竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
そのまま、一年が過ぎた。
──恐ろしいことに、過ぎてしまった。
本編で七年かかった内乱は、けれど中央軍が出張ってきてその進行を遅らせた、というのが大きく影響していたはず。僕はそれが起きる前に戦争の形態を変え、確実に効率よく落とし切る──そのつもりでいた。
けれど、結果はどうだ。
一年。一年がどれほど長いかなんて語るまでもない。一年あったらイシュヴァールの地の全土くらい回れる。その全てを潰し切ればいいだけの話だったはずだ。なのに。
「それで、イシュヴァール内乱鎮圧の調子はどうかね、レムノス・クラクトハイト君?」
「……芳しくない、ですね」
「ほう? 報告ではイシュヴァールの地の五割を管轄に収めた、と聞いているが」
「たかだか五割。それも錬成兵器を用いてイシュヴァールの地の奥地へと奴らを押し込んだだけに過ぎません。こちらの兵の犠牲は軽微に抑えられている自信がありますが、撃破数も抑えられてしまっている」
「その言い方は──何か他の要素によって抑えつけられている、というように聞こえるぞ?」
今日、僕は査定を兼ねてセントラルに戻ってきている。ホントならイーストシティで受ければいいんだけど、キング・ブラッドレイ大総統がお呼びである、とのことで、セントラルに変えた。
「はい。そう言っています」
「……それは、どこかね、竜頭の錬金術師」
「アエルゴです」
「下手な言葉は国際問題となるが──それは理解しているか?」
「無論です」
アエルゴ。
アエルゴだ。邪魔をしているのは。
最初、ホムンクルス側が内乱を長引かせている、という可能性も考えたけど、別にホムンクルス側にこの内乱を続けさせるメリットがないことに気付いた。彼らは血の紋さえ刻めたら後はどうでもよく、賢者の石の研究をしたいのは中央軍の方。
ホムンクルス側の研究は終わっているというか、賢者の石の作り方に関するノウハウを教えたのは彼らの方で、その頭が賢者の石の塊みたいなものなんだから、当然。フラスコの中の小人がイシュヴァール人で賢者の石を作りたい、なんて言うわけもなし。
そしてその中央軍がまだ動きを見せていないとなれば、あとはアエルゴしかない。
作中以上に手を貸している。作中以上に与している。
「証拠は?」
「必要ですか?」
「必要だとも。無いのであれば、君の妄言であることを否定できなくなる」
「妄言であることを否定できないと、何か困りますか?」
別に、出そうと思えば証拠なんていくらでもあるけど。
どの道国境紛争中の国で、暁の王子の時のような和平調印の予定もないのであれば。
「……ふっふっふ、それで? 仮にアエルゴがイシュヴァールに与していることが裏付けられたとして、君は何がしたいのかね?」
「当然、アエルゴとイシュヴァールの断絶です。そのために、アエルゴに打撃を与えます」
「イシュヴァールのような民族とアエルゴを同列に語るのかね? アエルゴは君が思っているより巨大だ。兵の千や二千を殺したところで何かが変わる、ということはないぞ」
「理解しています。その上でアエルゴを退けさせる、と言っています」
「口に出す言葉は、君ができることのみにしたまえ。少なくともこの場ではな」
「では言葉を改めます。──アエルゴの砂漠化を進行させます。アエルゴの国土を削り取り、イシュヴァールへ手を伸ばせなくしましょう」
言えば、多少、驚いた……と思われる顔をするキング・ブラッドレイ大総統。
目を見開いた。多分。
「何年必要かね」
「既に準備は終えています。──あとは閣下の許可があれば」
「私が許可しなかったら、どうしていたのかね」
「実行していました。ですが、体裁は整えた方がいいでしょう」
これだってイシュヴァール内乱鎮圧のための作戦の一つだ。
アエルゴの協力体制が原作より強い、とわかった瞬間から、距離的にアレらを分断し、さらにはアエルゴ側へダメージを与える作戦を練ってきていた。
今、聞かれたから報告しているだけで、聞かれていなかったら勝手にやっていた。
だって先に手を出してきたのあっちだし!
「はっはっは……子供だからと大目に見てやるほど私は甘くはないぞ、レムノス・クラクトハイト」
「ですが、協力を申し出てきたのはそちらでしょう。──いずれ行う、私の世界征服への」
「言葉を慎みたまえと言えば出るわ出るわの大言壮語。元気な若者は好きだが、これほどとなると危ぶまれるものもあるな」
「では返しましょうか、コレ」
取り出すのは賢者の石だ。
僕の、アメストリスを超大国にする、という話に乗っかって来たのはそっちなんだ。当然、とことん付き合ってもらう。
「いや、いい。代わりと言っては何だが」
「遅延錬成を他者に教えろ、という話であればお断りします。遅延錬成の陣は大量に生産していますから、そちらで勝手に解析してください」
「……だが、大変だろう。それに、現在の戦況は君の肩に荷がかかり過ぎている。君が病に罹ったり床に伏せた時、その錬金術を引き継ぐことができなければ、アメストリスは隣国に押し返されてしまうやもしれん」
「後継者問題ですか。……僕のこの歳で考えることではないように思いますが」
「君の歳でも、何の関係もなく死が訪れる前線に身を置いているのだ。まさかそんなことも自覚していないとは言うまいな」
「……」
確かにそうだった。
遅延錬成は僕の要であり、これを僕が一身に握っているからこそ錬成兵器工場の類もまだ作られずにいる。いや、僕の渡した紙を兵器に取り付けるための工場は簡易ではあるものの出来上がっているけれど、そうではなく──僕から完全に離れた工場は、まだできていない。
それができたらお父さんが駆り出されるだろう。だからまだ握り潰しておく必要がある。
だけど……たとえば、僕の身に何かがあった時。足ならいいけど、手を扱えない、みたいな怪我をした時。目が見えなくなった時。そして死んだとき。
僕が今までやってきた部分をカバーすることになるのは、国家錬金術師だ。
原作よりもかなり早い段階での投入。何故ならそうしなければ埋められない程の穴を僕が開けてしまったから。
……後継者。遅延錬成を引き継ぐ者。
「では、僕に地位をください。信頼できる者を部下にして、その者に継がせます」
「国家錬金術師は少佐相当官だ。満足はできないかね?」
「できませんね。少佐では満足な部下を選出することは難しい」
「……ふん、本当にその者が君の代わりになると思っているのかね、レムノス・クラクトハイト」
「つまり閣下が死した時、アメストリスは崩壊すると?」
「私と君を同列に語るか」
「お父さんとお母さん以外に価値のある人間なんていませんよ。だから閣下も僕も同列で平等で対等です」
「……」
「……」
もし、この場に他の軍人がいたら。
ぶん殴られて追い出されるか、投獄、いや死刑もあり得たかもしれない。それくらい失礼なことを言っている。
──が。
「ふ……はっはっは! いいだろう、好きにしたまえ。どの道君はかなりの功績を立てている。錬成兵器の開発だけでも十分なほどだ。あとで言い渡しておく」
「何気に気まずかったんですよね。少佐相当官に対して遜ってくる上官とか、増員で来たはいいものの僕をどう扱っていいかわからない兵士たちとの距離感とか」
「何気に、ではないだろう。心の底から面倒くさがっていたのではないかね?」
「……はい。とても」
「ふっふっふ、素直でよろしい」
本当にこの人は。
……自分がレールの上を歩くだけの存在だから、こういう遊びのようなやり取りが楽しくてたまらないんだろうな、というのは伝わってくるけれど。
一応、彼の気紛れの一つで簡単に首が飛ぶ側の存在としては、気が気でないというか。
「それでは失礼します」
「アルドクラウドの方へは行かないのかね? 両親に会うだけ会っても誰も怒らんだろう」
「一刻も早く国の膿を摘出したいと思うのは、そんなにおかしいことですか?」
「……いや。では、更なる活躍を期待しているぞ、竜頭の錬金術師」
「はい。ありがとうございます」
会わないのは別に、会いたくないから、とかじゃない。
早く鏖滅したいからだ。余計に時間を使わせてきた敵を。それに、これが終われば、少しは時間も設けられるだろうし。
*
というワケで。
「これで対等だね、メグネン大佐」
「……滅相もありません。貴方はこの内乱が終わる頃には、将校クラスへ上がっていますよ、クラクトハイト大佐」
大佐になった。
二階級特進……ではなく昇進。少佐から大佐になるのに、普通の軍人はどれほどの苦労をかけるのかはわからないけれど、まぁ十分に有り余る功績らしい。
「それで、僕のいない間に何かあった?」
「特に特別な事はありませんよ。あぁただ、残留連鎖生体錬成弾を使用した兵士からいくつかの意見書が上がってきています」
「おお、早速使ってくれたんだ。ありがたいな」
「β型も功を奏したようですよ。アエルゴ方面を見張っていた兵士曰く、恐らく研究施設だろう場所やアエルゴへ帰る馬車の中で爆発が起きたのを見た、と」
「いいね。そういう情報は日時や天候、場所も一緒にメモしておいて、って伝えて」
「はい」
帰ってきてすぐに見るのは、メグネン大佐、アーリッヂ大尉の報告書と──イシュヴァール人の死亡者確認リストだ。
生け捕りにした奴ら含めて、全員バストアップの写真を撮って、可能なら名前も載せてもらっている。
……今回もいない、か。
「ああそうそう、大総統から許可が出たから、例のアレ実行するよ」
「やるん、ですね」
「非道だって?」
「いや、南部に影響が出ないか心配で」
「そこは考えてあるから大丈夫。今日の夜にでも実行してくるから、いくらか兵士が欲しい」
「50は動かせますぜ」
「50人いたらもう師団組んだ方が早いでしょ」
例のアレは、そのまま砂漠化のことだ。
蒔いた種を芽吹かせるだけだけど、アエルゴとイシュヴァール、アメストリスの境へ赴く必要があるから、結構危ない。錬金術を使うからこればかりは僕が行かなければならず、だからこそ兵士が必要だ。護衛がね。
アーリッヂ大尉が兵士の手配のためにと部屋を出ていくのを見届けて、僕はさっきの弾丸についての意見書を見る。
えーと。「発射音に違和感がある。武僧は耳が良いから気付かれるかもしれない」、「弾道に妙なブレを感じる」、「外した場合どうなるのかを知りたい。外していないが」、「体内に入れる必要がないのなら、奴らが扱う包帯にこの錬成陣を描いたものを混ぜ込んで使わせるのもありなんじゃないかと思った」。
うん、やっぱり僕以上の外道はいるね。ありがたい。
しかし、発射音、弾道については僕の改善点だな。多分内部を溶かしてしまうのが原因だろう。アレは体内に入った後、残留しやすくなるよう軽くしてるんだけど、もし元の重さのままで体内に残留させられる技術を有する銃撃兵がいるのなら、そっちに合わせた方がいいな。
外した場合は地面に埋まる。その後遅延錬成が発動するけど、半径30cmにしか効果が及ばないから地雷代わり、というのは多分難しい。
そして、包帯に連鎖生体錬成陣か。
良い考えだ。透明な塗料を使う必要があるな。武僧が見抜く可能性もある。
だけどそれらデメリットを無視しても……たとえばアエルゴとの交流物に混ぜるのとかいいんじゃないか?
そうすれば、アエルゴ側への疑いの目も……あー、いや、アエルゴはそこまで錬金術が発達しているわけではないからバレる……んー、イシュヴァール人も見抜けるのは
わかんないな、その辺は。
一応採用して試してみるのはアリだろう。
「メグネン大佐、この回答書をお願い。僕はちょっと風に当たってくるよ」
「はい。ですがお気を付けください。奴ら最近銃器まで使うようになっていますので」
「うん、ありがとう」
イシュヴァラの教えとはなんだったのか。
まぁ作中でもそういう交流はあったみたいだし、普通に自爆特攻に見せかけた、素手で爆弾を置いて、爆発する前に逃げる、とかいう人間離れしたことするやつらもいたし。
一枚岩じゃないんだ、イシュヴァール人も。
……一年で五割。
早いと見るか遅いと見るかは、何を目標としているかで変わるだろう。
僕は──。
夜。
装甲車三台で向かうのはその国境地点。
音を殺すために速度は落とし気味にしているとはいえ──並走してくる人影が。人間じゃないだろアレやっぱり。
「クラクトハイト大佐」
「気付いてるよ。射撃は?」
「この暗闇では難しいですね」
「……アエルゴ方面は?」
「動きはありませんが、既に待ち伏せしている可能性も」
……今日僕が動く、という情報が洩れているね、コレ。
となると、誰も信用できないな。保険を起動させておくべきだ。
「クラクトハイト大佐、そろそろです」
「うん。ただ、装甲車から降りる時は気を付けてね。鹵獲された錬成地雷が敷かれている可能性がある」
「初めに私が装甲車のタイヤで踏んでいる場所に降りていただければ問題ないかと……」
「β型の可能性もあるし、君が内通者の可能性も捨てきれない」
「……そうですか」
信用されていないのが不満だったのか、運転手は少し拗ねたように言う。今更でしょ、僕の用心深さなんて。こんな小さなことで拗ねてたら身体が保たないよ。
……それとも、古株を集めてもらった今回の遠征だけど……僕を知らないってことは、彼は古株ではないから、僕の性質を知らなかった、とか?
「どのようにして気を付けるべきでしょうか」
「ああ、じゃあ僕が先に降りるよ。僕は錬成地雷を無効化できる」
「なんと、そんなことが可能なのですか?」
……この人も少し怪しめ、と。
まぁ中央の糸がくっついた、僕の部下になって後継者に選ばれたいだけの人かもしれないけど。
そんな疑心暗鬼染みた事を考えながら、鉛を五つ、遠くに放る。
足元にも五つ。踏んで地面に埋め込んで、発動するのは錬丹術だ。
発動は──しない。
つまり、どっかに流れを詰まらせているものがある。つまるところ、錬成物がある。マズいな、僕たちが作業している間に襲ってくる系だと思っていたけど、ここで立ち往生させるってことは──。
ヒュ、という風を切る音が聞こえた。
「伏せろ!」
「う──グ、ぁ!?」
遅かった。
低く身を伏せた僕に対し、隣にいた背の大きな護衛が苦悶の声を上げたのがわかった。
手袋の錬成陣、乾湿の湿。vsお母さんの時に使った沼地化を発動させる。ただし範囲は狭い。あの時と違って沢山の場所に働きかけることができているわけじゃないからね。
発動後、転がりながら装甲車の下へ。
「何が──ギ」
運転手の断末魔。
……これで、今さっき疑った二人がやられたわけだけど。
ま、尻尾切りの可能性もあるし、別々の雇い主の可能性もある。ただ今確実なのは、地下水路の時とは違う、万全な状態の武僧数人が僕を狙ってきているという事実。他の装甲車の護衛は……あ、後続の車全部壊されてるじゃん。
そして──
「嘘だぁ」
思わず声が出た。
二人がかりではあった、とはいえ。
……装甲車持ち上げてひっくり返せる人間って、何?