竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第二十二話 錬金術の禁忌「過畳生体錬成」&落としどころ

 その日は雨だった。

 イシュヴァールの地で雨に降られる、なんてのはかなり珍しい話で、同時にとても警戒しなければならない天候。当然ながら武僧に雨なんて関係ない。彼らの視力は多分5.0とかあるし、足音を消して走ることもできる。慣れていない天候のはずなのに、その対応に長けている。

 反してアメストリス国軍は雨天演習も受けているはずなので、てんやわんやになることはない……ものの、そこまでのパフォーマンスが出せるかと言ったら話は別だ。

 賢者の石で空中に衝撃波を作り出して雲を散らす、とかも考えたけど、多分先に賢者の石の限界が来る。それくらい天候というのは強いエネルギーを持っている。

 

 よって、僕らは最大警戒態勢で、けれど待つことしかできなかった。

 

 そしてそれは、容易に予想されていたことで。

 

 破砕音が響く。

 爆発音ではなく破砕音だ。バリケードの破砕音。

 

「来たか」

「みたいだね」

 

 ヴィアン准尉が銃を担ぐ。その銃の先端には短剣がついている。いわゆる銃剣、バヨネットって奴だね。

 

「来たって、何が……」

「ここに来るのなんてイシュヴァール人しかいないよ。イシュヴァール人の武僧が僕たちを殺しに来たんだ」

 

 ここは牢……ではなく、ロックベル夫妻に用意された空き部屋。

 

 さて、まぁ彼らはアメストリス国民で、犯罪者ではないので、守らなきゃいけない。だから一応の最高戦力たる僕とその護衛を務めるヴィアン准尉がここにいるのだ。

 

「僕がここにいるの、把握されてると思う?」

「把握されてようがされてなかろうが連中はここに来るだろ。来なかったら撃退できた、来たらできてねぇ。そんだけじゃねえか?」

「錬成に時間のかかる錬金術師としては、敵が来る時間がわかっているとありがたいんだけどね」

「安心しなよ、大将。アンタが欲する時間、どんだけあっても俺が稼いでやる」

「別に僕撃破数とか気にしてないから殺していいよ」

「……あぁよ!」

 

 僕は陣地作成に長けた錬金術師である、という自覚がある。

 まぁサンチェゴを見たらわかるようにだけど、それ以外にも錬成速度が遅いという事実が近接戦闘の出来なさ加減を物語っている。

 できるだけ罠を敷き、できるだけ防御を固め、できるだけ逃走経路を多く作る。

 それが僕のスタイルだ。

 

 だから、たとえば──。

 

「お?」

「ああ、把握されているみたいだね」

 

 左側、イシュヴァールの地に近い方の壁が、激しい震動に襲われる。

 四枚。

 鋼鉄に錬成し直した強化壁四枚を、空間を少しずつ開けて配置したものでこの部屋は覆われている。ま、普通の石壁で壁を作るわけがない、という話。

 ここへ入るには一つしかないドアか、あるいは二枚ある窓のいずれかからしか無理だ。床と天井も強化済みだから。

 

 そのまま、幾度か部屋が揺れる。基地全体に攻撃している、というよりは、ありったけの爆薬をこの部屋に突っ込んでいるのだろう。

 そしてそれで破れないとわかれば──。

 

「来たな! 下がってな大将!」

 

 幾人かの悲鳴、怒号。

 音をほとんど遮断してしまうこの部屋だから誰の悲鳴かは判別し難いけれど、誰であっても対面した時点で死んでいるだろう。そこにはもちろん、僕らと別行動に班分けされたキレイア中尉も含まれている。

 本当は助けに行きたかったりするのかな、なんてヴィアン准尉を見るも、彼は口角を最大限にまで吊り上げて笑うばかり。

 威嚇、だったりして。

 

 轟音。

 それは扉を破る音ではなく、踏み込みの音だったのだろう。同時、突き出された掌底は()()()()()()()

 

「シャット」

 

 千切れる。

 吹き飛ばすつもりだった扉に絡めとられた腕が、ギロチンが如く落ちてきた二枚目の刃付きドアに千切られる。

 後ろで夫妻の悲鳴。いいよ、好きなだけショックを受けて欲しい。そのために僕はここにいる。

 

 そして今度こそ扉が飛ばされる。弾き飛ばされた扉は、しかし括り付けられた鎖によって引き寄せられ、前方の壁にぶつかって沈黙した。飛ばされることがわかっているんだ、危ないから固定具を増やしておくのは当然という話で。

 

 数は。

 

「……多いな」

「愛されてんなぁ大将」

「四……いや五人? 後ろにもう一人いるね。まぁこの前の三人が僕一人に敵わなかったんだ、増員するのも頷ける」

 

 怪我人ではない。

 五体満足で殺気に満ち溢れたイシュヴァールの武僧四人と、さっき僕が腕を飛ばした一人、そしてその後方で誰かと戦っている一人。計六人。だけど腕を飛ばしたやつはしばらく動けないだろう。動けないだろうことを祈る。しばらく、なのもおかしな話だけど。

 

「竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイトだな」

「おお? 俺は無視か」

「邪魔だ」

 

 いつの間にか踏み込んでいた武僧がヴィアン准尉を殴り飛ばす。裏拳で側頭部に一撃。

 鋼鉄の壁に衝突して、彼はそのまま動かなくなった。生死はわからないけれど、かなりの出血だ。

 

 また、背後で悲鳴が上がる。

 

「……ソレも仲間か、錬金術師」

「守るべき国民かな? 仲間じゃないよ」

「そうか。ならば」

 

 反応はできない。

 ただ、僕を直接殴るより、そちらの方が楽だと思ったのか──武僧の一人が夫妻の目の前にまで跳び。

 

「死ね、アメストリス人──」

「だから守るべき国民なんだってば」

 

 直後鋼鉄の壁から突き出たスパイクに全身を貫かれ、死亡した。

 夫妻の目の前で──死体がだらりと落ちる。

 

「見ての通り、ここは僕の牙城でさ、攻略は至難だ。だから大人しく帰ってほしい。そうすれば見逃してあげるよ、イシュヴァール人」

「戯言を。貴様は我らの鏖滅を謳っている。背を向けようものなら、一息にでも殺されるだろう」

「じゃあ向かってくる? 君達が来ることはわかっていたからね、ここは僕の罠だらけ。さっきの武僧みたいに簡単に人が死ぬものを多く取り揃えている」

「フ、らしくないぞ竜頭の錬金術師。その言葉はまるで、近づいてほしくないと言っているようにしか聞こえん──」

 

 僕の動体視力では武僧の踏み込みを見てから反応する、ということはできない。

 ので、見ないで反応する。

 

 受け止める。

 腕をクロスさせて、その拳を。あのタッファという武僧は死んでいるから、情報共有はされていないことを見越してのものだったけど、ちゃんと功を奏してくれた。前も使った簡易版グリードの全身硬化。床、軍靴、軍服を全て鋼鉄で裏塗することで、足腰への負担も回避。

 受け止めた後に遅延錬成がそれらを解除し、次の錬成を発動させる。

 

 拳を突き出した姿勢で止まっている武僧の腹に撃ち込むは、僕の拳。

 

「──ふざけているのか? そんな拳で」

「君達が単純火力のアタッカーなら、僕は差し詰めデバッファーなんだよね」

「、グ!?」

 

 局所錬成。

 拳の当たった範囲内を適当に作り替えるその錬成は、15秒間の毒ダメージみたいなものだ。腹筋だからかなり痛いはずだし、鍛えに鍛えた筋肉が使い物にならなくなるのもデバフ。

 

「何してるギリン、退け!」

「足が動かん! それ以上踏み込むなお前達! この床、何か施されているぞ!」

「ちょっと、なんでそんな喋れる──ッ!?」

 

 腹筋をかき回されてて、そこまで情報共有ができるのがありえない。

 ありえないし、まさか──まさか、まだ動けるとは思っていなかった。

 

 膝蹴り。

 いや、蹴りの形にさえなっていないのだろう。彼の身体は今どんどん硬直していっているのだから。

 それでも十分だった。子供をぶち飛ばすには、十二分に威力が出せた。

 

「……退け、退け! そして同胞に伝えろ! 竜頭の錬金術師の撃破は諦めろと! コイツのいない場所を全て──」

「ぁぁあらァ!」

 

 飛ぶのは、首。

 痛みも麻痺もあるはずなのに、ずっと喋り続けていた武僧の首が飛ぶ。

 

 飛ばしたのは……ヴィアン准尉だ。

 側頭部から少なくない量の血を流して、けれど銃剣を振り切った。人間の首の骨を断ち切る膂力。キング・ブラッドレイもそうではあるけれど、この世界の剣術士も中々よくわかんない筋力してるよね。

 

「っ、大丈夫か大将!」

「問題、ない。……それより、准尉……──廊下に人は、いる?」

「今逃げてく奴ら以外はいねぇよ!」

 

 十分だ。

 その報告で十分。賢者の石を使う。

 

 廊下。その両方の壁が突き出て、押し出て、撤退を選択した武僧は潰し殺された。

 

 

 *

 

 

 治療を受けている。

 ……ロックベル夫妻による治療だ。軍医は武僧に殺されたから。

 

「……」

「……」

 

 夫妻も僕も、何もしゃべらない。

 いや。

 

「すまねぇ、大将……俺は」

「全くです。貴方の腕を信じて任せたというのに、大佐に怪我を負わせるなんて……わかっていますか? 大佐は確かに心強い存在ですが、まだ子供で……」

「わかってる。わかってるよ。……子供を守りたくて傭兵になったっつーのに、まだこのザマだ。ホント俺は……成長しねぇなぁ」

 

 先に手当が終わったヴィアン准尉と、なんと一人で後方にいた武僧を撃破したキレイア中尉のいちゃいちゃを見せつけられている、と言った方が正しいか。

 勿論僕の心持ちがそれである、というだけで、夫妻はもっと複雑な心境なんだろうけど。

 

「あ、えと、それで、その……大佐の容態は」

「……不思議なくらい、軽傷だ。生体錬成……そういうものがあるとは聞いていたけれど、ここまでの傷に対応できるものなのか」

「ただ、骨にはしっかり罅が入っています。少なくとも一か月は安静にするべきね」

 

 生体錬成ではなく錬丹術だけど、なんて反論はしない。

 あの膝蹴りが弱体化したもので良かった。本来の蹴りなら、僕は背中側から内臓を撒き散らして死んでいたことだろうから。

 

 ……慢心、になるのかな。

 人体構造を考えれば絶対あんな風に動けないはず、という僕の先入観がこの事態を引き起こした。ヴィアン准尉が全く反応できない可能性は想定の範囲内だったけど、アレは……。

 

 僕が今回やったのは、筋線維に対して再生と破壊を連続して行う生体錬成だ。ある蛋白質に対して働きかけて、全身の筋力低下を急激に引き起こす。

 生体錬成……治療する方は全く分からないけれど、壊す方ならかなりわかってきた。ちゃんと勉強もしているからね。

 

 だからこそ、絶対にもう動けないと思っていたのに、このザマだ。

 慢心……慢心か。

 前に僕は、彼らをヒトであるとは思っている、と言ったけれど。

 思わない方が良い気がしてきた。アレ人間じゃないよ絶対。

 

「治療してもらっておいてなんだけどね。……帰りなよ、二人とも」

「!」

「……」

「さっき君達を殺そうとした武僧。アレ、なんで君達を狙ったのかわかる?」

 

 夫妻が僕の仲間じゃない、国民だと……一般人だと知ってからの行動。

 非戦闘員であることなんか見た目でわかる。態度でわかる。わからない武僧じゃない。だというのに、錯乱もしていないのに、彼らは理性的に二人を狙った。

 

「殺しやすそうだったからだよ。──彼らにはもう、アメストリス人はアメストリス人にしか見えていない。イシュヴァール人とは違う敵対者。侵略者。君達はここへ来た時、"彼らだって同じアメストリス人だ"と言っていた。けど、違うんだよ。彼らは自ら、アメストリス人であることをやめた。元々受け入れてなんかいなかった。彼らはイシュヴァール人で、アメストリス人ですらない」

 

 まぁ。

 一連の流れというか、夫婦の近くに僕がいたのはこれを見せつけるためではあった。

 

 ここでもし、イシュヴァール人が「そうか。ならその二人を逃がせ。戦場に一般人を入れるな」とかって紳士的なこと言い出したらどうしようかと思ってたけど、ちゃんとイシュヴァール人は復讐者になっていた。

 もう、彼らはテロリストだ。未来でそうなる、ではなく、既に。

 今の彼らをアメストリス国内に引き入れたら、すぐにでも手当たり次第の町村で虐殺をして回るだろう。

 

 ……あるいは僕を殺したら溜飲が下がって、二人は見逃して貰えたかもしれないけど。

 

「ああでも、一応第三の選択肢は上げるべきか」

 

 二者択一な人生程愚かしいものはない。

 常に抜け道があるべきだと僕は思っている。

 

「ここで軍医をやる、というのはどうだろう。丁度軍医が殺されてしまっていてね、困っていたんだ」

「大佐、それは」

「勿論単なる特別措置だから、軍人になるわけじゃない。軍医になる、は言い過ぎたね。まぁ通りすがりの町医者として、ここで毎日運ばれてくる怪我人を治す行いをしないか、って話。このままだと、中央から増員の軍医が来るまでの間、彼らは負傷をそのままにあのテロリスト集団と戦わなければいけなくなる。残念ながら僕は元の基地に戻らないといけないし」

 

 どうだろう?

 と。夫妻を見れば。

 

「……心情的には、まだ、彼らも救いたい。だが……ここの人の事を捨ておくわけにはいかない」

「そうね。……そう、ね」

 

 納得は行っていないようだったけれど、二人は頷いた。

 

 よーし、じゃあ追加の軍医、ここには出さないよう命令しておこう。補充が来たらまたイシュヴァールに行っちゃいそうだし。

 ヴィアン准尉の側頭部と僕の内臓何個かを引き換えに説得成功、ということで。

 

「ありがとう。……そうそう、言い忘れていたけれど、ここの基地が破られたら、イシュヴァール人の逃亡者が全員アメストリス国内に雪崩れ込んでくるんだ。ここを皮切りにね。──さて、ここから一番近いのって」

「わかっている! ……その脅しを使ってくることはわかっていたさ。……わかっているから、言わなくていい」

 

 リゼンブールに戦火を伸ばしたくなかったら、という脅迫は、無駄に終わった。

 

 軍医が来ない限り、夫妻はここで治療を続ける。

 夫妻がそれを放棄すれば、この基地は破られ、リゼンブールが被害に遭う。簡単な話だね。

 

「それじゃ、キレイア中尉。手配と伝達、お願いね」

「はい。では、大佐も……ヴィアンも、安静にしてください」

「ああ。立てるようになったらすぐ行くから──」

「安静にしてろ、と言ったの」

「……はい」

 

 ……キレイア中尉。

 いやー、どうなんだろうね?

 武僧を一人で、タイマンで倒し切った。……ほんとにぃ? って思っちゃうな。なまじ、その強さを身に染みてわかっているだけに。

 

 それとも彼女もイズミのように武を極めた一人とかだったりするんだろうか。

 ……今度、それとなく聞いてみるべきかな、これは。

 






※サブタイトルの「過畳生体錬成」ですが、「畳語」から取った造語です。「過畳」という日本語はありません。
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