竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第二十七話 錬金術の基礎「地殻エネルギー」&目途

 胸騒ぎはしていた。

 マース・ヒューズ。今はまだ階級のない、単なる士官学校生である彼は、けれど虫の知らせのような……第六感が警鐘を鳴らすのを確認していた。

 

「ヒューズ?」

「……」

「どうしたんだよ、拳銃構えて外睨んで……なんかいるのか?」

 

 夕焼け時。あたりが暗く、赤く昏くなってきた頃合いだった。士官学生用のキャンプは少しばかり弛緩した空気が漂っていて、緊張を保っている者など一人もいない。

 いや、いなかった、というべきだ。

 今、いきなりマース・ヒューズが立ち上がって、激しい警戒をしはじめたこと以外は、まるで遠征演習にでも来たかのような雰囲気だった。

 

「……誰か、来るぞ。カウフマン、みんなを叩き起こせ」

「誰かって……こんなトコに来れるのは軍人だけだろ? 警戒しすぎだって」

「四人……いや、もっと居やがんな。軍服も着てねえ」

「はぁ? 一般人ってことか? アメストリスの旅行者……は、流石にねぇか。わーったよ、全員叩き起こしてくる」

 

 警戒だ。

 士官学生は今、これから軍人になるという段階で、だからこそ戦場の空気を味わっておくためだけにここにいる。それでも軍人の卵なのだ。戦闘行為ができない、ということは無い。

 ヒューズは拳銃を、そして腰のナイフを検めて、その足音の方向を注視した。

 崩れた建物の陰。

 

 出てきたのは──子供、だった。

 

「……ッ」

 

 アエルゴ人の子供。

 自分たちよりも幼い、少年とも少女とも取れぬ年頃の子供が──銃を、持って。

 

 震える手で、震える体でそれをもって、こちらに近づいてきていた。

 

「ヒューズ……って、ありゃ」

「ああ……多分な」

「……無力化して拘束するぞ。ガキの一人くらい、いけるだろ?」

 

 此度の報復戦争の方針は、戦士でない者、投降してきた者は殺さず捕らえることになっている。この場合は前者が当てはまるだろう。たとえ凶器を持っていたとしても、子供は子供だ。

 殺さずに済むならそれに越したことは無い。そういう考えは当然の倫理として彼らに根付いている。

 

「待て……何か、おかしい」

「早くしねぇと、乱射されても困るだろ。テントに穴が開いちまう」

「わかってる。だが、俺は確かにさっき五、六人の足音を聞いたんだよ。ガキ一人じゃねえ」

「あの子は囮で、他がいるってことか?」

「そう思う。……俺が拳銃を弾き飛ばすから」

「保護か。任せろ」

「いや、牽制だ。あっちの陰と、あの建物の屋上。考えられる射線はそれだけだ。拳銃を弾くと同時、そっちへ銃撃を頼む」

「聞いてたか、ドーラ」

「へいほい。寝起きだが、まぁ牽制ならいいだろ。精度は期待すんなよー」

 

 子供が近づいてくる。

 既に有効射程距離に入っているが、それでも、と。

 

 ──戦争だ。

 親を失った子供など、たくさんいるのだろう。

 そうだ、戦争だ。これは。

 

 拳銃より得意なナイフを構えて──。

 

「ッ! 伏せろ!!」

 

 踵を返し、カウフマンとドーラを押さえてテントの内側に飛び込む。

  

 直後、爆発があった。

 耳をつんざく轟音と目を灼く光。爆風でテントが焼き飛ばされる。

 爆薬の量がそこまででもなかったためか、爆発はすぐに収まったが──テントに火がついた。

 

「おい、起きろ! 敵襲だ!」

 

 カウフマンが真っ先に叫ぶ。まだ寝ぼけている学生に対し、そしてこのテントにいない、他のテントにいる者達に対し警鐘を鳴らす。

 

 ヒューズは。

 ヒューズは──後ろを振り向いたことを、後悔した。

 

「……」

 

 燃えている。

 黒い、小さな、背丈の小さな、黒い、黒い影。

 もうヒトのカタチであったことしかわからないソレが──ゆらり、くらりと、倒れて。

 

「クソ……!」

 

 終わりではない。

 まだ何も終わっていない。音を聞いて軍人が駆けつけるまでの間、士官学生は生き残らねばならない。

 

 燃えるテントから出て、そうして気付く。いる。いる。いる、いる、いる。

 見える射線、その全てにいる。誰かがいて、ヒューズ達を見ている。長物を覗いて──彼らを見ている。

 

「お前たちが、仕掛けてきたんだぞ」

 

 声は背後から聞こえた。

 幽鬼のような声だ。士官学校生のものじゃない。けれど若者の声。

 転がり出たテントの先で、その声は背筋を這い上がるようにして彼らに囁く。

 

「アメストリス人。お前達さえいなければ、俺達は──」

 

 振り上げられるものが何なのかはわからない。暗い。棍棒か、あるいは剣か。

 後者であればヒューズに待つのは死だろう。投げナイフではどうにもならない距離で、姿勢も悪い。

 

 振り下ろされる。

 怖ろしい瞳だった。真っ黒な顔に目だけが浮かんでいるような、復讐の相貌。

 

 それが。

 

 パン、なんて軽い音に──弾かれ、仰け反り、倒される。

 

「大丈夫か、ヒューズ」

「アントン……すまねぇ、助かった」

 

 別のテントにいた同期。

 彼の放った銃弾が、復讐者を撃ち飛ばした。ただそれだけのことだ。

 いつかは己も行うことだ。だというのに、酷く、酷く──空無で、虚無で。

 

「おいおい、呆けてる暇ねーぞ! 早く遮蔽に隠れろ!」

「こっちだこっち! 安全は確保してある!」

 

 不気味だった。

 撃ってこなかったからだ。建物の屋上に佇む、明らかに長銃と思われるソレを覗く者たちが。

 それでも油断はできない。遮蔽に隠れ、正規兵が来るのを待つべきだ。

 

 未だ。

 轟轟と音を立てて燃えている、爆心地。

 

 違和感があった。

 拳銃を持っていたのに、怯えがあった。その瞳は、先ほどの幽鬼とは違い、ただただ恐怖に震えていた。

 だから罠だと思ったし、だから無理矢理やらされていると思って、無力化を選ぼうとしたのだ。

 

 果たして、それは正解だったのかもしれない。

 あの子供は無理矢理にヒューズたちのテントに近づかせられて、その身ごと──。

 

 想像に過ぎない憶測に頭を振るう。

 今は自らの命と仲間の命だけを心配しろ。気を散らすな。

 

 ここは戦場。

 どうあっても安全な遠征演習などではないのだから。

 

 

 *

 

 

「っていうシナリオだったんだけど、どうだったかな」

「どうも何も。何故私は貴重な睡眠時間を削ってまでこんな三文芝居を見せられているのでしょうか、と問いたいところですね」

「後進の……というか、君にとっては同年代の彼らがあんな調子だったんだ。この国の行く末を思うのなら、敵を眼前にして無力化を考える、なんて甘えた考えは捨て去って貰わないと困るでしょ?」

「相変わらず愛国心の高いことですね。……私はこの国に対して思うことはありませんよ。ただ、貴方が平和を望まぬ将で良かったと心底思うだけです。アエルゴだけではないのでしょう? あなたはクレタもドラクマも視野に入れている。……確かにそういう意味では、"他国の人間とは分かり合えず、殺さねば平穏は得られない"と思わせるのは悪手ではありませんが……」

「が?」

「早計ですね。意識改革は無論構いませんが、軍人になってからでも良かったかと。逃走兵には相応の罰が与えられますが、士官学生の時点では軍人にならない、という択を取ることができてしまいます。目の前で子供が自爆テロなんて、トラウマとして刻まれてもおかしくはないのでは?」

「……確かに」

 

 確かに。

 逃げられなくしてからやるべきだったか。その方が強迫観念にも襲われる。

 原作でも殲滅戦の後国家錬金術師をやめた錬金術師が数多くいたという。国家錬金術師であることに、軍の狗として殺戮を繰り返すことに耐えきれなくなって、その資格を返上したとか。

 そういう、トラウマの植え付けられた人間は、極度に他国を恐れるか、極度に戦争を恐れるかのどちらかだ。後者になられると面倒くさい。それは反戦思想とあまり変わりがない。

 

 ……ううん、ダメだな。

 確かに過ぎて反論が思いつかない。

 

「ただまぁ、少しばかり安心しましたよ」

「何が?」

「貴方です。聞けば、一般の学校にも、士官学校にも通っていないのだとか。四則演算を覚える前に錬金術を学び始めた──なんて噂も流れていましたね」

「ああ、まぁね。なんなら字も習ってないよ」

「……噂ではないと」

「学が無い、って言いたいわけだ。いや、これだと棘がありすぎるかな。まぁそうだ、僕は兵法というものを習ったことが無いし、心理学に長けているわけでもない」

 

 悪魔や忌み子と称される一方で、錬成兵器の開発や錬金術の習得速度から天才だのなんだのと持て囃されることも少なくはない僕。

 けれど、実際は全然なのだ。

 小手先の技術やアレンジ力には長けている自信があるけれど、結局それは前世知識に依るものが多く、そしてそれに関さないものにおいては全くわからない。歴史オタクでも軍事オタクでもなかったから、兵法なんかこれっぽちもわからないし、国家錬金術師をユニットとして見た場合の行軍経路とかもてんでさっぱり。

 そして教育や意識改革といった指導者足らんとする行いも見ての通りだ。

 

 アレだ。

 餅は餅屋。できないことはできる人に任せた方が良い。

 

「色々と噂は立てられていますが、実際どうなんですか? 貴方が国家資格を取るまでにかけた期間……錬金術を学び始めてからの時間、というのは」

「一か月だよ」

「なるほど、どの噂よりも短いとは。恐れ入りました」

「嫌じゃないの? そんなのの下にいること」

「私は別に、充実した仕事ができるのなら、どこであろうと誰の下であろうと構いませんので」

 

 だろうな、と思って聞いた。

 これで嫌です、って返ってきたらどうしようかと思ってたよ。別にどうもしないんだけどね。

 

「それでは私は明日に備え、休眠を取らせていただきますよ」

「ああうん。構わないけど、明日どっかと戦う予定あったっけ?」

「何事も予想外は付き物でしょう。それが敵地であるのなら尚更に」

「何の反論も無いよ。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 キンブリーって。

 正論ばっかいうのが悪いとこだよね。僕自身が嘘だらけだから、刺さる刺さる……。

 

 眼下。

 呼ばれてきた正規兵が混ざり、士官学校生と共にアエルゴ人の残党──軍人だった親を亡くしたり、あるいは初めから孤児でゴロツキになっていて、けれど停滞という安寧に身を窶していた若者たち──を迎撃している。

 

 時期尚早。もはやぐうの音も出ないけれど、それでもここが生死を分ける場所であることは理解してくれたんじゃないかな。

 そして──無力化とか、鎮圧とか、そんな生温い言葉使ってたら、いつか復讐されるよって話も。

 

 

 *

 

 

 少しばかりの小競り合い……キンブリーの言っていた通り、アエルゴ軍の小隊が命令を無視して攻撃を仕掛けてきて、それを破壊、もとい迎撃した後の話。

 特に何でもなく終わった戦闘は、けれど違和感が残る、といった様子で佇む一人を生んだ。

 

「どうしたの、アームストロング少佐。体調悪い?」

「ム。……いえ、体調は至って万全なのですが。どうも、この国に来てから錬成時に違和感があるのです」

「違和感?」

「はい。……こう、思っている以上の威力が出てしまうと言いますか、想像以上の素材を錬成してしまうと言いますか……我が身のことながら言葉に表し難いのですが、至極快調で」

「うーん。まぁ、アメストリス国内で戦ってる時は、どうしても周囲への被害とか気にしちゃうし、無意識にセーブしてたんじゃない? アームストロング少佐だって、アメストリス国民の子供とかを流れ弾とかで傷つけた日には、立ち直れないでしょ?」

「……成程。確かに、そうかもしれませぬ。このアレックス・ルイ・アームストロング……やはりまだまだ教わることばかり。どうぞ、これから先もご教授いただければ、と」

「僕から教えられることなんてほとんどないと思うけどね」

 

 なんてとってつけたような理由で誤魔化したけれど、それはアエルゴに賢者の石の蓋が無いからだ。

 アメストリス地下に張り巡らされた賢者の石の蓋。地殻エネルギーを阻害し、絞り、故にアメストリスの錬金術は発展しすぎないよう制限されている。錬金術は生命あるものならば誰もが扱える。それは真理が証明している。

 だというのにアメストリスに錬金術師が少ない理由はコレが原因だ。

 制限されているから、エネルギー源の蛇口が絞られているから、半端な術師や幼稚な術師だと失敗する。あるいはそもそも発動しない。

 

 だから廃れる……というか普及しない。

 建国から錬金術と共にあるクセに、地方には錬金術が広まっていない、というのはそのせいも大きい。無論外縁に近い街ほど併合吸収された元別民族だから、というのも理由としてあるけれど。

 

 それで、それがないアエルゴで、アメストリス式の錬金術を使えば、常時全開の蛇口に出力が安定せず、アームストロング少佐のように不安定な……けれど高威力の錬成が行われる。

 1.5倍、くらいかな。だから、国家錬金術師達は帰国したら錬金術が使い難いと感じるようになるかもしれない。……その辺の周知はしておくべきなのかなぁ、僕。アメストリスへ戻ったら手加減するように、みたいなこと言っておかないと、全力を出した時に気付かれるよね。

 

 僕にデメリットはないけど、一応まだ協力者ポジションではあるわけで……。

 

 なんて。

 流石に捕らぬ狸の皮算用かな。まだ侵略は始まったばかりだ。

 こういうの考えるのは、アエルゴ落としに完全な目途が立ってからにしよう。

 

 

 +

 

 

 目途が立った。

 不味い、完全な計算ミスだ。

 

 ──弱い。

 アエルゴが。イシュヴァールの武僧のような超人もいなければ、錬金術も発達していない。暁の王子で見たような科学者──恐らくアメストリスから流出したはぐれ錬金術師もほとんどいない。少なくともアエルゴ軍に信用される程の地位にはいない。

 よって、あまりに敵なし。無敵だ。文字通りの。

 

 一応既に賢者の石の錬成陣は刻み終わっている。四つとも、だ。

 その国土の広さに比例して確かに兵士は多いんだけど、一般兵が国家錬金術師の前に立って何ができるというのか。

 加えてアハレタを始めとする小さな町で起こる突然死事件。まぁ僕がやってる小さな賢者の石作りなんだけど、それが敗戦ムードを助長させている。

 

 四年はかかる、つもりだった。

 けど、賢者の石の蓋がない──全力を揮える国家錬金術師の破壊力を見くびっていたのだろう。僕の二倍、三倍程度の破壊力だと勝手に推量してしまっていた。

 

 多分、百倍は難くない。

 

 なんだアレは。ヤバすぎる。僕の錬成兵器なんてホントに玩具だ。遅延連鎖生体錬成弾みたいなものを使うまでもなく、すべてを破壊し尽くしていく国家錬金術師。

 そんなに力量差があるのに、何故今まで侵略を行わなかったのか。

 そんなの決まってる。必要が無かったからだ。

 フラスコの中の小人に必要な分だけで作られたアメストリス。メイ・チャンをあの場から追い出していたことを思うように、お父様はその場に要らない物を排除する傾向にあるのだろう。余計なことはしない。必要な事だけをする。

 ……まぁその手段の効率については今は語らないものとして──さて、考えよう。

 

「クラクトハイト准将!」

「なにかな」

「──アエルゴの王族が出て来ました」

 

 アエルゴ王国。

 王族制のこの国の、一番偉い人。

 

「降伏宣言、だそうです」

 

 ……よし。

 次はクレタに喧嘩を売らせるか!

 

 一年。たったの一年で、アエルゴはアメストリスに降ったのである。





「竜頭の錬金術師」 / 第二章 完
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