竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第七十話 錬金術の応用「キメラ・バックアップ」

 さて、アメストリスを少しばかり脅かしたカリステム騒ぎもいよいよ終幕である。

 メイ、ハボック、ブレダが追いかけた、タッカーへ命令を出した親機──それもまた中継器であり、誰の知り合いでもなかったその男は自ら首をねじ切って死んだ。三人に追いかけられている最中に、だ。

 ショウ・タッカーも死んだ。娘のニーナを残して。アンファミーユ達も一瞬疑われかけたが、彼女の毅然とした態度とレティパーユの事細かな、まるで記録映像かのような説明により釈放。何より焔の錬金術師が証言したのだ。

 この燃え方は計画的なものであると。

 

 そして、ここまできて──調査は打ち止めとなる。

 権限がないのだ。東方司令部の一大佐では、中央の研究室を調べさせる、あるいは調べる、ということができない。

 権限を持つグラマン中将は「わざわざ眠っている犬を起こす必要はないし、馬に蹴られるのもごめんだからねぇ」と言ったきり。

 

 結果、このあやふやな状態のまま、マスタング達はアンファミーユらをセントラルへ送り返す形となった。くれぐれも気を付けてくれ、と見送られ、もうセントラル行きの汽車に乗っている。

 

 ショウ・タッカーの娘であるニーナは一度軍に引き取られ、その後孤児院へ入れられることとなるだろう。アンファミーユらに彼女を育てる気はない。余裕はあるかもしれないが、まず可哀想だと思う心がない。唯一それを持っているメイは、けれど余裕がない。

 最良の選択だっただろう。──どの道、アンファミーユもレティパーユも、いわゆる「幸せ」などというものにありつけないことくらいわかっているのだから。

 

 ただ。

 

「……」

「あの、大丈夫ですカ?」

「……ただ、懐かしかっただけだから、大丈夫」

 

 レティパーユに引き摺られ、タッカー邸を出た時のことだ。

 あの目。あの少女の、ニーナの目。

 

 知識では理解できているのに、感情が理解と結びつかないあの目は──アンファミーユにとっても馴染み深いもの。その直前に彼の言葉を聞いていたから、余計に。

 タッカーとの問答も悪かった。

 愛だの志だの、少しばかりアンファミーユの琴線に触れる言葉が多すぎた。

 

 何も知らなかった頃の自分と、知っているつもりで知らなかった自分。

 過去、己が通って来た道をまざまざと見せつけられているような気分は、どうでもいいと言い切るには気分の悪いもので。

 

 車窓に肘を突き、外の景色を見る。

 イーストシティからセントラルへの道のりは短い。

 すぐに駅につくはずだ。

 

 

 ──だからそれは、あり得ないと言って差し支えのない邂逅だったのだろう。

 

 

 アンファミーユの背後、席を挟んで後ろの席に座った男が、小さく声を漏らす。

 

「アンファミーユ・マンテイクだな」

「……またカリステム?」

「いや。それを狩る側だ」

「そう。それで」

「明日の夜、セントラルの第三研究所に攻め込む。来るかどうかは勝手に判断しろ」

 

 振り返れば、声の主はもういない。

 ただ、どこかひんやりとした空気が残っているような、いないような。

 

 汽車はセントラルへ到着する──。

 

 

*

 

 

 メイをシェスカに預けて、地下へ降りて行く二人。

 ほとんど空になった第五研究所地下を歩いて、歩いて──辿り着く。

 

「ム?」

「ほう、珍しいな。鉢合わせること自体も」

 

 流麗な素振り。 

 ただの素振りなのに、素人目に見ても美しい──気が、しないでもない動き。

 

 顔を隠した男性。否、キメラだ。キメラだった。キメラは、……素振りをしながら、アンファミーユ達を見る。

 

「第三研究所から追い返されたの?」

「これは手厳しいな。だが、その通りだ。曰く"借り物を傷つけると後が怖いから"だそうだ」

「そう。──明日の夜、第三研究所を襲撃する。あなたは私の手足となれる?」

「無論だ。レムノス・クラクトハイトより仰せつかっている──クラクトハイトの不在時の全権はアンファミーユ・マンテイクにある、と。存分に使え、仮初の主人」

 

 スライサー兄弟。

 人と人の合成獣──でありながら、錬金術も教えられたハイブリッドキメラ。なお元殺人鬼。

 

「レティパーユ、一度全パーツを戦闘用に換装しましょう。どの道今使っているパーツは全てダメになっているだろうし」

「はい」

 

 生体錬成で作られたパーツは、まるで人間のようである、という利点しかない。神経が走っていないのは機械鎧だって同じだし、なんなら防御性能は劣る。ただ人造人間の模倣品であるから、という理由でしかない。

 これより戦闘を行うというのであれば──レティパーユの九割のパーツは戦闘用のものへ置き換え可能だ。元より脳に何があるわけでもない、賢者の石を動力に動く生体人形。心臓だろうが頭蓋だろうが、何も関係なく新しくできる。

 賢者の石の尽きぬ限りは不老不死だ。レムノスの理想とする人造人間と違って整備が必要なのが欠点らしい欠点と言えるだろう。

 

「しかし、良いのか?」

「何が?」

「お前は戦闘者ではない。──死は、お前の思っている以上に近いぞ」

「所長とどっちが危ない?」

「……フッ。それを言われたら押し黙るしかない。アレの隣で、伴侶として生きる。これより危険なことなど他にそうあるまいよ」

 

 さて、メイへはスライサー兄弟のことを「レティと似たようなもの」と説明しての、正念場である。

 

 

 

 第三研究所。

 兼ねてより生体錬成に特化した研究を行っていたこの研究機関は、けれど深夜たる今、どこか妙な雰囲気を保っていた。

 

 灯りがないのだ。

 残業をしている者がいない──とかではなく、そもそも電気が通っていないかのような。

 それでいて憲兵の一人もいない。国管轄の研究機関としてはあり得ない程の手薄さは。

 

「おー、ホントに来た。流石の予測精度」

「ありゃ、なんか変なの混じってね? アレも殺していーの?」

「侵入者は侵入者なんだし、良いでしょ別に」

 

 所内を埋め尽くす夥しい量の()()が、ここをアタリだと教えてくれた。

 

「これ……全部?」

「一般人、ではないでス。思念エネルギーの流れが断続的ニ……」

「ぼけっとするな。来るぞ」

 

 若者たちは、日常会話をするかのような雰囲気で──アンファミーユ達に殴りかかってくる。錬金術はどうした、と身構える彼女とは裏腹に、メイ、レティパーユ、スライサー兄弟は各々の得物でそれを迎撃する。

 カリステムは錬金術師集団。 

 そうであるはずだった。

 そうでなければ、そのアナグラムである意味がない。

 

「殺すが、構わないか、アンファミーユ」

「エ、ですがこの方々は操られているだけでハ!」

「殺します。裏切り者には死を。内通者には死を。テロリストには死を。──アンファミーユ」

「勿論許可を出す。ただ、それは結局子機でしかない。どこかに親機か中継器がいるはず。それを潰せば、子機は動けなくなる」

「ミユさン!?」

 

 メイを連れてきたのは失敗だった、と歯噛みするアンファミーユ。だが最も義憤に燃え盛っていたのがメイだ。それを無下にすることはできなかったし、置いていっても勝手についてきただろう。

 ただここで、価値観の相違が罅を生む。

 

「~~~! で、でハ私は親機を探しまス! ──お先に失礼しまス!」

 

 大量殺戮に耐えられない。

 錬金術も使わずに殴りかかってくるだけの若者を殺す、その選択を躊躇なく選択した三人についていけない。

 結果が同じだとしても、その加担ができない。

 

「スライサー兄弟。この数、あなた一人で全て殺せる?」

「無論。取るに足る者は見当たらぬ」

「そう。じゃあ全部斬って、あとから追いかけてきて。レティ、私を連れてメイを追いかけて」

「承知」

「了解」

 

 スライサー兄弟の姿が消えた──と思えば、ただ前に踏み込んだだけ。

 ただ眼前5mほどを切り裂いただけ。

 

 そしてそこに、道ができる。

 

「参ります」

 

 息はぴったりだった。

 スライサー兄弟がつけた道を、初めから開くと知っていたかのように進んでいくレティパーユ。アンファミーユを姫抱きにし、先行したメイを追う。

 

 彼女らに追い縋らんとした若者たちは──その悉くが血に消えて行く。

 

「さて──有象無象を切り伏せろ、など。緊張感の欠片もない仕事だが」

 

 殺戮の時間である。

 

 

 

 メイは走っていた。

 信じていた、と言い換えてもいい。その中継器、あるいは親機さえどうにかすれば、あの若者たちは死なずに済むと。

 彼女はアメストリスの人間ではないし、彼らとは縁もゆかりもない他人だが、意思の無きままに操られ、意思の無きままに死んでいくなど──悲しすぎると。

 それはあるいは、どこぞの金髪金眼兄弟と同じような倫理観なのだろう。

 全く別の場所、環境で育った彼女らが同じ倫理観を有すのは、善なる人間の根本的な──。

 

「全く、お転婆なお嬢さんだ。あまり先走るな、気取られるぞ」

「ッ、誰ですカ!」

「おっと、敵じゃない。俺はアイザック・マクドゥーガル。元国家錬金術師で、現……まぁ、傭兵のようなものだ。義勇兵、かもしれないが」

 

 暗闇から出てきた男。

 メイに見覚えのない彼は、けれど敵意が欠片も無かった。むしろメイを心配しているような感情すら見て取れる。

 だから彼女は信頼する。今はそれどころではないから。

 

「元国家錬金術師というのがどれほどの指標を表すのかは知りませんガ、戦える、ということですネ!?」

「勿論だ。氷結の錬金術師アイザック・マクドゥーガル。元クラクトハイト隊の……まぁ、途中離脱者だが。アンタ、殺しが嫌なんだろう? 関係なさそうな奴は極力殺さないことを約束する」

「それはありがとうございまス!」

 

 走る。二人して走る。

 随分と鍛えているらしかった。だって、メイの走りについてこられている。彼女は錬丹術の達人であると同時に、軽身もそこそこ使える。そのメイと並走できるアメストリス人には会うのは初めてだった。

 何のためにそんなに鍛えているのか──何を予期しているのか。

 

「ッ、流れが集まっていまス! この先にいます、ご準備ヲ!」

「いいだろう!」

 

 入る。

 部屋だ。いや、部屋にしては広い。埃っぽくもある。

 中心に台座があり、かすれているが何かしらの錬成陣が敷かれているそこ。そこにいたのは。

 

 いたのは。

 

「あん? なんだ、もっとたくさん来るって聞いてたんだがな。しかも若い女っつー話だったのによぉ。片方はおっさんで、片方はガキで……はぁ、やる気失くすじゃねえか」

 

 鎧、だろうか。骨の頭をした鎧だ。

 スライサー兄弟と似た感覚のあるソイツは、肉切り包丁を片手にもう片方の手で後頭部を掻く。

 

 その周囲にいるのは、二十人を超える人間。

 全員どこかに切り傷がある。ちょうど、その肉切り包丁で切りつけたような傷が。

 

「……どいつだ」

「……全員でス」

「そうか」

 

 絞りだした声は、つらさを飲み込んだものだった。

 鎧の周囲にいる人間らしきもの、二十三体。プラス鎧自身。

 これが恐らく中継器だ。階下の若者たち──それを操るもの。

 

「ごめんなさイ……!」

「あー、まー、仕方ねえな、いっちょ戦うか!」

「いくぞ!」

 

 アメストリスの非業。

 非道な実験は、シンの少女の目にどう映るのか。

 

 

 

 さて、最後がこの二人だ。 

 アンファミーユとレティパーユ。メイを追いかけていたはずなのに、途中で見失って、気付けばよくわからない場所にいた。

 

 真っ白な空間。

 壁に掘られたレリーフは、アンファミーユをしても一瞬では読み解くことのできないもの。

 

「よぉ」

 

 軽い様子で声をかけてきたのは、若者たちでも、殺人鬼でもなく。

 

「……誰?」

「おいおい、誰とは酷ぇなアンファミーユ」

 

 四角い顔の、メガネをかけた金歯の医者。

 少なくとも知り合いではない。だから。

 

「レティ、殺して」

「っと!」

 

 何を言う間もなく、何を言うまでもなく、レティパーユに命令をする。

 承知の声が響く前に踏み込み、その腕を振るったレティパーユ。しかし、鳴ったのは肉を引き裂く音ではなく金属音だった。

 見れば、わらわらと、ぞろぞろと……金歯の医者の背後から老人が出てくるではないか。

 あれらを、アンファミーユは知っている。

 

「スライサー兄弟の戦闘相手……」

「おお、見たの一回だけだろうに、よく覚えてたな。そうだよ。こいつらはキング・ブラッドレイに成り損なった男達、って奴でな。命令に従順で、怪我しようが不当に扱われようが文句の一つも言わねえ。お前より使いやすい道具だよ」

「……」

 

 わかっている。

 金歯の医者が、けれどその精神が誰であるかなど。

 

 挑発の意味も、煽りも、全部わかっている。

 わかっている上で、アンファミーユは拳銃を取り出した。

 

「へぇ」

「過去の残影を追っている程暇じゃないから」

 

 撃つ。

 放たれた弾丸は、しかし成り損なった者の一人に切り落とされる。

 

「そんなんじゃ無理だぞー。まずはこいつら全員殺さねえと。こいつら、何よりも俺を──この身体を優先して守るからな。この身体、面白れぇだろ。使い勝手は前の若い身体にゃ遠く及ばねえが、人体錬成やら賢者の石やらの知識が潤沢で、掘れば掘るほどいろんなモンが出てくる」

「レティパーユ、あの男達を全員殺して」

「はい」

 

 始まるのは過激な戦闘──だが、アンファミーユにはもうよく理解できない速さと威力でやりあっているので、そっちはそっちでこっちはこっちを対処する。

 対処。

 問答、だろうか。

 

「俺が誰なのかはわかってるよな、アンファミーユ」

「亡霊でしょ」

「ハッ、まぁそうだな。オズワルド・マンテイクの亡霊だ。あの所長殿がいつ癇癪起こすかわからなかったからな、外部のキメラにバックアップを取っておいた俺だ。俺という人格を模したナノキメラ同士のネットワーク……いや、その辺の説明はしなくてもいいか。同じものを研究してたんだ、教える必要はないだろう」

「そうね。それで、何? 何故私を狙ったの? もう縁は切れたものと思っていたんだけど」

「死んだら絶縁ってお前、薄情な奴だなオイ。所長に貰われてから浮かれてんじゃねーの?」

「会話の本題をずらしまくって結論を出さない所は変わってないね。死んだら変わると思ってたから、残念」

 

 五対一の激戦を、けれど背景に"対話"をする。

 

「その身体の元の持ち主の意識は、どうなったの」

「さぁ? ナノキメラを使えばもっと効率よく数多くの人間を自在に操れるようになる、っつー売り込みをしたあと、俺が死んだだろ? そんで気付いたらこの爺さんの身体さ。俺のバックアップを読み込みでもしたか、ナノキメラを自分に入れたか。なんにせよ事故だよ。俺の意思じゃあない」

「善人?」

「まさか。極悪人さ。俺達が足元にも及ばない程のな」

 

 さて、と前置きをする金歯の医者。

 否、オズワルド。彼は足元に錬成陣を描き始めた。

 

「やろうぜ、アンファミーユ。キメラの錬金術師が行う、物質錬成の泥仕合だ。互いに戦闘者っつーわけじゃねえからな、決め手は案外あっさりしたモンになるんだろうが──」

「その前に、まだ答えを聞いていない」

「あん?」

「どうして私を狙ったの? もう必要のない道具だったんでしょ」

 

 そりゃあ、お前。と。

 

「自分の玩具が一番気に入らねえ奴に取られてたんだ。取り返したくなるのは人間のサガって奴だろ?」

 

 石の棘が、錬成される──。

 

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