竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
本気のフルスイング。
当たったらただでは済まないだろうソレは、見た目では判別のつかない黒色の金属による殴打。
それを間一髪で避ける。──地面をへこませた穴に、身を伏せて。
右手の「成型」錬成、乾湿の湿。プラス空気で、子供が身をうずめることができる程度のへこみを作ったのだ。当然錬成は終わっていないけれど、もう用済みなのですぐに転がって離れる。
転がりながら左手、右手を交互に地面へと沿わせ、錬金術を続けざまに発動させていく。
それぞれが遅い、それぞれが中々発動しないけれど、それも込みでの動きだ。
「ッ、避けましたか、流石です」
「お母さんこそ、ソレなんの合金かな! 教えてくれたりしない!?」
「教えてあげません。──次、行きますよ」
あれだけの質量をぶん回しているのに、なぜか引っ張られないでお母さんは急激な方向転換をする。
横方向が当たらない。
ならば、縦だ、と。
アレは小さなへこみを作った程度じゃ無理だ。ぺしゃんこ一直線コース。
けど。
「っ!?」
「え、なんで避けれたの今!?」
あり得ない。前兆なんて無かったはずだ。いや、僕の錬成速度を完璧に把握しているとかならわからないでもないんだけど、地面に発動させ続けていた錬成陣の内の
「戦闘者の勘、という奴ですよ、レミー」
「……それは確かに、僕には無いものかも」
第六感って奴か。達人のね。
ズルだよそれは。
「しかし、なるほど。錬成速度が遅いから、それを利用した遅延攻撃ですか。中々考えますね」
その後、ドンドンドンと連発される土塊や石礫を、お母さんは小さなハンマーでたたき壊していく。
錬成速度は0.2秒くらいか。ヤバすぎ。
けど、お母さんの錬成陣の場所はわかった。
今の会話の間にも色々仕込んでいるから、次で決め──。
「ならば完膚なきまでに叩き潰します。──戦場において小技など意味はないと知りなさい、レミー」
黒色のハンマーに青い錬成反応が走る。
それはあたかも脈動するかのように二倍、いや三倍くらいの大きさになって──僕に、落ちてくる。
いやいや、家より大きいけど。
視界の端で、お父さんが叫んでいるのが見える。聞こえないのは大槌の放つ轟音のせいだ。
やり過ぎだ、とか言ってるんだろうなぁ。
逃げ場はない。どこへ逃げてもあの面積からは逃げられない。地面もダメ。となれば。
「壊せばいい!!」
遠隔錬成によるソレ、ではなく。
──……それでも衝撃は来る。分解の錬成陣を刻んでいた左の手袋。だから、左腕が丸ごとヤバい感じになったのを無視して、ボロボロ、バラバラと崩れ落ちるハンマーの素材の中に身を隠す。
正直痛い。泣きたいほど痛い。
けど、けど、だ。
錬丹術を使う。骨折を元通りに、筋肉の断裂を元通りに。
治癒時にも痛みはある。……けど、大丈夫。よし。流石に僕の技量じゃ完璧な治癒とは言えないけど、地面を叩くくらいはできる。
周囲、青い錬成反応が僕を包む。
マズい、ハンマーを作り直す気だ。だから──ポケットから鉛を五つ取り出して、その辺の鉱石に埋め込んで──逃げる。
割と真面目にギリギリ。ギリギリのところで錬成から逃れることができた。
再利用可能。そしてあの匂い。
ふむふむ。
「……物質の再構築をする前、分解の時点で留めることで対象物を分解する、ですか。しかし、落ちてくる巨大質量に対してそんなことをすれば腕がぐちゃぐちゃになるはずですが……軽傷のようですね」
「僕もお母さんのソレ、少し掴めてきたよ。錬成陣を描いてあるのは足、靴の裏なんだね」
「ふぅむ、よく気付きましたね。見せたつもりはなかったのですが」
「だから、かな。手や腕に錬成陣を彫ることが一般的な中で、お母さんの腕は綺麗なまま。手袋もしていない。となれば足に注目するのは当然で、最初のフルスイングの時も、さっきのハンマーを投げてきたときも、お母さんはジャンプというものをしようとしなかった。どころか足を上げたりもね」
ペタペタ歩き、っていうのかな。
ペンギンみたいに足裏をずーっとつけて歩くやつ。
「勿論手で錬成陣を叩いた方が思念は送りやすいけど、それじゃあ隙だらけだ。そしてお母さんにとって手は大槌を振るうための大事な武器の一つ。なら、その他の場所に錬成陣を刻んで、手はフリーにできた方が良い。──どう?」
「正解です。先の攻防でそこまで分析したのですね。偉いですよ、レミー」
「そして、だからこそ」
遅延錬成。
……錬成速度が遅いだけのソレをカッコよく言うけれど、先ほど僕がハンマーの素材の中で発動しておいたものが一斉にその牙を剥く。
「っ、何です!?」
「湿と浄水──簡単に言えば沼地化って感じかな。あとで直すから許してほしいけれど、ここら一帯の地面を沼みたいにしてみたんだ。これなら──」
「私の錬金術は使えない、ですか?」
「勿論そんなことは思ってない!」
重複錬成陣。昨日使ったやつ。
最初に泥と土の壁が出てきて、その後に鉄とニッケルが壁を補強……あ、間に合わない。
逃げの一手!
「地面が泥だから錬金術が使えない──なんて、それはつまり、舗装されていない地面で、雨が降ったら私は無能になると……そういうことでしょうか」
「それはないと考えていたし、何か対策をしているはずだ、って思ってたけど……ソレは予想外かなぁ」
ソレ。
……お母さんの、左手。
そこに靴があった。
ん~~~、そういう使い方かぁ!
手で靴を履く! それはPOWERだよお母さん!
「仕切り直しです。行きますよ、レミー」
「仕切り直しなんてさせないよ!」
まだ発動していない錬成陣は残っている。その内の一つは、お母さんの背後にある。
最初も最初、目くらましや土塊を飛ばしていた錬成陣の内の一つ。正円を何重にも描き、けれど構築式は一つだけな──超遅延錬成! 本来15秒な僕の錬成速度を遥かに上回る、185秒を誇るこの錬成速度は、昨日リスにも見せなかった技術の一つ。
力の循環をわざと阻害し、思念が中心点に到達するのを遅らせることで遅延を引き起こす──こっちが本来の遅延錬成だ。
そこから吐き出されるのは──。
「効きません……む」
「反応されたのはもう予想外を通り越して納得さえあるけど、反応出来たところで関係ない!」
それは粘土だ。
水分多めの粘度。ベッタベタの粘度。ハンマーで叩き落そうものならハンマーに付着するし、叩いたところで分散してお母さんにへばりつく。
「……先ほどから気になっていたのですが、レミー」
会話に取られている時間的余裕はない。しゃがみ込んで、親指、人差し指、中指を泥に突き立てる。
それをグリンと回して円を描き──。
「何故、これほどまでに攻撃性のない錬成ばかりを?」
ガシャン、という音がした。
同時に、声が程近くにあった。──程近く。真上。
「!」
「土塊、礫。目潰し。あれらを火球に変える、くらいのことはできるでしょう。バリエーション豊かな錬金術は目を瞠るものがあります。レミー、あなたは確かに国家錬金術師になれるポテンシャルがある。ですが──攻撃に殺意が足りません。相手を叩き潰す、という意思が、欠片も」
首根っこを掴まれて、持ち上げられる。
……冷たい目。
敵対者を見る目だ。我が子を見る目じゃない。
スイッチの切り替えか。完全な戦闘モードって感じ。
カチカチ。何かを叩く音。
「……何かしていますね」
「正解!」
握っていた拳から、それを放り投げる。
小さな石。小石だ。
錬成陣が刻まれているとしても、特に何を起こせるわけでもなさそうな小石。
それが、眩い青の光を放つ。
「うっ!?」
お母さんが光に目を眩ませた瞬間、彼女の肘に手を伸ばし、その両脇をぐりっと押す。「痛っ!?」と驚いたように僕を放すお母さん。
アレね。痴漢撃退用の激痛スポットね。
沼に落ちてなおも光り続けている小石。
これはもう基礎でも応用でもなんでもない、小技だ。
錬成反応閃光弾──。
遅延錬成と連鎖錬成の合わせ技、遅延連鎖錬成を小石という極小範囲内で起こし続ける、連鎖反応を起こし続ける閃光弾。閃光弾の材料が無い時の代替品として使える奴。
ガチン、と。
大きな音が鳴る。
「地下……何かを作っているようですが」
「それも、正解!」
お母さんから離れて、バックステップでさらに距離を離して──両腕で地面を叩く。
直後、沼地と地面の境目を円に見立てた巨大な錬成陣が青い反応を返してきた。
「──ッ、これは、まずい!」
錬成陣の内容は複雑怪奇。どうやったって一瞬で読み解けるものではない。
これに対し、お母さんは僕と同じようにバックステップを選択。当然僕より歩幅が広いから、大きく遠くへ逃げられる。
そして、沼になっていない地面を靴で叩き、巨大な大槌を作り上げた。
左手の靴はそのままに、右手一本でそれを持ちあげる。どういうことなんですかそれは。さらに元々あった槌も混ぜ込んで──沼の外からでも叩けるくらいの、巨大な、巨大な。
「でも残念、こっちの方が早い!」
光る。青い錬成反応が錬成陣全体を走り、ズシンという揺れが周囲を襲う。
さしものお母さんもマズいと思ったのか、ハンマーを目の前に降ろし、防御の姿勢を取った。
15秒。
僕の錬成速度きっかりで──。
──なにも、起きない。
「失敗……?」
まさか。
失敗してたらリバウンドが来ている。
ちゃんと成功したから、何も起きなかったんだ。
「……何をしたのかはわかりませんが、これであなたの勝機は無くなりました。──終わりです」
「おお! 良いことを教えてあげようお母さん! それは! その言葉は!」
引き抜く。
それは、柄が円形で、ネジのような形の刀身をしたもの。
「──フラグと言う!!」
飛び出るは、鋼鉄のワイヤー。
そのあまりにもな突然さに驚き、しかし冷静にハンマーで対処をしたお母さんは、足元から現れたもう一本のワイヤーによって左足を掴まれる。
「っ……錬成陣なしに、どこから……」
「あるよ! 今まで、今の今まで、ずーっとずーっと作ってた──巨大な奴が!」
またワイヤー。地面から、地面の至るところから、お母さんに向かって射出されるそれらは、彼女がどれほどの速度でハンマーを振ろうとも関係が無い。左手の靴を使ってワイヤーをハンマーに錬成しようとも、後続のワイヤーが腕ごと彼女を絡めとる。
それでも、と振り下ろされるは今までの比ではない超巨大ハンマー。
対し発動するは遠隔錬成。さっき仕込んだ鉛を起点に、そこへ流れが発生し、ハンマーは内側からバラバラに砕け散る。
同時、僕の足元からも何かが出現する。
沼地を割いて、見せつけるように──その円形の錬成物が姿を現した。
今まで作っていたもの。
錬成速度の遅さを利用して行う、連鎖錬成陣の極致。
二つの錬成陣を連鎖させ、遅延をかけ、遅延が解ける前に別の錬成陣を発動させ……という具合に、僕の弱点を補いまくって活かしまくった巨大錬成。
お母さんの足が浮く。
手足を絡めとられたお母さんは──もうハンマーを振るうことも、ハンマーを錬成することもできない。
「……時、計……?」
時計。
呟いた通りだ。僕が作っていたのは巨大な時計──だけど、秒針も短針も長針もたくさんあって、円の中にたくさんの円が存在して、本来数字があるべき文字盤には無数の錬金術記号が散りばめられていて。
これが──僕の考えた、僕の最強にしてオリジナル!
どんなことにも対応できる絡繰錬成陣──サンチェゴである。
*
「いいでしょう。国家資格への挑戦を認めます」
「うん、ありがとうお母さん。……ごめんね、肩……気付かなくて」
「いえ、それまでの攻撃性の無い錬金術を考えれば、大したことではありませんよ」
戦闘が終わってわかったことだけど、お母さんは肩を脱臼していたらしい。
振り返ってみれば当たり前だ。あんな風に吊り上げられたら、人体構造的に無理が来る。
……僕の左腕も、まだ罅が残っているから……錬丹術の勉強をもっとしないとなぁ。
「レミー」
「うん、なあに、お父さん」
「最後の、母さんを退かした時の巨大な錬成陣。……考えたな!」
戦闘中は一喜一憂というか、かなり感情が乱高下していたお父さんだったけど、今は子供のように僕の勝利を喜んでくれている。
そして気付いてもくれた。最後の沼地の円を使った錬成陣がどういうものなのかを。
「なんですか、二人して。あの失敗に終わった錬成陣に、何か思い入れが?」
「失敗じゃないさ、成功なんだよ。な、レミー!」
「うん。あれはまぁ、簡単に言えば」
「……いえ、なるほど。そういうことですか。
「わぁ、一瞬で見抜かれた」
そう、あれはそういう錬成陣だ。
最初も最初、お父さんから水の凝固をやってみろって言われた時にやった、失敗の錬成陣。
あんなのでもリバウンドは起きていない。つまり錬金術は発動していたわけで。
アレをあそこまで巨大な円にしてやれば、何かとんでもないことが起こるんじゃないかって思って、歴戦の錬金術師であればあるほど退くはずだ、って賭けたんだ。
巨大な錬成陣は大抵ヤバいもの……複雑なものを錬成する時に使うからね。
「そして最後のは……」
「僕の切り札。本来は出現させないで、地中に埋めたまま使うものだよ」
「……一つの錬金術に特化しない、遅い錬成速度を逆手に取った、良い判断です」
アレは、謂わば僕なりの真理だ。
教本に乗ってた全部の錬金術記号、僕が作り出したあらゆる錬金術記号、図形、円、基礎応用小技。
その全てをいつでも表に出せるように──あと自分の手で正円を描かなくていいように──した、錬成物の錬成陣。
制作に時間がかかるからその間なんとしてでも生き延びる必要があるけど、一度作ってしまえば遅い錬成速度なんか気にせずに錬金術を使える夢のようなアイテム。
故に「
……デメリットはそのままだ。
錬成に途轍もない時間がかかる。また地中に錬成する場合が多く考えられるため、建物の、たとえば二階とかで使ったら大変なことになる。地下に階層があっても大変。
その間は小技と抜き放ったアレでなんとかするしかない。
諸刃の剣っていうか、ぶっちゃけロマン砲に近いもの。
それでも、見習いが国家錬金術師に勝てる代物だ。
「レミー」
「うん」
「国家試験は、実技だけではありません。知識と精神も必要です。筆記試験は一時間で120問。精神鑑定は、私の時は軍人六名と国家錬金術師一名に囲まれて倫理の鑑定を受けました。今どうなっているかはわかりませんが……」
SCOAかな?
いいよ、僕それ好き。そうなんだ、知らなかったぜ国家試験。そうだった、エドって天才なんだった。そして演技も上手……上手? だから精神鑑定もなんなくクリアって?
うん、僕も上手だからいけるいける。
……リスにお願いしたら顔パスにならないかな。
「今日からみっちりお勉強です。お父さんにも手伝ってもらいましょう。私は固体錬成に長けている自信がありますが、お父さんが得意な流体錬成はお父さんに聞いた方が早いので」
「え、お父さん流体錬成なんかできるの?」
「あら、言ってなかったのですか?」
「いや……もう少ししたら言うつもりではあったさ。……こんなに早く追い抜かされるとは思わないだろう普通」
追い抜かされる。
……もしかして、お父さんもお母さんに挑んだ経験が?
どういう状況で?
「コホン。……レミーは一刻も早く国家錬金術師になりたいのでしたよね。では、さっそく今日の夜から勉強しましょう。国家試験用の教本は、少し古いものになりますが私の部屋にあります。ああ、新しいものも一応」
「それは明日にでも俺が買ってくるよ。レミーは俺の基礎知識と、あとはほぼ独学で錬金術を覚えたからな。一般的な知識については疎いはずだ。ちゃんと教えてやってくれ」
「勿論です」
という感じで。
──僕の国家資格試験対策が始まるのであった。
明日は、リスに一応報告しにいこうかな。どうせ見てただろうけど。