竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
帰ってきたら、一つの成果物が上がっていた。
「どうですか、これ。──見るからに天使でしょう」
「見るからには、ね」
サジュが研究していた「天使の作成」──別名、動物の合成獣で人間は作り得るのか、についての証明。
僕が第五研究所を空けたたった二日間で、それの完成に行きついたと──その前までは天使の敵対生物を作るとか言っていて全く天使そのものに着手していなかった彼が、たった二日で。
天使。
法衣のようなものを纏った女性。背には翼が生えていて──
「サジュ。これさ、どうやって浮いているの?」
「天使の御力ですよ! 天使はその翼で飛ぶのです。知らないことはないでしょう?」
「羽ばたいてもいない翼で、そしてこの質量に対してこんな小さな翼で、飛ぶ?」
「あー……いえ、ですから天使の御力で」
ガチャン、と音が鳴った。
近くでやり取りを聞いていたマンテイク兄妹が慌てて距離を取る。
「裏切り、内通者はその場で処断すると──募集文に書いたはずだけど」
「あ、あああ、い、ち、いや、違うんです! 説明がそのえっと」
15秒だ。
地下研究所の床に巨大な錬成陣が広がる。青い光を伴うその陣は、僕を中心として複数の挙動を見せる。その場で回転する内円。外側で拡縮する記号。生きているかのように、脈動しているかのように、時間を経るにつれて複雑になっていく。
隠し事は、裏切りだ。
「──レムノスくん」
「何かな、イリス」
「それ以上脅しても無駄よー。なんてったって、サジュはこの仮称天使が何故浮いているのか、サジュ自身にさえわからないんだからー」
それを聞いた瞬間、錬成反応を赤に切り替えて、地面から出した鎖で仮称天使を貫き殺す。
誰が何を、どんな口を挟む間もなく、だ。
「あああ!?」
「……あのね。サジュ。まず、自分でも原理の分かっていないものを使うこと、そしてそれを成果物として見せることがどんなに愚かか──わからない君じゃないだろう」
「……申し訳ございません」
「加えて、何の力を操っているかわからない生物である時点で、それは脅威と同義だ。鎖で縛っているわけでもない、合金の檻程度のものいつ破られるかわからなかった。コレが完成し、意識を持った瞬間にここにいる全員が、最悪セントラルの一般人にも被害が出ていたかもしれない。──まだいっぱい言いたいことあるけど、何か弁明、言い訳はある?」
「ありません。如何様な処分も受けます……」
暴論だけど、グラトニーを作って放置してたようなものだ。
お腹が空いたら、時間が経ったら、何か気に障る臭いがしたら──なんて軽い理由で疑似・真理の扉的なヤバいものが開いた可能性がある。錬金術の恐ろしさは理解の出来ないものを作れてしまうことなんだから、その辺はしっかりしないと。
サジュ一人が死ぬだけなら全く構わないんだけど、他の職員や地上の職員、そしてセントラル、ひいてはアメストリス全土となったら──ああ、考えたくもない。
「イリス、思念エネルギー研究課の中で、一人貸し出したりできる?」
「サジュの監視、見張りねー? 後で見繕っておくわぁ」
「うん。そしてサジュ。沙汰も処分も無いから、さっきの生物が何故浮かんでいたのかを完璧に突き止めること。ただし」
「はい。管理は徹底し、もし仮にナニカができてしまった場合は即刻殺します」
よろしい。
……とはいえ、何故浮いていたのか、浮くことができていたのかは僕も気になる。
でも任せたんだ、二度目は無いと釘を刺した上でやらかすのならばもう容赦はしないけれど、僕は彼の情熱を信じたいと思っている。情熱。僕の情熱はお父さんとお母さんを守る、ということ以外に向けられないからね。寄り道は他人にしてもらわなきゃ。
「それで、他に成果物の報告がある人いる?」
「その前にー、レムノスくんこの錬成陣消してくれない? みんな怖がっちゃってほらー」
「ああ」
消す。
赤い錬成反応の鎖は賢者の石だけど、青い錬成反応の方はちょっと前にもやったケミカルライトだ。特に何の意味もない複雑な形をした陣を描くためだけの錬金術。虚勢錬成陣ね。
「ふぃー……。焦ったぜ」
「アレがホントの少将……給料も仕事内容もサイコーで定時に帰れるし帰らなかったら残業代出してくれるスーパーホワイトな研究所所長のイメージばっかりあったけど、ちゃんと隣国三つを滅ぼした少将って感じでした……」
退散していたマンテイク兄妹が近づいてくる。
ん、近づいてくるってことは。
「とりあえず、ご依頼の品はできましたよっと」
「耐久性能と小型化。その上で従来のものと同じ挙動をするキメラ・トランジスタ。どうでしょうか!」
成果物を渡しに来た、ってことだね。
さて、キメラ・トランジスタだけど、これトランジスタじゃないんだよな、っていう自分へのツッコミは置いておく。
二人が作ってくれたもの。それは──大きさは拳大。拳大の金属の箱、って感じ。側面にポートみたいなものがあって、底面にはスイッチらしきものがある。
「ふむ。このスイッチを押すと四つのポートから思念エネルギーが出る仕組み……であってる?」
「へい。スイッチの場所、ポートの場所は自在に変えられます。形もある程度は変更可能で──よっと」
オズワルドが、その箱を放って──思い切り壁に向かって蹴り飛ばす。
ちなみにここの職員の靴は安全靴なので痛みは無いと思うけど、できれば事前に言って欲しかった。
「っと、こんなくらいの衝撃じゃ壊れませんドゥゴフッ!?」
「そういうことやるなら事前に言う! ったく、所長はサプライズ嫌いって自己紹介の時言ってたでしょ!」
「あ、覚えててくれたんだ。そうだね、サプライズ嫌いだから事前説明があると嬉しいよ」
お腹を膝蹴りされて動けないでいるオズワルド。彼の前に落ちたその箱を手に取り、スイッチを押してみる。
おお。
四つのポートから思念エネルギー出るのを感じられた。いいじゃん、ちょっと大きいけれど、多分これが最小サイズだ。この二人結構そういうとこ突き詰めるのは知ってるから、頑張って頑張って頑張った結果がコレなんだろう。
うん、これなら第五研究所の成果物としてお偉方に出せるね。次の戦争がどこになるかはわからないけど、このバッテリーは錬成兵器の要になるだろう。
気になるのは。
「遅延錬成はどうしたの?」
「ん、あぁ、はい。ええと、所長の遅延錬成を真似ただけです。そのまんま描き写しました」
「……遅延錬成の感覚を掴んだわけじゃなく?」
「はい。私も兄も、遅延錬成は使えません。ただ考察するに、苦しいとだけを感じる脳では効率化を考えることができないため、所長の遅延錬成に適性があるのではないか、と」
「ははあ。いいね、そこまで突き止めているのは評価が高い」
成程。
錬成速度は想像力がモノを言う。でもこのバッテリーに想像力なんかないから、あるいは僕より錬成速度が遅いんだ。その遅い錬成速度を織り成す思念エネルギーもまた遅いというか、力強さが無いから結果的な遅延錬成になる、と。
いいね。
いいじゃん。
「オーケー。キメラ・トランジスタ……どっちかというとこれはキメラ・バッテリーと呼ぶべきか。これの作成はこいつで終結とする。それで、次に作ってほしいものだけど」
「へい。なんでも言ってくだせえや」
「次も成果を出して見せます!」
今度こそトランジスタ……増幅器の役割をするものを作りたい。
トランジスタそのものは彼らも知っているから、成程、と言って、早速取り掛かってくれた。
いいよ、成功体験は人に効率を与える。失敗体験は人に熱を与える。なんにせよやってみて、成果を一つ残すことこそが研究者としての、あるいは人間としての第一歩であり自信のもとになるんだ。
「カリステムはまだわーきゃーやっているから、最後は私ねぇ。といっても──まず初めに謝っておくわ。ごめんなさい」
「謝る? サジュみたいなことをしたの?」
「そうねー。私も理解のできないものを作ってしまった。ただ、生きてはいないから、レムノスくんに……所長に見て欲しくてー」
連れられてそこへ行く。思念エネルギー研究課。
幾人もの罪人が椅子に座らされ、拘束され、項垂れることも許されずに拘束されている場所の──最奥。
そこに、光るものがあった。
「……これは」
「レムノスくんの言う通り、苦痛で吸出しを、喜楽で吸収を、という風な反芻を繰り返していく内に、フラスコの中に溜まっていったものが結晶化したのよー。──これ、貴方なら何であるかの判別はつくのかしらー?」
その光の色は。
咄嗟に、手と手を合わせて、左掌から例の剣を取り出す。
「ちょ、あ、やっぱりだめだったー?」
不安そうな声で聴いてくるイリスに、けれど思考リソースを割いている余裕がない。
観察する。じっくりと。
赤い錬成反応。その色を。
確認して、今度は地面に錬成陣を描き、錬金術を使う。青い錬成反応。その色。
見比べるのは、光。
「……イリス。あれ、触ったりした?」
「いいえ。刺激を加えるのは
それは、まぁ、昔から考えていたことではあった。
何故賢者の石は人間の魂でしか錬成できないのか。国土錬成陣に羊や牛を含めても、野生動物が魂を抜き取られた様子は無かった。原作でも倒れていくリゼンブールの人々の中で、デンだけがキャンキャン鳴いていたしね。
思うに。然るに。
やはり賢者の石のエネルギーというのは感情こそが要なのではないかと考えている。以前にも考察を述べた事ではあるけれど、思念エネルギーこそが賢者の石の主となるエネルギーで、
魂が感情を吐き出すから、魂を奪えば感情、思念エネルギーをも石にできるよね、って発想だ。動物に感情が無いとは言わないけれど、人間ほど複雑怪奇ではなく、情報量もさほどではないのだろう。
もっとも強い力を持っているのが、もっとも流れの弱い思念エネルギーであるというのは面白い話だ。
そして今僕の目の前で光るものは──思念エネルギーの結晶なのだと、肌でわかる。
錬成反応の色。青と赤だけではなく、白があることに気付いた者はいたのだろうか。それぞれは青を纏う白か、赤を纏う白であり、根幹、中心部分には白がいる。
賢者の石、真理の扉、魂定着の陣に共通する項目は血だ。神の構築式である血液を陣に取り入れることこそが魂というものを扱い、真理の向こう側を手にする唯一の手段。故に赤を。
地殻エネルギー、龍脈、流れ、それらに共通するものは水だろうか。風水や陰陽道における龍脈も、元々は大地の中に水脈という巨大な脈があることへの気づきから生まれたものだった。故の青か。
──無論。
それが漫画において、あるいはアニメにおいて必要なデザインであっただけ、なんて可能性は大いにあるのだろうけれど、今ここに白い結晶があって、そして真理の扉のある空間が真っ白で、身体を持たぬ真理というものも真っ白であることを考えたら、白がキーワードなのは当たっているように思う。
「イリス。これ、生成の経緯……反芻の回数と被検体の様子、事細かにレポートであげといて」
「ええ、まとめてあるわー」
「そして、これは」
もしこれが本当に思念エネルギーの結晶であれば。
つまり魂という不純物を持たない、感情の結晶とでもいうべきものであるのなら──。
「イリス、一度全職員をカリステムのいるところにまで避難させてほしい。あるいはこの先、僕のやることですべてが吹き飛ぶ可能性もある」
「……い・や・よ♪」
「イリス? 所長命令だよ」
「レムノスくん。それはつまり、私の作ったものが貴方を殺す可能性を見逃せと、そう言いたいのよねぇ」
「君達より断然強い僕が適任だ。聞き分けを良くしてほしいかな、イリス」
「断固拒否するわぁ。やり方を教えてくれたら、お姉さんがやるから。レムノスくんこそ逃げなさい。貴方はこんなところで死んで良い人じゃないでしょう? お父さんとお母さんを守るんでしょ?」
地雷らしい。
イリス・カルコル。彼女は子供が傷つくとか、死ぬとか、悲惨な光景を見るとか、悲劇に遭うとか……とかくそういったことをとことん嫌う。
恐らくは彼女の子供が、なんて想像はできる。経歴を見るに、結婚歴が一度だけあったからね。
「……仕方ないか」
「ええ、わかってくれたのなら」
賢者の石を用い、被検体と被検体から繋がるフラスコ、そして僕を特殊合金で囲う。そのまま地下深くまで穴を掘り、合金の箱ごと地下へ。イリスと僕の間には壁を作っておいた。
彼女は優秀な人材だ。
命令違反程度で殺すにはちょっと惜しい。
だから、僕が。
「──賢者に反して愚者というのは安直か。さしずめ──隠者の石とかでどうだろう。いや全く、昔からだけどネーミングセンス微妙だよね僕」
フラスコを割り。
その石を──手にした。
*
「まぁなんともなかったわけなんだけど……なんかごめんね?」
「所長、アンタ散々サプライズ嫌いとか言っといて、自分はやるんすか。大変だったんですよ、泣きわめくイリスを宥めるの」
「うぅ……」
少し苦戦して、結構なダメージを負って、無視できない発見をして、上手く隠して。
そうやって戻って来たら──イリスがボロッボロ泣いていて、みんなが彼女を慰めていた。カリステムまでいる。君人を慰めるとかできるんだね。
「……おっと、所長。こっち来てくださいや」
「うん?」
オズワルドが何かに気付いたように、手招きをしてくる。
なんだろうと近づけば、彼は僕に耳打ちをした。
「──血の臭い、隠し切れてませんぜ。イリスなら気付く。とっとと上に上がって治療してきてください。アイツのトラウマがさらに深くなっちまう前に」
「本職には流石に気付かれるか」
「え、うっ!?」
「なんてね。いいよ、君の過去がどうあれ、裏切りと内通以外は見逃すから」
まぁ。
まぁ、まぁ、まぁ。
僕のいなかったたったの二日間における成果としては──上々と言えるだろう。
ちなみに、ジョルジオとモーガはまだ周期表を覚える段階らしい。
気の遠くなる話だね。