竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第六十三話 錬金術の基礎「サンプル採取」

 暗号自体は簡単なものだった。

 架空言語の対応表と、それをさらに数字へと置き換える表記。読み解いてみろ、という割には難解過ぎないそれは、けれど違和感を残す。

 特に引っかかっているのが──。

 

「──人造人間(ホムンクルス)とは、ヒトを越えた存在である。……ってのが、どうにもしっくりこねぇ」

「兄さんも? ボクもだよ。人体錬成ではなく人工の人間。それによって生まれるのは()()()()()()()()()()()。そんなのクラクトハイトさんが一番わかっているはず。なのに」

「ああ。ここまでヒトを作るための工程を書き連ねておいて、結論がコレだ。……まるで、ここでいうホムンクルスだけが違う存在であるかのように」

 

 第五研究所地下で見せてもらった試作段階だというホムンクルス……生体人形(リビンゴイド)でさえ、本物に近い所があった。無論人形の名に違わず関節部や主電源が人体とは違う、という部分はあれど、肌の質感や受け答えにおいては人間そのもの。

 ただしアレでは人間に劣るのだとクラクトハイトは言っていた。故にまだ人形だと。

 なのにこの日誌では、越えた存在こそがホムンクルスだと。

 

「それに、あの研究所……ちょいと()()よな」

「うん……確実に何かを隠してる。それがなんなのかまではわからないけど……」

 

 あの後、二人はシェスカから改めてCCMの歴史について聞いていた。

 不幸な事故や親類関係、また失踪などの形で消えて行った職員。その中にはクラクトハイトの交際相手であるアンファミーユ・マンテイクの兄も含まれるのだという。さらには。

 

「カリステム、か」

「……少将の反応からしてまさかとは思っちゃいたが」

 

 その名は二人にとっては聞き馴染みのあるもの。

 近くにいたことがあるのだ。父、ヴァン・ホーエンハイムが失踪してすぐのこと。彼らの幼馴染であるウィンリィ・ロックベル……の愛犬デンが拾って来た行き倒れ。

 それが流れの錬金術師カリステムだった。明らかな偽名と明らかな偽装身分。けれど、同時にエドワード達への害意も見受けられないために余計な詮索をしなかったところにこれだ。

 

 あの時、彼がリゼンブールを去る時。「あ、もし第五研究所に向かうのであればお伝えください」と、まるで顔馴染みであるかのように伝言を頼んできた彼。

 

「死んでいる……ってのは、考えてもみなかった。じゃあありゃ一体誰で、なんでオレ達に接触してきたんだ?」

 

 死んでいた。

 上記に挙げた不幸な事故や親類のゴタゴタ、完全な失踪という様々な理由がある中で、唯一はっきりと死亡しているとわかっている人物。それがカリステム。

 考えてもわからないことだけど、考えをやめることはできない。それがエルリック兄弟であり、同時に。

 

「……忍び込むか、アル」

「うん。多分手続きをしても追い返されるというか、同じものしか見せてもらえないだろうし」

 

 考えているだけでは終われない──行動力の塊。

 それがこの錬金術師兄弟だ。折角国家資格に合格したというのに、一瞬で違法行為に手を染めんとする所はどうかと思われるが。

 

 そして、どうかと思う者がそれを止める。

 

「当然だけど、軍機関なのでセキュリティがある。それも少将お手製のものが」

「っ!?」

「わ、アンファミーユさん!?」

 

 突然かかった声に退避する二人。

 クラクトハイトの隣にいる時よりフランクで、けれど興味があまりない、という雰囲気の彼女は視線を下に落とした。

 そこにあるのは数字の羅列。そして対応表のメモ。

 

「あ、いや、これは」

「読み解いたの?」

「えーと……」

「まだ三日なのに、凄い。本当に頭が良いのね」

 

 怒った様子はない。

 そも、クラクトハイトから読み解いてみろ、と言われたものだ。考えてみれば怒られることはないのだと胸をなでおろす二人。

 

「所長は今所用ででているから、聞きたいことがあるなら私に聞いて。忍び込まれて踏み荒らされるよりよっぽどいいわ」

「……それは、聞きたいことを素直に答えてくれる、ってことでいいんだな?」

「ええ。ただ所長しか知らないことに関しては私もわからないけれど」

 

 一瞬のにらみ合い。

 瞬間の沈黙。

 

「オーケー、わかった。夜忍び込むのはやめにしておくよ。悪魔の子のトラップに引っかかるのはゴメンだしな」

「賢明な判断」

 

 東部においては悪評であるところの「悪夢」「悪魔の子」。その由来は遅延錬成を用いた悪逆非道な兵器類にある。最も有名なのは錬成地雷と呼ばれるもの。置いておくだけでヒトの命を奪い得る錬成物。

 

「CCMじゃねえ方。つまり地下研究所の方の職員。そいつらの行方が知りたい」

「全員死んだ。所長に殺されてね」

「ッ……なんでアンタは生きてる?」

「私は所長を裏切らなかった。他の奴らは裏切った。それだけ」

「その、お兄さんは」

「アイツ……兄もそうよ。所長を裏切った。所長は裏切り者と内通者に対して容赦がない。相手が新兵でも一般人でも上官でも老人でも子供でも、裏切り者や内通者であるのなら容赦なく殺すでしょう。あの人はそういう人よ」

 

 マスタングに散々の注意を受けていた。

 けれど、話してみたらそこまでおかしな人物だとは思わなかった。

 

 ──間違いなく隣国三つを滅ぼし尽くした張本人であるというのに、恐怖を覚えなかったのだ。

 

「味方で居続けることが彼の近くで生きる知恵よ。で、他に質問は?」

「ホムンクルスについてだ。あのリビンゴイドが試作段階の割に、少将は既に完成形が見えているように感じた。いるんじゃないのか? ホムンクルス……もっと完璧な存在が」

「いる」

 

 堂々と。

 さもありなん。何か問題でもあるのか、と言わんばかりの態度で、アンファミーユはこれを肯定する。

 

「ソイツは、どこに?」

「さぁ? 私が知っているのは、よく所長に会いに来る、ということだけ」

「少将に? ……ということは、軍関係者だったりするのかな」

「じゃあクソ親父は軍にいるってか? ……アイツが大人しく軍に捕まってるとは思えねえが」

「聞きたいことはもうない? なら私は仕事に戻るけれど。……ホントのホントに忠告。忍び込むのはやめた方が良い。手足を失うで済めばラッキーな方だから」

「わーってるよ。つーか、研究日誌まで読ませてもらったんだ。恩を仇で返すようなことはしねぇ」

「する気満々だったよね兄さん」

「お前はどっちの味方なんだよアル」

 

 それじゃ、と。 

 アンファミーユが去っていく。本当にただ忠告しに来ただけだったのか、兄弟に何を言う、ということもないらしい。

 

 その背中に、エドワードが声をかける。

 

「ああ、じゃあ、最後に一つだけ教えてくれ」

「……なに?」

「アンタ、ホントにあの少将のこと愛してんの? ショージキ言って、とてもそうには見えねえんだけど」

 

 あまりにも失礼過ぎる問い。

 けれど──アンファミーユは、ここへ来て初めて柔らかい笑みを見せる。

 

「貴方が考えている通り」

「……そっか。忠告、ありがとな。おかげで無駄死にせずに済んだ」

「ええ」

 

 今度こそ去っていく。

 エドワードとて愛情がなんたるかを知り尽くしているわけではないが──。

 

「……政治的か、裏があるのか。だーっ、悪ィクセだよな、ホント。少しでも関わっちまうと──その幸せを願っちまう」

「兄さんらしくて良いと思うよ、ボクは」

 

 アンファミーユ・マンテイク。

 兄を殺され、その殺した相手と結ばれる予定の女性。

 

 その幸せとは、果たしてどこに。

 

 

 *

 

 

 さて。

 今僕は──ダブリスにいる。

 

 どうも、生体錬成における造形というか整形はアンファミーユの方が得意らしく、僕が粘土こねこねするよりアンファミーユが陣を描いて一気に錬成する方が綺麗に行くのだ。うん、餅は餅屋だよね。

 なのでレティパーユの見た目、あるいは「第二号」の見た目を僕の描いた通りの感じにしてもらっている。ごめん嘘。撮って来た写真の通りにしてもらっている。僕にそんな画力はないからね。

 

 で、なんでダブリスにいるか。

 ちょっと欲しいものがあって。

 

 ──構造物の崩れる音。まぁ僕が壊した音なんだけど。

 そしてそれとは別に、支柱たる部分を壊しまくる化け物が一人。

 

「ハッ、共闘の誘いかと思えば──殺しに来たたぁ驚きだ! なぁ、竜頭の錬金術師!」

「殺しに来たわけじゃないってば。思念を持つ賢者の石が欲しくてさ。研究したいんだよ、君の事。だから大人しく捕まってくれない?」

「ソレが殺しに来た、じゃなくてなんだってんだよ!」

 

 片や全身最硬炭素人間。

 片や全身賢石竜頭人間。

 

 正しく化け物同士の戦いは、正直僕のジリ貧感がすごい。僕は賢石を思念エネルギーで動かしているんだけど、相手──グリードは特に意識せずとも硬化ができる。

 疲労の度合いが違う。だから短期決戦で決めたい。

 

 僕がグリードに勝っていること、それは。

 

「──ッヅゥ、クソが、そう易々と"最強の盾"に勝つんじゃねえよ!」

「あんまり抵抗しないでほしいな──僕が研究できる賢者の石が減っちゃうじゃないか」

 

 こっちの方が、攻撃力に長ける。

 最強の盾に勝てる物質を身にまとっていることこそが僕のアドバンテージだ。

 

「チ──し、かも! しっかりこっちの事情を把握してやがると来た!」

「デビルズネストに仲間がいるって言ったのは君じゃないか。だから、僕がそっちを壊しに行けば──」

「俺様は! 守りに徹しねえといけねぇわけだ!」

 

 だからこそ、守るものがある、というのは弱さに繋がる。

 時として強さの根源になるそれも、圧倒的な攻撃力の前には無力だ。それこそグリードを模した爪を振れば、コンクリートがバターのように切り裂かれる。階下に降りたその衝撃で、そのフロアの床にヒビが入る。

 最強の盾による斬撃を防いでも中身に衝撃が届くことはなく、さらには頭に造形してある竜の口で噛み付いたり、長い尾ですべてを薙ぎ払ったり──主にエンヴィーの本体を参考にした機能も搭載。

 

 欠点はさっき述べたように持久力の無さ。

 賢者の石は体の動きに合わせて形を変えてくれる便利スーツじゃない。僕が思念を送ってそれを動かし、さらにその動きに合わせて体を動かしている。

 正直これやりながらしゃべるのかなりキツい。

 

 それでも、魅力的だった。

 お父様が要らないと思っていて、自ら離反宣言をしていて、だから好きにしても良いホムンクルス。人格を持つホムンクルスで、僕が安全に勝てそうな相手。

 グラトニーは無理。疑似・真理の扉に勝てる気は一切しないから。

 

 だから、グリードだ。 

 

 巨大化させた腕を振り落とす。交差した腕でこれを受ける彼だが──ぐしゃ、という感触と共に大きく弾き飛ばしたのを音で知る。

 バチバチと赤い光を立てて再生しているグリードだけど、やめてほしい。僕が研究する分が無くなってからじゃ遅いのだから。大人しく捕まってくれたっていいじゃないか。研究が終わったらちゃんとお父様のもとへ返すし、来年には来るだろうヤオ家長男っていう良い容れ物も捕まえてきてあげるんだから。

 

「──だぁ、くそ。……こりゃ、負けるなぁ」

「それがわかっているのに抵抗するのはあんまり効率的とは言えなくない?」

「……俺様が負けたところで、デビルズネストには何もしねえんだよな?」

「当たり前じゃないか。失敗作キメラなんかに用はないよ」

 

 グリードを捕らえるためにデビルズネストを人質に取ることはあっても、その逆はない。

 デビルズネストなんか別にどうでもいいのだから。

 

 ──無論。

 グリードへの心酔がために復讐者となるのであれば、彼との口約束なんか簡単に破って殺し尽くすけれど。

 

「……しゃあねえか」

 

 全身硬化を解くグリード。

 おお。諦めてくれるとは思っていなかったから、意外だ。どんな罠を用意しているのかな。

 

「ほら、連れてけよ。がっはっは、罠なんて無ぇよ、俺様はアンタと違って正々堂々強欲に行くのがモットーなんでな」

「そうかい。それなら──」

 

 ぐるん。

 

 ……思考が停止する。意味が分からなかった。

 今僕は、グリードの賢者の石を取り出そうとその胸に爪を突き立てて──突き立てようとして。

 

 ()()()()()

 

「喧嘩だかなんだか知らないけど、るっさいんだよアンタ達! 爆発音だの倒壊の音だのがダブリス中に響いてておちおち眠れやしない!」

 

 着地して、それを見る。

 ああ──なんて冗談だ。いや、運命か。面白い。それは。本当に。

 

「──何者かは、聞いておこうか?」

「ただの主婦!」

 

 丁度良く全身硬化を解いていたから、まるであっちが襲われていた人間で。

 丁度悪く賢石纏成をしていたから、まるでこっちが襲っていた化け物で。

 

 それを救うかのように、スリッパの主婦が一人立っていた。

 

 ……まるで、じゃないけどね。

 

 これは、はて、さて、どうしようかな……。

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