竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第六十四話 錬金術の小技「賢石封印」

 見下ろす。

 廃工業地帯──既に跡形はなくなっているここの、最も高い所から、その「ただの主婦」を。

 

 イズミ・カーティス。

 原作におけるエドらの師匠であり、確定人柱。今戦って勝てる相手かと問われたら、まぁ、勝てはするのだろう。賢石纏成は確かに錬金術師に弱いけれど、それを補って有り余るほどの攻撃力を有している。

 けど今、僕とお父様が計画しているソレにおいて、人柱は一人足りとて失ってはならない人材だ。

 ここは一旦退くべきである。付けた結論は妥当なもの。

 

「おい、アンタ。動けるなら今すぐ逃げな。アンタが何やったのか、アンタが何者なのかも聞かない。だから──」

「だとしても、やっぱり君は欲しい」

 

 ガチャン、と音が鳴った。 

 尻尾の一部を背中に戻し、それの操作に使っていた思念エネルギーをサンチェゴに流す。

 

 錬成されるのは籠だ。

 仰向けに倒れたグリードを囲う籠。

 

「錬金術?」

 

 イズミが手を合わせる。合掌。その手で籠に触れて──たったそれだけで籠は分解された。

 

「なんだい、あの化け物は錬金術師かい」

「……竜頭の錬金術師だよ。レムノス・クラクトハイト。……ふぅ、で、アンタ何モンだ。軍の連中かなんかか?」

「さっきも言った通り、ただの主婦だよ」

 

 イズミとは戦うべきではない。

 だけどグリードは欲しい。来年、ブラッドレイの手にかかり、お父様に鹵獲されて溶かされる程度の使い道しかないのなら、僕が使い尽くしたい。

 

「しかし、竜頭の錬金術師ってのは本当かい? 英雄、勝利の子。南部じゃ人気も人気な軍の狗。それがあんな化け物だとは聞いたことないけど」

「ま、んなこたどうでもいい。逃げなぁ女。アイツの狙いは俺様だ。うるせぇってんならどうにか遠くに離れてやるからよ、カタギが首突っ込む話じゃねぇんだわ」

 

 グリードの背後から錬成した鎖が弾き飛ばされる。流石に普通の金属じゃ無理か。

 仕方がない。仕方がないから──久方ぶりに、泥臭い戦いでもしようか。

 

 賢石纏成を解除する。

 

「へぇ、ホントに竜頭の錬金術師じゃあないか」

「がっはっは、どうしたよ、時間切れか?」

「時間切れになる前に解除した、って感じかな。君達二人を相手にする、というのは少しばかり骨が折れるからね。──分断は、基本だろう」

 

 流す。ノイズだ。

 錬成物の霧散。錬金術師相手にはこれで十分。

  

 そうして僕の体躯からはあり得ない速さで踏み込み。

 

「!?」

 

 ぶん投げられた。

 

 ……反応された? 僕自身でも反応できない速さなんだけど。

 空中で姿勢を整えるとかはできないので、そのまま工業地帯に突っ込む。手袋の錬成陣で工場の断面へ錬金術を発動させながら、自身は地中へ。

 氣……というか人体の「流れ」で誰がどこにいるかはわかる。だから土の中からグリードの足を掴み、地面へと引きずり込む。

 

 ……千切れた。両足をボロ炭にしてトカゲの尻尾切りにしたのか。

 

「気ィつけろよ。アイツが纏ってた赤いのは賢者の石。完全物質だ」

「賢者の石って……というかアンタ足、それどうなってんだい?」

「あぁ、俺様は人造人間(ホムンクルス)でな。これくらいの傷は一瞬で再生する」

「……賢者の石とホムンクルス。それを狙う国軍少将。はぁ、ったく、アメストリスは平和になったんじゃないのかい」

 

 瞬く間ではあったはずだ。

 突如地面から突き出した鎖が、グリード──ではなくイズミを縛り上げんとする。殺す気も傷つける気もないから、合掌されないように手を縛ろうとし、けれど鋭い回し蹴りに叩き落とされる。

 ああもう、なんで僕って「中くらいの攻撃力」を持つ攻撃手段をもっていないんだ。必要になることくらいわかっていただろうに。

 

「ヒュウ、やるねぇ」

「防戦一方じゃ面倒だね。こっちから出るか」

 

 錬成音。

 地面が揺れる。これは地震──ではなく、地面を跳ね上げようとしているらしい。いやホント、イズミの錬金術ってそれなりに規模おかしいよね。どんな想像力してんだか。

 ただまぁこれならもっと深くに潜ればいいだけ……じゃ、ないな。

 

 もう一度賢石を纏う。その一秒後くらいに、超威力の斬撃が背中を襲った。

 

「チッ、気付かれたか!」

「勘の良い奴だね。流石は国軍少将」

 

 土を持ち上げたのは僕ごと跳ね上げる為じゃなく、単純に視界を開けさせるため。僕が簡単に跳ね飛ばされない読みでのグリードの突撃だ。なんで連携できてるの君達。

 

 タイムリミットが近い。

 賢石をこうやって自在に操るには僕の思念エネルギーが潤沢になければいけない。それを錬金術にも使っているのだから、目減りしていく。尽きる、ということはないコレだけど、単純に頭が痛い。僕はそんなにたくさんの事考えられないんだから、勘弁してほしい。

 諦める。諦める?

 ここまでやって、ここまで来ておいて?

 

 アルが体を失っていない以上、エドとグリードの接点は生まれない。それは言ってしまえばリン・ヤオともかかわらない可能性があるってことだ。

 だから強欲が回収されたタイミングでお父様にお願いをして、彼の入った賢者の石を貰う、という手はある……が。

 

「国軍少将として一般市民にお願いするけどさ。退いてくれないかな。そっちの彼は聞いての通りホムンクルスでね、国益を損なう存在なんだ」

「そうかい? 私にはアンタの方がそっち側に見えるけどね」

「おいおい、僕はレムノス・クラクトハイトだよ? アエルゴとの国境戦では多くの犠牲者を減らし、そのアエルゴ戦においてはアメストリスにかつてない景気を齎した張本人だ。その後、クレタもドラクマも、僕がいなければもっともっと長引いていたことだろう。そんな僕に拳を向けて、得体の知れないホムンクルスを守るのかい、ただの主婦さん」

 

 少し大仰に、少し大げさに。

 芝居がかった口調でそう問えば、イズミは後頭部を掻いた後──ビシッと僕を指さした。

 

「アンタからは、なんかイヤな感じがする! 以上!」

 

 それは。

 それは、僕の持っている材料じゃあ否定できないなぁ。

 

「なら、その感覚を大事にすることだね」

 

 流す。

 否、堰く、と言った方が正しいか。

 

 ごふ、と。

 前触れもなく吐血し、倒れ込むイズミ。彼女は真理の扉に内臓のいくらかを持っていかれていて血の巡りが悪い。血の巡り。つまりは流れだ。

 本来の錬丹術を考えれば、それをよくする……原作でホーエンハイムがやったように整えることもできるんだろうけど、今は悪用させてもらった。なに、一時的なものだ。

 

「おいアンタ!?」

「君はこっちだ、グリード」

「──ガ、ァ!?」

 

 今度こそ賢石纏成で彼に肉迫し、その中心へと腕を突っ込む。

 ──掴むのは、引き出すのは、彼自身の賢者の石。ぶちぶちという筋繊維の千切れる音と共に、その石がグリードから引き抜かれた。

 ただしこのままでは原作のラストよろしくそこから再生してしまう。

 だから、僕の賢者の石で囲う。思念エネルギーで完全に形を整えた賢者の石の卵。それはグリードの再生を許さない程ぴたりとくっついていて、割れることもない。

 名付けて賢石封印。

 

 グリード、GETだぜ!

 

「ま、ちな……」

「ああ、わかってるよ」

 

 南部憲兵用の救助信号弾を打ち上げる。

 これでここに憲兵が集まってくるはずだ。彼女の救助はすぐに為されるだろう。こちらに手を伸ばし、けれど意識を失ったイズミの流れを少しだけ改善しておく。死なれたら困るからね。

 起きる頃には憲兵の詰め所か病院にいるはずだ。

 

 そして、たとえ起きた彼女が僕の仕業だと証言したところでそれは混乱によるものとして処理される。

 何故なら。

 

 

 *

 

 

 キング・ブラッドレイは、自らの隣に立つ人形を見る。

 あまり好ましくない顔に整形された人形。セントラル市民に手を振り、時折笑顔を作り。

 

 エンヴィーよりはぎこちないが、一時しのぎの代役としては十分だろう。

 

「お互い、身勝手な主を持つと大変だな」

「いいえ。レティパーユに"大変"という感情は未だありません」

「はっはっは。いずれわかる」

 

 一応。

 本当に一応、遠い親戚の娘……となる。レムノス・クラクトハイトが作り出した生体人形(リビンゴイド)。再生はしないものの換装が可能で、人造人間(ホムンクルス)と同じく賢者の石を核とし、考え、喋り、行動する人工的に作られた人間。

 クラクトハイトは頻りにこれをホムンクルスの劣化品と呼んでいたが、作り方は例外であるにせよホムンクルス側であるブラッドレイから見れば、どこか羨ましささえある存在だった。

 

 作られた存在であるのに、劣化品と罵られているのに、必要とされていて、守られる存在で、そして自覚はないが自由がある。

 エンヴィーやプライドがレティパーユに会いたがらないのはそれが理由だろう。

 会えば殺してしまいかねない。それほど、気に障る。

 

 ラストでさえ積極的には会いに行かない程だ。

 父に必要とされたい──人間ではない、けれど子供達であるからこそ持つ自然な感情。それをあの若返った父は理解していないし、その父に同調している錬金術師も一切考慮していない。

 

 今父は無数のリビンゴイドを作っている。役目を渡すために、だ。

 錬金術を使うことのできないホムンクルスには「引き続き人柱を探せ」としか通達されておらず、まだ仕事中であるスロウスを除いて、皆──グラトニーでさえ──どこかフラストレーションが溜まっているようにさえ見える。

 手のかかる兄姉であるとは思うが、親が親なら子も子、ということなのだろう。

 

「こちらからも一つよろしいでしょうか」

「ほう? 他者に質問を投げる、という機能は獲得しているのか」

「積極的にそれを行えと入力されています」

「それで? 私に何を聞きたいのだ、生体人形」

 

 言えば。問えば。

 レムノス・クラクトハイトの姿をしたレティパーユは、ゆっくりと口を開く。

 

「主について、です。私は主への質問を含む呼びかけを禁じられています。──ゆえに、問いたいのです。アレは(なに)で、私に何を求め、どこへ向かっているのですか」

「知らぬ。……と普段であれば切り捨てるのだがな」

 

 丁度、暇だった。

 何の感情もないアメストリス国民へ張り付けた笑顔を振りまいて、手を振る。ただそれだけの行為は、意識を割かずともできる。

 なれば会話に興じることも悪いことではないのだろう。 

 

「私はアレを人間だとは思っておらん」

「ホムンクルス、ですか?」

「別の何かであろう。あまりにも人間としての機能が足りておらんではないか。父母を守る。結構。だが、そのために隣国を全て滅ぼし、この惑星の全てを征服する──その思考には、リスクという考えがあまりに欠けている」

「リスク……」

「私やホムンクルス、そして父でさえリスクというものを考える。目的を達するために払う犠牲のことだ。目的を害してしまうリスクではなく、達するために自らが払う犠牲。アレはその計算ができない。できない──やっていないのか、理解していないのかまでは知らんがな」

 

 目的のためならば自身の損失は仕方がない。他者の損失は仕方がない。世界の損失は仕方がない。

 割り切り過ぎなのだ。

 

 そしてそれは、父にも通ずるところがある。

 

 初めから同じ人間として見ていない。初めから同じ生物として認めていない。

 視界にすら入っていないかもしれない。父は天を、竜頭は両親を。ただそれしか見ていない。

 果たしてそんなものが人間だろうか。そんなものを人間に含めてよいものだろうか。

 

「自身が捨て駒なのは理解しているのだろう?」

「はい。私が覚醒したその瞬間から、主は私を使い捨てる気でした。そしてそれは、アンファミーユ様をも」

「……どうせ使い捨てるのなら、感情を持たせるな、と憤怒すべきところなのだろうな。憤怒(ラース)としては。私も……何故、自由意志があるのやら。ただの機構として生んでくれたのならいいものを」

 

 愚痴など。

 本来のブラッドレイであれば、絶対に零さないものだ。聞いているのが人形一人だから、ではあったのかもしれないが。

 

「そして、どこへ向かっているのか、だったか」

「世界征服だと主は言っていました。とても本気には聞こえませんでした」

「ふっふっふ、言われているぞ。……だろうな。奴の目的は別にある。父にも隠し通し、誰にも言っていないどころか、口にすら出していない野望のようなものが」

 

 絶対に表には出さない、その時が来るまで一切漏らす気のない野心。

 こうして漏れ出でることがあっても、それが何かまでは悟らせない。それは彼の人間性があまりに掴み難いからであり、「一つの目標に向かっている」という偽装のおかげで隠し通せていることでもある。父母を守る。守る。何が何でも守る。

 ──そう聞いて、それ以上を掘る者はいないのだから。

 

 アレは、何かを企んでいる。

 信念の中に、信条の奥に、信仰の底に。

 

「少し、楽しみではあるよ」

「貴方や貴方の番が巻き込まれない保証はありません」

「そうなれば打ち払えばいい。ふっふっふ、それくらいひっくり返してくれた方が私は楽しいがね」

 

 もし、そうなったら。

 父が日食などと言っていられなくなったら──どんな未来になるのか。

 

 興味だ。

 ブラッドレイは、決められた運命にいるからこそその未来に興味があった。

 

「……」

「なんだ、私の顔に何かついているのかね?」

「いえ。実験行為中の主と同じ顔をしていたもので」

「ふむ。不快だな。気を付けるとしよう」

 

 それはだから、多分、その感情の名は──好奇心、なのだろう。

 

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