竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
久しぶりというほどでもないアルドクラウドへの帰省。その汽車の中。
いつも一人なこの旅は、けれど今回、同行人がいる。
「西部ってあんまり来たこと無いんですけど、自然が豊かですねぇ」
「田舎だからね。東の大砂漠から離れていることもあって、土地があまり荒れていない。ただ南部に近づけば近づく程岩場は増えるよ」
アンファミーユだ。
置いていこうとしたらついてきたので連れてきた。若干オズワルドの依存心が僕へすり替わっているようにも思うけど、それはそれで好都合なので無視。ハニートラップは面倒だからね。街中でいきなり殺しをするわけにもいかないし。
それを、ただアンファミーユを隣に置いておくだけで防げるというのなら楽なものだ。
僕も今年で16歳。
何故か倫理観が現代日本なアメストリスの成人は20歳なので、結婚も大人になってからー、みたいな風潮がある。実際のところ、田舎に行けば行くほど14歳にもなれば男女どっちも関係性を持っていて、そのまま番う、なんてことも多々あるんだけど。
アルドクラウドでそういう話を聞かなかったのは、僕がアルドクラウドに興味を持たなかったからだ。
「不躾なことを聞くけどさ、アンファミーユ」
「兄のことですか?」
「いや、君の両親のことだよ。オズワルドについては調べ尽くしたからどうでもいいけど、そっちはそこまで触れてなかったからね」
「ああ……。と、聞かれましても、あんまり覚えてないんです。幼い頃に亡くなったらしくて、アイツが……兄が一人で私を育ててくれていましたので」
「そっか」
じゃあ真実は話さない方が良さそうだ。
別に隠すことじゃないんだけどね。マンテイク家の人々を殺したのがオズワルドだ、なんて話は。
イーストシティのはずれにあるマンテイク家。そこそこ裕福なこの家は、突如発生した鼠と蛇のキメラ、その群れによって文字通り食い殺された。今でも跡地は残っていて、かなり古いものではあったけれど、その発生個所も突き止めることができた。
場所はマンテイク家の地下に作られた粗末な空間。建築上構造上設計上一切必要のないこの空間は、恐らく幼きオズワルドが自ら掘ったか、錬金術で開けたもの。オイルの切れたランプや特に価値のない書籍類が多々置いてある──だけに見えて、さらに地下があった。
そこに、まだいたよ。一匹だけ。
ある日から餌が与えられなくなったからね。蟲毒を起こしたのだろう。鼠と蛇のキメラ──その最後の一体は、僕が地下の蓋を開けるなりとびかかって来たから殺した。あっけのない幕引きだったけれど、オズワルドの最後の抵抗だと思えば面白さもある。
だって竜頭の錬金術師に対してツチノコを寄越したんだ。頭が竜の僕と、腹が竜のツチノコ。中々洒落が利いているじゃないか。死んでるけど。
というわけで、暴走か故意かはわからないけど、マンテイク家を滅ぼし尽くしたオズワルドはアンファミーユを連れてイーストシティに来て、そこから先はわからない。一応兄妹愛があったのか、あったけど吹けば消えるようなものだったのか。
オズワルドの腕があれば一人でだって生きては行けたはずだ。軍に転がり込んで、錬金術師としてやっていく。その道には別に、妹は要らない。
何故あんな簡単に切り捨てたのか。
うんうんと考えたけれど、結局僕と同じなんだろうなぁ、って思った。
決意の前に、やるべきことの前には、あらゆることが些事になるんだ。その直前まで談笑していた相手を殺せるくらいにはね。
「所長のご両親は、どんな人なんですか?」
「お母さんが国家錬金術師で、お父さんが普通の錬金術師だよ。どっちも軍人」
「わ……じゃあ、血筋が……」
「英才教育ってわけじゃないけどね。僕の錬金術は基礎以外全て独学だし」
「まぁ、だとは思いました。所長の錬金術は、その、はっきり言って異質なので」
「使っている錬金術は全部誰もが使えるものなんだけどねぇ」
「だからこそですよ。……軍はみんな、
「"人間の可能性を信じている"? あはは、そんな綺麗な言葉じゃないか」
「いえ、でも、そういうことです。キメラも錬金術も、所長は"人間は人間だけでできることがもっともっとたくさんあるんじゃないか"って模索しているように見えるんです」
面白い分析だな、と思った。
確かにそうかもしれない。巨大なもの、殺傷力のあるものを作るなら、作ればよかった。核爆弾くらい作れるだろう。知識と材料さえあればなんでも作れるのが錬金術師だ。だというのに僕はそれをやらず、錬成兵器なんていうものを作って、兵士に渡す、なんて遠回りをした。
何故だろう。
……強大な個より堅固な群の方が強いと知っているから、か。
それはだから、お父様の最期を。
いくら自身が強力になったって、まるで杭を打つかのように、周囲が弱点を探ったり作ったりしてくる。「お前も同じところにいることを忘れるな」とでもいうかのように、それこそカミか何かが槌を打つかのように。
だから僕は──アメストリスという国そのものを、群を強化して、して、して。
その先に見据えるものは。
「思念エネルギーについての研究もそうです。私、錬金術師になってからそれなりに経ちますけど、発動時の思念について深く考えたりはしなかった。所長のもとにきて、兄と研究を続ければ続けるほどこの思念エネルギーというのが不思議に満ちたものであるというのがわかって……」
「オズワルドが恋しいかい?」
「え、あ、い、いえ。そんなことは」
「別に僕が裏切り者として処断したからと言って、彼の事を嫌え、なんて強制をする気はないよ。君が彼から受け取った恩義と悪意がどうバランスを取っているのかを推し量ることは無理だけど、唯一の肉親を簡単に切って捨てられるほど君、心が強くないだろう」
あるいは、弱くない、かな。
強い人ほど、切って捨てられないものだから。
「……なんでも見透かされてるんですね」
「散々人間には裏切られてきたからね。他者の機微を察する力ばかりが育ってしまったみたいだ」
「少将は……あのイシュヴァールの地に、いたんですよね。6歳か、7歳か、その頃から」
「うん。君達も来たらしいね」
「はい。中央の命令で、瀕死者があれば保護に見せかけて回収するように、と」
ああ、やっぱり来ていたんだ。
ところがどっこい、錬成兵器のおかげで負傷者はほぼいませんでした、と。
「……最初は少将のことを……大佐だった貴方のことを、恨んでいました。誰も回収できなかった、という結果を持ち帰った私達を待っていたのは、木っ端な部署への左遷。さらにその後にはユースウェルにまで飛ばされて」
「中々度胸があるね。目の前でたくさんの人間が殺されているのを見ておきながら、僕の事を恨んでいた、か」
「あぁ、だって少将は……所長は、裏切り者や内通者じゃない限りは許してくれるんですよね? 内通者だった者も、もしかしてダメでしたか?」
「いいや。僕の事を良く分析できている」
復讐の炎が消えることは無いと思っている。
けれど、誰かに命令されてやったことについては、人というのは簡単に忘却するものだとも思っている。
そこに自己意思がなければないほど、覚えている労力というリソースを割けない。
今どうであるか、の方が大事だ。復讐者以外は、今だけを見よう。僕はそういう基準を持つ人間だから。
「凄いですね、所長は」
「まぁ、そうだろうね。そう映るんだろう」
「……悲しくはならないんですか? だって、所長のやっていることは国のためになることなのに──最後には、絶対」
「絶対糾弾されるだろうね。外道も外道だ。隣国を滅ぼし尽くしたことも、一部族を消し飛ばしたことも、第五研究所のことも。でも、国民を笑顔にしたくてやっているわけじゃないから、悲しくも、寂しくもならないよ」
「じゃあ、何のために」
「その理由に今から会いに行くんだよ。ああそうだ、色々面倒だからさ、アンファミーユ。君の事を」
結婚を前提に付き合っている、って紹介するけど、いいよね?
*
妙にソワソワしだしたアンファミーユの手を取って、アルドクラウドの駅を出る。
懐かしい空気に伸びをして、もう一度彼女の手を握り、ちょっと小走り気味に家へと向かう。
「あ、あの、何故そんな速足で、その、心の準備がまだ……!」
「アルドクラウドじゃ錬金術師は嫌われ者だからさ。軍少将に楯突く一般人程度殺してもいい気はしているんだけど、ダメだから、僕らが逃げないと。あと君、オズワルドとあれだけいろんなことヤっておいて、何今更初心ぶってるの?」
「ちょ、それとこれとは話が全く別で!」
別な事あるもんか。
胸中に渦巻く陰謀がどうあれ、マンテイク兄妹のイチャラブイチャコラは僕を含めた周囲が砂糖を吐く程甘ったるいものだった。ツンツンしたアンファミーユと、面倒くさがりのくせにやることはやるオズワルド。
いつ巡回に行っても、いつ二人が成果を見せに来ても、いつどこで休憩していても──イチャイチャイチャイチャ。サジュとか「あの二人の区画だけ完全に遮音できませんか? 且つ黒塗りで」とか打診してきてたし、イリスは「だめよー、レムノスくんは。ああいう大人になっちゃ。公私を弁えることなくいちゃつく男女は、社内に不和を生むのだからねぇ」とか君が言う? みたいなこと言ってきてたし。
カリステムは全く別の場所にいたし、彼はあんまり俗世に興味がない様子だったからどう思っていたのかは知らないけど、ジョルジオとモーガは時折何かをぺっぺと吐くような動作をしていたっけ。懐かしい。
「いいかい、特に演技をする必要は無いよ。どうせ見抜かれるから、見抜かれた上でワケありなんだってことをわかってもらえばいい」
「み、見抜かれるんですか?」
「僕の両親だよ? 僕を騙し切れなかったオズワルドの妹である君が、僕の両親を騙せるワケないじゃないか」
「え、いや、意味がよくわからな」
ずりずり引っ張って──辿り着く。
懐かしきってほどでもないマイホーム。半年ぶりくらいかな、帰って来たのは。
さて、その敷地へ足を踏み入れて。
「──誰ですか、レミー。その女」
「彼女だよ、お母さん」
超巨大なハンマーを、手袋で受け止めた。勿論賢石繊維で補強してある奴ね。
別にこれはお母さんが暴走している、とかじゃない。
前にお母さんが僕との再戦を望んでいる、という旨を話していたことがあったように思うけれど、だからソレだ。僕が帰省するたび、お母さんが襲ってくる。曰く「寸止めしますから問題ありません」とのことだけど、寸止めする様子が全く見受けられないのでいつもガードしている。
今回はそこにアンファミーユの存在があって、勢い余ったって感じ。
「記念日だ……記念日過ぎる! レミーが彼女を連れてきたんだぞ!? 宴だ、宴をしなければ……お、俺は食料を買い込んでくる! 待ってろレミー、そしてアンファミーユさん! 腕によりをかけて、最高の料理を振舞ってやるからな!」
といってお父さんは爆速でどっかへ行った。アルドクラウドの町で食品を買うだけに済めばいいけど、隣町とかまで行きそうな勢い。
記念日記念日。お父さんは本当に記念日が好きだ。
──誕生日は、一度も祝われたことがないけれど。
「さて」
コト、と置かれたお茶。
テーブルを挟んで対面、僕の隣に座るアンファミーユを、お母さんがじっくりと眺める。
「……ワケ有り、ですか。軍の……いえ、詮索しない方が良い部分の関係のようですね」
「えっ……あ、その」
「うん。でもアンファミーユと結婚したいって思ってるのはホントかな。他にいないでしょ、いろんな意味で」
「しょ、所長!? そんな、え、そこまで!?」
「……私としては、レミーには普通の恋愛をしてほしかったのですけれど……仕方がないですね。交際を認めます。元より、私の許可など要らないのでしょうけど」
僕と結婚する人、というのは、様々な条件が求められる。
誰とも繋がっておらず、誰に懐柔されることもなく、ある程度の自衛ができて、錬金術師で──何より僕を許容できる人でなければいけない。
大総統と大総統夫人みたいに隠し通す、っていうのは無理だからね。
だから、いろんな意味で、だ。
お母さんもそれはわかっている。お母さんは国家錬金術師だからこそ、余計にわかっている。僕という武力の危うさについて。
「──改めましょう。初めまして、私は大槌の錬金術師、セティス・クラクトハイトと申します」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。私は、アンファミーユ・マンテイクです。……錬金術師ではありますが、国家資格は持っていません。それで、軍人ですが、そのまだ軍曹位で」
「ああそうだったんだ。まだ、っていうけどお父さんも軍曹だよ」
「あら、レミー。お父さんは少し前に曹長へ昇進したんですよ」
へえ。
お父さんもお父さんで頑張っているのか。そういえば結構痩せてきてるし、ランニングも続けてるのかな。一切聞いてないけど。
「それで、今日は何用ですか、レミー」
「うん。聞きたいことがあってさ。僕の出生についてなんだけど」
「……」
ほんの僅かに、お母さんの顔が硬くなる。
やっぱり聞かれたくないことだったか。ま、子供の誕生日を積極的に話さないってことは、聞かれない限り話したくないってことだろうし。
「既にいくつかの仮説を立てているんだけど、話してもいいかな」
「……いえ、そんな遠回りはしなくていいですよ、レミー。──彼女さんに聞かせても大丈夫ですか?」
「あ、あ、必要であればはけます! というか不要であれば、というか」
「構わないよ。大体想像ついてるし。ただ、あまり口外してほしくない内容だから、その辺は」
「わわ、わかってます! それだけは! 絶対!」
「レミー、ダメですよ。恐怖や暴力で脅したところで、恋心は掴めません」
「それ、経験談だったりする? お父さんは屈しなそうだし」
硬くなった表情がほぐれる。
そして、諦めたように溜息を吐いて。
「少し待っていてください」
と言って、立ち上がり、家の奥の方へ消えて行った。
待つこと数分。
「ありました。これです」
そう渡してきたのは、カルテらしきもの。
受け取って、アンファミーユと見る。
「……新生児蘇生……これは……まさか所長は、生まれた時に蘇生を……」
「お母さん、これじゃないでしょ。これなら誕生日を隠す必要ないし」
「う。……流石に騙されてはくれませんか」
生まれてきて、けれど心肺が止まっていて、それを蘇生した──のだって、偉業だ。特異だ。
けれどそれなら、誕生日はあるはずだ。
そこを隠すということは。
「僕は出生の日と意識を取り戻した日が違う──ってことだと思ってるけど、どう? だからアルドクラウドでもあんなに嫌われてるんじゃないの?」
「……なんでもお見通しですね、レミーは」
観念したようにお母さんがソファへ深く座る。
資料を取ってくる、という気はないらしい。あるいは棄却しちゃったのかな。
「驚かないで聞いてください。レミー、貴方は──出生から一週間後に蘇生しました。……私達は、人体錬成を行っていません。レミー。貴方は……私達が埋めた棺の中で、産声を上げたのです」
「……!」
「成程。まぁ、納得ではあるかな。ただ疑問なのは」
「い、いや納得ではなくないですか!?」
いやだって僕転生者だし。
レムノス・クラクトハイトの魂は一度死んだ。失われたものは取り戻せない。人体錬成を行えど、賢者の石を使えど、だ。
けれど、別の所から補充するのなら話は別だ。あの白い肉人形が賢者の石で生を得たように、クセルクセスの民が肉体を得てドロドロと生き返ったように。
レムノス・クラクトハイトに僕が入って、僕は息を吹き返した。
理解と納得しかない。
「お母さん。僕は何故か、同時に五つ以上の錬成ができない、というハンデを抱えている。何か心当たりはある?」
「五つ以上……四つまで、ですか」
スムーズに進む話に口を挟もうとしたアンファミーユだけど、口を噤む。
偉いね。処世術をわかっている。それに、彼女の本分は研究者だ。疑問ばかりを口にして考えを棄てる、というのが嫌なのもあるんだろう。こればかりは考えたって答えは出ないと思うけど。
「……ごめんね、レミー。私には思いつかないです。けれど、あの人なら……思い至ることがあるかもしれません。貴方の埋葬は、あの人が行ったので」
「お父さん、素直に話してくれると思う?」
「難しいでしょうね。あの人は暗い話題が苦手なので。だから記念日をたくさん作って、誕生日というものを覆い隠しているのでしょうし」
「……ん、わかった。お父さんが帰ってきたら、逃げられない状況にして問い詰めてみる。……それまでは滞在するつもりだから」
「本当ですか? 嬉しいですね、久しぶりの長期滞在です。──では、アンファミーユさん」
「え、は、はい!」
「クラクトハイト家の味を伝授します。レミーの妻となるのならば、是非覚えて帰ってください」
「わ……わかりました、頑張ります!」
うん。
仲が良さそうで何より。
……にしても、カギを握っているのがお父さんの方だったとは。
少し意外だったな。研究においてもお母さんの方が上を行っているものだと思っていたけれど。
ああ、いや。
産んだ子を埋めさせる、なんて行為を──お父さんがお母さんにやらせるはずないか。
ちゃんとカッコいいもんね、お父さん。
五十三話にして母親の名前が初出