竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第三十七話 錬金術の実用「融雪錬成」&風邪

 ドラクマは広い。

 国土だけで言えばアメストリスの三倍から四倍はある。ただ、人が住める場所の関係で人口自体は二倍程度だ。アメストリスが多すぎる、という見方もあるけれど。

 とかくとして、そんな国を局所洗掘錬成なんかで滅ぼす、というのは些か夢物語だ。錬成陣の配置だけで気が遠くなる年月がかかるし、あの規模の国の流れを堰き止めたら、今度こそ何が起こるかわからない。よって必要なのは局所洗掘錬成ではなく、けれど似た効果を生み出せるもの。

 

 即ち洪水。それだけでなく──。

 

「土壌汚染、ですか。成程、確かに最悪だ。普通侵略というのはその国の土地を自国の領土にせんとするものですが──准将にとっては関係のない話。ドラクマが未来永劫ヒトの住めない土地になっても、どうでもいい」

「洪水だけだと即席の土上げで対処されかねないからね。洪水が起きた時点でもうどうにもならない段階、でいてもらわないと」

 

 さらにここで、今のアメストリスでは開発さえされていないものを出す。

 いつか。いつか幼きあの日にこれで無双すると誓った──そう、プラスチックである。

 錬金術師からしてみれば錬成は酷く簡単で、水に濡れてもどうにかならない、軽い、刻み込んだ錬成陣が消え難いなど様々なメリットのあるコレ。時代考証からするとオーパーツも良い所だけど、知らない知らない。

 100年ちょっと早くプラスチックが生まれていたって大丈夫だよ。なんせドラクマでは今錬金術が流行り出したんだから。

 

「いつにも増して外道な行いですが、よろしいので? アームストロング少佐やマスタング少佐に嫌われますよ。あと国のメディアにも」

「構わないよ。君だって構わないからウキウキしてるんでしょ」

「勿論です。そのために今まで猫を被ってきましたからね」

 

 ──今は1905年4月。

 作戦行動開始時より三か月早い。

 

 でも、今じゃなきゃいけないのだ。兵士が侵攻するのは多少なりともこの寒さが緩和された七月周辺で良いと思うけれど、僕らは春に動く必要がある。

 

「融雪錬成。マクドゥーガル少佐には悪いけど、彼の技術は全部盗ませてもらった。彼みたいに素早く発動させることはできないし、人体の水を蒸発させる、なんて荒業はできないけど──」

 

 コピー印刷をした錬成陣を無造作に投げていく。

 ここは稜線。ドラクマの東にある山。

 

 春先であれば、雪による洪水が起きるのは珍しいことじゃない。それがアメストリスの軍略だと思うことは無く、彼らは日常茶飯事の一つとして対処するだろう。

 

 まさかその雪解け水にたっぷりの毒が溜まっている、なんて思いもせずに。

 

「ですが、この錬成陣には気付かれますよ。よろしいのですか」

「勿論。気付かれて、回収されるだろう。アメストリスの仕業だと気付くか、それとも在野の錬金術師が行ったことだと処理するかはわからない」

 

 ただ、集めはするはずだ。

 市井にあっても何もいいことを齎さないことを知っているから。

 

 そうして集められた錬成陣は、いつかどこかのタイミングで重なり合うことで効果を発揮する。感圧式錬成の本来の使い方だ。キンブリーの両手の錬成陣と同じだね。

 錬成陣の内容は片方が「氷を水にする錬成陣」、もう片方が「H2Oガスを発生させる錬成陣」。前者は熱を扱う錬成陣で、後者は酸素濃度からノウハウを得た気体操作の錬成陣だ。

 

 この二つが、集められた屋内で発動する。

 

「過熱蒸気錬成──効果としては、伝熱性の上昇、乾燥力の上昇、酸素減少。そこにマスタング少佐や君の錬金術がぶつかれば」

「素晴らしいですね。今から楽しみです」

「毒ガスの類は制御が難しいから使いたくなかったんだけどね、H2Oガスならまぁいいだろうってことで。加えて不感蒸泄量も増大させるから、春先の雪国で謎の脱水症状が蔓延するだろう。広い国だ。強大な国だ。なら、少しでも事前に削っておきたい」

 

 キンブリー、と。

 お願い、と。

 声をかける。

 

「ええ、ではドラクマにおける初仕事──准将以外の誰にも見られていないことが残念ですが、しっかりとお勤めを果たすとしましょうか!」

 

 細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、って奴だ。

 この東側の山──その稜線。凡そ1kmに亘って敷かれた賢者の石の粒。それに対して行う埒外の規模の爆破錬成。

 

 ズン、と雪山が揺れる。

 地面にサンチェゴを作り、その竜頭に掴まっていなければ雪山を転がり落ちていたかもしれない程の揺れ。起こした本人はどこ吹く風だ。どういう体幹してるんだキンブリー。

 

 とかく、雪崩は起きる。

 プラスチックの錬成陣を乗せて、「氷を水にする錬金術」を遅延錬成で発動させながら、ドラクマの街の方へ。

 

 大洪水だ。

 春先の融雪洪水。雪国では然程珍しいことでもないだろう。まぁ雪崩がそのまま洪水になっている、というのは珍しいかもしれなけれど。

 

「それじゃ、キンブリー。あとは手筈通りに」

「ええ。半年後、また会いましょう」

 

 これで一手目は終わり。

 キンブリーは本国へ帰投し、真面目に働く。

 

 僕はアームストロング少将から情報提供を断られてしまった、ということで、情報収集を自ら行っている──という体で、可能な限りの仕込みをして回る。

 賢者の石もいくらかあるし、それでも足りなければ村落とかで現地調達すればいいからね。何も問題は無い。できる。傷の男(スカー)の兄に勝利した僕ならできる。

 

 あと、気を付けるべきは──。

 

 

 *

 

 

 風邪を引いた。

 

「大丈夫かい、アンタ」

「ああ、はい……」

「可哀想に、身体の震えが止まらないみたいだ。アンタ、昨日の煎茶はまだ残ってるかい?」

「あるが、ありゃ苦ぇぞ」

「体をあっためるにゃ丁度いいのさ」

 

 気を付けるべきことだった。

 アエルゴも勿論南国ということで気を付けるべき環境だったけど、ほとんどテントの中にいたからあんまり脅威を覚えなかった。

 それがドラクマで、軍もまだ来ていないような時期に単独行動なんかして。

 人をやり過ごすために雪を被ることも少なくは無かったし、食事はもっぱら野生動物。調理法は血を抜いて丸焼きと、調味料を錬成してやろうかと思った日々。経て、経て、経て経て。キンブリーと別れてから一週間か二週間か、いや一か月経った頃かもしれない。途中でポケットカレンダーを落としたのでわからなくなってしまったのだ。

 とかく、結構な日々が経って──僕はとうとう風邪を引いた。

 病気は危険だ。体から明確に体力を奪っていく。朦朧とする視界と、芯の芯まで凍っていく身体。

 生体錬成に病を治す術はない。体内のウイルスをどうにかする、とかも考えたけど、どこにいてどんな作用をしているかもわからないものに何をどう働きかけるというのか。

 

 こうなってしまっては賢者の石も形無しだ。目立つことは避けられずとも、どうにか家を、コテージを作って暖を取ろう、とか考えて──考えながら意識を失ってしまって。

 

 気付いたら、寂れた村落の老夫婦に拾われていた。

 

「滋養強壮のお茶と、こっちはコーンのスープだよ。ゆっくり飲むと良い」

「……ありがとう」

 

 スープを飲む。

 ずっと野生動物の肉とお湯だけで過ごしていた環境に入って来た、"味"というもの。成程、人類が食に対して異様な執着をするわけだ。これを忘れ続けることはどうやら難しいことらしい。

 そして、滋養強壮というお茶。確かに苦味がすごいけれど、成分もかなり凄い。前世でいうシベリア人参や雪蓮花、鬱金……多分そんな感じのものがブレンドされている。こんなの毎日飲んでたら睡眠時間短くなりそうだ。

 

「お腹いっぱいには……まぁならないと思うけど、少しでも腹に溜まったんなら、今日はゆっくり寝な。暖炉つけといてやるから、あぁ湯たんぽいるかい?」

「いえ、大丈」

「子供が遠慮すんじゃないよ。アンタ、湯沸かしてきてくれるかい?」

「あいよー」

 

 世話好きの老夫婦、と言ったところか。

 子供がいたのか、もういないのか、それなりに広いこの家を二人で持て余している、という印象がある。

 夫婦仲は恐らく良好。どちらかがどちらかの下にいる、ということもなく、どちらもがどちらもの能力を信頼している。働かざる者食うべからず、なんていうけれど、ドラクマほどの悪環境じゃ互いに能力が育たざるを得ないのだろう。故の信頼だ。

 

「アンタ、アメストリス人だろう」

「……はい」

「ああ、そんな暗い顔しなさんな。何があったかは知らないけど、迷子だろう? 大丈夫、アタシらは軍にはちっとばかし顔が利いてね。子供の一人くらいならアメストリスの方へ戻してやれるかもしれない」

 

 軍に顔が利く老夫婦。

 ……使えるな。

 

「歳は幾つだい? というかアンタ、名前は?」

「名前は、エルシー。歳は……多分11」

「多分?」

「うん。誕生日がわからないんだ。知る前に親元を離れたから」

「……そうかい。そりゃ、悲しいね。誕生日は数ある記念日でも特別なもんさ。国によっちゃ一年の初めを誕生日とするトコもあるけれど、やっぱり生まれ持った特別ってのはあった方が嬉しいもんさ」

 

 エルシー。レムノス・クラクトハイトだから、LCでエルシー。あんまりにも単純な偽名。

 元々考えてたものだったから、詰まることなく出た。

 

「母ちゃん、湯沸いたぞー」

「ああ、ありがとね。……眠れるかい?」

 

 その問いは。

 ……警戒が透けたか。ダメだな、演技力がいつまで経っても向上しない。

 

「うん、大丈夫」

「そうかい、じゃあ二階の左の部屋を使いな」

「ありがとう。……あー、えっと」

「ああ、アタシはヴァネッサ。あっちのはロブス」

「うん、ありがとうヴァネッサさん。──おやすみ」

 

 さて──このアクシデント、どう使うかな。

 

 

 

 翌日。

 

 錬丹術で体内の流れを強制的に正し、無理矢理熱を引かせてみた。

 結論から言うと、これやんない方が良い。なんというか負債を偏らせるだけ、みたいな感じ。体調不良という流れは地面に流れていかないので、今は足がむくんで重い。冷たい。リンパもおかしくなっている感覚がある。

 代わりに頭はクリアだから、使いどころではあるのかもしれない。

 

「起きたかい、エルシー」

「おはようございます、ヴァネッサさん。あれ、ロブスさんは」

「あの人なら仕事だよ。最近近くで雪崩が起きてね。雪と水に埋まっちまった村があるってんで、それを壊しにいくのさ。力仕事ならあの人の独擅場だから」

 

 ふむ。効果はちゃんとあったか。ただ水が氷るのは読んでなかったな。最近ってことは、四日前にやった方の雪崩だろうけど……解凍の錬成陣が機能してないのかな?

 ちょっと確認に行きたい。ふむ。適当で妥当な理由は……と。

 

「防寒具、ある? 子供用の」

「息子が使ってたのでいいならあるが、何する気だい?」

「恩返しくらいはしようと思って。僕、錬金術が使えるんだ。アメストリス人だからね」

「へぇ! 中央政府が何か錬金術師を集めてるって聞いたことはあったが、まさかその関係でこっちに来て遭難したのかい?」

「ううん、僕の場合はただの迷子」

「……そうかい。ただ、ドラクマで食い扶持探してんなら言いなよ。アタシが口利いてやりゃ少しは信用もされる」

「ありがとう、ヴァネッサさん」

 

 出自不明のアメストリス人を顔利きだけで軍に送り込める。

 うーん、引退した将官クラスの軍人とか? それなら色々納得がいくけど、軍人にある人殺しの雰囲気はないんだよねこの二人。

 もうちょっと探って……使えるなら使って。

 軍内部に入り込めたら賢者の石の錬成陣も仕込みやすくなる。

 

「その村、どこにあるの? 地図とかある?」

「あぁ、あるよ。けどアンタ本当に大丈夫かい? 一昨日は死にかけで雪の上で眠ってたんだよ?」

「多分滋養強壮のお茶が効いたんだと思う。なんだか身体がポカポカしてたまらないんだ」

「そうかい、それならいいけどさ」

 

 レシピは聞かない。

 どうせ使えなくなるものを聞いても仕方がない。それより、今見せてもらった地図を可能な限り覚える。全体図ではないことが残念だけど、アメストリスに程近いこの近辺の地図は有用だ。ありがたく記憶させてもらおう。

 

 ……いや覚えきるのは無理だけどね。

 

「うん、じゃあ行ってく」

「待ちな。まずは朝ご飯だ。食べずに行ったら、またぶっ倒れるよアンタ」

「……はい」

 

 逸るな、ってことだ。

 自分の錬金術の失敗。その原因を探るための調査に食事を忘れるなんて、在野の錬金術師ならともかく軍人のやることじゃない。

 

 朝ご飯は雑穀パンとチーズ、スープによくわからない野菜。前世の野菜と類似性のない野菜だった。味はトマトっぽいのに根菜。なんだったんだあれ。

 

 

 

 さて、腹拵えを済ませて、ようやく現地である。

 アメストリス人とドラクマ人の違いは顔をよく見れば結構わかってしまうため、ファーのあったかいフード付きコートを貸して貰っての出発。

 時間にしたら20分くらいかな。慣れない道ということもあったけど、迷わずまっすぐ歩いてこれほどかかっている。わかっていたことだけど、アメストリスの二、三倍は街と町、村と集落の間が広い。侵略するにも補給するにもそういうところは頭に入れないとだね。

 

「あん? どうしたぁ坊主。危ないから下がってな、今おっちゃんらがトンカントンカン氷を融かしてるとこだからよ」

 

 氷。 

 ──確かに凍っている。町一つが。各家に繋がるように掘られたトンネルを見るに中の人間は助けられたようだけど、いやなんでこうなったんだ?

 ……そもそもがおかしい。水としての雪崩、洪水になったら、こんな家簡単に破壊できるはずだ。それをされていないまま家が屋上まで凍っているってことは、ここに水が溜まったってことになる。

 

 加えて……流した錬成陣が無い。氷の中に無い。 

 回収された? それなら目的は達成しているけれど、じゃあなんでこの氷は凍ってる?

 

「お、エルシーじゃねぇか。もう体はいいのか?」

「うん、ありがとうロブスさん」

「なんだロブス、隠し子か? カーッ、お前もまだまだ現役ってか!」

「そんなんじゃねぇよ! ……で、どうしたよエルシー。ヴァネッサになんか言われて来たのか?」

「ううん、自発的。この氷融かそうとおもってさ」

 

 何よりこの氷有害だから。

 このままこの周囲の人たちが病気に成ったりしたら、調査隊とか作られて諸々の仕込みがバレかねない。あくまで僕の目的は土壌汚染。直接的な効果は望んでいない。

 

「融かすって……」

「錬金術だよ。知らない? 今中央政府が錬金術師育成してるの」

「坊主、使えんのか?」

 

 円を描く。……足を使って。手はね、かじかんで上手く大きな正円を描けない。サンチェゴを見せるわけにも行かないから、一番簡単な錬成陣で氷を融かす。

 乾湿の錬成陣が乾。上向き三角形、火を取り出した錬成陣。

 

「ちょっと離れてて」

「お、おお」

 

 思念を送る。

 途端、青い錬成反応が走って──ゆらりと湯気が漂い始める。

 地面の雪が一瞬で昇華したのだ。

 

 そしてそれは、目の前の氷壁にも効果を齎す。

 今度は昇華ではなくただの融解だけど、見た目のインパクトは大きい。

 

 全て。

 すべてが、土壌に染み込んでいく。……これでここら一帯の土地はもう農耕に向かない土地になった。今ある分はまだ大丈夫だろうけど、汚染された土壌は育つ野菜をも汚染する。

 いつ気付くかはわからないが──毒を育み、毒を食らい、毒を輸出している村となることだろう。

 

「すげぇ……」

「錬金術ってのは、眉唾モンだと思ってたが……すげぇんだなぁ」

「ばっかおめぇ、アエルゴは錬金術師の集団に負けたっつーじゃねえか。一つの国を集団が落とせるくらいにゃすげーんだよ錬金術ってのは!」

「ああ、だが使い手次第なんだろうな。この坊主みてぇに人助けに使うことだってできるんだ、俺らがもし学ぶんなら、その辺は一線キッチリしねーとなぁ」

「ハッ、お前は学問とか向いてねえよ。畑で鍬一生振ってな」

「ロブス、テメェに言われたかねーよ!」

 

 一気に騒がしくなる男連中。 

 ……氷は溶かし終わったけど、なんで凍ってたかはわからず終い、か。一応マクドゥーガル少佐がこっちまで亡命してきている可能性も考えたけど、流石にブリッグズは超えられないだろうし。

 それともドラクマの錬金術師がもうそこまでに至ってる、とか? それだったらヤバイ。高速で流れている水を堰き止めて凍らせる、なんてどんだけエネルギー必要だと思ってるんだ。

 

「とにかく! エルシーつったか坊主!」

「え、あ、うん」

「お前は俺達の英雄だ! あっはっは、今日は飲むぞ~!」

「おぅ待て待て、エルシーはウチんのだよ。ヴァネッサが帰りを待ってる。それを攫ってみろお前」

「……明日の朝、俺は全裸で逆さづりにされて磔にされてるかもしれねえな」

「ヴァネッサさん、そんなに怖いんだ」

「お、良く聞いてくれたな。そう、ヴァネッサは昔女軍人でよ、鬼の、とか氷の、とか言われてて──」

 

 ありがたい。

 気の良い人間、というのは聞いてもいないことまで全部喋ってくれる。これほど情報収集に適した存在はいないだろう。

 

 しばらくはここを活動拠点にして──まぁ、最後は証拠隠滅だよね。

 

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