竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第四十五話 錬金術の悪用「キメラ・トランジスタ(失敗作)」&それぞれ
人間はどこまでが失われても人間か。
生物はどこまでが生物でなくなったら生物でなくなるのか。
テセウスの船を代表とした同一性に関するパラドックスであり、同様のものにヘーラクレイトスの川やお爺さんの斧といった風に、前世においても広く考えられ、けれどパラドックスなので結論の出なかったものだ。
さて、人間は。いや知性体はどこまで失っても知性体か。
こと鋼の錬金術師世界においては、その答えは出ている。
魂だ。
魂さえ失わなければソレは人間足り得る。全身を、心臓を、脳を失っていようが、伽藍洞だろうが、異形だろうが、魂さえ失っていなければ人間だ。
それはアルフォンス・エルリックやバリー・ザ・チョッパー、スライサー兄弟が証明している。
第五研究所。
それが僕に与えられた研究所の名前だった。
……うん。まぁ、作中ではグラン大佐……今はもう准将になってるあの人の管轄下にあった場所で、隣接する中央刑務所における死刑囚を使った賢者の石の研究が行われていた場所。それが今僕の手中にあるので、賢石錬成の研究が今どこで行われているのかはわからない。やってないのかもしれないけど。
「クラクトハイト少将、お電話ですよ。レイブン中将からです」
「ああ、適当な理由付けて断っといて。どうせ勧誘だから」
「はーい」
研究所を持つにあたって、新しく部下を持つことになった。
当然だ。流石に一人でこの巨大な研究所を使うわけには行かないし、維持も難しい。地上で受け付けとか手続きとかをやる一般職員六名と僕の研究を手伝う錬金術師の職員十名。僕も入れて十七人がこの第五研究所で働いている。
全員軍人であり、且つ募集という形で集めたんだけど、募集文に「裏切り、内通が発覚した場合にはその場で処断します」ってちゃんと書いたから、余程腕に自信がある人以外スパイとしては入ってこない……と願っている。
僕も誰も信用できないって状況は面倒だからね。
ちなみにキンブリーはいない。上官殺しをしていない彼だけど、やっぱり研究職に戻るのは性に合わないようで、今はドラクマの残党を狩ることに専念している。
加えて因むとグラン准将もここにはいない。彼にはいつかイシュヴァール戦役の最後に少しばかりの情報開示をしたのだけれど、その時から何か思うことがあったのか、半ば隠居気味の生活を送っている。ま、隠居気味というか調べものをしている、というべきか。
そんな感じで、まーったく新しい人たちを助手として、僕は今
一般的に想像されるキメラを取り扱っているわけではなかったりする。
一般的に想像されるキメラ。だから、デビルズネストの面々とかゴリ……ダリウスさん達みたいなのじゃないってことね。
僕が今研究しているのは、前にも述べたように「キメラでトランジスタが作れないか」って奴だ。
理想像としては「常に高い思念エネルギーを放出し続けることのできるキメラ」を作ること。ただし我の強い……犯罪者としての意識を継続して持っているような奴をキメラにしたって意味はない。錬成陣の上からぴょーんと離れてどっかへ行って、犯罪者として再度暴れ倒すだけだろう。
だから、必要なのは「知性があって、けれど動けなくて、その上で思念エネルギーを放出できる存在」だ。
その試作品第一例が、コレ。
「オズワルド、ちょっとこっち来れる?」
「ん。へい。あー、ちょい待ってください。今爪切ってるんで」
「ちょっと! アンタね、少将が来いって言ったら行くの! 何が爪切ってるよ後でも切れるでしょ!」
「馬鹿だなアンファミーユ。少将がやってる実験を考えたら、爪が鋭いのはよくないだろ」
「そ……それは、そうだけど」
なんだかヴィアン准尉とキレイア中尉を思い出すカップル二人。
オズワルド・マンテイクとアンファミーユ・マンテイク。姓が一緒なのは結婚済みなんじゃなくて兄妹だから。そう、カップルではなくイチャラブ兄妹なのだ。ここの研究内容を聞いて顔色一つ変えなかった二人なので、まぁ、そこそこちゃんとした外道ではあると思う。
少なくともあの二人のような善人じゃあないってこと。
「アンファミーユ、君でもいいよ」
「あ、はい! じゃあ私が」
「ダメダメー。所長、コイツ爪長いんだ、実験体を傷つける。はいはいはい、俺が来ましたよっと」
一通りのコントを終えてこっちに来たオズワルド。ボサボサの青みがかった髪は、ちゃんと切り揃えたらそこそこなイケメンになる気がしているんだけど、本人のずぼらさと僕より死んでそうな目がそのイメージを完全に叩き壊している。
その背後からひょこっと顔を出すアンファミーユ。彼女は普通にきれいな女性だ。特筆すべき点はない。ないけど、ちょっとオズワルドに依存し過ぎかな? オズワルドが死んだりしたらヒステリック起こしそうなので要注意。
「……なんですかいこれ」
「キメラだよ。ああいや、別々の遺伝情報を持つ生物をかけ合わせたものを
「……生きてんですね、コレ」
「そう、生きている」
肉塊。
そうとしか表現できないコレは、ドラクマの錬金術師の一人であり、SAGと違って手合わせ錬成ができないただの錬金術師だ。
目や耳はなく、呼吸を行う人工肺、人工心臓、そして本人の脳の必要部分と、それらを覆う皮。神経。血管。そして、円形につくられた筋肉。ただそれだけの存在。
「こっちの錬成陣を見ていて」
その肉塊は錬成陣の上に置かれていて、錬成陣からは線が伸びている。連鎖錬成陣の線だね。だからそれは別の錬成陣内に入り、完結している。
円形の筋肉へ注射針を刺す。
途端、肉塊の真下の錬成陣とそれに繋がる錬成陣が錬成反応を放ち、そちらの中心に立方体の石が錬成された。
「おお……」
「え、この肉塊は錬金術師なんですか?」
「うん。それよりもよく考えてほしいのは、この肉塊が立方体の錬成を行った、ということ。これがどういう意味かわかるかな」
「……コイツが立方体を想像した、ってことですかい?」
「できると思う?」
「いや……思えねえ。コイツにそんな高度なこと考えられるようには」
「そう。この肉塊は最早常に感じている"苦しい"という思いと、筋肉及び神経を刺激されることで感じる"痛い"という気持ちしか発露できない部品だ」
肉塊は常に「苦しい」という思念エネルギーを放出している。苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい。それが思念エネルギーとして認識されることはスイルクレムで確認済み。彼の場合は死にたいだったけどね。
賢者の石も同じだよね。苦痛の怨嗟。その膨大なまでの発露こそがあの増幅効果の正体。血の紋が血の紋として機能するのも、憎悪がエネルギーとしてその地に残るから。ホムンクルスが感情で構成されているのも、恐らくお父様の賢者の石の中からそれぞれの感情を抽出して核としたんだろう。
とにかく、感情さえ発露できていれば思念エネルギーは取り出せる。
だから肉塊は常に苦しみを覚えていて──そこに「痛い」が加わると、まるでスイッチをオンオフするかのように思念エネルギーの放出量が変えられるワケだ。
ただこれは失敗作。
僕が欲しかったのは逆のもの。つまり「痛い」が加わった時だけ「苦しい」が流れるようにしたかった。ベースとコレクタの関係みたいな話ね。
一応増幅器としては使えるから、半トランジスタって感じではある。
「え、いや、結局どうやってこいつは立方体を錬成したんですかい?」
「その錬成陣が立方体の錬成陣だからだよ。術者が何も知らなくても、構築式さえあれば錬成は起きる。──アメストリスの錬金術じゃ教えてないことだけどね。普通はリバウンドが起きるから」
「……」
それは作中においてマスタング大佐に対してお父様とプライドがやったこと。
金歯医者と同化したプライドという賢者の石が、自ら意思を以てマスタング大佐という術師──媒介装置を通し、扉を開けた。その際マスタング大佐は人体錬成なんか一切意識していなかったのに扉は開いた。
他の人体錬成者も同じだ。
人体錬成を想像してはいたけれど、それは叶わず、真理の扉が開いた。けれどこれ、既存の錬金術学に当てはめると「そもそも発動しない」はずなのだ。
だというのに彼らはそういう錬金術だと知らずに使って、真理の扉を開くことができている。
これは構築式さえあっていれば想像の部分はオマケでしかなく、そして錬成が始まった時点で不足分は別から引き摺りだす、という法則があるからだと僕は思っている。
構築式と想像は等価なのだ。錬成陣or想像力or構築式*1が理解の部分で、再構築に必要なエネルギーは思念エネルギーor術者の肉体で代替できる。
この法則を今の現象に当てはめると、立方体を錬成するという完璧な構築式があって、そこに思念エネルギーが流れ込み、錬成が始まって、不足分の思念エネルギーが後から補充された、って感じ。
「あ、この肉塊の下にある錬成陣、よく見たら少将の遅延錬成ですね」
「よくわかったねアンファミーユ。そうだよ。つまりこの肉塊は三日という許容量を持つ遅延錬成陣に常に思念エネルギーを注いでいて、痛みという思念エネルギーを放出することで隣の錬成陣を励起、その後ため込んでおいた苦しみという思念エネルギーを錬成陣が引っ張り出してきて錬成は完了した、って感じになる」
思念エネルギーが電流と違うのは、常に流れている、ができないことだ。
常に流れている。つまり電池から伸びる銅線が繋がった時、一瞬で全体に行きわたる、ってことができない。故にギリギリまで溜めておいて、錬成物に引っ張ってもらわなきゃいけない。
「ま、スイッチ単体なら感圧式錬成を使えばいいから、この増幅機構だけでも儲けものだと言えるだろう。あとは軽量化と耐久性能、できることなら錬成兵器に組み込めるサイズ且つちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないようにしたいところなんだけど……」
「それを俺達に任せてくれる、ってことですか」
「うん。お願いできるかな、マンテイクの二人」
「お任せください! 必ずや成果を出して見せます!」
そんな感じで。
とりあえず試作一号トランジスタは完成した。
……尚、最小にするなら金属粒とかに魂定着させればいいじゃん! と思う人もいるだろう。
ダメなのだ。アレは苦しみ……死にたいという気持ちを発することはできても、外部刺激で新たな思念エネルギーを放出することがない。魂定着の陣はそういうところがあまりにも不便なのでナシになったって話。
その研究は他のトコでやってんじゃないかなぁ。
*
中央に研究所を持つということで、僕は今セントラル市内に住んでいる。
別に普通にお父さんとお母さんに電話したり手紙出したりできるし、行こうと思えば半日はかかるものの会いに行けるので、特に不便はしていない。
していない、のだが。
「おはようございます、少将」
「……別に構わないんだけどさ。なんで笑顔なの、君」
「え? いえ、特に理由は……」
「ふぅん。まぁ、ホントに構わないんだけどね」
なんか。
なんか……居心地が悪い。
凄く好意的なのだ。軍人も、なんなら民間人も。
国家錬金術師って結構嫌われてる存在だ。そんでもって、六年前の僕は悪魔とか忌み子とか呼ばれてたんだよ。ここ、セントラル市民に。
それが……なんか。
いや、四年前だかのパレードでもそうだったけどさ。なんかスターを見るみたいに挨拶してきて手を振ってきたりしてさ。
それがとても居た堪れない。
あ、僕って良心失ってなかったんだなって感じる瞬間でもある。これってつまり、今まで殺してきた相手への罪悪感でしょ? ちゃんと残ってることは喜ばしくあるよね。それはそれとして居心地悪いんだけど。
「わ」
「おっと……スマン坊主、怪我して無い……うおっ!? クラクトハイト少将!? すんません、前見てなくて!」
「ああ、いいよ。前見てなかったのは僕も同じだし」
ぶつかった。
ぶつかったのは、マース・ヒューズ。現時点においてはヒューズ少佐……イシュヴァール戦役が士官学生時代だったから、その辺の昇進関係が難しくなっているらしい。ごめんね僕ばっか昇進して。
「大丈夫? そんなに資料持って」
「ああいや、急ぎじゃないんで大丈夫……って、少将こそ大丈夫ですか?」
「え、何が?」
「なんか唇青いですよ。体調でも悪いんじゃ」
「あー。最近寝てないからそれかも」
「寝てないって……少将幾つでしたっけ」
「13歳」
「育ち盛りじゃないですか。ダメですよ、夜更かしは」
「いやさ、6歳だか7歳の頃からずーっと戦場にいて働き詰めだったから、今研究やら勉強やらができるのが楽しくてね。ほら、失った青春を取り戻す、みたいな」
「地味に反応しづらい重い過去出すのやめてくれませんかね……。まぁそれでも睡眠は大事ですよ。背、伸びなくなりますから」
「うん、ありがとうね。確かにヒューズ少佐やマスタング大佐くらいの身長は欲しい所」
アームストロング少佐は高すぎるからいいとして、キンブリーとかスラッとしていて少しばかりの憧れはあるんだよな。作者が白スーツが似合うのは変態って言ってたけど、白スーツを着こなせるスタイルはそこそこかっこいいと思う僕がいる。
どうせ僕が着るのは一生軍服なんだけど。私服とかほぼ持ってないし。
「っと、急いでないとは言ってもずっと立ち話は無理か。んじゃ少将、ほんとすんませんでした。また!」
「またね」
……ああ、そうか。
軍法会議所に入るんだっけ。それがもうなのかこれからなのかは知らないけど、だからあんな量の資料を。で、まだまだ新人だから忙しいみたいな話ね。
寝てない、というのは全くの嘘だ。
バリバリ健康的な生活をしている。研究者の資本は身体。錬金術師もそう。というか時間は腐るほどあるからそんなに熱中する必要がない。
じゃあなんで嘘を吐いたかって、僕にぶつかってきたのが故意かどうかを調べるためだ。少しでも表情に出そうものなら、とか一瞬考えた。
僕が賢石錬成でこれでもかってくらい派手に動いているからね。
ヒューズ少佐の頭脳なら、原作よりも早い段階で気付いたっておかしくはない。あの資料がそれである可能性を杞憂したってわけ。
ま、なんにも関係なかったけど。
唇が青いのはさっきまでずっと噛んでたからだよ。居た堪れなくてさ。
「──ところで、どうして僕を睨んでいるのかな、マスタング大佐」
「いえ。ヒューズは旧友なので、何を話していたのか、と思いまして」
「世間話だよ。それより、東方司令部に異動するんだって?」
「耳が早いですね」
「これが誰かの誘いを断ったことによる左遷なのか、それとも栄転なのかは知らないけどさ。あっちは僕が平和にした場所だから、平和維持活動は頑張ってほしいかな。特にテロリストの類は──」
「わかってます、わかってますよ。少将、今はもう平和になったんです。テロリストの話は確かに残っていますが、最近は鳴りを潜めている。……もう少し平和に行けませんか。そうやって過激な話ばかり口に出している姿を見ると、少将ご自身が戦いを望んでいるようにさえ見えます」
おお。
言うじゃないか。ドラクマ戦役中はずっと後ろめたそうな顔してたのに。
上の誰かを吹っ切って来たのかな、これは。
「ま、単なる錬金術師ならいざ知らず、国家錬金術師は戦うための存在だからね。特に僕は物心ついた時点から戦っていたから、戦いを望んでいるかいないかでいえば前者だよ」
「……あまり不穏当な発言はお控えください。貴方が言うと……洒落にならない」
「そう? まだ13歳の子供の適当な発言じゃないか。聞き流しなよ、マスタング大佐」
「隣国三つを滅ぼした少将の言葉は重いんですよ……まさか自覚がないとか言いませんよね?」
「流石にあるよ。今のはからかっただけ。僕にしても平和は続いてほしいからね。一刻も早くテロリストを根絶やしにして、研究所でなんか適当な成果だして、お父さんとお母さんの元で一生平和に暮らしたいって思ってるよ」
ちなみにこれは本当。
キメラの研究がある程度まで行ったら誰かに全部任せてアルドクラウドに帰りたいとか思ってる。
……無論、お父様関連が全部終わったら。つまり原作が終わったらの話だ。まー隣国三つ以外にも国はあるから、それら全部消し飛ばすまで、もとい侵略し終わるまでそんな理想の生活はできないだろうけど。
「そうですか。……それは、素晴らしい夢ですね」
「あ、そうだ。話全然変わるんだけどさ」
「はぁ」
「ほら、覚えてる? ドラクマのSAG達と戦った時の、最後のトドメを担ってくれた子。ホークアイさん」
「っ……彼女が、何か」
「ああいや、彼女に伝えておいてほしいんだよね。"僕の錬金術は完全な別軸だからあんまり気に病まないで"ってさ」
「何故、私が彼女にそれを伝えられると?」
「え、連れて行くんでしょ? というか彼女東部の出でしょ?」
「……」
「いや、怖い顔されても。詮索したとかそういうことじゃないよ。僕ほら少将で、最近研究所持ったじゃん。その時人事の人と結構やりとりしたんだよ。その中で超絶凄腕優秀スナイパーがどこにいくのか、みたいな話になってさ」
実際なった。これは嘘じゃない。
リザ・ホークアイ。今年ようやく士官学校を卒業する彼女だけど、どこの隊も喉から手が出る程欲しがる優秀な人材だ。あそこまで精確な狙撃と冷静さ。戦況の把握能力や細々としたものであれば指揮もできると来て、現状フリー。
ドラクマで命を救われた隊なら欲しがらないはずはなく。
で、どこに行くのかをさらっと聞いたら、「マスタング大佐が熱望したんで彼の元に」、「あれデキてるって噂ですよ」、「まぁ本当にデキてたら軍法どころか法律でしょっぴかれますけど」みたいな聞いてないことまでボロボロ出してくれた。
僕はもうあの人事は信用しないことにしたよ。大事なことは一切漏らさないと心に決めた。
「……わかりました。伝えておきます」
「うん、ありがとう。──それじゃ、東部でも元気でね。グラマン
「ふ、婦人? 中将ではなく?」
「ばいびー」
混乱させるだけさせて、その場を去る。
アームストロング中佐はアームストロング家のある中央に残っているけれど、僕とはもうほとんど関わらない位置にいる。
マクドゥーガル少佐は未だに精神病院にいるって話だけど、実際がどうかは知らない。
といった感じで、クラクトハイト隊はバラバラになったわけだ。
原作のマスタング隊と違ってピンチになったら駆けつけるって仲でもない。多分もう集まることは無いだろう。
ドリームチームは文字通り一時の夢だったってワケだ。
──それでもまぁ、楽しかったけどね。あの四人といるの。