竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
壁に押し当てる形で作ったのは、水平方向のサンチェゴだ。
いつもより工数を多くしたのは巨大に作るため。そしてそこまでして使ったのは単純な「分解」。物質分解だ。赤い岩を砂にまで分解した。それだけ。
そして、それにより露出した上向きのサンチェゴは、未だに青い錬成反応を滲ませている。当然、ここで終わらせる気は無い。
「まだまだ……!」
グラン大佐の作った簡易シェルターの中で、僕は更なる錬金術を発動させるために竜頭を捻る。
いつも通りの鎖でも良かったんだけど、今回はインパクト重視で行く。最長距離だけ計算して、作り上げるのは乾湿の湿。いつかお父さんとやった、粘土を棒にする過程の一つ。即ち「捩じって鋭くする」だ。それを固めて──射出する。
それぞれの基地には届かない距離で、けれどイシュヴァールの地の全てに届く勢いで。
今までなぜこれをやらなかったのかって、こんな巨大なサンチェゴを水平方向に作り上げることのできる場所がなかったからだ。
イシュヴァラの聖地はイシュヴァールの地の中心。最も味方の巻き込まれない位置で、最も敵を巻き込みやすい位置。これがここ以外にない、というのもある。僕を長時間確実に守れる戦力がいて、且つ裏切り者が誰もいない、という状況でなければ成し得なかったこと。
褒めて欲しいのは錬成反応から見てわかる通り、賢者の石を使っていないこと。今僕は素の想像力でコレをやっている。
「……その人物が意外な行動をした時、明日は槍が降る、などと茶化すことがあるが……まさか、槍の降る光景を直に見る日が来ようとはな」
「大佐……今からでも、槍雨の錬金術師に改名してはどうでしょうか……」
「これ平時からできるわけじゃないからね。サンチェゴを作成して、且つサンチェゴが通常時より巨大で、水平方向にある状態じゃないとここまでの数を制御するのは無理」
普段四つの事しか同時に考えられない僕が、どのようにしてこの無数の槍の形成を為しているのか。
簡単だ。
想像力が足りたら想像できる。
つまり──知っているもので、この無数の槍に該当するものがあれば、容易とは言わないまでも想像し得る。
僕が今想像しているのは──爪楊枝だ。
あの、円形のケースに入ってる奴。それが赤くて、底面を思い切り叩いた、みたいな想像。
その成果がコレ。
上々と言えるんじゃないだろうか。僕が最も苦手としている「成形」の錬金術で、ここまでのことができたら、グラン大佐に負けない成果を残せていると豪語できる。
「あ……あの、大佐」
「うん?」
「その、二人の遺体を、離してあげてくださいませんか?」
……ああ。
鎖で貫いたままだった二人を解放する。一応脈を取って、絶命していることも確認した。
「……この槍の雨はそう止むまい。先ほど言った言葉、どういう意味かを話せ、クラクトハイト大佐」
「この人数を相手には無理だね。他にもまだ内通者がいるかもしれない」
「むぅ……」
僕の隊の二人。そしてグラン隊の四人。
グラン大佐も四人が四人とも完全に信頼できるか、と言われたら怪しいんだろう。ここで引き下がるというのはそういうことだ。
赤い槍の雨が止むまで。
僕らは──若干の悪さを伴う空気の中で、しばらくを過ごした。
歩く。
無事な者など誰もいない。無事なモノなどなにもない。
疲弊しきっていたイシュヴァール人は逃げられなかった。武僧はもうほとんど残っていないことも確認していた。最後の最後が、さっき襲ってきた奴らであることも。
……それでもその中に、
赤い槍の結合は既に解かれている。最初に習ったやつと同じで、ただ押し固めただけだから、強い衝撃を受けると単なる砂に戻る。
だから今、イシュヴァールの地は赤に塗れていた。けれど血ではなく砂だから、見た目はあんまりグロテスクじゃないかな。
「墓標さえも残らんか」
「残ってた方が良かったかな」
「いや……戦士ならまだしも、死した子や母親を見て、気を病む兵も少なくはない。赤砂の下にある方が……」
「マシだ、とは僕も思ってはいないよ。敵であれ非国民であれ反逆者であれ、人間の命を奪ったことに変わりはない。それが見えなくて良かった、なんてことを思いはしない。見えていても見えていなくても変わらないだけ」
歩く。
ふと、人影が見えた。グラン大佐も気付いたのだろう、すぐに臨戦態勢を取る。
けれど、そのシルエットに警戒を解いた。
だって太っている。かなり。イシュヴァール人にそんな者はいない。
「これは……フェスラー准将。何故このような場所に?」
「ふん、貴様に用はないわ、グラン。用があるのはそこのチビに対してだ。──ついてこい。話がある」
「……らしいけど。それじゃ、先帰ってて」
「え、いや大佐、護衛の任が……」
「その務めは、准将たる俺の言葉に勝るのか?」
「ぅ……」
「大丈夫大丈夫。僕、そこそこ強いからさ。それにアレでしょ、君達。二人を弔いたいんでしょ」
「!」
「いいよ、裏切り者に向ける墓なんか必要ないと思うけど、そうすることで気が済むのならやるといい」
そうして、別れる。
赤砂の海で。
二つの遺体を背負ったクラクトハイト隊の二人は何度もこちらを振り返って、けれどグラン大佐に背を叩かれ、基地の方へ戻っていった。
「フェスラー准将の一人称って俺だっけ?」
「あ? 知らねえよそんなこと」
「あと多分准将はグラン大佐のことファミリーネームですら呼ばないよ」
「はー。はいはい。情報収集不足ってか」
当然だけど、彼はフェスラー准将なんかじゃない。
エンヴィーだ。適当なところで成り代わって来たんだろう。
歩く。
護衛というのならこれほど優秀でこれほど安心できない存在もいないだろう。
「で。お前さ、こんなスゲェこと出来たんだな。てっきりネタ切れだと思ってたよ」
「条件が整えば、だけどね。それにこんな無差別攻撃、余程の状況じゃないと使えないって」
「ハハッ、確かにな」
一応、生きているモノがいないか探しながら、歩く。
無差別攻撃だからこそ、何らかの手段で生き残ることも不可能ではないのだ。
「中央はカンカン?」
「ああ。やる予定だった実験が軒並み先送りになったからな。アンタ、わかってて殺しただろ?」
「勿論だよ。軍の実験体の管理は杜撰も良い所だからね。中央に預けて、預けた結果キメラとかになって逃げられました、なんて言われた日には、中央司令部を分解することも視野に入れるよ」
「そりゃ面白そうだ。やるなら呼べよ。少しは手伝ってやる」
南へ、南へと歩いて、少しばかり地形が山なりになっているところに辿り着いた。
一応その陰に誰かが隠れていないかも確認して。
「アンタの言う通りになるかもよ」
「そう仕向けた所はあるからね」
「……俺達はどうでもいいんだけどさぁ、人間どもは早く実験したくてたまらないらしいんだよね。それで、都合の良い民族が殺し尽くされそうだから、って」
次の標的はアエルゴだー、って。ガキみてぇに大笑いして騒いでたぜ。
「つまり殺し尽くしちゃった今?」
「ああ。この報告が届き次第、アエルゴに喧嘩売るだろうな。元々売ってたよーなモンだけど、宣戦布告じゃなくて侵略宣言だ。そんで──アンタのおかげで、国家錬金術師の戦地投入、その試験運用は終わった」
内心で溜息を吐く。
そうなる可能性も予見はしていた。なってほしくはなかったけれど、なるかもしれないと。
僕と、そして大詰めにグラン大佐だけ、なんてあり得ない。
僕がこれほど有用性を見せつけている以上、国家錬金術師の大量投入は軍にとって魅力的に映ったはずなのだ。
「アエルゴ侵略。それに、国中の国家錬金術師が使われる。勿論お前の大事な大事な母親もな」
「……アエルゴ侵略をもっと早くやっても、二の舞いか。他の国が標的にされるだけかな」
「まぁそうだろうなぁ。つーかアンタ、まだ策があんのかよ。アエルゴって結構デカい国だぜ?」
「やり方なんかいくらでもあるよ。アメストリスの国土に影響するから自重していた錬金術も、アエルゴなら使いたい放題だし」
「たとえば?」
「たとえば、この前見せた局所洗掘錬成で国を囲う、とかね。──二年もすれば、アエルゴは草も木も生えない死した土地になる。ま、その前に種が割れなければ、の話だけど」
あと、あんまり流れを変えすぎると何かが起きるんじゃないか、って懸念もある。
この程度を今までの錬丹術師たちが考えないはずがないのだ。それも、錬丹術を学んだあと、悪の道とかに堕ちた奴とかが。
それらが、けれど大きく流れを変えたりしないということは、何かしら……何か取り返しのつかないデメリットがある、気はしている。
メイ・チャンが来たら、それとなく聞いてみたいところだ。これってやったらどうなの? って。
「どうすんだよ。両親を戦争に行かせないためにこんだけ頑張って来たんだろ? けど、アンタのせいでもっとやべぇ戦争が始まりかけてる。そのもっとやべぇ戦争に母親が駆り出されることが決まってる。──おい、レムノス。どうするんだよ」
「中央司令部というか軍の上層部を消す、ってのはダメかな」
「ダメだな。それは俺達に不利益が出る」
「……じゃあ、仕方がないか」
今は1902年8月。イシュヴァールの殲滅が終わるには余りにも早すぎる時期。
原作開始……というか、気をつけなければならないのは1915年初頭の日食の日だけで、他がどうなっても最悪は構わない。原作知識という知識チートが使えなくなるだけだ。
「アエルゴを侵略して、クレタを侵略して、ドラクマを侵略しよう。──宣言通り、アメストリスを超大国にしないと──国が満足してくれないというのなら」
「ヒュウ、言うねえ。……そんなアンタに良い話がある」
「不老不死?」
「……だからさぁ、言ったよな? 言葉を先に取るクセやめろって。相手をイラつかせるだけだぞ」
「ああ、じゃあエンヴィーも使ったら良いよ。煽りスキルは大事でしょ」
「……で、不老不死じゃねえよ。お前がそういうのに食いつかないことくらいわかってる」
違うのか。
まぁ違うか。
「教えてやるよ、賢者の石の生成方法。──そんで、アンタならできるだろ。何年かかけてでも──アエルゴに、賢者の石を生成するための錬成陣を敷くくらいのことは」
「ああ……そっちか」
「なんで残念そうなんだよ。結構秘奥なやつだぞーこれ」
……でも確かに、それが一番楽なのでは?
どうにか国家錬金術師をアエルゴから追い出して、国土錬成陣で賢者の石にしてしまえば、残党狩りもしなくて済むし、無駄に血を流す必要もなくなる。
クリーンでエコだ。その後強大な賢者の石が手に入るワケだし。
鋼の錬金術師で悪役なお父様の使う手段だから、と避けてきてたけど、もしかしてコレ核とかを用意するよりもかなり楽な殲滅方法では?
「でも、この話には乗れないな」
「へぇ、アンタならノリノリで来ると思ったんだが」
「アエルゴは広いからね。それをやってたら、いつの間にかお父さんとお母さんが死んでいた、なんてことになりかねない。できるだけ手の届く範囲に居たいと思うのは当然でしょ?」
「オイオイ、忘れたのか? ──お前、今そこそこの地位があるんだぜ? なぁ、クラクトハイト大佐」
おお。
そういえば、そうだ。国家錬金術師は少佐相当官。だから、やろうと思えばお母さんにも、そしてお父さんにも命令ができる。
待機命令が出せる。
なんなら今回の功績で准将くらいにまで上がることだって……いや待てよ。
「エンヴィー、その身体……フェスラー准将は今どこにいる?」
「ん、いや、適当な所で眠らせてあるけど」
「その座が空いたら、僕はそこに座れるかな」
「なんだよ、権力欲が出てきたのか?」
「大佐だと少佐相当官を強制的に従わせられない可能性があるからね。けれど、准将ともなれば相当だ」
権力になんて興味が無い、とか思ってた時期もあったけれど、成程、権力があるとそういうことができるのか。
マスタング大佐が大総統の座を狙うわけだ。
……というか彼って反戦軍縮派の人間だから、彼に大総統になられるのは困るな。もっとガンガン押せ押せの人にキング・ブラッドレイの後を継いでもらわないと。
「オーケー。それくらいはいいよ。代わりにアエルゴで賢者の石を作ること。それが条件だ。出来なかったら相応の罰があると思えよ、レムノス」
「僕を殺してお母さんたちに人体錬成させる、とか?」
「……さぁな」
させたとして、果たして二人は戻って来られるのだろうか。
イズミが「アレを見て戻ってこれただけ天才」みたいなことを言っていたし、戻ってこられない場合もあるのでは、って思ってる。お母さんは国家錬金術師クラスだから可能性はあるかもだけど、お父さんは……。
「想定で何年かかる?」
「……わからない。アエルゴには行ったことが無いし、錬成陣を作るというのなら計算もしないといけないから……まぁ、四年か、六年か」
「アエルゴの広さわかってて言ってるんだよな?」
「勿論。そんな、たかだか錬成陣を刻み付ける程度に何百年もかけたりしないよ」
「……今のは聞かなかったことにしてやる。ほら、これが賢者の石の錬成陣だ」
そう言って渡されるペラ紙一枚。
作中で見た通りの奴。
「どんな形でもいい。この錬成陣をアエルゴに刻み込め。国家錬金術師をどう使ったって問題ないだろう、准将なら。それで、刻み終わったら」
「形だけの終戦宣言をして、賢者の石にする、か」
「すぐに、じゃなくてもいいけどな」
正直血の紋を刻むだけなら簡単だ。
問題は円かなー。スロウスに出張してもらうわけにもいかないし、コツコツ掘り進めて……やっぱり六年か。
まるで予定調和のように1908年に終わりそうだなぁ。
──とはいえ。
どの道通る道ならば、先に通っておいた方が良い。
1908年に起きるのは、イシュヴァール殲滅戦改め──アエルゴ殲滅戦になるのだろう。
ゆくゆくは、すべての国を。