竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
当然、内乱は起きる。
三日などと待たずとも、翌日には起きていた。その騒動で目を覚ました。
銃声と錬成兵器の反応、そしてアメストリス軍の悲鳴。……地雷撒いてもやられるかぁ。
「竜頭の錬金術師殿、お目覚めになられましたか」
「ああ、うん。戦況は?」
「戦況と呼ぶほどの事では……。いえ、そうですね。現在カール隊が暴徒と化したイシュヴァール人の鎮圧に当たっております。竜頭の錬金術師殿の錬成トラップによって幾人かの武僧の無力化には成功したのですが……」
「ですが?」
「……お恥ずかしながら、それを好機と見定めた一部兵士が防衛陣を飛び出して突撃、返り討ちに遭い、現在ああしてせめぎ合いが起きている、と」
「助けは必要?」
「いえ! お手を煩わせることはありません、すぐにでも鎮圧は──」
その喋っていた兵士をぐい、と引き寄せて、賢者の石で壁を生成、その後強化に強化を重ねて簡易シェルターを作成する。
直後……というほどでもないけど、数十秒後、物凄い震動が僕らを襲った。
「りゅ、竜頭殿……?」
「静かに」
これは、双眼鏡とか、あるいは素の目の良さか。
僕がここにいることを見抜かれたらしい。それで、火矢と爆発物の類を投げ込まれた。
気付いた理由はあんまりない。イシュヴァールの村落の、駐屯地へほど近い場所から何かを燃やしているような煙が上がっていたこと、そしてその周囲にいた一人がこちらを指さして何かを喚いていたこと。
杞憂ならそれでよかったけど、万一があったら大変だったから、シェルター作って逃げた。余程準備をしていない限り大立ち回りは遠慮したい。
「……竜頭の錬金術師殿! ご無事ですか!」
「くそ、あいつら己の拳があればいいとか言っておいて……」
「メグネン大佐! メグネン大佐! どこですか! まさか瓦礫の……」
良かった、乗り込んできたのはイシュヴァール人じゃないみたいだ。
あるかもしれない、とは思っていた。もしかしたら、爆発物体に巻き付けて特攻してくるような……僕さえ殺せたらなんとかなる、と思っているような、覚悟のキマった奴が来るんじゃないか、と。
適当な「整形」の錬成陣を床に描き、穴を開ける。そしてメグネンというらしい大佐と一階へ落ちるように逃れた。……賢者の石で無理矢理に強化した壁より床の方が穴が開けやすかったとか、そんなことはないよ。うん。
「すぐに僕らが無事であることの報告と、あとこの基地の強化の指令を。万一に備えて僕は錬成陣を準備しておくから、お願いね」
「ハッ!」
……少佐相当官、のはずなんだけど。
やっぱり味方を巻き込むことなく暴動の鎮圧をした、というのはちゃんとした評価を得られたらしい。しかもイシュヴァール人も一応殺していなかったから、ちゃんと分別のある国家錬金術師と見てくれたのかな。
敬意の目を向けられる、というのは……別に何とも思わないか。
敵意でも敬意でも、変わりはしない。
さて──早いとこコトを起こしてくれたら嬉しいんだけど。
エンヴィーあたりは、今度はイシュヴァール人になって扇動をしたりしているのかな?
*
本格的に内乱が始まった。
すぐにでも抑えるとはなんだったのか、油を伝うように広がった内乱の火はイシュヴァール全土を燃え上がらせる。「子供が誤射された」は「子供を射殺された」に代わり、それに熾った地区の者にも「捕らえられ殺された」と広がり、起こるのは憎悪の流れ、負の流れだ。
東部はすぐに増員を選択。
駐屯基地も拡大され、内乱鎮圧のための準備が整っていく。
けれど、同時。
「アスフ地区で爆発……クソ、奴ら、躊躇が無くなって来たな」
「別に爆発物はイシュヴァラ神の教えに背かずとも作れるだろうし。それより、トラップの配置はちゃんとできてる?」
「はい、ご安心ください。クラクトハイト殿に指示された場所、そして此度基地拡大によって広がった軍施設周りにしっかりと」
「……うん。ありがとう」
イシュヴァールの地は結構広い。作中で描写されただけだとちょっと掴み難いけれど、アメストリス全体図を見ればイシュヴァールの地がどれだけの広さを持っているかはわかるはずだ。
その全土に監視体制を、というのは今の人員では無理。だからこうやってトラップを使うんだけど……これだとジリ貧だな。
錬成トラップは一回発動したらそれで終わりだ。二回目、となると込める思念エネルギーを倍にしなくちゃいけない……けれど遅延錬成を成立させるためにはあまり多くの思念エネルギーを溜めこめない。そのディレンマから、数を多くして対処する、という手法を取って来たけれど、これほど広大な土地の全部を囲うとなると……。
しかも期限が三日。三日経ったらというか経つ前に置き直す必要があるし、作り直しは全部僕がやるから、単純に運搬、交換時のロスが大きい。
何か別を考えるべきだ。
でないと、死体の上を通って逃げる、が成立してしまう。
逃がさない。逃がす気は毛頭ない。
キング・ブラッドレイにはまだ殲滅戦なんてものを起こす気はないだろうし、だから僕以外の戦力が……国家錬金術師が投入されることもない。
……もっと激しくすればいいのか、逆に。
そうすれば、両軍立ち上がらざるを得なくなる。たとえば──目の前の地区を消す、とかで。
「クラクトハイト殿?」
「そこ。なんて地区だっけ。目の前の」
「リギリフ、と称されていたはずですが……」
「そう。じゃあそこ消そうか」
「……成程。見せしめですか」
久しぶりに外に出る。
このところずっとトラップを作っては直し、作っては直しの錬成兵器生産工場だったからね。
「そういうの、許可できる立場?」
「致し方が無いことがあれば、致し方が無いでしょう」
「じゃあ、そうだね。石でも投げられてこようか。子供は激昂しやすいんだ、罵られるだけでもいいかもしれない」
「護衛をつけます」
「うん、大丈夫、巻き添えにはしないよ」
無論、万が一を考えて賢者の石は常備しておくけれど。
勝手に盾となってくれる大人がいるのはありがたい。
外に、出る。
出てすぐに奇異の目を向けられ、それが畏敬か畏怖へと変わっていくのを眺める。
……元々この駐屯地にいた兵士と、増員の兵士の違いかな。
「竜頭の錬金術師……殿」
取ってつけられたような敬称に目くじらを立てる程狭量じゃない。というか呼ばれ方なんかどうでもいい。別に今ここで「悪魔の子殿……」って呼ばれてても気にしてなかった。笑っちゃってた可能性はあるけど。
気にするのは、こっち。
突き刺さる──イシュヴァール人からの目。隠れるように、身を潜めるように。銃を構える軍人に怯えて出てこないけれど、確実に僕を、僕を、僕を見ている。
これが殺意か。これが殺気か。……なんて肌でわかるのは、視線あってこそだ。殺気を感じて逃げるとか避けるとかの達人技はまだ僕にはできない。
ただわかるのは──僕がちゃんと知られている、ということと。
「お」
コツン、と。
僕の足元……というか足に、拳大の石が当たった。
すぐに銃を構える護衛の人たち。その視線の先には、家が一つ。
サンチェゴの作成を始める。僕にしては悠長過ぎるこの動作も、作戦の内というかパフォーマンスの内というか。
コレがなければ戦えない錬金術師だ、と思われてはいけないのだ。
油断させるのは不意打ちやだまし討ちが有効な場面でだけ。どうせ知れ渡ることならば、むしろ舐められるのは悪手。
──だから、そちらの家に指を向け、反対の手で自身の首を掴み──ぐり、と捻る動作をする。
ガチャン、と鳴ったのは地下のサンチェゴ……の、フェイクだけど。
まるで僕の首から金属音が鳴ったように聞こえただろう。
赤い錬成反応。
直後、僕の指さす家が
「な──」
ソレだけを残して、砂は風に巻かれていく。
ソレ。
だからつまり、次弾を投げようとしていた子供と、それをなんとか抑えようとしていた母親。
決死の形相は二つ。目を見開いて、もう一度石を投げようとする子と、子だけでもなんとか逃がそうと、それを投げ飛ばさんとする母親。
どちらもが──叶うことはなく。
どちらもが死んだ。
──鎖だ。鎖に、背後から心臓を刺されて。
「な」
「この」
爆発する。
見物に収めていたすべてが、余計なことはしてくれるなと祈っていたすべてが。
目の前で母子を殺されて、爆発する。
ああ、けれど。
近づいてきた者は地雷で飛ぶし、メグネン大佐が手を上げた事で銃撃が許可され、武僧ですらない一般人はすぐに射殺されていく。
遮蔽物に隠れようとするのならその遮蔽物を指さして砂にして、銃の射程距離から逃れようとする者がいたら鎖で突き刺して。
……因むとこれ別に特別なことじゃない。イシュヴァールの地にある家は大体が石製なので、遠隔錬成で石を砂に戻しているだけだ。鎖は地下のサンチェゴから射出したり成形したりしているだけ。
正直サンチェゴの効果範囲はそこまで広くない。だけど、目の前のリギリフという地区を消し去る程度なら届く。
ちなみに首を捻ったのは感圧式の錬成陣を起動させるため。指を差すことに意味は無いけれど、それやらないと味方が驚くからね。指差し確認大事。
そうして──そうしてすべてが更地に戻り。
すべてが、鎖の墓標に繋がれる。一度銃殺された死体も貫き直している。
「……この石。頭に当たったら、どうなってたかな」
「ハッ。脳震盪や脳挫傷、頭蓋骨骨折など、死に至る怪我を負っていた可能性が高いかと」
「じゃあ、まあ、殺されかけたんだから──殺すくらいは、
「……はい。致し方の無いことであったと当官は認識しております」
あくまで正当性を謳う子供であるかのように。
あくまで己を信じて疑わない幼稚さの塊であるかのように。
「抑えているだけじゃ埒が明かないからね。──進もうか」
「っ……はい。護衛いたします」
といってもサンチェゴの範囲から出るつもりは無いけれど。
サンチェゴを移動させる、というのは現実味のない話だ。これだけ巨大なものが地中を動けば、流石にいろんなところに被害が出る。現地で作るのが一番なんだけど、やっぱり殲滅向きじゃないのは確か。
「……ま、そろそろではあると思うけどね」
仕込みは上々、かな?
さて、ポーズにもう少し地区を消して行こう。
*
そこは。
そこは──元、水路。水路だった場所だ。
「クラクトハイト殿……これは」
「逃げようとしたイシュヴァール人だよ。チャレンジ精神は認めるけどね、無理なものは無理。ちゃんと三日待ったんだろうけど──」
瓦礫の下。
あの時いた人数よりは少ないものの、結構な数のイシュヴァール人が生き埋め……死に埋め? になっている。
僕は嘘を吐いていない。
三日経ったら効果は切れる。遅延錬成の。
だから、三日経ったら必ず作動するのだ、このトラップは。そしてこの規模の地雷が一斉起爆すれば、当然水路なんてものは崩れ落ちる。
イシュヴァールの地に繋がっていた七つ。その全てを完全に塞いだわけだ。──僕が不穏分子を逃がすわけがないだろうに、三日さえ耐えたら助かるとでも思ったのだろうか。
「……ううん」
「クラクトハイト殿、どうされたのですか?」
「いや……どうしたものか、と思ってさ。この錬成トラップだけだと、イシュヴァール人を逃がしてしまいかねない。一人も残らず殺すにはどうするべきか……」
「お言葉ですが、クラクトハイト殿。この世に絶対という言葉はありません。それに、一人や二人のイシュヴァール人に何ができましょうか」
「ライターを盗んで無差別に民家へ放火ができるね。岩を振り上げて夜道を歩く人を撲殺することもできる」
「……!」
「復讐者に軍人と民間人の区別なんかないよ。国内へのテロリストの侵入をみすみすと見逃す、という発言は聞き捨てならない」
極論、なんでもできる。
一個事件を起こしたら、当然マークされて、そのまま捕まることもあるのだろう。だけど、少なくとも一件は起こせる。
一人は殺せる。その一人があの二人だったら。
「イシュヴァール人は結束力が高い。一族がみんな家族のようなものだ。それを殺されたんだから、アメストリス人を誰でも良いから殺す、という発想に至るのはおかしくはない。報復には報復を。連鎖は断ち切らない限り続くよ」
「……失言、失礼いたしました。気を引き締めます。この地から、未来のテロリストを一匹たりとも出さないために」
「うん」
錬成する。
瓦礫は元通りに、瓦礫の下のイシュヴァール人は棺に──ッ!
「危ないッ!」
「死ね、悪魔の子!」
流石は軍人、僕より圧倒的に反応速度が高い。
そして流石は武僧、生命力が高ければ、これほどの血を流していてもこんなに速く動けるのか。その手には、鋭く研磨された瓦礫の一つ。ずっとずっとここで狙っていたのか。様子を見に来る僕を、一番油断しているタイミングで殺すために。
避けることはできない。
僕がどう転がろうが、どう防御しようが、この攻撃は当たる。錬成陣を描いている暇なんか当然に無い。
──だから、左腕で受ける。
「ッ、ぐ……!」
「貴様、このっ!」
確実に骨が折れた。その骨が筋肉を突き出て、いやもうかなりぐちゃぐちゃだ。
武僧自体は護衛の軍人が蹴り飛ばして銃殺してくれたから助かったものの、これは油断だ。慢心だ。
何度言ったらわかるんだ、僕は。僕は前線に出てくるタイプじゃない。この確認だってしっかり戦闘訓練を受けた軍人にやってもらえばよかったんだ。
あぁ、くそ。
学ばない自分、というものほど嫌気が差すものは無い。
「死んだ……か。他の者は……いや、それよりも、クラクトハイト殿!」
「僕は良いから、死体……瓦礫に埋まってる奴ら、全員の頭を撃ち抜いて。……地雷と瓦礫で死んでいない人間がいる、なんて思っていなかった。……僕は大丈夫だから」
「──はい。迅速に行います。その後処置を!」
鉛玉を五角形に配置する。
その上に大量出血をしている左腕を置いて、目を瞑る。
……生体錬成は使わない。アレは治療じゃないから。
使うのは勿論錬丹術だ。お母さんと戦った時のものでいい。ただ地下水道は構造物……流れが掴みづらい。
賢者の石の蓋の下。大いなる流れ。
……ダメだな。憎悪の血の紋が形成されつつあるせいか、どうにも掴み難い。
仕方がない。隠し札の一枚を切るか。
無事な方の手で、錬成陣を描いていく。陣自体は簡単なもの。だけど。
「アーリッヂ大尉、だっけ」
「ハッ」
「ごめん、この石五つをそこの、外の光が漏れてるところに置いてくれる?」
「……こう、でよろしいですか?」
「うん。それで、ここにあるのと同じ形に」
「ここ……く、クラクトハイト殿! その出血量は!」
「いいからいいから」
意識は朦朧としている。
前にも述べたけど、子供の血液量は少ない。簡単な大量出血で普通に死ぬ。いや大人だって大量出血したら死ぬけど。あと難しい大量出血とはって話だけど。
そんなどうでもいいことが並べられるくらいには、意識レベルはあるらしい。
「ちょっと離れてて……」
大尉を離れさせて、錬金術を使う。そう、錬金術だ。
置かれた鉛玉から僕の腕のところにまで錬成反応が走り、そこだけが土へと変化する。
……来た。
次は錬丹術。
使うエネルギーの差異をちゃんと理解して──阻害されている流れを正す。
相応の痛みはあった。
けれど。
「……治った?」
「応急処置だよ。骨をくっつけて筋肉をくっつけて、血管をくっつけて皮膚をくっつけただけ。基地に帰ったらちゃんとした軍医に診てもらわなきゃ。まだまだ育ち盛りだからね、変な歪みがあったら困る」
治せた。
少しは、上達しているらしい。
今やったのは暗渠錬成というものだ。
自分のいる流れから、あるいは自分のいない流れからパスを通して流れを分断させ、無理矢理こっちに流れを持ってきて錬丹術を使う、という力業。
これのメリットはどこにいても錬丹術を使えるようになることだけど、自然物から引っ張ってこないといけない*1のが結構キツい制約だ。
フラスコの中の小人のいる場所とか自然物を引き込み様がないからなぁ。もし彼と戦うことがあれば、なんとかして構造物内の流れを掴めるようになっておかないといけない。
「そうですか……いえ、申し訳ありません。護衛についておきながら、お怪我を……」
「大丈夫と言いたいところだけど、血を流し過ぎた。他の水路の確認は君達に任せてもいいかな」
「ハッ! 直ちに行わせます!」
油断した。
……死んでいるかどうかを確認しないで、死んでいるだろうと思って雑談する、なんて。
ダメだ。
物事が上手く行き過ぎると慢心する。もっとシビアに動け。まだ内乱は始まったばかりなんだから──もっともっと、効率よく、効果的に。
にしても。
……痛い。錬丹術って別に痛みを消せるわけじゃないからね。傷が治ったって痛みはしばらく残る。
vsお母さん以来の怪我だ。……痛いな、ちゃんと。
「早く終わらせないとなぁ……」
早く。早く終わらせないと、来る。
お父さんが来てしまう。
あるいは内乱を長期化させるアエルゴとか、あとロックベル夫妻も。まぁ後者はそこまで影響ないけど。
僕が余裕ぶっていられるのもあと少しだけなのだろう。
本当に戦争になったら──僕は。