竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第五十八話 勇み足の物語「すれ違い、行き違い、食い違い」

 いた。

 

「あら、お客さん? その……どちら様でしょう。軍人さん……となると、あの人の知り合い、とかかしら」

 

 いた。

 いた。普通にいた。洗濯物干してた。

 

 いや。いやいや。

 もしかして生きてる? とか言いながら、それでも心のどっかで「死んでるでしょ流石に」とか思ってた自分がいるんだよ。

 でも──生きている。で、元気そう。

 

「エルリックさんの家、であってますか」

「はい。うちがエルリックですが……」

「……エドワード・エルリック君はいらっしゃいますか?」

「エド? ……申し訳ありません、エドが何か……」

 

 エドワード・エルリックはいる。

 トリシャ・エルリックも生きている。

 これは──最悪の事態では? それなりに、とかじゃなくて。エドのいない鋼の錬金術師の世界とか、僕の知識役に立つところナッシングでは?

 

 けど、おかしい。

 氣がない。エルリック兄弟の氣がこの家の中に無い。焼けていないこの家の中に、欠片も。

 

「何をした、というわけではないんですけどね。──国家錬金術師へのお誘いを、と思いまして」

「エドを? ああでも、ごめんなさい。今あの子、リゼンブールにいないんです」

「……それは、聞いても良い理由で?」

「ええ、まぁ、込み入った話にはなってしまうのですが、数年前から夫が行方不明で……子供たちは、夫を探しに」

 

 んんんんんんんんんんん。

 んんんんんんんんんんん?

 

 旅に出てくれたのは嬉しいけど、そういう理由かぁ。いや、確かに必要だろう。ホーエンハイムも僕の活躍のせいでそうとう焦っていただろうし、ドラクマが落ちたくらいのタイミングで早急に家を出るくらいのことをしてもおかしくはない。

 けど、それを探す。あるいは連れ戻しに、って理由じゃ、エルリック兄弟が事件に首を突っ込む理由としては薄すぎる。原作では「体を取り戻すために」と追っていた賢者の石関連もホーエンハイム探しだったら関係ないと断ずるだろうし。

 

「トリシャ、客かい? ……っとと、なんだい軍人じゃないか……って」

 

 隣と言っていいかはわからないけど、程近い場所の家から出てきたのは、小さな小さなお婆さん。

 ピナコ・ロックベルだ。彼女は僕の服装を見たあと、肩の階級章を見て目を細める。

 

「……赤みがかった茶髪。血よりも濃く深い赤の瞳。加えて少将の階級章……アンタ、竜頭の錬金術師だね」

「おや、何か噂になっていましたか?」

「ふん、忘れたとは言わせないよ。ウチのが世話になったんだ、それくらい聞いているさ」

「忘れたも何も、僕は貴女の名を知らないのですが」

「ロックベルだよ。ピナコ・ロックベル。アンタがやったイシュヴァールの時に来た医者夫婦。覚えてるだろ?」

「ああ、あの二人ですか。懐かしいですね」

 

 トリシャ・エルリックと話していたのに、ピナコ・ロックベルが割って入って来たからか、彼女が置いてけぼりになってしまっている。

 ……が、もう用はない。殺す、なんてのはあり得ない話だ。とりあえずエルリック兄弟が旅に出てくれたならそれでいいだろう。人体錬成をしていないだけだ。原作との差異は。

  

 でっっっか。

 

「それでは失礼しますよ、奥さん。ピナコさん。エドワード君がいないのであれば、私がここに留まる理由もありませんから」

「あ、はい」

「……会っては、いかないのかい」

「会って得はないでしょう。嫌われているでしょうから」

 

 いやホントに。

 蛇蝎の如く嫌われているだろうから。竜頭だけに。

 

 会って良いことなんて一つも──。

 

 ドサ、と何かが落ちる音。恐らくは洗濯籠のようなもの。

 音は左前方──稜線の先。犬の吠える声。

 

「サラ? どうしたんだいサラ?」

「……母さん。そこに……いるんだね。竜頭の錬金術師が」

 

 ああ、来てしまったか。

 まぁいいや、とっととかーえろ。錬金術師じゃない、ましてや軍人でもない一般人に興味はあんまりない。お父さんとお母さんを脅かす存在でも守る存在でもないのだから。無論、復讐者であるというのなら容赦はしないけど。

 

「待って!」

 

 大きな声。

 共に、前足が片方機械鎧な犬が僕の前に出てきて、威嚇するような態勢になったあと、けれどすぐに怯えた表情を見せる。

 ああ、賢者の石か。動物は敏感なんだっけ?

 

「どいてくれるかな」

 

 けれど、退かない。

 明らかに怯えているのに退かない。賢い犬だったはずだ。幼いエドらを庇って自らが負傷するくらいには知能のある犬。

 そこまでして引き留める何かが僕にある? 君のご主人様はあんなに苦しがっているんだ、あっちに行ってあげた方が良いと思うけど。

 

「待ってくれないか、竜頭の錬金術師……クラクトハイト少将」

 

 ユーリ・ロックベルの声。久方ぶりに聞くその声は、どこか神妙。ただトラウマがどうとか、僕に苦手意識があるとかではないのだと知らせてくれる声。

 ……ま、この夫妻に限って罠とか絶対ないだろうし。

 そう考えると癒しかもしれない。アームストロング中佐以来の。

 話を聞くくらいなら、良いと思える程度には。

 

 

 

 

 置いてけぼりにしてしまったトリシャ・エルリックに挨拶だけして、話し合いはロックベル家で。

 お茶を出してくれたピナコ・ロックベルに頭を下げて、テーブルを挟んでの対面に夫妻。

 

 えー。

 ……やば、僕こういう空気そこそこ苦手かもしれない。意識を切り替えないと。今は一応平和で、敵意を持つ必要もなくて、疑ったり深読みも要らなくて……え、もしかして僕今生で一般人と話すの初めてじゃない? いやそんなことはないんだけど、こうやって腰を据えて、っていうのは初めてレベルで少ない。シェスカとだってビジネスなものだし。

 しかも単なる初対面じゃなくて、過去にそれなりに不当な扱いをした……軍医の配備を遅らせたことくらいバレているだろう、つまり二人の性質を良い様に利用したとバレている相手。

 

 珍しく、後ろめたさのある相手、ってことだ。

 僕はあの時の選択を一切後悔していないし、当然だとも思っているけれど、両立して「守るべき国民に敵意を向けた」という意識はある。

 

 ふむ。

 何を話すか。

 

「──クラクトハイト少将」

「なに?」

「まずは、お久しぶりです、ということと……謝罪と、礼をさせてください」

 

 ユーリ・ロックベルが頭を下げる。

 先手を打たれた。

 

「久しぶりなのはいいけど、謝罪と礼はわからないかな。君達をわざと危険に晒して、君達の目の前でわざわざイシュヴァール人を殺してみせて。──僕と君達の間にあるものに、善へ沿うものが見当たらない」

「私とサラ、そして家族がこうして生きていて、リゼンブールが無事です」

「責務の全うにお礼を言われちゃ立つ瀬がないよ。労働と報酬は等しくあるべきだ。僕は既に雇い主からそれを貰っている。君達から貰う謂れはないよ」

 

 何故だろう。

 何故僕は、こんなにも否定をする? いいじゃないか、謝罪とお礼くらい貰っておけば。何を迷う。

 

 ──簡単だ。 

 手一杯なんだ。お父さんとお母さんを守る。これだけでも僕のキャパシティーはオーバー気味なのに、お父様が気に入ってくれたことやエド達が人体錬成をしていないことなど、僕の許容限界を事態が越え始めている。アンファミーユもそうと言えばそう。

 

 これ以上のつながりを。

 これ以上の善意を。

 

 僕は求めていない。

 

「……少将。何か、焦っていますか?」

「流石お医者さんだ。外科医とはいえ、そういうものには聡いか」

「ははは……はい、そうですね。今の少将からは、この場から逃げ出したい、というような……私達に対する恐怖のようなものを感じます。立場を考えても、あるいは武力を見たとしても、私達の方が遥かな低みにいるというに」

 

 怖がっている、か。

 そうだね。それはそうだろう。僕がこの世で最も怖いものは、一般人だ。それも善意を向けてくる。慈愛、優しさ、裏表のない感情。

 相手が軍人ならいい。ちゃんとした基準があるから。だからアームストロング中佐とか、なんならキンブリーの優しさも受け入れられる。

 だけど、怖い。うん。認めよう。

 怖いよ。だって意味が分からないから。東部以外の地域だったら多少はわかる。いや、イシュヴァール戦役での僕を知らない相手だったらギリギリわかる。辛うじてわかる。

 

 でも夫妻は一番の目撃者で、なんなら被害者だ。

 あの、今と違って遅延錬成くらいしか特技の無かった僕の、つまり切羽詰まっていた僕の被害を受けた一般人。

 

 それが何故、僕に謝ったり感謝したりできる。

 エンヴィーじゃないけど、理解ができなさ過ぎて感情が追いつかない。

 自分たちが生きていることへの礼だというのなら、イシュヴァール人を生かそうとして向かい、しかし殺し尽くした僕を責めるべきだろう。生をそれほどまでに信仰するのなら。

 

 ……ダメだ。

 頭の中でどれほど考えても堂々巡りにしかならない。

 

「カウンセリングと行こう」

「えっと……カウンセリング、ですか?」

「そう。僕が君達にカウンセリングしてもらうんだ。外科医に頼むことじゃないのは承知の上でね」

「そういうのは私達の方から切り出すものでは……」

「無論、常識はそうだろう。けれど僕と君達の関係は非常識に彩られている。君達は僕の心の内というものを知らない。僕は君達の信念を知らない。なら対話による治療こそが最良だ。これ以上の関係を望むならね」

 

 要するに、なんで謝罪とかお礼とかされるかわからないから、ちょっと深い話をしてみない? っていうお誘いだ。

 時間は別に気にしなくていい。エド達が旅に出ているというのなら、どうせリオールかユースウェルに行けば会えるだろう。確定人柱ではなく人柱候補であるのなら会う必要すらないかもしれない。

 話し合ったあと、必要ないなと感じたら第五研究所へ戻ろう。アンファミーユもあれでいて科学者だ。何らかの成果が出ていると期待している。

 

 ……これもかなり珍しいな。

 僕が自ら歩み寄ろうとするなんて。あれ、もしかして今生初めて?

 

「さて、じゃあ──」

 

 

 *

 

 

 アンファミーユ・マンテイクは合成獣(キメラ)の研究者である。

 紆余曲折曲折浮沈二転三転右往左往複雑多岐があった結果、国軍少将の妻兼錬金術師というポジションに落ち着いた。

 唯一の肉親を失った今、天涯孤独の身であるのは事実──だけど、アンファミーユはそれを悲しいとは思わない。()()()()が正しいだろうか。

 彼女にとって、世界とは兄だった。兄のやることについていくものだったし、兄の立つ場所に立たんと己を鍛えるものだった。幼いころから錬金術師としての頭角を現していた兄。それに追い縋ろうとした結果、兄と同じ錬金術を扱い、兄妹の錬金術師として軍に雇われるにまで至った。

 

 至って、その全てが紛い物となった。

 

 悲しくはない。悲しいと思えない。

 ただあるのは、「ああ、そうだったんだ」という感想のみ。

 そしてすぐ、兄を殺した相手が夫になった。それに対して思う所は何もないし、彼の家族が家族になったことについても特別何かを感じるということもない。

 

 アレが危険な生き物である、という感覚はある。動物の危機察知能力のようなものだ。

 そばにいると肌がピリピリするし、その錬金術はどこか異質で、彼が錬成エネルギーと呼ぶものは明らかに既存の技術体系にないもの。

 錬金術史を見ても、最も多くの人間の命を奪ったのだろう彼が、現在のアンファミーユの全てだ。依存先を変えただけと罵られても構わない。ただ、アンファミーユ本人の意思としては「そういうことではない」と否定が入るだろう。

 

 変えたのは依存先ではなく、世界観だ、と。

 兄が中心だった。兄の全てが己の全てだった。それが彼に変わっただけのこと。兄に付随するものであるからキメラの研究も頑張ったけれど、彼に付随するものがそうではないのなら、違うことを勉強する必要がある。

 違う体系の錬金術。そして明かされた、賢者の石という存在。人間の魂を糧に作るエネルギー塊。

 そばにいるために必要なことは、必要とされる技能を持つことではないと、アンファミーユは考えている。必要とされる技能を持っていても、求められるのは穴埋めであって共存ではないと。アンファミーユが目指すべきは穴埋めではなく補充だ。彼に欠けが、翳りが出た場合、彼の手となり足となれるスペア。

 故にアンファミーユは賢者の石の存在を知ったその日から、賢者の石の研究を始めている。

 だから彼がリビンゴイドにキメラ・バッテリーを使わなかった理由もわかっているし、あの露出の激しい女性──ラストが賢者の石に関わる存在であることも考察できている。

 

 問題は。

 問題は、彼が力というものを極端に敵視すること、だ。

 できるようになる。知識を持つことまではいい。だけど、アンファミーユが彼の知らない賢者の石を持っていたら、彼は警戒する。するし、二度とアンファミーユを近くに置くことは無くなるだろう。常在戦場という言葉があるが、それはまさに彼のためにあるような言葉だ。

 常に。常に。常に。

 常に常に常に常に。

 片時も一時も心を休ませない人間。

 

 そのスペアになるにはどうしたらいいのか。

 

「あ、アンファミーユさん。珍しいですね、上に出てくるなんて」

「……シェスカさんか。びっくりした、というより、私が前を見ていなかったのね」

 

 悩みに悩んで、とりあえず散歩をする、という手を思いついたアンファミーユ。

 答えが出ない時は血圧を上げるのがベストだ。軽い運動やお風呂に入るなどして無理矢理血圧を上げてやれば、興奮と高揚が平時の己では出せない答えを出してくれる。

 

 だから、とりあえず研究所を出た。

 掃除はしたものの、未だあの血まみれの世界を幻視する地下より、心なしか外の方が空気が美味しい気がする。外も何も、まだ館内ではあるのだが。

 

「犯罪博物館……そういえばじっくり見たことは無かった、か」

「誰か案内をつけますか?」

「大丈夫。貴女は……ああ、また写本?」

「ええ。今回も結構な量を渡されまして。あ、でも無理な労働はさせられていないので大丈夫ですよ」

「わかってる。所長の作る労働環境がクリーンでないはずがないし」

 

 ──それは不満や不信が裏切りに繋がると知っているが故の。

 そして、緩い職場だと油断させることで内通者を()()()()()()()()()()()()()()……なんてところまで、アンファミーユは理解している。あぶり出すとか、探し出すとか、あるいは出さない、とかじゃなくて、わざと内通者や裏切る予定の者に来てもらう。

 その方が面倒が少ないから。「危険因子なんて目じゃ見えないからね」とは彼談。これを聞いた時は流石のアンファミーユも、「もしかして所長は裏切り者や内通者が好きなのでは?」と思いかけた。

 

 シェスカと別れ、CCMの中を歩いて回る。

 第五研究所を隠す形で建てられたここは、非常に大きな敷地とそこそこ精度の高い犯罪史の詰まった博物館だ。そこそこなのは、隠すところは隠されているから。

 

 どうやって集めたのか、ただ錬成しただけか、連続殺人鬼の使った凶器、なんてものまで置いてあるこの場所は、酷く静かで考え事に向いている。散歩に行くとどうしても親子連れやら何やらが気になってしまうから、日光が無いこと以外ではCCMの方が向いているな、と。そこまで考えて。

 

「兄さん兄さん、これって」

「ああ、ぜってぇ錬金術だ。これほどまでに綿密なのは相当几帳面なヤロウで……」

「こっちは?」

「そっちは……ただの殺人?」

「でも密室だったらしいよ。被害者は凍死。南部で……南部で凍死?」

「凍らせたか、温度を下げたか……」

「あ、でも地下ならいけるかも。地下は涼しいというか寒い所多いし」

「あー」

 

 とかいう、博物館内で騒ぐ子供たちを見つけて、額を揉む。

 こういうの、注意すべきなのだろうか。アンファミーユは自身が秩序側の存在ではないため、そういうマナーとかの類に口を出すのは憚られるのだ。とはいえうるさいものはうるさい。

 

 兄弟、だろう。別に胸は痛まない。双子にしては顔つきが違う。ただ金髪金眼とかいう珍しい特徴を持つ少年たち。

 錬金術に造詣が深いのか、犯罪の詳細を見ては「これは錬金術が関わっている、関わっていない」を判断しているようだった。それがなんのためになるのかアンファミーユにはわからない。

 

 ふと、そこで恐らく弟の方がアンファミーユに気付く。

 気付いて。

 

「や、やばいよ兄さん。すっごく睨まれてる……声、抑えて抑えて!」

「あん? どこの誰……うわぉ。あー、すんません。静かにしまーす」

「……睨んでいるつもりはなかった。こちらこそごめんなさい。でも、ここは公衆の使う場所だから、できるだけ静かにね」

 

 睨んでいるつもりはなかった。本当だ。

 アンファミーユに自覚はないけれど、オズワルド寄りの顔立ちのアンファミーユは少しばかり釣り目で、眉を顰めると結構怖い顔になる──というのは彼女が一生気付くことのない事実だろう。どうせ彼は何も言わないから。

 

「っていうか、そのカッコ。もしかしてお姉さんここのスタッフだったりする?」

「まぁ、一応。展示品の説明とかは管轄が違うから、他のに頼んでほしいけれど」

「あーいや、そういうんじゃないんだけど。ちょっと会いたい人がいてさ」

「そもそもアポイントメント無しで会わせてください、が無理過ぎるんだよ兄さん」

「いや丁度いてばったり、ってこともあるかもしれねーだろー」

 

 金髪金眼の少年二人は、アンファミーユをじっと見る。

 

「国家錬金術師、竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイトってのにお取次ぎ願いたいんだけど、無理かな」

「無理ね。所長は今出張中だし、一般人が何の紹介も無しに会える相手ではないから」

「だよなぁ」

「ほら! ごめんなさいお姉さん、ウチの兄はこう、行き当たりばったりというか、当たって砕けろというか、とにかく前を見ないで走る癖があって!」

「っせーぞアル! オレのとりあえず行ってから考えるか! に対して"ああもう、それでいいよそれで!"って賛同してくれたじゃねーか」

「その答えの時点で渋々なのを察そうよ……」

 

 また騒がしくなった兄弟。

 

 なんだろう、とアンファミーユは考えた。

 彼への用事となると、大まかに二つの分類が為される。

 一つは錬金術に関する話。もう一つは軍事に関する話。英雄、勝利の子などと持て囃されていても、わざわざCCMに押しかけてまで彼に取次ぎをお願いしてくる一般人など存在しない。

 錬金術師ゆえの話であるのなら、お帰り願った方が賢明だろう。なんせ彼の扱う錬金術は、そのほとんどが血で濡れている。人を殺すための錬金術の体現に近い。その頂点に立つのはグラン准将だろうが、彼も負けてはいないとアンファミーユは考えている。

 

「ちなみにいつごろ帰ってくるか、とかは」

「さぁ。昨日リゼンブールへ行くと言って出て行ったきりだから、少なくとも五日は」

「リゼンブールぅ!? んだよすれ違いかよ!」

「リゼンブールにどんな用事で向かわれたんですか?」

「さぁ。生死確認を怠るとか僕らしくないよね、とかなんとか」

「……生死確認?」

 

 口を滑らせたかとも思ったが、アンファミーユの口から漏れて困ることであれば、そもそも彼は口に出さないだろう。彼女の前でさえ彼は油断しないのだから。

 

「誰の?」

「さぁ?」

「……アル。折角中央まで来てなんだがよ」

「うん。出戻り上等、だよね」

「おう! あんがとな、姉ちゃん!」

「失礼します!」

 

 そう言って、またドタバタと彼らは去っていく。行った。

 

「……嵐のような存在だった。むしろ血圧下がったかも」

 

 散歩をキャンセル。

 今日は少し早めに湯舟に浸かることをタスクに加え。

 

「……今帰ったら、これから帰ってくる所長と入れ違いになると思うんだけど……まぁいいか」

 

 アンファミーユ。

 基本的に世界の中心にいる相手以外へは、大した熱量を持たない女性である。

 




アンファミーユ・マンテイク(Enfamile・Mantique) 女 21歳

 元はただの合成獣の錬金術だったが、キメラ・トランジスタやキメラ・バッテリー、ナノキメラから様々な着想を得て、「人間一人分で作る再構築キメラ」にハマっている華の21歳。
 天涯孤独の身ではあるし、様々な危険が付きまとうポジションに居はするものの、肩書だけ見れば順風満帆な未来が見えている。
 趣味は散歩と読書と好きな人の好きなもの。

 彼女を他者と比較した時、特異な点をただ一つだけ挙げるのだとすれば、それは自主性の希薄さだろう。境遇への選択や決定はできるのに、自己がなく、率先して行う程のカリスマもリーダーシップもやる気もない。
 それなりに優秀な人物であるというのに、世界観の真ん中を常にぽっかりと空けている。あるいは、誰かが入るのを待っている──そんな人物だ。故に世界の中心から離れたものへの興味が薄く、逆に近いものへは強いアプローチをかける様を見せてくれる。

 ちなみに自室にある兄とのアルバムは、仕切りや張替えなどを一切せずにレムノスとの思い出へ切り替わっている。
 彼女の中で、兄とレムノスが等価であることが窺える一面……かもしれない。
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