竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第五十九話 躊躇いの物語「邂逅」

 僕はこの夫婦との腰を据えた話し合いを、意義のあるものだったと認める。

 

「貴方の考えはよくわかりました、クラクトハイト少将。救うことと守ることの違い。将来を見据えた行動。脱帽、いえ、感服です。あの時の……まだ少年とさえ呼べなかった時代から、これほどまでを考えていたとは。僕たちが間違っていました、とは言いません。ですが、貴方を間違っていると糾弾することは難しくなりました」

「さぁ、どうだろうね。言語化ができていたかどうかは怪しいよ。そして、脱帽はこっちのセリフだよ。君達は"アメストリス人の医者"なのではなく、"医者"なんだね。その在り方には、一種の憧れさえある」

「あの……私から、一つだけよろしいですか?」

「──僕の守りたいものを君達が手にかけようとした場合、かい?」

「はい」

「それは、あり得ない。僕がこうも君達に気を許しているのは、君達が、たとえどんなことがあっても僕に刃を向けないと知っているからだ。たとえ──僕が君達の家族に牙を向けようともね」

 

 医者の信念を聞いて、考えを改めた。

 謝罪と感謝を受け入れることにした。だってそれは、僕のためのものではなかったから。

 

「……」

「君達は絶対僕に刃を向けない。君達は僕の前にただ腕を広げて立つだけだ。反撃をする、という考えが根底から存在しない。復讐する、という怨嗟が基部にさえ存在しない。──僕には真似のできない生き方だ。だから、もし、僕らが敵対するような事態になったら、すぐに逃げて欲しい」

「……逃げる」

「うん。僕は容赦しない。今目の前でこうして話した君達であっても、その信念を理解した今であっても、決して容赦しない。一秒たりとも迷わない。だから逃げて欲しい。僕は僕を止められない」

 

 初めてだ。

 こんな言葉を吐くのは。

 けれど、逃げたところで復讐者にならないと知っているから言えることでもある。

 

 ほぼ。

 ほぼ、九割くらいは確定で、僕は人類の敵になる。アメストリスの敵になるかどうかはまだ微妙だけど、既存のアメストリス人を手にかけることは、あるいはあるのだろう。

 もしそうなったら、一時的にでもいい、どこか遠くへ逃げて欲しい。

 一般人を殺したくない、なんて思いさえ湧いてこない僕の前からいなくなってほしい。今はただ、それだけを願うよ。

 

「それじゃ、今度こそ失礼するよ。……あ、一つだけ。これはプライベートな謝罪なんだけど」

「はい?」

「昔、この辺を触覚生やした変人と歩いたことがあってね。その時金髪の少女を驚かせてしまったことがあったんだ。あの犬を連れていたから、恐らくは君達の娘だと思うんだけど……代わりに謝っておいてくれると嬉しいかな」

「ああ……わかりました」

 

 実際、トリシャ・エルリックが死んでなくてよかったと思う。

 ほら、あの頃の僕って疫病使い、みたいに思われてたからさ。トリシャ・エルリックの死因が僕になってたら、エド達と真っ向勝負、なんてこともあり得てたし。

 僕も人柱候補を殺すのが若干難しくなっている今、できれば……ね。

 

 今度こそ立ち上がる。

 

「私達の立場からでは、少将を応援する、ということはできませんが……貴方が壮健であることを祈っています」

「ありがとう」

 

 頭を下げて、ロックベル家を後にする。

 見送りは総出だった。大したことしてないのにね。そこにはもちろん、成長したウィンリィもいて──ま、僕よりキンブリーの方が記憶に残っているだろうけど。

 

 遠くでは、トリシャ・エルリックも少しだけ礼をしてくれていた。

 ……彼女の事は、よくわからないけれど。大丈夫。

 エルリック兄弟の母親ならば、大丈夫だろう。

 

 

 

 

 リゼンブールからセントラルに戻るには、イーストシティで乗り換えをする必要がある。

 だから当然イーストシティの駅で降りる。当然だ。

 

「あ」

「お?」

「……」

 

 でもまさかそこでエルリック兄弟と鉢合わせになるとは思わないじゃん。

 

 あとそこにマスタング大佐がいるとも思わないじゃん。

 

「明るい茶髪に、暗くて濃い赤の目……アンタがわぷっ!?」

「先日ぶりですね、クラクトハイト少将。まだイーストシティにいるとは思ってもみませんでした。何用でここに滞在を?」

「今汽車降りてきたトコなの見えてなかった? リゼンブールまで行って帰って来たんだよ。これからそのままセントラルに行くから、イーストシティに滞在するつもりは無いよ」

「ぅ、ぐ、っぷは! てめっ、この大佐! 何しやがる!」

 

 おや。

 国家錬金術師でもないのに、マスタング大佐とは仲良くなれたのか。二人の関係を密接にする人体錬成や国家錬金術師への啓発がなくても二人は二人ってところかな。

 それより。

 

 もう一人の──金髪金眼、けれど短髪の少年。

 エドの方もだけど……身長がそこそこある。豆粒ドチビじゃない。それはやっぱり、栄養を奪われていないから。

 

「あの……僕に何か」

「エルリック兄弟だよね?」

「!?」

 

 短髪の少年、アルの肩と、腕でエドを掴んで大きく後ろに下がるマスタング大佐。

 嫌われすぎじゃない?

 

「おわぁ!? な、なんだよ大佐」

「マスタングさん、どうしたんですか?」

「……エルリック兄弟。どこぞへ行くつもりなら、早く行け。ここは私が引き受ける」

「どうしちゃったのさ、マスタング大佐。──まるで仇敵を見るかのような目だけど?」

「当然です! あのようなことを知っていて、しかし内密にしているなど──」

「おいおい、一般人の前で言えることなのかな。言ってしまえば最後、巻き込むことになることも忘れないでおくことだ。その二人だけじゃない、この駅にいるすべての人間をね」

「ッ!」

 

 ざっと見積もって、今イーストシティの駅には200人くらいがいる。見えないところにはもっといるだろう。

 

「何の話か知らねえが、オレの目的はソイツにあんだよ!」

「申し訳ありません、マスタングさん。何かあるのかもしれませんけど、僕らは竜頭の……クラクトハイト少将に聞きたいことがあってイーストシティまで戻って来たんです」

「僕に? それは丁度いい、僕も君達に話があったんだ」

 

 エルリック兄弟を離し、けれど発火布の手袋を手に嵌めるマスタング大佐。まさかとは思うけど、ここでドンパチする気じゃないよね? 僕が人質を取った云々以前にどんだけ被害が出るか。

 ……ふむ。一応立ち位置を変えておこう。死角死角。あと排水管から離れて、と。

 

「どうぞ、そっちからでいいよ、話は」

「ありがとうございます。……兄さん」

「ああ。アンタ、ホムンクルスって知ってるか? 人造人間……御伽噺の存在じゃねえ、本当にいる……と、思われるホムンクルスだ」

「その質問は、知っている、と答えるべきか、作り得る、と答えるべきか。どっちがいい?」

「どっちにしろ知ってんじゃねえか。……作り得るってのは本当か?」

「今研究中。セントラルの第五研究所ってところで僕は人造人間の研究をしているよ」

「まだ作れてないんだな?」

「うん。そう正面から突き付けられると思う所があるけれど、今はまだ技術……というか何かが足りていない。アプローチがおかしいのか、要素が足りないのか。だから早く帰って研究に没頭したいところではあるね」

 

 自分の方が多く情報を持っている場合、無駄に隠せば隠す程相手が推理する余地が増える。こういうのは結構あけすけに開示したほうが探られないものだ。ましてや分析力の天才相手となれば。

 

「それは、ホムンクルスがいると確信して作ってんのか?」

「結構踏み込んでくるね。何故それを知りたいのかを聞かせてくれたら答えるのも吝かではないよ」

「……数年前の話だ。ウチのぼんくら親父が突然姿を消した。元から変な奴ではあったけど、ちゃんと母さんを……オレ達を大切に思ってくれる良い父親だった。その日までは。……だが、アイツは戻ってこなかった。何か事件に巻き込まれたんじゃねえかってオレ達はアイツを探してる」

「ふむ。それが何故ホムンクルスに繋がるのかな」

「アイツが最後に読んでたのがソレだったんだよ。人造人間(ホムンクルス)に関する資料。そして賢者の石という伝説上の存在。それについて事細かに、まるで本当に存在するかのように書かれた本。それを途中まで読んで、いきなり姿を消した、って感じだった」

 

 成程。

 そういう流れになったのか。いや、その資料とやらも気になる所だけど、ホーエンハイムが()()()()気付いているのかも気になって来たな。

 あの時は一方的に「僕の方がたくさん知っている」と思い込んで捲し立ててぶっ飛ばしちゃったけど、彼も一応長い歳月を生きてきた錬金術師。ちゃんと狙いに気付いている可能性は大きかったか。

 

「で、それが何故僕に?」

「しょーじきな話、賢者の石なんつーのは眉唾モンだと今でもオレは思ってる。──けど、そんなものでも使わなければできねぇことを単身で成し遂げた錬金術師がいた」

「ははぁ、それはそれは」

「アンタだ。隣国三つを滅ぼし尽くした錬金術師。たった一人でイシュヴァール戦役を終わらせ、敗戦国らへ一方的かつ横暴な契約を頷かせた暴君」

「に、兄さん。流石にそれは失礼だって……」

 

 前者二つは良いんだけど、後者のやつ知らないな。

 もしかして:エンヴィー。

 

「アンタ、賢者の石持ってんじゃねぇか? ──それで、ホムンクルスを量産してたりしねぇか。じゃねえと無理だろ、たった一人で、なんて」

「うん、僕もそう思う。さて、その噂話には尾鰭がたくさんついているね。なんで訂正しないのかな、マスタング大佐」

「……あながち間違っていないと思っているからです」

「少なくともたった一人じゃない。クラクトハイト隊という国家錬金術師のみで構成された隊があってね。破壊や侵略の中心は僕を含めた彼らだった。マスタング大佐もその内の一人だよ」

 

 マスタング大佐は僕の賢石錬成を見ている。

 アレがそうだと確信できる何か──たとえばSAGからの知識だのなんだのがあったら。

 

 マース・ヒューズより先に、すべてに辿り着くこともおかしくはないし、その先で僕を見つけることもやはりおかしくはない。僕はお父様やホムンクルス達の隠れ蓑のようなものだからね。むしろ僕で止まってくれたら狙いは成功というか。

 

「ふぅん。……ま、これ以上は言えない、って雰囲気は伝わってくる。ちなみにアンタの第五研究所ってのはどこにあるんだ?」

「CCMってわかる? 中央犯罪博物館」

「わかるっつーか、行って来たよ。なんだ、あの近くにあんのか?」

「あの地下にあるね。国の研究所だから一般人は入れないけど」

「……マジかよ」

 

 がっくりと肩を落とすエド。

 リアクションの大きな彼は話していて楽でいい。問題はアルの方だ。

 ほとんどしゃべらずに──じっと僕を見つめている。真偽、正誤。嘘は言ってないけど隠していること。

 それを見極めんとしているように。

 ……鎧じゃなくても真剣な時はあんまり表情変わらないんだなぁ。

 

「無駄足……でもねぇけど」

「僕への用件はそれだけ? それなら、僕からの用件を話したいんだけど、いい?」

「ん、あぁ。オレ達の話をちゃんと聞いてくれて、答えもくれたからな。等価交換だ。何でも聞いてくれていいぜ」

「うん、じゃあ僕の署名で君を、というか君達を国家錬金術師に推薦するよ。受けてくれる気はあるかな」

「お待ちください。彼らはまだ子供です。国家錬金術師になるということは、戦争に参加する可能性を孕む、ということでもあります。子供が戦争に参加することの悲劇については少将、貴方が一番よくわかっているはずではないのですか?」

「当分は戦争なんて起こらないよ。シンが攻めてくる、とかでもない限りね。ああまぁ、隣国のさらに外へ大総統が喧嘩を売ったりしたら話は別だけど」

 

 とりあえず1915年の日食までは戦争を起こす気は無い。面倒くさいから。

 血の紋はもう大体敷いてあるので、これ以上変な記号を増やしたくないというのが大きい。

 

「ホムンクルスを探す、あるいは作るのかは知らないけど、子供二人がアメストリスを旅するのに資金は必要でしょ。ちなみに君達を推薦するのは、君達が錬金術にとても秀でているとある筋から聞いたからだよ」

「そのある筋というのは?」

「ヴァン・ホーエンハイムって知ってる?」

 

 流石に。

 流石のアルも、大きなリアクションを取った。

 

「ソイツが言ってたんだよ。自慢だって」

「いや──あの」

「──いや、ソイツだよ! オレ達のクソ親父は!」

 

 そういえば。

 なんでエルリック姓を名乗っているんだろう。折り合いは悪くなさそうなのに。ホーエンハイムを探すなら、同じ姓を名乗った方が効率的だと思うんだけどなぁ。何か理由があるのだとしたら、汽車の中とかで聞いてみたいものだ。

 

「ど、どこで会った!?」

「やっぱりちゃんと生きてたんだ……元気でしたか?」

「僕をホムンクルスだ、とか言って突っかかって来たから軽く戦ったよ。ああ安心して。僕も彼もケガはしてない。……ふむ、情報を統合するに……彼はホムンクルスというものにどこか憑りつかれているみたいだね」

 

 戦った、の時点で今度はマスタング大佐の目が鋭くなる。

 まぁ僕が戦うってことはそういうことだからね。

 

「とりあえず、僕は第五研究所に帰る予定だけど……君達も一緒に来る? 国家錬金術師試験を受けて軍人になれば、僕の研究所にも招待できるよ」

「少将!」

「そんなに心配なら君も来るかいマスタング大佐。無論、君とて僕の研究所に入る資格はある。良ければ紹介するよ、僕の研究成果を」

「……エルリック兄弟。少将の言うことは話半分に聞け。この人はあまり嘘を吐くことは無いが、吐く言葉に対して言っていない言葉が山のようにある人だ。私は君達の旅路を応援するが……色々な理由から、共に行くことはできない。すまない」

 

 随分と警戒されている。

 第五研究所。僕の巣穴みたいなものだから、入ったが最後捕食されるとでも思ってるんだろうか。

 ナイナイ。人柱候補を僕が殺すわけ。……SAGは散々殺してきたけども。

 

「つまり、油断するなってことだろ。わーってるよ! そんで、少将殿。推薦ありがたく!」

「兄弟共に推薦してくれるんですか?」

「うん。ああ、ただ、僕が推薦したからと言って必ず受かるとかじゃないから」

「勿論、自分の実力で、だろ」

「ありがとうございます」

 

 苦虫を嚙み潰したようなマスタング大佐に微笑んで。

 

 僕とエルリック兄弟は、セントラル行きの汽車へ乗り込むのであった。

 




「竜頭の錬金術師」 / 第四章 完
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