位ランクのトレーナーの元に移転していく。G1トレーナーとは、文字通りG1クラスのウマ娘のみを担当する最上級トレーナーの称号だ。
日本だと、メイクデビューからG1まで一貫して同じトレーナーの指導を受けるのが普通だけど、世界から見れば少数派だ。
どちらの方法にも、メリットとデメリットが共存する。欧州式なら、トレーナーの才覚による勝率の偏りが出にくく、多くのウマ娘が活躍できるチャンスを得る。ただし、複数のトレーナーを渡り歩く以上、両者の関係性は希薄となる。日本式ならば、その逆だ。時間をかけて信頼関係を深めていけるが、そのトレーナーが本当に自分の才能を100%引き出してくれる保障はない。
私は、日本式のほうが性にあっているように思えた。
「イギリスでトレーナー業を始めて二年ほど後、フランスのG1クラブから招聘を受けた。渡仏を決断したとき、担当たちは僕の門出を祝福してくれたが、彼女とだけは折り合いがつかなかった。違約金の支払いを申し出ても、頑として受け入れてくれない。僕は、不本意ながら逃げるようにイングランドを去った」
少し寂しそうに、トレーナーさんは言った。
イギリスは今でも根強い貴族社会だ。いくら実力があっても、極東アジアの島国出身の青年など、上流階級から見れば下民。差別の対象でしかない。さぞかし冷や飯を食わされたことだろう。
彼は、あの葦毛の娘にも背中を押してもらいたかったに違いない。最初の担当だから、思い入れも少なからずあったはず。
でもね、トレーナーさん。
私があの娘の立場なら、たぶん同じことをすると思うよ。突然契約を切るなんて言われたら、抵抗するに決まってる。
もしそこに、トレーナーとウマ娘の絆以上の感情があったとしたら。
血を見ることになるかもしれないね。
物騒なことを考え始めた自分を恥じる。
どんなに辛くても、トレーナーさんを傷つけることだけは絶対にしたくない。
「厄介なことに、彼女は名門貴族の子女だ。身内には政治家や官僚が大勢いて、内務省、日本で言えば警察組織に強いパイプを持っている。最悪の場合、適当な理由をつけて身柄を拘束されかねない」
トレーナーさんの言葉に、私は驚いた。メジロ家やシンボリ家みたいな名門の娘だろうとは思っていたが、裏に隠しもっている『力』は想像を遥かに上回っていた。
それで、今すぐ出国ということか。
滞在中の予定から、レース関係の施設を全て外していた理由が分かった。昔の女に見つからないためだ。
「かわりに、スペインに向かおうと思う」
唐突に出てきた国の名前に、私は困惑した。
「レースが盛んな国ではないが、気候がいいし、療養にはもってこいだ。アンダルシア地方のネルハという町に家を持っているから、そこに逗留しよう」
さらっとトレーナーさんは言った。
欧州を転々としてきたG1トレーナーなら、別荘のひとつやふたつ持っていてもおかしくはない。そして、レースが盛んではないというところが肝心なのだろう。歴史の重みに比例して闇も深い欧州レース業界。スペインはさしずめ、力の中立地帯ということか。
ホテルの荷物を整理して、すぐ国際空港までトンボ返りした。幸い、公権力から足止めをくらうことはなかった。
マドリードまでは直行便で2時間半くらい。駅舎内にジャングルみたいな南国植物が生い茂るアトーチャ駅から、高速鉄道とバスを乗り継いだ先にあるのが、ネルハだった。
地中海に面した、小さいけれど美しい町。
家に着く前に、少しだけ海岸沿いを歩かせてもらった。ロンドンより気候は穏やかで、空には雲ひとつない。『ヨーロッパのバルコニー』と呼ばれる、雄大な景色。はるかアフリカ大陸につながる海が、どこまでも夕陽に染まっている。
燃えるような海を前に、私はしばし立ち尽くしていた。
ここでしばらくゆっくりできたら、心の淀みも少しは晴れるかもしれない。
トレーナーさんの家は、メインストリートから外れた坂道の先にあった。アンダルシア地方では一般的な、白壁の小さな家。玄関をくぐると、すぐキッチンとダイニングがある。
買い出しのためにトレーナーさんは外出した。手伝うといったのに、脚を休めておけと指示されてしまった。
部屋は二階のゲストルームをあてがわれた。一応、内部から鍵がかかるようになっているけれど、トレーナーさんは色んな意味で警戒するに値しない。
どうせ私は、女として見られていないのだから。
家主が不在の間に、すこし屋内を探索してみる。装飾品の類がまったくない、質素な内装。トレーナーさんらしいと笑っていたが、キッチンでふと気づいた。皿やナイフ、フォークなどの食器類が、ちょうど二組ずつ備わっている。
女の勘が、警戒の声をあげる。
この別荘を、私の知らない誰かと共有している可能性がある。
トレーナーさんは独身だ。同居している親族もいない。となれば、考えられるのは……。根拠のない妄想にすぎないけれど、一度生じた暗い感情は、歯止めがきかずに膨れ上がる。
気づけば、私はトレーナーさんの寝室前に立っていた。そっとドアノブに手をかける。しかし、すんでのところで自制心が働いた。
あの人の信頼を裏切ることはしたくない。
何より、もしそこにダブルベッドでも置いてあったら、もう私はまともな精神状態で、この家に留まれる自信がない。
それくらい、トレーナーさんに対する感情は、私の心の深いところまで根を張ってしまっていた。
買い出しを終えて戻ってきたトレーナーさんは、慣れた様子で台所に立つ。あっという間に、エビとキノコのアヒージョがテーブルに並ぶ。スパイスとニンニクがよく効いていて美味だ。オリーブオイルを浸したバゲットがよくすすむ。
「すまんな、フジ。ネルハに行こうと言ったのは、僕の我儘でもある。だから、ここにいる間は、気兼ねなく休息してほしい」
トレーナーさんは言った。しかし、ここまでしてもらって居候というのは逆に気が引ける。後片付けだけはしたいと申し出た。食器を洗い終わると、ソファでトレーナーさんはうたた寝をしていた。
以前よりもやつれた顔。でも、日本やイギリスにいるときよりは、穏やかな表情をしている。
きっとここは、彼にとっても心が休まる場所なのだろう。
ゆっくりと自分の顔を近づける。彼の頬に唇が当たりそうになるくらい、近く。すると、不意にトレーナーさんが口を開いた。
「……世界を、知るんだ。目と、耳と、心を、広く開いて……」
寝言を呟くトレーナーさん。かすかに微笑んでいる。その言葉は、いったい誰に向けられたものなのか。
私は彼から、そっと離れた。もう少し、安らかな微睡のなかにいてほしかった。その間に、スマホを使って、例の葦毛の娘を調べておく。欧州G1ウマ娘の画像検索をかけると、すぐに名前まで辿り着いた。
Stelmaria(ステルマリア)。27戦16勝。うち、G15勝。イギリスのクラシックレースのうち、皐月賞のモデルである2000ギニーステークス、東京優駿のモデルであるダービーに勝利し、二冠達成。その後も、ドイツのバーデン大賞、フランスのイスパーン賞にも勝利しており、モンジューと肩を並べる欧州最強の一角として評価されている。
しかし、その輝かしい戦績よりも、彼女を有名たらしめたのは、共にクラシックレースに挑んだトレーナーとの確執だった。名門貴族の家系でありながら、東洋出身の最年少G1トレーナーとの熱愛疑惑。ゴシップ誌に、『Maria of the madness and love』(狂愛のマリア)などと書かれている。
トレーナーさんは彼女に恋愛感情などない。それは明らかだ。しかし、逆も然りとは言い難い。
逃げてきて正解だった、と私は思う。
この人は、もう『私』のトレーナーさんなのだから。
私たちは、この小さな隠れ家で、満たされた五日間を過ごした。脚はすこぶる快調で、今すぐに走り出したいくらいだった。
マドリードから羽田空港に向かう機内で、トレーナーさんは言った。
「レース業界は、ますます国際化が進むだろう。あらゆる国のウマ娘が、一同に会して競り合う世界戦だ。そしてレースの本場は、あくまで欧州。日本のウマ娘は、もっと世界に出ていくべきだと僕は思う」
彼の言う通り、日本でトップクラスの実力があっても、欧州G1では、ほとんど勝てていないのが現状だ。怪我のせいで欧州遠征を断念したルドルフ会長の代わりに、ダービーウマ娘であるシリウスシンボリが出向いたが、14戦0勝。
この結果に、日本は震えあがった。
「きみには、マイル路線で世界を目指してほしい」
まっすぐ私を見つめながら、トレーナーさんは言った。
「任せて。必ず復帰してみせるよ」
迷いはなかった。レースの王道は、2000mから2400mの中距離戦だが、一度は潰えたこの脚で再びターフを走れるというのなら、距離の違いなど気にしてはいられない。
帰国してから、目を見張る勢いで、私の腱細胞は回復していった。幹細胞移植手術は、日本では認可されていないため大っぴらにはできないが、すでに噂は広まりつつあった。
屈腱炎に苦しむ全てのウマ娘の希望、と。
ある日、学園内でアグネスタキオンを見かけた。トレーナーさんから聞いた話だと、彼女もまた、移植手術の研究に携わっていたひとりらしい。
「タキオン。きみの研究のおかげで、復帰の目処が立ちそうだよ。ありがとう」
感謝をこめて、私は言った。しかし彼女は、なぜか険しい目つきで私を睨んできた。
「そうかい。それはよかった。では、きみのトレーナーに伝えておいてもらえるかな。もう金輪際、私に関わらないでくれと」
一瞬、聞き間違いかと思った。しかしタキオンは、あからさまに耳を絞り、私に拒絶の意を示していた。
「私は研究者だ。探究と実験を繰り返すことが使命だ。でも、人道を踏み外すつもりはない。いや、踏み外せないんだ。数えきれない夢と希望を踏みにじってまで、たったひとつの成功例を手に入れるなど、私にはできない……。科学の発展に犠牲はつきものだなんて、そんな一般論で語れるレベルじゃないんだ……」
虚ろな目で、ぶつぶつと呟くタキオン。私は、左脚に寒気を感じた。絶望の淵にいた私を救いあげてくれた幹細胞移植手術。その裏側には、膨大な臨床実験が闇に隠れている。
「私には、もう専属モルモットくんがいる。創薬実験につきあってくれて、お弁当までつくってくれる献身的なトレーナーが。だから、今後きみのモルモットになど絶対にならない。そう六条くんに伝えておいてくれたまえ」
そう言って、タキオンは足早に去っていった。
トレーナーさん。きみのことを、私はまだ全然知らないんだね。もっと私に見せてほしい。医療の分野で、どれほどの業を背負っていても、それが原因できみを嫌ったりはしないよ。
トレーナーはウマ娘の杖だものね。過去の犠牲は、今の私を支えるためにある。
私は、きみを信じているよ。
だから君も。
私を裏切らないでね。