竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

69 / 98
第六十九話 錬金術の禁忌「人体分解&人体再構築」

 それはある晴れた昼下がりのこと。

 綴命の錬金術師ショウ・タッカーは、庭の草木の水やりに勤しんでいた。かつては妻がやっていたこれら作業も、妻がいなくなってからタッカーの仕事になり、研究に費やせる時間が減ってしまったことに多少の後悔を持っていた。

 そんな彼の背後できゃいきゃいと跳ねまわって遊んでいるのが少女と一匹の犬。つまり彼の娘ニーナと愛犬アレキサンダーである。

 子供は元気が一番だ。アレキサンダーもそれなりの歳だが、ああも元気に走り回れている。彼にならばニーナを任せられると本心から思える。

 

 ──だから。

 

 だから今日、突然複数の軍人が家に来た時──タッカーはある覚悟を決めていた。

 綴命の錬金術師、最後の錬成を行う覚悟を。

 

 

 *

 

 

 カリステム。アルケミストのアナグラムであるこの名前は、個人を指すものでなく、集団を指すものだ。それぞれの姿は全くの別人でありながら、恐らく人格の共有を行っている複数人。その手法は不明だが、記憶までもを共有できることが判明している。

 体の一部には何者かの細胞が埋め込まれている他、ナノキメラという受信専用の極小キメラが入り込んでいる。

 

 と。

 おさらいをした上で、アンファミーユは件の錬金術師を見た。

 綴命の錬金術師、ショウ・タッカー。

 

 ……違う。

 

「ショウ・タッカー氏。単刀直入に聞きますが、カリステムという名に聞き覚えはありませんか?」

「……はい。知っていますよ」

 

 同じキメラの錬金術師として、研究者として。

 そして──同じく倫理観の欠けた者同士として、わかる。

 

 違う。 

 この人物は、黒幕として立ち回れるほどの野心はない。彼はやりたいことがやりたいだけの、典型的な研究者だ。何か目的があって組織を運用できるタイプではない。

 

 何より。

 同じなのだ。これは本当に感覚的なことだけど、彼は。彼は──アンファミーユと同じ。

 

 ()()()()()()()の匂い。

 

「私もカリステムなんですよ。ただ、私は単なる中継器。私を殺したり、捕縛したりしたとしても、精々百人そこらの末端が路頭に迷うだけです」

「……認めるのですか」

「ええ。否定しても意味のないことですし、もう完全にわかっているんでしょう? そちらのお嬢さんを襲うようあれらに命令したのが私だと」

「何故、私を?」

「知りません。私は貴女の名前すら知らない。言ったでしょう、私は中継器だと。ですから、親機より来た命令をそのまま各カリステムに伝えているに過ぎません。私以外にも中継器は沢山いますし、恐らく私に命令を出している個体も中継器なのでしょうね」

 

 途方もない話だった。

 途轍もない話だった。

 一体いつの間に、この国はそんな侵食を受けていたのか。

 

「何故あなたがカリステムになったのかを聞いても?」

「何故、と言われましても……。知っての通り、私は国家錬金術師となった去年、妻に逃げられています。男手一つで子供を育てることは中々に難しく、家もぐちゃぐちゃになる一方で。国が出してくれる研究資金は当然研究資金として使いたいので、そうなると生活費に困ってしまいまして」

「まさか、金銭を目当てに?」

「初めはそうです。まさかこんなことになるとは思っていませんでした。ある生体錬成──論文も研究もちゃんとしているもので、内臓機能の改善を行う生体錬成。それに必要な錬成陣を刻み込んだ薬のテスター。所謂治験ですね。その報酬がとても魅力的だったから、私はそれを受け、錠剤を飲みました。私も錬金術師ですから、しっかりと詐欺などでないかを調べた上で」

「それが」

「ええ、はい。見ての通りです。ちゃんと提示された通りの報酬が入りましたし、特にこれと言った健康被害はありませんでしたが──今、私の体内では、数百を超える小さな小さなキメラが蠢いている。はは、といっても蠢いていることを感じ取れるわけではありませんが」

 

 ぞっとした顔をする一同に、アンファミーユはなんだか懐かしい気分になる。

 オズワルドにその旨を言われた時の彼女もまた、その顔をしていたのだろうから。

 

「その治験を行った研究機関の名は?」

「──セントラルの第三研究所です」

 

 第三研究所。

 生体錬成について研究する研究機関。非合法な人体実験は勿論、人造人間を作り出すことにも躍起になっていた覚えがある。

 そういう意味では第五研究所が研究内容を掠め取ったようなものだが、プロセスに天と地ほどの差がある上、レムノスの発案なので気にしないでも良いだろう。もし第三研究所が第五研究所への対抗心でこんなことをやらかしている場合、それはもう見下げ果てるどころか侮蔑の対象でしかない。

 

「第三研究所か……権限的に、私がどうこうできる場所ではないな」

「そこに親機がいるとは限りませんがね。さて、それで、私はどうするべきでしょうか。不可抗力とはいえ犯罪者集団に加わっていたことに変わりはありません。私としては……私を捕縛、ないしは収監する場合、ニーナの保護を頼みたいのですが」

「いえ、そのあたりは私達の管轄にありませんよ。軍法会議所が判断することです。ただ、そうですね。できることなら私達の監視下にいてもらいたい。これ以上末端とされる者たちにおかしな命令を出されても困りますから」

「わかりました。場所は私の家でも構いませんか? 軍人さん方が留まることはニーナへよく言っておきますので」

「ええ、では──」

 

 あくまで温和に、あくまで柔和に。

 ショウ・タッカーは抵抗の意思を見せることなく従順に。

 

 だからずっと、警戒していた。

 

 もう彼には──自由意志がないのではないかと。

 それは、だから、決めていたことだったのだろう。

 あるいは軍人が……アンファミーユ達が家に来た時点で定めていたのだろう。

 

「──さようなら、ニーナ」

「申し訳ありませんが、させません」

 

 錬成反応は下だった。カーペットの下。

 青い錬成反応は、今タッカーに対面していたアンファミーユ、マスタング、そしてタッカー本人をも巻き込む形での錬成になる──予定だった。

 

 止めたのは、レティだ。

 錬成陣を物理的に踏み割って──床を踏み抜いて、発動を止める。

 

 同時、失敗したと知るや否や、タッカーの首があり得ない方向に回り始める。まるで万力で掴まれ、ねじ切られていくかのように。

 

「それもさせませン!」

 

 今度はメイだった。

 タッカーに繋がった思念エネルギーを大地の流れで押し流す──あるいはレムノスがサンチェゴ四つを使わなければできないことを、いとも簡単にやってのけたのだ。

 これにより千切れる思念エネルギーの糸。途端、タッカーはビクンと大きく身体を跳ねさせて、そのまま気を失う。

 

 いつからかはわからないがやはり意識を乗っ取られていた。そう見るべきだ。

 

 手がかりを失った。調査はここで終了。

 そのはずだった。

 

 ただ、この国の錬金術師に比べて、倫理観がちゃんとあって非道な行いをちゃんと許せない錬丹術師がこの場にいなければ、の話だ。

 

「掴み、ましタ……! 完全に消える前に辿りまス!」

「っ、ハボック、ブレダ! 彼女を追え! 私もすぐに追いつく!」

 

 許せない、というのがひしひしと伝わってくる。

 非人道的な行為。誰かを騙し、誰か利用し、要らなくなったら捨てる──その行為が許せなくて堪らない。

 

 うん、と。

 

「ミユ。安心してください。私も同じことを思いました」

「本当に情緒が育ってきたみたいね」

 

 ──絶対にレムノスと会わせない方が良い。

 メイ・チャンは善良な人間だ。レムノスはそうではない。そうではないと言い切れる。非常に残念なことに、ただ「守りたい」という願いが()()()()に見えるだけで、アレは悪の類である。

 不老不死の法を知っているかもしれない、というただそれだけの理由で会わせる約束をしてしまったけれど、これは何か理由をつけてメイを引き離した方が良いだろう。

 

 余計な事しか起きない確信がある。

 

「それにしても」

 

 引き連れてきた憲兵にショウ・タッカーの監視及び保護を命令し、飛ぶように出て行くマスタングを目で追いながら、アンファミーユは少しばかりの思案をする。

 自身を巻き込む──アンファミーユとタッカーとマスタングを巻き込む、恐らく合成獣の錬成陣。

 何故だろう、と考える。

 アンファミーユを狙う理由は相変わらずわからないままだけど、マスタングを、そして自身を殺そうとした理由は何か。

 

 今死なねばならないと判断した理由は何か。

 

 それはたとえば──死を迎えない限り、機能してしまう、しまい続けるものがある故か。

 

「中々勘が鋭くなったじゃないか」

 

 声は、タッカーのものなのに。

 アンファミーユの背はゾクっと震える。イントネーションが、あまりにも。

 気を失っているはずのタッカーの口が紡ぐ言葉。今尚意識のないタッカーが肺を動かし、喉を震わせ、口を動かして声を発する。

 

「今のお前なら多少は好きになれそうだよ。──もう何もかも遅いがな」

 

 待って、なんて言葉をかける前に、それは途切れたらしかった。

 死んだわけではない。だって、ショウ・タッカーは「ぅ」と小さな呼気を吐いて、意識を取り戻したようだったから。

 そうして、立ち上がる。首に違和感があるのだろう、頻りにさすりながら、自身の実験室の方へふらふらと歩いていく。

 

 憲兵は。

 ──憲兵は、止めない。まるで何も見えていないかのように、ショウ・タッカーを無視する。

 それでわかった。憲兵も、カリステムなのだと。

 

「行かせてよろしいのですか、ミユ」

「……後ろの警戒はお願い。私は彼が何をするかだけ見届けるから」

「わかりました」

 

 アンファミーユはタッカーを追う。

 彼は彼女に気付いたようだったが、気にする気はないらしかった。

 もう、気にしている時間も惜しい、というように。

 

 

 果たして、研究室の中には、一匹のキメラがいた。

 体に繋がる複数の管は点滴か。餌に口をつけず、ただ、ただ。

 

 ただ、「死にたい」とだけ呟き続けている合成獣に、タッカーはふらふらと近づいて行く。

 人語を解すキメラ。そんなものは存在しない。

 これは人間を使っただけのキメラだ。そしておそらくは、彼の妻を使った。

 

「一つだけ聞かせてください。何故ついてきたのですか?」

「気になったから」

「お嬢さん、あなた他人にそこまで興味を持たないでしょう。危険があるかもしれない研究室にわざわざ足を踏み入れたのには、何か理由があるはずだ」

 

 合成獣を中心に、何か錬成陣を描いていくタッカー。

 幽鬼が如き様子で、一心不乱に。

 その中で、アンファミーユと問答をする。

 

「オズワルドさんのことなら、私は知りませんよ。私を使って何度か喋ったことがある、というくらいです」

「ええ、もう兄のことはどうでもいい。どうでもいい、は、流石に嘘か。だけど私にはもう所長がいるから、いい」

「そうですか。いいですね、愛情、依存、志を共にする者。私もね、妻とは……妻を、愛していたはずなんです。愛していました。でなければ結婚なんてしませんよ。子供なんてつくりません。可能性を追うだけなら、繋がりのない誰かを使った方が効率がいいですし」

 

 悔悟だった。懺悔だった。

 この暗い研究室の中で、ただ一人、アンファミーユへ向けた告解。

 

「いつから、なんでしょうねぇ。愛を所有とはき違えたのは。興味を可能性と違えてしまったのは」

「さぁ。同じ天秤に乗せてしまった時点で、もう間違えていたのは確実だと思うけど」

「確かに。……時に、お嬢さん。──あなたは、人体錬成に興味はありますか」

「無い。死者蘇生をするほど、私は人間を愛することが上手くない」

「件の所長さんが死んでも?」

「彼が死んでも、私の心は欠片も動かないと思う。兄が死んだ時よりも。微動だにしない自信がある」

「美しいまでの夫婦愛ですね」

 

 そうして、書き終わったらしい。

 それは見慣れない陣だった。五角形と六角形を重ねたようなその陣は。

 

「これは人体錬成の陣です。──今から、妻を錬成します。このキメラを分解し、妻を再構築するんです」

「それに何の意味が?」

「父親がいなくなったら娘は困るでしょう。ですが丁度良く、私は何の気紛れかこのキメラを生かしていたので──母親を採取する、というだけです。娘が困る顔は見たくありませんから」

「失敗したら?」

「軍に任せますよ。幸いどこぞの少将のおかげで今のアメストリスは好景気に包まれていますから──なんとかなるでしょう」

 

 それでは、と。

 タッカーはキメラに向き直って、未だに「死にたい」と言い続けるキメラの頭を撫でて。

 

 錬金術を、発動した。

 眩い青。分解されていくキメラと──術者たるタッカー。

 

「……さようなら、ニーナ」

 

 錬成が終わった時。

 そこにあったのは、何らかの動物の死骸と、人かどうかすら怪しいヒトガタの死体と──四肢と首のもがれた、タッカーの死体。

 命を綴る錬金術師は、その高みを分不相応にも望んだがために、手も足もその脳をも奪われたのである。

 

「勿体ない、と。そう思っている?」

「あら、気付いていたの? 傷心して背を向けた所を貫いてあげようかと思っていたのだけど」

「それは所長と敵対するということ?」

「どうせ焼いてしまうのだから、誰が殺したのかなんてわからないでしょう」

 

 暗がり。

 背後は任せたから、初めからいたのだろう。あるいは何かどこかから出入りの出来る場所があるか。

 

「私達が人体錬成を行った錬金術師を集めている、ということは彼から聞いたのかしら」

「所長が目をつける人たちの共通点は、それくらいだから。優秀であることと、強く強い感情を持っていること。人を強く想う者ほど、死者蘇生に手を出したくなるのは見え切っているし」

「そう。ま、いいわ。それじゃ、この家には火をつけるから、死にたくなかったら早い所出て行くことね」

「一つ聞いてもいい?」

「ええ、カリステムのことでしょう? 私達は関わっていないから、勝手に人間同士で解決してちょうだい」

「……私もあんまり興味がないから、あの大佐さんに全部引き継ぎたいんだけど」

「何故か貴女自身が狙われているからそうもいかないのよねぇ。フフフ、モテる女はつらいわね」

 

 火が落とされる。

 油でも撒いていたのか、瞬く間に広がりゆく火の手。

 檻に入れられた実験動物たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるも、どうにもならない。

 どうにかしてやろう、と思う者はこの場に一人としていないから。

 

「それじゃ、さようなら。ああ、彼が帰ってきたら伝えてちょうだい。"まだやり足りないようなので、確認しに来なくてもいいです。次へ行ってください"とね。私の兄からの伝言よ」

 

 火が回る。

 もうこの部屋に留まっているのは危険だった。だから文句とかを言う前に、アンファミーユは背を向ける──のではなく、レティパーユに引っ張り出される。

 

 気のせいでなければ、火の向こうから舌打ちが聞こえた気がしないでもない。

 それはアンファミーユを刺せなかったことに対してか──リビンゴイドという存在に対してか。

 

 燃える。燃える家に、しかし憲兵は動かない。

 停止命令でも出されたか、自身に火がついても気にしない。

 

 だから二人とも無視した。レティパーユもアンファミーユも全てを無視して家を出て。

 

「……ねえ、おねえちゃん達」

 

 ひし、と。

 愛犬に抱き着き、燃え行く家を見つめる少女とばったり出会ってしまったのである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。