竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第三十八話 錬金術の禁忌「設置型賢石錬成陣」

 例外は無い。

 恩があるから。義があるから。依頼だから。仕事だから。仕事じゃないから。依頼に含まれていないから。

 解釈次第で、事あるごとに自分への言い訳の理由をつけて、人は人に対してのみルールを破ろうとする。

 命乞いに弱いのだ。それが乞われる形でなくとも、善良でありそうな人間を殺すことに人は忌避感を覚える。自らに施しをくれたという事実が何よりもの善良だと、そう誤認する。たとえそれが真実でも誤認だ。

 

 例外は無い。

 一度こうだと決めたらやりきらなければ。前例を作れば付け入る隙が生まれる。

 可哀想だから、恩義があるからと見逃した相手のその心中で、どんな黒が渦巻いているかなんて推し量りようもない。

 復讐とはそういうものだ。

 殺したい気持ちを、絶望させたい気持ちを抑え、膨れ上がるたびにそれを化けの皮へと変換し、雌伏の時を過ごし、絶好の機会を待つ。恨みを抱いた時点で人は獣。怨みを覚えた瞬間からそこに倫理なんてものはなくなる。

 

「エルシー、昨日なんだけどね、アンタのことを軍のお偉方に話したんだ。そうしたら、子供の一人くらいなら目を瞑ってやるって言ってくれてさ。……寂しくはなるけど、明日にはお別れだ」

「……そっか。うん。ありがとうございました」

「お、なんでぇ、いっちょ前に悲しんでくれてんのか? あっはっは、大丈夫だ。今はお上がなんぞドンパチやってるがね、人と人ってのはいつか分かりあえるもんだ。俺と母ちゃんみてぇにな!」

「アンタは一言多いんだよ。……エルシー、アンタから見て、ドラクマはどうだった? まぁこんな端っこの端っこじゃ感想なんかないかもしれないけどさ」

 

 ドラクマ。

 厳寒環境という部分を除けば、生活そのものはアメストリスの田舎とそう大差がない。自動車が無いことくらいか。除雪車の類もないから、全てが人力だ。とはいえ都会の方には自動車もあるようで、文化レベルが中世、とかそういうことはない。

 だから、どうだったか、という質問に対しては。

 

「僕のいた所と、あんまり変わらないな、って」

「そりゃそうだろう。山挟んで一個隣なだけだ、そうそう変わってたまるかって」

 

 一応僕はノースシティの子供という設定にしてある。

 山で遊んでいたら洞窟を見つけ、奥へ奥へと向かって行ったらドラクマだった──なんて、スパイ入り放題な設定を話したけれど、二人は一切疑わずに信じてくれた。まぁブリッグズ山を乗り越える、なんて方が荒唐無稽ではあるから、むしろそっちを話していたら信じられていなかったかもしれないけれど。

 

 人の心の中など推し量れない。

 復讐の芽は見えない。だから畑ごと摘み取らなければならない。

 どれほど善良な人間でも、怒りがないことはありえない。怨みがないことなんてありえない。それはだって当然の感情だ。むしろ健康的な感情だ。

 自身の住まう愛着ある土地を使い物にならなくされたこと。自身の愛する国を、これほどまでに厳しい環境にありながらも決して離れることのない愛した場所を損なわれるということに対する憤怒。僕に対してそれらが湧かないというのなら、その時こそ僕は彼らを軽蔑するだろう。

 

 情は無いのか、と。

 

「ヴァネッサさん。ロブスさん」

「ん」

「なんだい、改まって」

「お世話になりました。……明日と言わずに、今日出て行きます。申し訳ないけれど、僕は通報されて黙ってそれを受け入れられるほど人間ができていない」

「……賢い子だね。辛い思いをしてきたんだろう。……すまんね、アンタの()()がアメストリスでどんな意味を持っているか、偶然にもアタシは知っていたんだ」

 

 ソレ。

 僕が胸に、ペンダントみたいな形でかけているもの。

 つまるところの、銀時計。普段は本体を服の中に隠して鎖だけ見えている状態にしているけれど、まぁ僕を助けた時に気付くよね。

 まったく、アメストリスの田舎じゃこれを見せたって「なんだそれは。担保にでもする気か?」程度の反応だというのに──流石は元軍人か。

 

「出ていくなら、急ぎな。北の林の中に今は使われてない坑道がある。雪ん中だが、お前さんならどうにかできるだろ。行き先はドラクマの西の方だ。少なくとも今の軍人は知らねえ秘密のルートってこった」

「通報しておいて、見逃すんですか?」

「"怪しい人物を見かけたら上に報告する"。これはここら一帯の村のルールでね。辺境に住んでる奴には辺境に住んでるだけの理由があんのさ。が、ソイツをどう扱うかまでは指示されてないし、ソイツを逃がしちゃいけないなんてことも言われていない」

 

 前例を作ってはいけない。

 例外は無い。

 敵ならば殺すべきだ。──誰が何を考えているかなど、誰にも分らないのだから。

 

「でも、この銀時計の意味を知っているんでしょう。──だったら」

「いつかエルシーが敵としてドラクマに来るかも、ってか? あっはっは、勿論その時はちゃんと戦うさ。そんでもって、アンタらのトコの人間兵器は雪に埋もれて風邪ひいて、アタシらのトコで人助けをしたりパンやスープを美味しそうに食べる普通の子供だったって言ってやんのさ」

「言って、何になるの?」

「何にもならないかもね。だけど、少なくとも誰か一人くらいはアンタを人間兵器じゃなく、ただの人間として、子供として扱ってくれる奴が増えるかもしれない。軍と、アタシらと、アンタらが大喧嘩したって、どっちが勝ったって──アンタをちゃんと子供として扱ってくれるかもしれない」

 

 情に厚い。恩に着る。義を尊ぶ。

 結構だ。けれど、対象を見誤った時点でそれらは全て道化でしかない。加えて──。

 

「ごめんね。昨日までの間に全て確認してきたよ。今は使われていない坑道になぜか敷き詰められたブービートラップ。坑道の壁を一枚挟んで存在するドアのない部屋。これは地下にあったもう一つの坑道に繋がっていた。そしてもう一つの坑道は、直線でドラクマの都心部へ向かっていた」

「……」

「この前僕が融かした氷。騙されたよ。ちゃんと確認すればよかった。アレは、元から凍らせてあった街だ。一か月ほど前から雪崩に混じって流れてくる錬成陣。それを流している誰かを特定するために、錬成陣の効果をしっかり解読して、した上で絶対に起こり得ない結果を、異常をそこに残した。それがあると知れば、犯人は必ず氷を見にやってくるはずだから」

 

 侮っていただけだ。

 たとえ遅延錬成の仕組みがわからずとも、錬成陣の内容くらいは理解される可能性があると、それを一切考えていなかった。

 アエルゴ崩壊から始まった錬金術など取るに足らないと侮っていた。マンパワーというか、ある意味での人海戦術においてはアメストリスの二倍、加えてお父様の妨害の入っていない土地で、且つ敵国がどこにいるのか、誰なのかがはっきりしている状況下においては、錬金術師達も必死になる。

 腐敗しきっているせいで、賄賂なりなんなりを渡せば簡単に見逃されるアメストリス政府と違って──ドラクマは大国。それも大国でありながら生きるのに必死である、という国。誰もが頑張らなければ、しっかりと誰かが死んでいく国。

 組織故に腐敗はあるだろうにしても、アメストリスとは比べ物にならないほど小さなものだろう。

 ならば、そこで働く錬金術師も。

 

「で、そうだったらどうすんだ、エルシー。俺達が実はちゃんとした軍人……引退してるとはいえドラクマに忠誠を誓ってるような奴らで、お前みたいな子供であってもしっかりと警戒する奴らで、軍に捕まったお前がどうなっちまうのかくらい想像できない程馬鹿じゃない奴らだったら、どうするんだよエルシー」

「とりあえず、逃げるかな。僕はこの銀時計を持っているけれど、君達が噂に聞くような化け物の一員じゃあないんだ。手から炎を出したり、地面から武器や兵器を作りだしたり、なんてことはできない」

「それを信用しろってのは無理な話だよエルシー。アンタのその手袋に描かれているものは、アタシらにゃわからないけど、錬成陣って奴だろ?」

 

 加えて、この二人は決して道化じゃない。

 引退した、という部分は本当なんだろうけれど、恐らく年齢の問題がなければ今も重鎮としてあった──将官クラスの軍人だ。ドラクマがアメストリスと同じ方式かは知らないからアメストリス式で例えるけれど、多分、中将か大将か、それくらいの傑物。

 どころかこの村落の人間が全員そうだ。現役か退役済みかまでは判別できないけれど、誰もが鍛え抜かれた体をしていて、誰もが鋭い観察眼を持っていて──誰もが僕に優しかった。まるで、そう対応すべき、とされているかのように。

 

 はじめは情に訴えかけて、懐柔できないかを探り。

 次に疑いをかけて、それを確信へと変え。

 最後に人情を説いて警戒を緩ませ、大きく開いた鰐の口へと獲物を放り込む。

 

 素晴らしい。

 たった一人の、たかだか一人の子供に対して行う所業として、最大限の称賛を。決して油断していない。決して侮っていない。アメストリスから迷い込んだ小さな国家錬金術師に対し、出来得る限りの対策をした。

 

 唯一ミスがあったとすれば。

 

「惜しかった。疑うことなく、怪しむことなく、見つけた瞬間に殺していれば──僕を殺せた。アエルゴを潰し、クレタを潰し、自国の一民族をも根絶やしにした悪魔を殺す栄誉を掴むことができた。そのチャンスをふいにしたんだ、君達は」

「──ああ……なら、アンタが竜頭の錬金術師だったのかい、エルシー」

「子供の身体に悪魔の頭。竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイト。名前だけは知ってたよ。まさか──本当に子供だとは、こんなに普通の子供だとは思っていなかった。それがすべての敗因かね」

 

 跳水錬成を発動させる。

 前触れのない僕の動きに、けれどロブスは反応した。隠し持っていた小銃で僕を撃ったのだ。

 肩口を狙ったそれを甘んじて──受けない。勿論受けない。ただの銃弾だったら痛みを我慢すればいいけれど、麻酔弾だったら困る。雪国だ、熊用のものとかが使われていてもおかしくはない。まぁそんなの子供の身で受けたら心臓止まって死ぬけど。

 

 どうやって受けなかったか、なんて。

 賢者の石に決まっている。乾湿の湿。空気中の水分を等価交換無視して凝結させれば、マクドゥーガル少佐の氷柱生成を限定的に模倣することも可能だ。

 氷柱は小銃程度の威力じゃ貫通できない。

 

 まだ朝ご飯の途中だったから、そのまま椅子を後ろに倒して転がり、壁まで下がる。

 その間にロブスが手に取ったのは猟銃……じゃないな。アレ、ショットガンかな? 銃器に詳しくないけど、口径の大きさと対人であることを考えれば十分にあり得る。想像する氷柱の幅を僕を覆うレベルに想像し直して置く。

 ヴァネッサの方はまだ動きが無い。何かを狙っているのか、じっと僕を見つめている。

 

 ……少しカマをかけてみるか。

 ()()()()()()

 

「っ! やっぱり()()()()()()!」

「成程、ドラクマの成長も驚きだけど、禁じたことは悪手だったんじゃないかな、お父様」

 

 発動するのは咄嗟に持ってきたフォークで行う遅延連鎖錬成反応閃光弾。眩いまでの青が室内を見たし、その隙に床へ手を当て、捻る。

 また壁へと空いている手を当てて盾を、というか原作でアルがプライドに対してやっていたような三角形の構造物を生成、その中に引きこもる。

 

 開いていた。

 扉を、だ。それ以外に開くものなど錬金術師世界には存在しない。

 

 ドラクマでは最近錬金術が研究され始めた。

 その中で、当然人体錬成を試す奴がいたはずだ。だって禁止されていないのだから。それが成功しないことは疎か、リバウンドという概念さえまだ確立していないかもしれない。

 ただ聞きかじりの知識で、あるいは鹵獲した在野の錬金術師で、はたまたスパイを入れて盗み取ったアメストリスの錬金術から基礎を得て、そうして行ったやつがいた。いたはずだ。それも、何人も。あるいは国ぐるみかもしれないけれど。

 

 大半は失敗したのだろう。

 だけどその内の幾人かは成功した。アメストリスだけに天才が集まっている、なんて意味のない驕りをするつもりはない。割合でみればどこの国にだって同じくらいの天才はいるだろう。育ってきた環境にも依るだろうから、つまり先天性の天才はどこにでも。

 それらが、何かを代償に扉から帰ってきて、口々に言うはずだ。「この世の真理を見た」と。そうなれば僕の錬成陣を解読するなんて訳ない。遅延錬成が行えないのはあくまで感覚の問題だから真理は関係なく、ただ遅延錬成の関わらない錬成陣の中身を見て理解することならばなんでもないパズルでしかない。

 

 不死の軍団を作られないため。個人が力を持ち過ぎないようにするため。

 様々な理由から人体錬成を封じたアメストリスだけど、人柱が欲しいなら解禁しておいた方が良かったんじゃないかとさえ思える。無論、解禁してあったらあったでリスクの方が広く広まって、さらに「人体錬成は決して成功しない」ということが広まってしまって、最も必要な時に人柱が一人もいなくなる、という事態を恐れての事だったのだろうけれど。

 リスクとリターンはいつだって表裏一体なのである。

 

 話を戻して、つまりヴァネッサが僕を「扉を開いた錬金術師」だと勘違いした理由は、彼女が錬金術に精通した、あるいは精通している軍人と繋がっていたからだろう。情報があったのだと思われる。そしてやっぱり、という言葉から、子供が持つには余りにも余る国家錬金術師という称号に、この錬成陣要らずの錬成が関わっているのではないかと推測した。既に推測していた。

 

 ロブスは銃の扱いが巧みで、且つ鍛え上げられた肉体の軍人。ヴァネッサは策謀か何かの相談役的なポジションと見ている。

 

 着火音。成程、息子がいたらしい愛家でも躊躇はしないか。当然だ。僕だって復讐者や侵略者が我が家に入り込んでいたと知ったらそうする。それしか方法が無いのならば、ではなく、それが最も効果的であるのならば、だ。

 息子がいたこと自体嘘かもしれないけれど。だって老夫婦の年齢的にここにいた息子はもう少し大きくて然るべきだ。僕くらいの年齢のはずがない。

 

 命を助けられた。

 命を救われた。

 命を教えられた。

 命を感じ取った。

 

 故に僕も、命を扱う錬金術で返そう。

 

 跳水錬成は発動している。

 そして──昨日の内に埋め込んでおいた錬成陣も掘り返されていない。それを掘り返すには重機の類が必要だから。

 ああ、そうだ。お父様が錬成陣を刻み付けるのに「血の紋」であることをこだわった理由がそれだ。普通に錬成陣を描いては、掘り返されたり壊されたりする可能性がある。

 けれど、憎悪のエネルギーたる血の紋は消えない。決してその場から動くことなく残り続ける。人類は──僕を含め、誰もその「血の紋」を動かす術を知らない。これほどまでに信頼できる錬成陣はそうそうないだろう。

 

 ──サンチェゴを生成する。

 消火、拘束。さらにこの家を取り囲んでいた村人たちへの牽制として、マスタング少佐の炎をドン。人を殺すには至らない火力と命中精度だけど、まぁまぁ驚きはしてくれるだろう。

 

「く……鎖っ!」

「なーにが噂に聞くような化け物の一員じゃない、だ。エルシー、お前も──」

「これは昔話になるかな。誰も知らない。僕とリスさんだけしか知らない試行錯誤の歴史の一つ。重複錬成陣、複合錬成陣、連鎖錬成陣。僕は普段重複錬成陣と連鎖錬成陣を用いて遅延錬成を行っているけれど、僕の代名詞たるサンチェゴが作り出すのは複合錬成陣だし、跳水錬成はそのどれでもないし。案外いろんな錬成陣を使い分けて今までを生き延びてきている」

 

 子供の命も、若者の命も、大人の命も、老人の命も。

 貴賤なく同じ命だ。そう考えると賢者の石化するのは老人の魂の方が良い気がする。コストパフォーマンスの話ね。なんて人でなしの考えなんだ。昨今のコンプライアンス問題に喧嘩を売るような考えだよ。賢者の石の時点で。

 

 鎖をさらに射出し、村人を各地に配置する。

 主に体を鍛えているっぽい村人を選出して。銃撃兵は故意に避けて。

 

「重複錬成、複合錬成、連鎖錬成。これらを同時に使うことが出来ない理由は、それぞれがそれぞれと矛盾する記述を孕んでいるからだ。たとえば連鎖錬成は名の通り連鎖的に錬成を行うから、発動と全く同時に別々の錬成陣を起動させる複合錬成とは折り合いが悪い。遅延錬成はある意味発動する以前の小細工だから、競合はし難い──けど、込められる思念エネルギーの関係上やっぱり複合錬成とは競合する」

 

 跳水錬成で持ち上がったのは、氷の壁。

 正円を描く氷壁はさぞ美しいものだろう。そうして絶望するか、奮い上がるか。術者さえ殺せばなんとかなる。それは錬金術の原則の一つ。故に銃を持ちて乗り込んでくるだろう。ヴァネッサとロブスの家に。焼けかけて、けれど鎮火されたこの家に。

 

「ただそれは、僕の思念エネルギーが少ないというだけの話だ。──さて、これ。君達にはまだ見覚えのないものだろうけれど、この赤い石は賢者の石という。術者の再構築を後押ししてくれる増幅器だ。だから、思念エネルギーの段階ではこの賢者の石に頼る理由は無い再構築時のブースターは、けれど僕の思念ではないから当然だね」

 

 乗り込んで、乗り込んだ瞬間退去を選ぶ。

 うじゃうじゃと、うねうねと動く鎖。蛇のように、竜のように敵を狙う鎖は彼らを絡め捕え、彼らで錬成陣を作る。既に錬成反応は青ではなく赤。こんな複雑な動作、僕の頭でできるはずがない。

 

 ようやく木のコーン……円錐の壁を解いて外に出てみれば、ああ、昨日までの穏やかな日々が嘘であるかのような憎悪の目。誰も疑っていなかったのだろう。僕を単なる子供だなんて欠片も信じていなかった。迷子の子供だなんて、そんな身の上話一ミリも入ってきていなかった。

 疑いようもなく、アメストリスの国家錬金術師。

 化け物の一人。他国を滅ぼす人間兵器。

 

 そんな彼らを見下ろし、悠々と歩いて、先ほどの跳水錬成を行った場所へと赴く。

 当然、そこが中心点だ。

 

 だからここに置く。 

 さっき見せた赤い石を。ちなみに僕の身体をどれほどくまなく調べたところでこの賢者の石は出てこない。キンブリーみたいに飲み込んでおくのもアリだけど、あんな大道芸もびっくりな行いは僕にはできないので、また違う場所にかくしてある。

 

 因まないで、賢者の石だ。

 再構築時のブースター。そしてそれ以外にも使用用途がある。

 

「電池、と言って伝わるかな。そこまで文明レベルは低くないんだっけ? まぁなんでもいいけど、思念エネルギーの電池が賢者の石だ。思念エネルギーを恒久的に供給するための装置。なんせこれは思念エネルギーの塊だからね。それで動いているのが人造人間でもある。つまり彼らは電池で動くロボットだったんだ。驚きだね?」

 

 さて──遅延錬成陣の真ん中に置かれた賢者の石の粒。

 この遅延錬成が発動した瞬間、賢者の石は賢者の石生成の錬成陣と繋がり、賢者の石生成の錬成陣に思念を送る。

 賢者の石電池のエネルギーが尽きるまで、ずっと。

 

「ありがとう、ヴァネッサさん。ロブスさん。そして村の人たち。情に厚く、恩を覚え、義を尊ぶ相手には中々恵まれなくてね。恵まれていた頃の僕は賢者の石生成の錬成陣を知らなかったから、とても残念に思っていたんだ。イシュヴァール人だったらもっと効率よくできたのにな、って」

 

 離れる。

 この家から。ぎゃあぎゃあと忌み言葉恨み事が聞こえてきたけれど、甘んじて受け入れよう。それだけのことをしている自覚があるし、それだけ恨まれる自信もある。

 

 そうして、氷壁の外に出て。

 

 ──赤い光。黒い手。

 苦悶の声が響き渡る。いつも通りの光景は、けれど。

 

 

 

「これは……氷の、壁? 隊長!」

「ああ、中に竜頭の錬金術師がいるはずだ。突入、突入しろ! 必ずや竜頭の錬金術師を捕らえ──」

 

 氷の壁を割って入って来たドラクマの部隊を遠くから眺む。

 明日には来る、なんてのも嘘だったか。あのまま信じて支度をしていたらお陀仏だったね、なんて雪山の上でそれを観察し──ヴァネッサ宅へと侵入した軍人を見て、口角を上げる。

 あの家に入ったら錬成兵器が発動する。錬成地雷の、地雷無しver.だ。踏まれることで思念エネルギーという信号を出力するスイッチだと思ってくれたらいい。スプリングがついているから、錬成陣は重なり合ったままにならず、三日間は何度も発動させられる。

 

 それによって発動するのは跳水錬成だ。

 中心に置かれた賢者の石から跳水錬成用の錬成陣に思念エネルギーが流れ、再度氷の壁を生成する。そうして遅延錬成が再発動し──また、賢者の石生成の錬成陣が猛威を振るう。

 

 名付けて「設置型賢石錬成陣」。重複錬成陣であり、連鎖錬成陣であり、複合錬成陣であり、賢者の石の錬成陣であり。

 僕が培い、そして受け取った全てを詰め込んだ、「賢者の石の錬成陣を使った錬成兵器」。

 国土錬成兵器、とでも呼ぶべきもの。

 

 無論三日間の縛りは消えない。

 信号を発しているのが遅延錬成である以上、賢者の石では代用できない。信号装置だけは僕が思念エネルギーを送らなければならないから、永続はしない。

 永続しない、ということはメンテナンスができる、ということでもある。三日後、僕が溜まりに溜まった賢者の石を回収しに行くことも、そこでもう一度信号装置に思念エネルギーを込め直すことも可能だ。

 

 融雪洪水。土壌汚染。

 そして国土錬成兵器。

 

 これが、僕とキンブリーだけが作戦開始前にこの地を訪れた理由。

 ドラクマはここを禁忌の地と定めるまでずっと調査隊を送り続けるだろう。そして兵士を賢者の石に変換し続ける。僕はコテージでも作って暖かくして風邪をひかないように残りの二か月を過ごす。

 いつかは「もうここへは調査隊を送ってはいけない」となるのだろう。

 そうなったら賢者の石を回収して、次の村落を目指せばいいだけのこと。今回のように迷い込んだ子供にする必要も実はない。本当に風邪をひいていたから治療のために留まっただけで、別にこの国土錬成兵器は強制的に敷くことが出来る。

 

 いつかは情報が周知され、僕を見かけたら銃殺せよ、くらいまでにはなるのだろうけれど──その時にはもう、アメストリスの侵攻準備が整っているはずだ。まず兵士を寒さに慣れさせる訓練をアームストロング少佐が行ってくれているはずだし。

 

 アメストリス軍が来たら、というか来る前にキンブリーと接触して、賢者の石をすべて回収、その後に全てを爆破する。爆破っていいね、何にも残らないからね。素人の爆破ならともかく、キンブリーのそれなら欠片も証拠も残さない。

 

 ──侵略だ。

 

 情も恩も義も、すべて認めた上で、すべてに決別をつける。

 僕の大事なものは、大切なものは、この世でたった二人だけ。減らす気は勿論、増やす気だって毛頭ないよ。

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