竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
結論から言って、カリステムが誰なのかはわからなかった。
カリステム。
誰が上司でも関係が無かったから、という理由で僕を裏切った錬金術師だけど、その在り方にもその来歴にも謎が残るばかり。
だからずっとずっと調べていたし、なんなら調べてもらっていたし。
その上でこの結論に至る。その理由は。
「他人の肉体に、錬金術師の脳を移植……ね」
「正直なところを言わせてもらうのならば、実は簡単なんです。私達
そう。
前世では禁忌、あるいは不可能──技術的には可能かもしれないけれど、協力者も研究者も限りなく少ないという状況にあった「頭部移植」。成功例も歴史を見るとちらほらある……けど、これが本当に成功したのかどうかはわからない、というものばかりだった。
けれど鋼の錬金術師世界では違う。
人間と動物を合成する時に、頭部が全く別の形になることなど珍しくは無いし、その後の嗜好や体の動かし方が動物に寄ることも少なくない。つまり成功しているのだ。
それを、ただ人間から人間へやった、というだけの話。錬金術ありきの、生体錬成ありきの話だ。あと豊富な実験体ね。
「じゃあさ、カリステムは
「……わかりません。恐らく十回以上は。それに本人意思じゃなく、他者によるもの。つまり」
「似たようなのはいくらでもいるし、いくらでも作り得る、ってことだ」
「はい」
ということは、もう来歴のわからない錬金術師は信用しない方が良い、という結果に落ち着いてしまう。
歴史に突然現れた、というだけで、作られた錬金術師である可能性が程高いと見られるのだから。
「でもこれ、使えるな」
「私もそう思います。既存の合成獣に、高名な錬金術師の脳を移植することで……錬金術を使うキメラが、そして所長の欲している増幅器も簡単に」
「問題はどうやって高名な錬金術師を調達するか、だけど……国家錬金術師制度、良い制度だよね」
「篩にかける、という点ではそうですけど、アレは別の用途があるんじゃ」
「へぇ?」
「あ! い、いえ、何かを知っていて話しているわけじゃなくて、そう感じる、といいますか」
「そう感じられずにのこのこ国家資格を取りに来て監視対象になっていく錬金術師が多い中、そう感じられた時点で君は優秀な錬金術師の脳を持っていると──そう言えるよね」
「わ……わた、しを?」
「──なんて、あのさ、毎度毎度言うけど、僕は味方殺しをしないことで有名な錬金術師なんだ。犯罪者は敵だから気軽に手軽に使い潰すけど、君は味方の範疇なんだから、そう簡単にどうこうしたりしないよ」
「で、ですよね、あはは……」
僕とアンファミーユは結婚する。
もうお母さん達にも認められた仲で、キンブリーとアームストロング中佐にも散々ラブラブなところを見せつけておいた。彼らの口の堅さ故広まるのは遅いかもしれないけれど、汽車内には乗客がそこそこいたし、次第に広まりゆくだろう。
だけど、アンファミーユから僕へ恋愛感情の類を持たれるのは困る。
僕は恋愛感情というものを「自らでは御しきれない暴走感情」だと認識している。否、恋までは自戒もできようが、愛まで行くと周りも自分も見えなくなって、理性が働かなくなる──そんな暴走感情だと。
別に僕がモテにモテる、みたいな自惚れの話じゃなくて、少しでも好意的な感情を向けられると僕はそれを「危険だな」って思うってこと。味方は多いに越したことが無いんだから、自ら味方ではなくなるのはやめてほしい。
無論、この関係に嫌気が差してどこぞへ逃げるというのなら止めはしない。止める権利も資格もない。僕はそれを裏切りだとも思わないから、好きに逃げ出してくれていい。このことはアンファミーユにちゃんと伝えてある。
それでも彼女は僕の隣にいることを選んだ。
恐怖故か、それとも別の感情故か。
「よし、切り替えよう。アンファミーユ、お願いしていた生体部品はできてる?」
「あ、はい。一般の機械鎧技師が公開している機械鎧の部品に形を寄せて、再現できないものはただ繋げただけの、本当に部品としか呼べないものですけど……」
「じゃ、組み上げようか」
「わかりました」
まぁ。
僕は、作る気は無かった。絶対裏切られるから。僕がその立場だったら絶対裏切るから。
だけど同時に、遠隔でどうこうできる機能をつけておけばいいか、とも思った。そして背中を押してきたのがなんとお父様と来たのだから、作らずにはいられない。
最近のお父様は本当に意欲的だ。
そして、自身の辿り着かなかった結果に辿り着いた錬金術師──国家錬金術師達を褒めることさえある。焔の錬金術。紅蓮の錬金術。氷結の錬金術。「無駄な遠回り」と揶揄する錬金術も少なくはないが、ああいう一点特化の錬金術は「面白い面白い」と目を輝かせて学んでいる。
……学んでいるのはちょっとマズいか、とか思いながら、でも「学ぶのやめて」とか言えないしなぁ、とか思いながら、思いながら、思いながら……。
そして色々なものを教えるたびにブラッドレイ大総統に嫌な顔をされる。
何故って大抵の場合、学び尽くした後のお父様は大総統に「これが欲しい」だの「実物を見てみたい」だのとせがむからだ。さらには「何のために大総統の座に据えたと思っている。早くしろ
同じ件でプライドからも「アナタのせいですからね。まぁ、父が元気なのは良いことですが」とか突かれたりして。プライドのつつきは普通に鋭利だから危ないんだよね。
話を戻して。
だから。
「ふぅ……組み上がりましたね」
「うん。あとはバッテリーを入れるだけ。……ま、キメラ・バッテリーでもいいんだけど、どうせ倣うならこっちだよね」
プラモデルよろしく組み上げたのは、生体部品で作り上げた全身機械鎧──もとい、ヒトの形をした人形。参考にしたのはスイルクレムだ。今は亡きスイルクレムの設計図を引っ張り出してきて、色々今の知識とアンファミーユの知識を入れて、それは完成した。
その中心部にはめ込むのは──小さな賢者の石。
スイルクレムという
そしてこいつは、賢者の石をバッテリーに動く人形。キメラ・バッテリーでも勿論良いんだけど、お父様に背を押され、名を与えるのであればこちらが正しいものだろう。
人形が目を開ける。
言葉は──発さない。ま、当然だ。ホムンクルス達のように偏った感情を持つ魂が込められた石というわけじゃない。スイルクレムのように元人間の魂というわけでもない、本当にただの賢者の石。
……そう考えると、キメラ・バッテリーを使っていたら苦しい苦しい苦しいになっていた可能性はあるな。こっちで正解か。
「ふむ、バイタルに異常はありませんね。問題なく動いています。ただ、やっぱり思念エネルギーは出力の確認ができません。あくまで人形……あるいは魂が無いと思念エネルギーは生み出せないと見るべきでしょう。ナノキメラにも魂はありましたから」
「思念エネルギーの出力が主目的じゃないから構わないさ。さて、じゃあこっちから入力を行うから、アンファミーユはそっちで計測を続けて。ああ、万が一戦闘になった場合、僕を気にせず逃げてね。むしろ邪魔だから」
「はい。──少しだけ思念に揺らぎを確認。視角から得られる情報に何かが刺激されている様子ですが、何が? 魂も脳もないのに……」
対峙する。
生まれたばかりのリビンゴイド。
脳を持たず、高度なAIを積まれているわけでもなく、ただヒトのカタチに寄せられただけのイキモノ。
これに、思念エネルギーを流す。
何度も述べているけれど、思念エネルギーは大した力を持っていない。
精々が錬成エネルギーや賢者の石エネルギーの流れを変える程度で、物質に対してはほぼ作用しない。
が、この人形は謂わば錬成エネルギーの結晶たる生体部品と賢者の石のバッテリーで動く存在。
その方向性、指向性は──思念エネルギーで変えられるのではないかと考えた。
アンファミーユに詳しいことは言っていないけれど、彼女はもう僕の使うこの「流れ」の技術がアメストリスにおける既存のそれと違うことは気づいているはずだ。
だから惜しげもなく使う。
思念エネルギーの流れ。その中でも──「生きたい」という思念に特化した流れを人形に流し込んでいく。
「……思念エネルギーの……振れ幅が。申し訳ありません、依然、何が反応しているのかは不明ですが、何かが所長の思念エネルギーにより、強い衝動を受けているようです」
何か。
それは賢者の石か。
あるいは、魂か。
ここの所微妙なんだよね。人体錬成が失敗して真理の扉に連れていかれるのは、「既に存在しないものを指定して錬成しているから」だ。まぁ血液を使っている、というのもあるんだけど。
けれど、「存在するかどうかわからないものが勝手に錬成されること」や「今から新たな魂を作る行為」についての言及はない。もし「今から新たな魂を作る行為」がダメなら、子作りという行為が罰せられる可能性だってある。そうなっていないということは──失われたものではないのならば、可能なのではないか。
神の構築式たる血液も使わず、そもそも錬金術でなく、失われたものを指定してもいないこの錬丹術で、魂の凝縮塊である賢者の石に魂を宿らせる──あるいは抽出する行為は、真理の約定に抵触しないものであると信じている。
果たして。
*
「無理だったか」
「無理というか、アプローチに少しばかりの難が……何か違う部分があったな、っていうのが体感かな」
「ふむ。わたしのこの身は賢者の石が中核となっている。故にどの感情を偏らせるかも自在だが、おまえはそうではないものな」
お父様の間。
明確な名称のないここへ、結果を報告に来た。
発案がお父様で、計画実行者が僕で。
だから報告だ。失敗した、という。
リビンゴイド。
やっぱり脳にあたる部分がないとダメな気がする。気がしつつも、ホムンクルス達は脳が無い状態から産まれ、自ら脳を形成しているっぽいから、アプローチが違うとしか思えない。
「
「はい」
「おまえはどうだった? わたしから生まれ出でた時、既に考える頭はあったか?」
「……はい。記憶に相違なければ」
「そうか……ふぅむ、難しい問題だな」
「うん。賢者の石一つでホムンクルスの成り損ないを量産できれば人手不足が解消できる──良い案ではあったんだけどね、やっぱり普通の人間を使う?」
「人間は思い通りに動かんものだ。必ず我欲を出し、必ず何かミスを犯す。錬金術に必要なものは完全性だ。その点、人間というのは素材や記号として使うならまだしも、術者には向かん存在だろうよ」
「だよねぇ。それに、どうせ自分第一だから裏切る奴出てくるだろうし」
二人して「ふぅー」とため息を吐く。
いやホント、今かなり困っている。
若お父様に思想を説いた段階、若お父様がそれを脳内で計算し尽くして、実行に移そうとしている現在。
──1913年1月。
原作開始まであと少しってレベルじゃない時期だ。お父様にとっては、日蝕まであと二年。
人手不足である。
それも、深刻な。無論、アメストリスの民を加算して三億の賢者の石があれば、「次」を狙うということもできるだろう。次の日食。あるいは僕が頑張って、他の地で起こる日食の場所へ陣を敷く、とか。
ただ、前者の場合──僕が生きていない可能性が大きい。
お父様はそれが嫌らしい。
嬉しい話なのかはよくわからないけど、お父様は本当に僕を気に入ってくれている。
この若々しくなった状態で、なんでもかんでも学びたい知りたいという状況で──また誰も理解者のいない孤独を次の日食まで待たないといけない、というのは色々クるとかなんとか。どうせカミを降ろしたらもっと孤独になると思うんだけど、そこはどうなんだろうね。
「次はホムンクルスを真似て、賢者の石内部の感情を偏らせてやってみようかな」
「できるのかね?」
「イチから研究。賢者の石の形を変えるのはもう自在にできるようになったけど、中の魂に干渉するのはまだまだ未到達の領域だ。けどまぁ、ある程度のノウハウはあるし、お父様もいるし。わかんないとこあったら聞きに来ても良いんでしょ?」
「無論だ。いつでも歓迎する。……そういえば、昨日の話に戻るのだが」
「うん? あぁホーエンハイムに会った話?」
「そう、それだ」
ホーエンハイムに会った、というのはちゃんと報告した。
そうしたら「なんだアイツ、まだ生きてたか! ……いや生きているか。わたしが生きているのだし。しかしアイツ、もしやわたしより年上か? それはそれは、再会してこの若さを見せつけるのが楽しみでならんな!」とか張り切ってた。ごめんね、もうネタバレしちゃったんだ。
「奴は西部にいたのだな?」
「うん。ウェストシティ近郊だね」
「……」
「もしや、とは思いますが──会いに行こう、などとは考えていないでしょうな、父よ」
「なんだ
「父よ……。御身はそう易々と動いてよいものではないのです。いくら若返ったからといって、どんな危険があるか」
「ふん、最早並の錬金術師、いや並ではない錬金術師でさえわたしに傷一つ付けられん。なれば何を恐れることがある。このままホーエンハイムの中の賢者の石も取り込んで、奴の知識も吸収するというのは中々いい考えに思うが、何か異議があるか?」
ブラッドレイ大総統の細い目が僕を向く。ぐにゃりと動いた影の化け物の目線が僕に集中する。
「ごめん」
「む? 何故おまえが謝るのだ」
「いや、ホーエンハイムと遭った時、これ千日手になるなーって思って、彼を特殊合金で包んでクレタの向こうまで飛ばしちゃったんだよね。だから多分西部にはいないと思う」
「……そうか。いや、良い。確かにそうだな。おまえとホーエンハイムでは、決着がつかんか。むしろ押し負ける可能性もある。ム? そう考えるとかなり危険な橋を渡ったな。おまえは今や貴重な人材だ。あまり危険なことはするな。危険を感じたら地下の蓋にでも干渉しろ。飛んで行ってやる」
わぁ。
化け物二人から「絶対使うなよ」って目線が飛んでくる。
わかってるわかってる。
「ありがとう、お父様」
こんなところで話は終わりだ。
研究段階にある劣化ホムンクルス。命令に忠実に従い、思念エネルギーの発露ができて、複雑な命令にも耐え得る存在の作成。
──それはある意味、既存のホムンクルス達を「使えない」と言っているに等しいと、お父様は気づいているのだろうか。
その敵意が僕へ向いていることも。
……ま、襲ってきたら僕も対応するよ。それでお父様と敵対するのなら、それは仕方のないことだろう。そうならないようにとは祈っているけれどね。
あるいは、お父様が僕を擁護したら──なんて。
捕らぬ狸の皮算ナントヤラ。
*
「鋼の錬金術師、ねぇ。少なくともいませんよ、今年上がってるのには」
「そう。ごめん、変な事聞いたね」
「ああいえ。白銀ならいますよ。知っての通り、コマンチ爺さんですけど」
「コマンチ爺さんとは折り合い悪いんだよねー僕。錬金スタイルが少しだけ似てるからさ」
「あー」
試験官と世間話をする。
恐れていた事態、というべきか。──原作でエドが国家資格を取ったのは1911年の10月。
軽く調べてもらったけど、それ以前、それ以降にも「鋼の錬金術師」なる国家錬金術師はいない。身長の低い金髪金眼の錬金術師、というのもいなかった。全身鎧の錬金術師もまた同じ。
──エドワード・エルリックが国家錬金術師にならない、という可能性。
そんなの考えてもみなかった。なって当然だと思っていた。
けど、もしトリシャ・エルリックが生きているなら、当然彼らは人体錬成を行わないし、だから手足も持っていかれなければ全身を持っていかれることもない。
故にマスタング大佐が失意の底にあった彼らに声をかけることもなく、そこから派生する出会いも、ありとあらゆるイベントも──無くなる。
レト教、リオールの話は……まぁ別に、いずれリバウンドの来る劣化賢者の石をコーネロが使い続けて自滅するだけ。ロゼが立ち上がれなくなるだけ。
ユースウェルはヨキが良い思いをし続けるだけだけど、どうせ炭鉱夫が反乱を起こすだろう。特に気を配る話でもない。
青の団は……あ、前に潰したっけ。勘の良いガキ嫌いおじさんは、まぁ別にそこまで外道なことしてないし、次が無い……もう自由に使える家族がいないから、来年には査定に落ちて国家資格剥奪は目に見えている。来年まで生きていられるかわからないのと、そもそも国家資格を取れているかわからないというのもあるけど。
マルコー医師、は。
……マルコー医師は、どこにいるんだろうね。僕まだ会ったこと無いけど。ただ身体を失くしていないなら会う必要もないし、国家資格がないなら軍人でもないからそもそも……。
あれ。
あれれ。
そもそもだ。そもそも、エド達って……旅に出るのだろうか。
トリシャ・エルリックが生きていると仮定し、ホーエンハイムともそこまで仲が悪くないとして。
彼らが旅に出なかったら。
彼らが真理の扉を開けなかったら──何が起こる? 何が困る?
メイ・チャンが来ない。彼女はエドの噂を聞いてやってきたはずだし。
リン・ヤオは来るか。彼の目的は別だ。
ラッシュバレー関連は、そもそもラッシュバレーが機械鎧のメッカになっていない、という問題に阻まれる。マース・ヒューズの死は……どうなんだろう。殺すかどうかさえ怪しい。僕が体よく使われそうな予感はするけれど、彼が何に辿り着いたところでもうどうしようもないし、当初の予定よりもっと大きいことやろうとしてるから辿り着かない可能性も大きい。
そして、知り合いでもない軍人が死んでも、何の契機にもならないだろう。マスタング大佐以外。
となると、ホムンクルス達を追うのはマスタング大佐になるのかな。
うむむ。うむむむむ。
「もう大丈夫ですかい?」
「あ、うん。ごめんね、急に」
「いえいえー。少将閣下のお役に立てたなら何よりですよ。それじゃ、私はこれで」
……トリシャ・エルリックを殺しに行く?
いやいや。
流石に。でも確認しに行くくらいなら……アリじゃないか? どうせホーエンハイムはクレタの向こうにいるし、邪魔はいない。
よし決めた。
生体人形はアンファミーユに任せて、ちょっとぶらりリゼンブールの旅を決行しよう。確認。確認するだけだから。何にもしないから、ね?