竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
人間の魂を犠牲にして作る錬成エネルギーの増幅装置──賢者の石。
あの時、あの戦争の時、否、あの侵略の時に少年准将がやっていたことがそれだった。
マスタングは後になって、あとから、多くの人に齎された情報と、そして自身で調べ上げた事実から真実に辿り着いた。あるいは辿り着けた理由も、
「賢者の石、ねぇ。……ったく、ホントにそんなバカげたコト考えて、あまつさえ実行に移す奴がいるとは……」
「クラクトハイトさん、そんな風には見えなかったよね……」
「再三いうが、それが彼の最も恐ろしいところだ。非人道的で非情なことを、君達に挨拶をすることと同じくらいの感情で行える。等価なんだ。隣国を三つ滅ぼすことと、自身を尋ねに来た君達をもてなすことが。彼にとっては何もかもが等価なのだろう。ただ一つ……両親を守ること、それ以外においては」
「両親」
「っと、すまない。確か君達は父親を」
マスタングは自身が掴み得た情報の全てを兄弟に渡した。
危険性は十分に考慮している。けれど、それをおいても隠し通せなかった。天才なのだ。そういうレッテルで片付けられない程には見通し、分析する力が彼らにはあった。
賢者の石。そして地に打ち込むことで完成する錬成陣。錬成兵器。遅延錬成。
「気にしないでくれ、っつーか、オレ達が親父を探してる理由がホムンクルスにある、つったよな? アレ実は嘘なんだ」
「嘘だと?」
「あ、いや嘘といいますか……兄さん、言い方が悪いよ」
「良いだろ別に。ホントのことなんだから」
「そう切り出してくれるということは、君達の方からも何か情報の開示をくれる、ということと期待してもいいのかね?」
「ああ。そのために来た」
そう言ってエドワードは、彼は幾冊かの本を取り出す。装丁からして、それは。
「アルバム……?」
「はい。ボクら、エルリック家……あるいはホーエンハイム家の。父さんもこの家名は名乗らない方が良いと言っていたので、エルリック家とアルバムには銘打ってありますけど」
「これがオレの生まれた時の写真だ。母さんと隣人がそういうの残すの好きでさ。たくさん残ってんだよ、こういうの」
「ほう。成程、赤子の頃からこれほど面影があるというのも面白い。君達が金髪金眼という特徴を持っているからこそ、だろうな」
「あぁまぁその辺はどうでもよくて。んで、これがその5年前の写真だ」
「待て、なぜ遡る。君達の過去を見せる、という名目ではないのかね?」
「オレ達のを見せて何になんだよ。たかだか15歳と14歳の子供がすくすく成長してるのが写ってるだけだぜ。じゃなくて、注目してほしいのはクソ親父の方だよ」
エドワードはペラペラと捲っていく。
どのページでも穏やかに笑う初老の男性。兄弟と同じ特徴を持ち、それぞれを掛け合わせたかのような顔立ちの男性。
何も不思議なところはない。
何も変わったところはない。
「……どういうことだ。何故この男性は……君達の父親は、変わらない?」
変わらない。
どこまで遡っても男性は男性のままだった。穏やかな笑みを浮かべる金髪金眼の男性は、どこまでいっても、どこまでいっても──初老の男性のまま。
「
「……尽きない、寿命」
「別にオレ達もクソ親父がホムンクルスだって疑ってるわけじゃねえ。つか、そっちの可能性は薄いと思ってる。アイツはなんつーか、作られたって感じはしねぇからな。だが」
「永遠の命の絡繰りに関わっている可能性は高い。そしてそれが、賢者の石か」
脳も心臓も要らず、エネルギー源のわからなかった
おとぎ話の存在とされ、しかし実物を目指しているようにしか見えなかったリビンゴイドのモデル、
そして何年経っても姿かたちの変わらない──老いない人間。
「これらから導き出されるのは、賢者の石というものは古来より存在していて、少なくとも二人はそれをエネルギー源とする人間が存在するはずである、ということです。一人はボクらの父親」
「んで、もう一人は多分クソ親父にそういう運命を背負わせた誰か、だ。……認めたくはねぇが、あのクソ親父は……善良なんだよ。なんつーか、無理なんだ。他人を食い物に永遠を生きるとか、他人の魂が凝縮された石で自分が得をするとか、そういうのひっくるめて……アイツにできっこねぇ」
「だから、父さんをそういう風にした元凶がいるとボクたちは考えています」
「そこへ来てクソ親父の失踪だ。これから何かがあるか、そん時に何かがあった。そうとしか考えられねえだろ?」
兄弟の父親、ヴァン・ホーエンハイムの失踪時期。
そしてマスタング達が行って来た
そも。
そも、そもだ。
レムノス・クラクトハイトが国家錬金術師になってから、イシュヴァールという民族を殲滅するまで──あの赤い光を見た、という報告はなかった。竜頭の錬金術師。その二つ名は決してワームの口などという
そこに追加されるには、あの赤い錬金術はあまりにも異質。
誰かの助言や何かの接触があったと考える方が楽に理屈が通る。
さらに言えば、クラクトハイトが錬金術として用いているのは石を作ることそのものではなく、石を作ることで大勢を一気に殲滅できる、という副次的な効果の方だ。
それは――既に石の作り方が分かった上での行動だろう。やり方を知っていた、知らされていたから、それ以外の使い道を見つけた。
同じく。
本物のホムンクルスを知っているから、リビンゴイドも。
その時、電話が鳴る。
コールコール。
エルリック兄弟に目で促され、それを取れば。
『ロイ! ロイ! ロイだな!? ロイじゃなかったらロイに代われ!』
「ヒューズ? なんだ、どうした。そう叫ばなくとも聞こえているぞ」
『バカヤロウ、そんな悠長にしてられる事態じゃねえぞ! 今国がやべぇ!』
「落ち着け。聞こえているから、手短に話せ。それとも何かに追われているのか?」
『追われてるどころじゃねえ、狙いが何だか知らねえが、クソ……いや、いや、いや! だから、だから言葉を残す。いいか、アメストリスだけじゃねえ。隣国と、もう一つだ。入ってくる情報だけを信じるな。必要なら現地まで行け。じゃねえと──』
轟音が鳴る。
そして、ブチ、という音と共に電話は切れた。
あっさりと。
つながりは。
「……ヒューズ?」
「大佐。今のどこの誰だ?」
「わ……私の同期の、マース・ヒューズという男だ。セントラルの軍法会議所に勤めている……」
「セントラルだな? アル!」
「うん!」
「すまねぇな、大佐。オレ達はそのヒューズって人を知らねえ。が、こっちにまで聞こえて来た轟音だ。セントラルで何かが起きたのは確かなはず。オレ達はまたセントラルへ行く。アンタに去来する感情がどんなもんかは知らねえが──いや、いい。とにかく世話んなった」
野暮なことは言わない。
言わないでいてくれる。気遣いのできる、出来過ぎる子供達だ。兄弟は茫然としているマスタングを余所に、駆け足で司令室を出て行く。
「ヒューズ……」
追われている、と言っていた。けれど含みがあった。
そもそもあんなに焦っていた理由の割に、伝えてきた情報が少ない。つまり短縮せざるを得なかったということだ。
「……中尉」
「はい。今お茶を持ってきたのですが、必要なさそうですね」
「立場上、すぐに動くことはできん。取り急ぎ中央に連絡を。軍法会議所周辺で何か」
「大佐ァ、聞きましたかい? なんでも北の山脈で凄まじい規模の崩落があったとかで……って、ンなこと言ってられる状況でもなさそうだ。中尉、なにがあったか聞いても?」
「私にも詳しいことはわからないわ。ただ、大佐の、恐らく士官学校の同級生が事件に巻き込まれたみたいで」
「けどイーストシティから離れられないからあんな表情、ってことか」
国軍大佐。東方司令部勤務。
肩書は重い。こういう時に圧し掛かる。
羨ましくは、なる。
軍を抜け、肩書も責任も捨て、しかし義勇に走る自らと正反対の錬金術を使うあの男のことは。
「……無事でいてくれと、願うことしかできないか……」
中央の電話がつながるまで、マスタングは祈るしかなかった。
祈る神など、居はしないのに。
*
軍法会議所で大爆発があった、という話はCCM、並びに第五研究所まで伝わって来た。
カリステム事件が一旦の収束を見せてから、レティパーユ、「第二号」、「第三号」、さらには第三研究所が潰れたことで行く当てのなくなったスライサー兄弟と、さらにメイ。
この大所帯で、けれどそれなりに実のある研究と発見をしていたアンファミーユにとって、その爆発事件は溜め息を吐かざるを得ないもの。
無論アンファミーユがわざわざ関わる必要はないし、関りに行くつもりも欠片もない──のだが。
「落ち着いて、メイ。どの道一般人は入れないから。軍属でもない、況してやこの国の人間でもないあなたに残骸とはいえ軍法会議所なんて国の大事な部分を見せられるわけがない。わかるでしょう」
「それは、わかるんですガ……」
「正義感が抑えられない、と言った様子だけど、そもそもあなたの目的は所長の知識であって、この国の治安維持じゃないでしょ。なんにでも首を突っ込むのは相応の立場を得てから。あなたがシン国の使節として来ているならともかく、ただの旅行者でしかないのは自覚している?」
「……うぅ、レティさン、ミユさんが正論ヲ……!」
「はい。アンファミーユの言うことは正しいと思います。法的規制、あるいは一般的な倫理規範においても。爆発の被害状況、あるいは被害者については後に発表があることでしょう。軍が規制している情報であれば、少なくとも所長の下には入ってくるかと。彼に隠し事をすると後が怖いと恐れられているでしょうから」
これを聞いてアンファミーユが思うのは、「本当に情緒が育った……」という充実感と達成感のないまぜになったものである。
十分に育てたと言って過言ではないだろう。リビンゴイドの情緒育成。十二分に。
「メイ・チャン。立場、あるいは地位として"一般人"の域を出ない私達は、軍人や関係者が調査を進めるのを待つしかないのだ。関与することの方が余計な混乱を招く。それはわかっているだろう? 無論、お前の正義感、不安、なぜこのようなことが起きたのか、真実への渇望、負傷者の有無。それらに対する気持ちもわかる。何者かの仕業であるのならば、対処が必要だという考えもな。だが、あるいはそれら行為が調査関係者の邪魔となったらどうする。前回は私達に直に関わることだったからいいものを、何度も何度も首を突っ込めば、いずれは正義の側からも煙たがられるに終わるぞ」
お前はなんで殺人鬼だったんだ、と思わないでもないアンファミーユ。
ただこのスライサー兄弟、実は本当に第五研究所で最も常識を有しているというか、倫理観があるというか、一般人枠なのである。自身が殺人鬼であることを理解し、それを理由に死刑囚となり、さらにそれを理由に実験体となり、キメラとなった──その過去を持つにも拘わらず、いや持つからこそだろう、一般常識に対して酷く深慮がある。
レティパーユの世間知らずさやアンファミーユの非人道的な部分をしっかりと補っている──もしレティパーユに知識を授けた両親、という概念があるとすれば、片方はアンファミーユでもう片方はスライサー兄弟になるのではないか、というくらい。
レムノスは、まぁ、生みの親でしかない。
「……はイ。わかり、ましタ」
あ、これ夜にでも抜け出して行くやつだな、とわかる。アンファミーユはわかる。似たようなのでくよくよしないのが近くにいたから。
ただそれを止める義理もないのは事実だった。
実際、メイがいるせいでできていない実験がいくつもある。つまり、非人道的とされる実験が。第五研究所にあるまじきキメラの実験が滞りまくっているのだ。
いなくなられても問題はない。
錬丹術の概念は知った。無論研鑽は遠く、足元も見えない程及ばないのだろうが、あとは自身で突き詰めていくのが錬金術師というものだ。
だから、次の言葉には驚いた。
いや──そこを教育し忘れていた、というべきだろう。
「メイ。であれば、私と共に調査へ赴きましょう。一般人が見える範囲で調査することで、関係者にも煙たがられることなく、且つメイの視点での調査ができる──そう思いませんか?」
「……! は、はイ! お願いします、レティさン!」
「そういう話であれば私達も共に行こう。なに、服装を考えれば弟は隠せる。いつもすまんな」
「気にすんなよ兄者! 俺もこの嬢ちゃんの事は気に入ってんだ!」
「おや、弟の方が喋るのは珍しいですね」
余計なことに首を突っ込まない──こと、このアメストリスに生きるにおいては最重要スキル。
どの道毎日毎日トラブルが起きている上に、そのどれもが生死に直結するような危ないもので、且つ関わったが最後芋づる式に出てくるのは軍だの実験だの組織だのの絡みばかり。
事件に対しては見物人として生きるのが最適解だと──アンファミーユは、レティパーユに教えていなかった。
「それで? 一人寂しく静観を決め込むつもりだったもう一人のお嬢様は、どうする気だ?」
「……どうもしない。行きたいなら勝手に行って。ただしレティパーユ。あなただけは何があっても戻ってきて。安易に、そして簡単に所長の名を出していいから」
「わかりました、アンファミーユ。ここぞという時に出します」
……本気とジョークの違いも、教え忘れたかもしれないが。