跨線橋へ【数話短編】   作:名取

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では、1話目。


第1話

男が町外れの小さなバス停に降りると、八月の照りつけるような陽光が彼を出迎えた。彼はしばらくはあたりを見回していた。

 

彼は上京以来、一度もこの町を訪ねたことがない。今は休暇中の大学院生として、旅行帰りの片手間でこの町に来ている。

 

ーー東京に戻るまでは、まだ時間に余裕がある。

 

彼は売店で煙草を買い、火をつけた。軒先のテントで少しばかり涼むと、彼はゆっくりと歩き出す。

 

かつて男が暮らしていたこの町は、もう昔の頃の面影はほとんど残っていなかった。町工場は改装が進み、田舎では珍しい、より近代的な作りになっていた。かつて小売店が並んでいた道はこじんまりとした商店街になり、全ての道路がコンクリートで舗装されている。民家が並んでいて、公園では子供達が遊んでいる。

 

建築物はすぐに尽きて、代わりに畑地が広がる。

微かに、波の音が聞こえていた。

 

高架下を抜けると海岸が見えてえきた。彼は靴と靴下を脱ぎ、砂浜を歩いた。夏風が頬を優しく撫で、潮の匂いが鼻をくすぐる。温かい砂浜は、足を舐む。

 

しばらくして、砂浜を抜けると、どこか見覚えのある小さな駅舎が現れた。

近づくにつれて、懐かしげな駅舎がはっきりと見えてきた。男は驚いた。それもそのはず、駅舎は昔から何も変わっていない。

あの屋根上のカラスの巣も、掠れた青いペンキも、錆びた標識や線路も、全部だ。

 

真昼間の直射日光に目を細めながら、駅に入る。切符売り場には誰もいない。駅員室から物音ひとつしない。

 

ホームに出る。ベンチに座って海を見た。

 

遠くに見える水平線まで遮るものは何もない。空に浮かぶ雲だけがゆったりと流れていく。波の音以外には何一つ聞こえなかった。

 

やがて電車が来た。二両編成で乗客はいない。ドアを開くと、中に入ってすぐ右にある座席に腰掛けた。冷房はついてない。

発車ベルが鳴ると同時に扉が閉まった。ガタゴトという音をたてて、電車は走り出す。窓の外を見ると、すぐに景色が流れていった。

 

ホームを抜け、芋畑を縫うように駆けるディーゼル車両。

 

一筋の汗が顔を滴り落ちた。どうやらエンジンの真上に座っていたらしい。

窓を開け、首を出す。涼風が心地よかった。

しばらくそうしていると、眠くなってきたので、窓を閉めようとした次の瞬間、衝撃的な光景が彼の目に映った。それは彼の眠気を吹き飛ばした。

 

前方には線路上に架けられた跨線橋。人影が橋の上から落ちてゆくのを、彼は見た。

咄嵯に立ち上がって身を乗り出した時、急ブレーキがかかった。車内は大きく揺れた。倒れそうになるのを必死で踏ん張りつつ、車長室へと駆けた。

 

「車長はん、車長はん、ドアを開けてください、人身事故じゃあないですか」 と、戸を叩く。しばらくすると、

 

「ああもう、お客さん、そう急かさずに」 と、変な顔をしながら、出てきた車長に怒鳴られたので

 

「だって待てない」 と叫び返す。

 

プシュー、と音を立ててドアが開く。車内から飛び降り、大急ぎであの人影が落ちたであろう場所へ向かう。車長も後からついてくる。

 

炎天の下、全力で走り続けた男の顔面は、ひどく紅潮していた。汗は顎から流れ落ち、白いシャツは汗で染みた。彼には嫌な予感がしていた。心当たりがあるからだ。関わりたくないと思いつつも、なるべく気にせずに、男は走った。

 

橋の下に辿り着く頃には息切れを起こしていた。膝に寄りかかり呼吸を整える。遺体はすぐそこにあった。倒れているのは少女で、頭からひどく血を流していることがわかった。恐る恐る近寄ってみると、彼は絶望した。嫌な予感は当たっていた。

 

 

 

 

 

 




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