竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
メグネン大佐とアーリッヂ大尉含む古株の兵士が死んだことについて、僕に激しい追及をしてくる者はいなかった。相手が武僧で、アエルゴの兵士もいたのだから、彼らは「国家錬金術師を守り通す」という職務を果たし切った──そう捉えたらしい。
おかしな話だ。国家錬金術師こそが兵士の何十人分となり、この国を守る存在だというのに。
「おかしいですか? 至って当然のことであると思いますよ」
「そうそう。アンタがいなきゃ、ここはもっと凄惨な戦場になってたんだ。アンタは今や単なる国家錬金術師以上の価値がある。たとえば……そうだな、"銃の手入れを欠かす兵はすぐ死ぬ"ってな叩き上げの兵士の中じゃ当たり前の話で、アイタ!?」
「その例えはあまりにも失礼過ぎます。お気を悪くしないでください、クラクトハイト大佐。コレは士官学校の出ではないため、学に問題があるのです」
「ンだと!?」
新しい部下。
僕が選んだ、信頼できる後継者……ではなく、大佐位として持っているべき部下。増員の兵士二人と、元々駐屯地にいた二人。今目の前で騒いでいるのは後者の二人だ。
一人目、キレイア中尉。珍しく女性の軍人。アメストリス軍はアームストロング少将の例があるようにある程度は実力主義だけど、古風な男尊女卑も抜けきってはいない。軍がそうなだけで、在野には物凄く強い、あるいは賢い女性がたくさんいるんだけどね。
そんな中で中尉にまで上り詰めているのは褒められるべきなのだろう。ホークアイ中尉と同じ戦力か、と言われると微妙なところだけど。
二人目がヴィアン准尉。先ほどのやり取りからわかるように元傭兵で、士官学校上がりではない軍人。当然だけど、士官学校の出じゃない軍人はまず信用度を得るところから始めなければならないし、実力を示す機会でもなければ階級なんか中々上がらない。
それを准尉まで、となると、相当腕が立つということだ。あるいは──誰ぞかの駒である、か。
学のない奴に学がある風の演技はできないけれど、学のある奴なら学のない風の演技は容易い。……ま、いいんだけどね。遅延錬成を盗用されたところで、全員が全員その感覚を掴めるというわけじゃないだろうし。
「気にしていないよ。呼び方も風評もどうでもいいものだから。ただ、僕を守るために死ぬ、というのはやめてほしいかな。錬金術と感情は直結するからね、感情が乱されたら精度も落ちる。僕に安定した錬成を望むというのなら、生き残ることが条件だ」
「……」
「……あー。成程、アーリッヂの馬鹿が入れ込むワケだ」
言葉に、二人は顔を見合わせて──溜め息を吐いた。
キレイア中尉。その行為の方が失礼だけど、自覚ないんだね。
「クラクトハイト大佐。私たちは貴方に"錬成兵器を作り出すための存在"として在ってほしいわけではありません。さっきこの馬鹿が失礼なことを言いましたが──私もコレも、貴方の下で戦いたいと思って当隊に志願しました。そこは勘違いしないでください」
「ああ成程、俺の言葉が失礼ってそういう意味か。すんませんね、そういう意味で言ったんじゃないんだ。兵士にとっちゃ銃ってのは相棒であり、同時に最も気を遣う恋人みてーなモンでさ。そういう……なんだ、なんて言えばいいんだ? まぁ、俺達にとっちゃアンタは大切だけど、強いから大切なんじゃなくて、心強いから大切なんだよ。……あ?」
「馬鹿の戯言です。お気になさらないでください」
……悪人二人の次は、善人二人か。
やめてほしい。本当に。メグネン大佐とアーリッヂ大尉といた時間は一年だけだったけれど、それで十分情は持ったんだ。あんな荒野で、危険も承知でセンチメンタルに浸る程度の情は。
人と人が長く共にいれば、否が応でも情が湧く。湧かなくなったらようやく化け物だろう。……涙を流すことだけが情の有無じゃないと、自分に言い聞かせてはいるけれど。
「なんでもいいよ。死なれると教えたことが無駄になるから、死なないで。それだけ」
「……はい」
「ははは! いいね、その方がシンプルだ。傭兵時代を思い出すなぁ」
これは実際そう。
二人が死んだおかげでメグネン大佐とアーリッヂ大尉が持っていたコネクションが消えてしまったし、遅延錬成陣の印刷とか僕を護衛する際の注意点とかもまた教え直さなきゃいけない。
死ぬなら引継ぎをしてから死んでほしい。……なんて言ったら、もう終わりだね。エンヴィーに「そこまで堕ちたかよレムノス!」って笑われちゃうか。
「来週には中央軍が来る。──その前にやりたいことを全部済ませたい」
「お供いたします」
「護衛は任せろ。全部蹴散らしてやる」
空いた穴を埋めるんだ。今までの二倍は働かないとね。
その一報が入ったのは、趨勢がこちらに傾いてきたのを体感できるようになった頃合いだった。
確実にアエルゴの手が退いて行っている。土地が死んだことではなく、あそこに浅いとはいえ谷ができたのが原因だろう。馬も駱駝もギリギリ飛び越えられないくらいの幅にしたからね、試してみて落ちた商人もいただろうし、それを見て無理だと判断した兵士らも多くいただろう。
別にアエルゴの国境全部を谷にしたってわけではない。最短ルートをぶった切っただけだ。だから、イシュヴァールの支援が遠回りしてでも国に価値を齎すと判断されたら手は引かれなかっただろうけれど、結果はコレ。
イシュヴァール人が銃の類を持たなくなった。これは大きいよ、かなりね。
で、話を戻して。
「アメストリス人の医者夫妻……」
「はい。封鎖中のイシュヴァール区境で保護されたそうで」
ロックベル夫妻だ。
いつ来るんだろう、とは思っていたけれど、一年と少し経ってから。まぁこれは彼らが薄情であるとかではなく、僕がいたからなんだろうけど。
国家錬金術師は兵器だ。その攻撃が無差別であるというのは、あの「鎖の墓標事件」で多くに周知されている。……なんでもかんでも事件って名付けたがるよねアメストリス人。
「二人はどこに?」
「北東区の駐屯地に軟禁中です。向かわれますか?」
「うん。ああただ、二の舞は避けたいからね、今回は一台で行こう。僕と僕の隊員だけでいいよ」
緊張が走る。
走ったのは増員の兵士二人の方。逆に「来たか!」とテンションを爆上げしたのがヴィアン准尉で、一瞬目を細め、すぐに何かに思い至った様子なのがキレイア中尉。
「できるだけ死は遠ざけるけど、身は勝手に守ってね。それができるのが軍人だと思ってるよ」
「……はい」
か細い返事。
ちなみにメグネン大佐たちが全員死んで、僕だけ戻って来たあの件も、後になってやっぱり色んな噂が蔓延っているらしい。悪魔が生贄として用いたとか、秘密を知った邪魔者を根こそぎ処理したとか。
事件当時にそういうのが出てこなかったのは、僕の気が立っていることを恐れたためだろう。一応ホラ、僕って「子供に石を投げられた程度」でそこの地区を消し去るような短気キッズだからね。
さて──。
特に襲撃に遭うこともなく、北東の駐屯地に来た。
内通者がいない、ということか、そういう余計なことをしている余裕がイシュヴァール側になくなったということか。
「初めまして。アメストリス国軍大佐、レムノス・クラクトハイトです」
「大佐……」
「君が……」
ユーリ・ロックベルがサラ・ロックベルを守るように身を前に出す。
あのね、もしここで手を出したら流石に色々アレだよ。普通に捕まるよ僕でも。君達何もしてないからこの軟禁措置だってあんまりよくないんだよ。こっちの兵士曰く少し暴れたから、らしいけど。
「ユーリ・ロックベル。サラ・ロックベルだね。単刀直入に言わせてもらうけれど、イシュヴァールの地には今後一切近づかないでほしい。あの地は軍が封鎖している。入ることも出ることもできないようにね」
「何故、そんなことを……彼らだってアメストリス国民でしょう!?」
「けれど、アメストリス国民に害為すアメストリス国民だ。つまり犯罪者だよ。君達は相手がたとえ犯罪者であっても治療する、と言いそうだから言うけれど、やっとの思いで負傷させた犯罪者を追い詰めたら治療されてました、じゃ困るんだ。僕たちだって犠牲を払って彼らを殺している。彼らを救うということは、僕らの努力を無駄にすることに等しい」
これは嘘ではなかったりする。
どちらの方が善である、なんて論議をするつもりはないけれど、敵の負傷や疲弊というのは自軍の成果だ。敵が傷ついているから勝負を仕掛けられる。敵が疲弊しているから好機を見定められる。それを治療するというのは利敵行為に他ならない。
キンブリーは医者としての本分を果たした、と言っていたけれど、果たすならアメストリス国軍に対して果たして欲しかった。イシュヴァール人にだって医術を心得る者はいる。元々アメストリスじゃなかった民族なんだ。そういう機能を持つ、あるいは技術を持つ人間は存在する。
彼らの治療はそういう人たちがやる。そしてそういう人たちを初めに殺すのも、僕らの作戦で成果だ。
要約すると──。
「邪魔をしないでほしいな。これは軍事行動で、国が決めたこと。それに歯向かうというのなら、今ここで君達を殺す。未遂でも、"これから先テロリストに加担する可能性があり、それを制御できない"となれば、殺すしかない」
「……っ」
「あるいは内乱が終わるまでここで監禁するか、だけどね。働かない人間二人分の世話をしなくちゃいけない、というのをここの兵士が納得すれば、それも適うと思うよ」
ぶっちゃけ医師の本分というのならここの兵士を治してほしい。
ここは僕がいない基地だから手薄だと思われているのか、武僧達の攻撃の激しい基地でもある。負傷者は多いし、逃走兵までいる始末。物資はいつだって足りていない。そこに追加二人分はキツいものがあるだろう。
「あと、そうだね。子供の立場から君達を説得するのもアリかもしれない」
「……どういう」
「子供がいるよね、サラ・ロックベル」
「ッ、あの子は関係ないでしょう!」
「なぜ知って……まさか軍をリゼンブールに」
「出してない出してない。そんな余裕無いんだって。だけど、関係なくはないよ。サラ・ロックベル。君の子供は、その生涯を"テロリストに与した夫妻の子"として生きていくことになる。その誹りを子に背負わせて、自らは死地で本懐を全う、なんて──酷い逃げだよね」
お母さんに悪魔を背負わせた僕がどの口で言ってるんだか。
最近外れたみたいだから良かったけど、それなりの誹謗中傷が二人にまで向かっていたらしい。そりゃまぁ、僕の年齢だからね。「親の教育のせい」、「子を狂った愛国者に洗脳した錬金術師夫妻」とか、酷いものだと「悪魔を錬成した二人」とか。人体錬成じゃなくて悪魔錬成なら成功するのかな、この世界。
好きにやると言ったから。
僕は、やっている。
けど今、ウィンリィ・ロックベルは幼子も良い所だ。善悪の判断は疎か、自らのやりたいことさえ理解できない年頃。そこにその重荷を背負わせるのは親としてどうなの?
っていう……まぁ、子供を言い訳にさせる最低な系統の説得。ぶっちゃけリゼンブールなんか田舎も田舎、ロックベルの名が知られなければ大した噂にもならないだろうし、作中の通りウィンリィがロックベル姓を名乗ったところで誰に何とも思われないんだろうけど、そういう所は隠しての説得だ。
脅迫、ともいう。
「三日だ。僕はついでにこの基地の強化と見回りをするから、三日間は君達を拘束する。イシュヴァールの地にはもう近づかないと誓うのならそのまま帰すし、それでも行きたいと宣うのならこの場で殺す。ああ、牢から出るのは構わないし、三日に至るまでに答えを出すのも問題ないよ。基地からは出ないでね」
「三日……」
「そう、三日。働きもしない、兵士を治しもしない一般人を保護する三日間。兵士のためにあった食料を使わないといけないし、君達は何の力もないアメストリス国民だから、僕らはそれを守る職務も発生する」
それだけ言って、見張り番の兵士に後を任せる。
……うん。僕に説得は向かない。いやだって、イシュヴァールの内乱自体がホムンクルス側の策略で、ホントのホントにイシュヴァール人に罪はないからね。
僕は彼らの内の一人が未来でテロリストになることを知っているからこうも強い語気を扱えるけど、事の発端が軍将校にあって、しかも子供を誤射したことがきっかけと知っている兵士なら……どの口が、って思うんだろうなぁ。
言ってる僕でさえ思ってたし。
「お疲れ様でした、クラクトハイト大佐」
「どう思った? キレイア中尉」
「どう、とは?」
「あの夫妻に対してでも良いし、僕に対してでもいいよ」
珍しい。誰が言う前に僕が思う。
そんなことを聞くこと自体が珍しい。アレかな、久しぶりに母親というものを見て、お母さんに会いたくなったのかな。いいね、人間っぽい。
「……あの夫妻に対しては、大佐の言った通りです。私たちが血を捧げて行っているこの戦いを無為にする行為など……到底許すことはできません」
「でも人の命を救う行為だよ」
「へぇ! 驚いた、大佐。アンタ、イシュヴァール人をヒトだって思ってたのか?」
「勿論。だけど敵だよ」
「……まぁ、そうだな」
ヒトだとは思っている。
喜怒哀楽もある。だから隙も突きやすい。動きも掴みやすい。
感情のない機械だったら……それはそれで対応するけど。
しかし、この様子だと、ヴィアン准尉は僕の説得に反対派かな。この人情に脆そうだし、当然と言えば当然か。
「人命救助も時と場合を考えなければ悪であると私は考えています」
「そう。そこまで僕に寄せてこなくてもいいけどね。拳、握り過ぎると出血するよ」
「っ!」
キレイア中尉も内心では色々な考えがある、と。
……善人か。悪人二人の方がやりやすかったなぁ。こっちの方が読み易いけど。
「さて、僕は基地の強化に行くけど」
「勿論ついていくぜ。俺はアンタを守るために隊に入ったんだ」
「私もです。置いていかれるつもりはありません」
即答。そこは変わらない。
逆に増員の兵士二人は……アレ、物凄い勢いで頷いている。「じ、自分たちは遠慮します……」とかになると思ったんだけど。
……派閥とか、色々あるのかな?
それとも疑い過ぎかな、僕。まぁ杞憂で済むならそれでいいからね。疑うだけ疑って、何も無いならそれでよし。
「僕、別に怒らないし、処罰したりしないからさ。意見を合わせるとか要らないからね」
「おう。ガンガン反発させてもらうぜ、大佐」
「……私は別に、合わせて……いませんが」
「ははは! んじゃキレイア、お前はもっと感情を表に出さない努力をしろって。手だけじゃない、唇も噛み締めてまぁ、わかりやすいこっゴフ!?」
「殴りますよ」
「……てめぇ、喉を殴るのは、普通に犯罪、だろ……」
なんか。
幸せそうなカップルだから、すぐ死にそうだな、って思った。