竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
ドラクマの疲弊は火を見るよりも明らか──なんてことはなかった。
流石は大国、対応がどれほど遅くとも、損切りがどれほど奥まっていても、何も問題ないくらいの国力がある。それと推定総人口一億二千万程度、とお父様に言ったことがあったけれど、あれも訂正。
都市部に過集中しているというべきか、まぁ特段出生率が低いみたいなワケでもないこの大国がアメストリスのたかだか二倍程度なワケないよねって感じだった。二億はいる。らしい。民泊のお爺さんが言ってた。
そう、僕はまだドラクマにいる。
ちなみに作戦開始まで一週間を切っている上、作戦立案段階はとっくのとうに過ぎていたりする。
その辺、僕が帰ってこなかったらお願いねってキンブリーに言っておいたし、緊急時や必要な時はリスさんがなんとかしてくれるって大総統が言ってた。言ってなかった気もする。言ってたけど了承は取っていないがな、はっはっは、とか言ってた気がする。
で、なんで帰ってないかっていうと。
「ミートハルトさん、おはようございます」
「ミルトハルトだ。おはよう、エルシー」
「今日も監視の役目、お疲れ様です」
「……囚人にそんなことを言われる看守は俺以外いないんだろうなぁ」
捕まったからである。
──経緯を詳しく説明する気は無い。
中心部に近づきながら村落を全部賢者の石にして、次はどこにしようかな、なんて盗んだ地図を広げていたら、突然雪の中から出てきた真っ黒な装備にゴーグルっていうTHE☆特殊部隊みたいなやつらに囲まれて、そいつらが一斉に手を合わせて、足元にぽこっと出てきた球形からなんかガスっぽいものが出てきて、気付いたら監獄で拘束されていた。
なんて詳しい経緯なんだ。説明する気がないんじゃなくて知らないから説明できないと言った方が正確だったか。
そのままあれよあれよの間に僕が竜頭の錬金術師であること、アメストリスから侵略目的で来ていること、東側の村落大体潰したことまでバレた上で、毎日毎日尋問を受けている。
なんで拷問しないんだろうとか思いながら、毎日毎日、だ。
「アメストリスの戦力がたかだか五万というのは本当なのか?」
「端数は知らないけど、一般兵はその程度のはず。アメストリスだって国民の全員が兵士ってわけじゃないからね、むしろ投入戦力としては多い方じゃない?」
「そんなもんか……。んで、国家錬金術師と」
「そうだね。気にするならそっちを気にするべきだ。この拘束を外してくれたら、僕だってこの都心部くらいなら一夜で落とせるよ」
「昔ならいざ知らず、ドラクマにも錬金術師はいるんだよ。残念だがそう上手く行くと思ってたら大間違いだぜ」
この男、ミルトハルトについてもよくわからない。
朝から晩まで僕に尋問兼世間話みたいなのを振ってきて、恐らく定時なのだろう時間になったから「んじゃ、また明日な」って言って帰っていく。そう、帰っていくのだ。見張りの交代も無しに。
そしてまた次の日に来て、僕に挨拶をする。
杜撰というかなんというか、僕を捕らえたあの特殊部隊に反して緩すぎて寒暖差が凄い。
おかげでもう逃走経路たくさん作っちゃったよ。いつでも何があっても逃げられるよ。もしかして手さえ縛っておけば何もできないって思われてるのかなぁ。手合わせ錬成が明るみに出ていて、国の特殊部隊として運用している、まで行っているのならありそうな話ではあるけれど。
……ここで国家錬金術師含む軍人に手合わせ錬成見られすぎると、エドの特別性が無くなるどころかドラクマのスパイとか思わない? 扉開いた錬金術師だけでも消しておくべき? できるかどうかは別とする。タイマンならまだわからないけど、あんな大勢で手合わせ錬成使われたら死にます普通に。
いやホント、良く殺されなかったよね。なんで眠らせるにとどめたんだろう。僕の事竜頭の錬金術師ってわかってたっぽいのに、もしかして子供だから、とか言わないよね大国ドラクマが。
「ミートハートさん」
「ミルトハルトだっつの。で、なんだよエルシー」
彼は僕の名前を知っているけれど、最初にダメ元で名乗った方であるエルシーの名を面白がって呼んでいる。だからお返しに僕も肉の心さんって呼んでいる。
「僕考えたんだけどさ。もしかしてアメストリスに"竜頭の錬金術師を捕らえた"って宣言してたりする?」
「う……」
「いやわかりやす。尋問役向いてないよビートルートさん」
「だったらお前も囚人らしくっつか子供らしくしろよ……もう原型無い奴は訂正しねぇぞ疲れるから」
「ふぅん、つまり僕は餌なわけだ。竜頭の錬金術師を返してほしくば~みたいに要求を重ねていたりする?」
「し、知らん! 俺は何も知らん!」
……ま、軍がその程度に動じないことはわかっているけれど。
怖いのはお父さんとお母さんが来ちゃうことか。これは早めに脱獄して、多少派手になってでも暴れ散らかした方が良いかな?
「じゃあ、はい、コレ。ミルトハルトさん」
「なんだよ名前で呼べるんじゃねえか。で、コレって……紙? ──いや待て、今どうやって俺に手渡しして」
「当然、拘束を解いて、だよ」
単体賢石錬成陣を発動する。手渡ししたのは勿論賢者の石の錬成陣だから。
カ、なんて苦悶を漏らして倒れるミルトハルト。ちなみに彼は多分看守じゃない。彼も囚人だ。僕に不用意に近づく、近づかせるような人材を自軍の者にするとは思えない。彼は何か僕より軽い罪で、けれど僕から情報を引き出せたら刑期を少なくさせる、みたいなことを言われていたのだろう。
完全な捨て駒だ。証拠に。
「ああ、やっぱりこれ盗聴器か。いつもポケットが膨らんでるなぁって思ってたんだよね。あーあー、聞こえてるかな、ドラクマのお偉方? 政府? 軍部? なんでもいいけど、今から報復するよ。喧嘩を売ったのは僕だけど、売り返してきた時点で戦争だ。早めに殺しておけばよかったのにね。ああ、今君が押下した、この地下空間に毒ガスを噴射して充満させる装置のスイッチは何の反応も示さないよ。錬金術師相手に機械トラップは何の意味もないって国内の研鑽でわかってたでしょ?」
無論、わかっていたとしてもできるはずがないと思っていたはずだ。
だって僕、拘束されてから一度もコレを解いていない。全部遠隔錬成でやっている。何を飛ばしたって、賢者の石で錬成した鉄玉ね。
もうこの地下は掌握した。いやホント、賢者の石サマサマだ。これを使っている時だけチート転生者になれる。
「あぁ、ミルトハルトさんは殺したよ。なんて、まるでそっちの会話が聞こえているかのような返事をしてみたけれど、どうかな、ざわついた?」
サンチェゴを生成する。
突入してくるのはあの手合わせ錬成特殊部隊だろう。普通の兵士が国家錬金術師に敵わないことくらい知っているはずだから。
ゆえにここを要塞とする。ここがどこの地下なのかは知らないけれど、まぁこの錬成で崩壊したら僕を地下なんて場所に閉じ込めたその悪手を呪ってほしい。
しかし睡眠ガスか。ガス系の対策は何にもしてないからなぁ、僕の弱点を突かれた、という感じ。あと狙撃とかには相変わらず無力だ。まぁそんなの大体の人間がそうだろうけど。シンの彼らとか大総統を除く。キング・ブラッドレイって最強の眼がなくても狙撃弾切り落とせそうだもんね。
ついでだ、新しい錬金術も試してみようか。
最近マンネリ気味ではあったからね。国土賢石錬成陣が今までの僕の集大成になっていた。だから、全く新しい分野に踏み出す時だ。構想は既に練ってあったけど、使い道が無かった錬金術。
つまるところの。
*
SAG*1からの通信によると、竜頭の錬金術師を捕らえてある監獄は既に敵の手中に収まり、迂闊に足を踏み入れることができない現状にあるらしかった。
司令室では「だから早めに殺しておけと言ったんだ」派、「しかしそれだとアメストリスへの切り札が」派、「子供なんていくらでも似せられるだろう」派などが口々に言い争いをしている。
降って湧いた幸運。
ドラクマに竜頭の錬金術師が入り込んでいる、という話は、退役した元少将であるヴァネッサの通報より政府及び司令部の誰もに伝わっていた。
その後彼女と、彼女の通報を受けて武装して向かった兵団の連絡が途絶え、その後三度同じく兵を送って、それが無駄骨だと気付く。気付くのに時間がかかり過ぎだろ、なんて言葉を若手の私が吐こうものなら一撃で首を飛ばされることだろう。
それでも降って湧いた幸運だった。
アメストリスとの開戦が間近であることなどアエルゴ、クレタの現状からわかりきっていたことだったし、ドラクマとしてもアメストリスに良い顔をさせ続けるわけにはいかない。だから兵士を、そして錬金術師を育成している最中のその報せ。
なんとかして竜頭の錬金術師を捕らえ、敵の戦力を削ぎ、あわよくばその技術を──と、欲を出したのがすべての終わり。
保身のために囚人を用いた情報引き出し作戦は失敗に終わり、どのような手段か拘束されているにもかかわらず使われた錬金術で監獄内のトラップは全てこちらに牙を剥き、恐らくではあるものの竜頭の錬金術師はここへやってくる。恐らくか、必ずか。
噂によれば、子供に石を投げられた程度でその子供の住む地区の一角で大虐殺を行った、なんていう悪逆の錬金術師。しかも相手は自国の民だったというのだから恐ろしい。そんな存在を野放しにしているアメストリスも恐ろしい。
『こちらSAGアード隊……何かがこちらに向かって歩いてきています。攻撃許可を』
「なにか? 何かとは何だ。竜頭の錬金術師ではないのか?」
『何か、です。金属の塊……まさか、全身機械鎧?』
「ええい、何故そんな眉唾物がそこにいる! 構わん、壊せそんなもの! あるいは中に竜頭が入っているのかもしれん! 殲滅だ殲滅! 余計な余裕を持っていれば、こちらが逆に食われるぞ!」
司令の怒鳴り声。語気は荒いが正しい判断ではあった。
監獄の中にいるのは竜頭の錬金術師と連続小児誘拐殺人事件の犯人であったミルトハルト、他300年以上の懲役を言い渡されている凶悪犯しかいない。いずれは錬金術の材料にする予定だった彼らを有効活用したまでだ。それが無くなったところで、我が国には──悲しいことに──犯罪者が腐るほどいる。大国故の治安の悪さはもう仕方がないことだ。
正しい判断と思った。思ったはずだ。だが。
『こ、こちらSAGアード隊ヘッグス! 壊滅、壊滅です! 私達は──ア、グ』
『さっきから思ってたけど、かなりいい通信機を使っている。電気系の技術はアメストリスより上と見た。監視カメラの類はまだ見ていないけれど、映像系の技術もあるんじゃないかな、この分だ』
ブチッと通信機からの音が途絶える。壊されたのだろう。
アード隊は完全に沈黙した。……冷たい空気だ。
「金属の塊。全身機械鎧。竜頭がもし、そんなものを急造で生み出せるとしたら」
「あり得ん! ドラクマの機械技術、そして錬金術を以てしてもそんなものは生み出せなかった! 錬金術にかまけてばかりで機械を疎かにしているアメストリスにそんな技術は──」
「しかし、現実にアード隊は負けています。加え、竜頭の錬金術師といえばアメストリス人としても異端。幼子の身でありながら単身で自国の一民族を滅ぼし尽くした伝説を持つ者。彼のみが特化して恐ろしい技術力を持っている可能性は捨てきれません」
「……っ、そう、だな。すまない、熱くなり過ぎた。……SAG全隊に通達だ。敵は全身機械鎧……命のない金属人形を操る可能性がある。対人間の攻撃手段ではなく、破壊することに注力しろ、と」
「は!」
この語気の荒いツルピカ頭の中年が司令の座についている理由は、ちゃんと有能だからである。
短気でストレスを溜めやすく、また爆発させやすいがゆえにヒステリックに怒鳴りはするが、落ち着いたらちゃんと優秀。もう少し年を取ってずっと落ち着いていてほしいものだ、と思う反面、あんまり歳を取り過ぎると血管切れて死ぬんじゃないかとひやひやしている。
「バンダ隊、金属の塊の撃破に成功したようです!」
「うむ。解析はできそうか?」
「それが、隊員の一人が近づいた途端爆発したようで……」
「……その隊員は」
「火傷こそしたものの、無事です」
「特殊防護服を貫いて火傷させる温度か。……金属の塊に不用意に近づかせるな。解析など後で良い、遠距離から破壊し、竜頭を殺せ。相手が錬金術師であることを忘れるな。そして、自分たちが錬金術師であることもな」
錬金術。
アエルゴの崩壊を受けて二年前から研究し始めたこの技術は、どうして中々面白い。
ただ危険な面もあるようで、実験中の死傷者が絶えない。これは恐らく基礎ができていない、原則というものを我々が理解していないからなのだろう。ただアメストリスに錬金術を教えてくださいと頭を下げるわけにもいかず……。
『ドゥーン隊、竜頭の錬金術師を発見しました。撃ちますか?』
「待て、貴様らどこにいる? どこで発見した?」
『大監獄北、二階、無差別殺人犯ガルゴグムのいた牢獄です』
……そんな場所に竜頭がいる。
司令も違和感を覚えたらしい。
『様子見に留めろ。罠の可能性が高い』
「カール隊からも同様の通信が。こちらは地下三階の看守室です。ただ、微動だにせず、と」
「囮の人形、というわけか。本体を叩かねば思うつぼ……オフィエル、お前はどう思う?」
「私ですか。私のような若手があなた方を上回る意見など……」
「良いから言え。現場の者達の命がかかっている」
これだから。
これだからこの人は憎めない。普段はハゲでデブで怒鳴り散らかす典型的な嫌な上司の癖に、一度冷静になるとカリスマが凄い。
だから私は、口を開く。言葉を紡ぐ。
自分でもそこそこ非人道的だと思う作戦を。
「──オフィエル、お前は出世させん。お前のような思考の奴が司令になってみろ、ドラクマは悪魔の国になるぞ」
「ええっ、そんな、ドラクマのためを思って言ったことですよ?」
「出世はさせんが、儂のもとで一生こき使ってやる。儂が出世したら出世させてやる。一生儂についてこい。お前の策の責任は全て儂が取る。──いいな?」
「案外血管ブチ切れてぽっくり逝きそうなんで、それでいいです。空いた席に座ります」
「首を飛ばしてやろうかコイツ」
通信を行う。
SAGには一度下がらせ──大監獄を取り囲ませる。
「タイミングが命だ。竜頭に逃げる隙を与えるなよ」
『ドゥーン隊、準備完了です』
『カール隊同じく』
『エスト隊同じく!』
『ファーレン隊、申し訳ない、今金属の塊に追われている! ──だが、急を要すると司令室が考えるのなら、俺達ごとやってくれていい!』
「誰が味方を殺すか。早く出て来い。誰も死なずに、だ」
これだから。
……そういえば、先に火傷をしたと言っていたバンダ隊からの連絡がない。
「司令、バンダ隊は」
『こちらバンダ隊! ──罠です! 全隊、出来得る限りの退避を──』
直後、監獄方面から凄まじい地鳴りが響き渡った。