竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第七十四話 錬金術の応用「蓄積錬成」

 案の定KEEP OUTの張られたそこに、単なる野次馬としてスライサー兄弟、メイ・チャン、そしてレティパーユがいた。アンファミーユは来ていない。彼女は本当に来なかった。

 だからスライサー兄弟、とりわけ体の主導権を握っている兄の方が、とりあえずの保護者である。

 

「ふむ……」

 

 様々な強者を斬り伏せていたらいつの間にか殺人鬼となっていて、特に抵抗もなく捕まり、死刑囚となった。思えばあのスムーズな死刑囚行きの裏には実験動物を増やしたい、という意図があったのだろうな、などとこの場にそぐわないことを考えつつ、背の関係から肩に乗せたメイへと問う。

 

「どうだ、何か見つかったかね?」

「いエ……ただ、何か……悍ましい量の人間が詰め込まれたような……何かが、さっきまでいた、ような」

「ほう? それの流れとやらは辿れるものか?」

「……一度降ろしてくださイ。やってみまス」

 

 言われた通り降ろしてやれば、何かをするメイ・チャン。

 生憎ながら錬金術を習ったスライサー兄弟でさえ彼女のやっていることはわからない。高度過ぎてわからないというより、体系が違うからわからない、が正しい。

 うむむ、と眉間にしわを寄せて──そうして彼女は何かを掴み取ったらしかった。

 

「あっちでス、スライサーさン、レティさン」

「……良いのかね?」

「はい。向かいましょう」

 

 どうにも。

 どうにも、琴線に触れる。メイ・チャンが、ではなくレティパーユが、だ。

 己ありきで生きているスライサー兄弟にとって、己がないままに情緒を育てられた少女は、どこか、なんだか虚しく儚く、それでいて悲しく見える。

 今まさに彼女は己を形成している。けれど、その真っ只中過ぎる。

 だというのに──彼女を待っている結末は、恐らくロクでもないことだろう。レムノス・クラクトハイトという巨悪の掌中にいる限り、スライサー兄弟もアンファミーユも、その結末から逃れることはできないのだろうが。

 

「なんとも難儀な……ム?」

 

 スライサー兄弟は、人だかりの中にいたある人物に目をつけて、というか目配せをして。

 保護者らしく、二人の後を追うのだった。

 

 

 

 メイ・チャンの示す方向は入り組んだ路地裏の奥の奥。ともすれば迷ってしまいそうな風景だが、別にそうなったら屋上にまで登ればいいだけのこと。そう思いながら進んだ先に──ソレはいた。

 

 ソレ。

 

「もう、しつこい! なんでおでの後ろ追いかけてくる!」

「参ったな、なんだぁグラトニー。ヘンなモン引き連れてきて……ってオイオイ、ホントにヘンなモンまでいるじゃねぇか」

 

 丸っこいのと、ほそっこいの。

 だが──蒼白な顔のメイ・チャンを見るに。そして溢れ出る異質感を思うに。

 

「敵か」

「敵じゃないってぇ。そっちんとこの所長とはケッコー付き合い長いんだぜ~? つーか、そっちのはあんま敵意向けんの止めてくんない? 勝手で悪いけどさ、嫌いなんだよねアンタのこと」

「──そうですか。では、ここぞという時ですので名前を出させていただきますが、レムノス・クラクトハイト所長の代理で軍法会議所爆発事件の調査に来ました。──犯人は貴方達ですね」

「あー、はいはい。正解正解。んじゃ、とっとと去ってくれる? 視界に入れたくないってこっちの気持ちわかってほしいんだけど──」

「今! 言ったな!!」

 

 ん、と。

 誰もがそちらに目を向ける。この場にそぐわない、というか聞きなれない声だったから。

 声の主は、それはもう走ってきましたと言わんばかりにぜぇぜぇと肩で息をして、そうでありながら叫んでいる。

 

「軍法会議所爆発事件の犯人──お前たちがそうか!」

「……えーと、なに? このおチビさん達は。ああいや待てよ、確か最近国家錬金術師になったガキ二人が金髪金眼で……あー、なんだっけ。なんか言われてたような」

「ここ、女の子、二人しかいない。しかも一人は美味しそうじゃない……」

「そう──そうそう! 確か、不確定要素の極致とかなんとかって」

「問答無用!!」

 

 問答無用だった。

 スライサー兄弟でさえ思わずため息を吐く程問答無用だった。

 凄まじい速度で錬成陣を描き終えた少年がその錬成陣に手を当てると、出るわ出るわ、何やら悪趣味な装飾の施された錬成物の数々。ここでその技量差にうむむ、となってしまうところがスライサー兄弟の勤勉なところであるが、それはさておいて。

 

「うわっ!? オイオイオイオイ、なんだってんだこんな街中で!」

「エンヴィー、おで、そろそろ行かないと~」

「いやそりゃこっちだって同じ……っと、ぐ!?」

 

 一突き。

 それと、足元の苦無。

 起きるは分解。それは既のことで避けられたようだが、こっちはそうは行かない。

 

「テ、メ……」

「ほう、首を突いても死なぬか」

 

 研ぎ澄まされた突きである、という自覚がある。

 スライサー兄弟は殺人鬼であった頃に比べ、格段に成長している。あの成り損ないたちとの修行は決して無駄ではなかったし、このキメラの肉体もそれに拍車をかけている。

 呼吸だ。

 弟が呼吸し、あるいは弟が緊急の回避を行う。刀のブレなどどうしようもない細かな所も修正してくれる弟の存在は、兄の剣筋をより際立たせる。

 無呼吸且つ無反動での太刀筋はアメストリスにおいて独自のものと言える程に昇華しており、さらには。

 

「兄者、簡単なのだが!」

「構わん!」

 

 刀身に冷気が走る。

 それが自らの首に伝わる前に、エンヴィーは自らの首を切り裂いてでもの回避行動を取った。

 

「っつー……おいおい、何度オイって言わせんだよ。アンタらの所長とは昔から懇意だっつってるだろー? そっちのワケわかんない二人組はともかく、そっちがこっちに攻撃してくる理由は」

「首を突かれても、切り裂かれても、治っタ……。まさか、貴方は、不老不死ですカ?」

「はい? こっちの話をまず聞けって……えー、だから、まぁ不老不死かもしれないけどさぁ、それがなんだって」

「つまりてめえぇら、クソ親父の!」

「アナタ達は、不老不死の法の!」

 

 息が揃う。

 これはどうしたものかとスライサー兄弟はとりあえずバックステップ。

 

「手掛かり!!」

 

 さて、この状況を整理するには。

 

 

*

 

 

 まず動いたのはエンヴィーとグラトニーだった。というか。

 

「ああうざったるい! 付き合ってられるか! 行くぞグラトニー、目立つのはこの際無視で、跳ぶぞ!」

「うん!」

 

 跳躍、と表現するには些か跳ねすぎている。

 だが実際に起きた事だ。彼らの目の前から二人は消え去る。

 

「だと思ってたぜぇ~! アル!」

「うん」

 

 瞬間網が広がった。

 悪魔のような笑みを上げて弟に合図を送るはエド。網へとかかり、糸のようなものが二人を縛る。

 

「ハッ、こんなもので縛れると思ってんの?」

 

 けれど、跳躍の勢いは糸を引き千切るほどのものだった。

 残念なことにアルフォンスの仕掛けた糸は振り解かれ。

 

「……よし、兄さん。上手く行ったみたい」

「ナイス! 流石だな、アル!」

 

 何かが上手く行ったらしかった。

 

 問いが上がる。

 

「あの、お二人ハ……?」

「ん? あぁ、最初に争ってた人達。……えーと、爆発事件の犯人を追ってた人達、で合ってるか?」

「あ、はイ。そうでス。ただ、あんなにも悍ましいものが犯人だとは思えなくテ」

「悍ましい?」

「感じませんでしたカ? 大勢の人間が凝縮されたような、その悲鳴を響かせ続けているかのような」

「あー……すまねぇが、全く。だが、アンタさっきなんか言ってたな。不老不死の法とかなんとか」

 

 盛り上がる三人。

 同好の士なのだろう。初めの一突き以外活躍の場の無かったスライサー兄弟と、一切手を出していないレティパーユは三人を眺める。

 眺めながら、こっちはこっちの話をする。

 

「レティパーユ。仮にあの二人がレムノス・クラクトハイトの旧知だったとして、私の行動は彼への裏切りになるか?」

「わかりません。ですが、はじめに言いつけておかない方が悪いのではないでしょうか」

「……クク、それもそうだ。飼い犬の首輪くらいつけておけ、という話だな」

 

 メイ・チャンと……金髪金眼の兄弟。ぶっちゃけレティパーユは知っている兄弟ではあるのだが、今はその頭部パーツを使っていないので知らないふりをしている。

 とかくその三人は、どうやら意気投合したようだった。

 父親を追っていて、不老不死の法を追っていて、見るからにさっきの二人、特にほそっこい方はホムンクルス確定で。

 

 そして。

 

「盛り上がっているところ悪いが、聞かせて欲しい。先ほどアレに何を仕掛けたのだ?」

「ア、そうでしタ! アルフォンスさん、どんな仕掛けを?」

「あはは、そう難しいことでもないんだけどね。クラクトハイトさんの論文を読んで、最近ようやく実現したトラップ、みたいな感じかな。ボクのはクラクトハイトさんの遅延錬成と原理は違うんだけど、同じ結果を引き起こせる。つまり」

 

 ぽひゅーん、なんて間抜けた音がして、何かが遠くの空に上がる。

 花火、にしてはショボいし、信号弾にしてもショボい。けど、何かが。

 

「込めた思念エネルギーが尽きない限り、ああやって位置を知らせる光を発し続ける……続けさせる錬金術」

「クラクトハイト少将のことはいまいち信用できねぇが、改めて研究日誌やら論文やらを見せてもらったら発見の連続だったんだ。ありゃ随分と次元の違うところにいるな。悪魔だの英雄だのと呼ばれてるのをようやく実感したぜ」

 

 光は止まらない。

 ぽひゅんぽひゅんと音を立てながら、西へ西へと移動しているようだった。

 

「思念エネルギーが尽きるのは三日から四日と想定している。それまでなら、何度だって追いつける」

「せっかく手に入れた手がかりだ。逃す理由は無え。っつーわけで、オレ達はもう行くけど、お前はどうする?」

 

 問われたのはメイ。

 彼女はレティパーユ達と兄弟を交互に見て。

 

「……ごめんなさイ! お世話になりましタ! と、ミユさんにもお伝えくださイ!」

「おっし行くかぁ!」

 

 と。

 

 走り去っていく。駆け去っていく。

 スライサー兄弟の、とりわけ兄の心情を敢えてここに載せるのならば──「せっかくできた同年代の友人だったのだがな」が最も正解に近いだろう。

 

「帰るぞ、レティパーユ」

「そうですね」

 

 やはりアンファミーユが正しいのだ。

 首を突っ込めば突っ込むほど芋づる式に厄介ごとに巻き込まれていく。

 

 けれどその繋がりが自らそれを断ち切ってくるのなら、それに身を任せればいい。それでようやく解放される。

 

「……不思議な感情を抱いています。表現方法を知りません」

「寂しさ、というものだ。あれだけ騒がしい娘がいなくなれば、そういう感情も去来しよう。それは人と人とが離別において感じるものであり、あるいは人間である証拠と呼べるものなのかもしれんな」

「人間である、証拠……」

 

 なんにせよ、爆発事件の真相究明は終わった。

 もう用事がない二人は外に出ているべきではない。どちらも出自が公にできるものではないから。

 

「追うかね?」

「……いえ。心の整理、というものをするのが最善手だと考えます」

「素晴らしい。では、戻るとしよう」

 

 己が無く、情緒だけが育った少女。

 人間でもキメラでもない人形。

 

 やはり己の形成は一朝一夕にはいかないものだと、スライサー兄は何故か親心で思うのであった。

 

 

 *

 

 

 一つ聞きたい、とマルコーさんが言うから立ち止まった。良い機会だから休憩にした山間で。

 

「クラクトハイト少将。君は……これからの国防について、どう考えている?」

「……君は本当に賢いんだねマルコー大佐。僕がこれからの侵略についてもう考えていると、考え終わっていると、そこまで推理したわけだ」

「侵略……やはり、そうなのか。アエルゴも、クレタも、ドラクマも」

「うん。侵略だよ。とってつけたような大義名分をとってつけたような言いがかりで繕った侵略。ただ、隣国でない他国にはあまりとっかかりというべきものがない。ならどうするか。それを聞きたいわけだ」

「う、うむ……その、出立から今日までの()()()を鑑みるに、恐らくそれは恐ろしいものであると……いう、気がしてならない、というか」

「うん、正解だよ」

 

 賢い。賢すぎると危ないアメストリスにおいて、よくもまぁこんなに賢く育ったものだ。

 見なよ、キンブリーは何も言わない。余計なことを言うと面倒な問答に巻き込まれるってわかってるからだ。彼は答えがわかり切っている問答をあまり好まないからね。結論すぐに出しちゃうタイプ。無論、必要な問答だと思えばとことん付き合ってくれるのが彼の美徳。

 

「まず、僕のやろうとしていることが何か、までは掴めたかな。あるいは今までやってきたことが何か、でもいい」

「……国土錬成陣だ。国家というものを錬成陣の土台に見立て、そこに陣を刻む……それを、五つ」

「五つとは、どこのこと?」

「まず、アメストリス。流血沙汰のあった事件は完全なる賢者の石の錬成陣を描いている。その後、同じ形のものをこの旅でアエルゴ、クレタ、ドラクマに施してきた……。一つと、一つと、二つ。計五つだ」

「ふむふむ」

「それで……その五つを用いて、巨大な賢者の石を作り出そうとしている……」

「というのが違う、と思っているからこその、あの切り出しだよね?」

「……ああ」

 

 そう。

 僕とお父様は、そんなところを目標にしていない。巨大な賢者の石を錬成するとか、いやもう十分でしょ。二億六千万あったら惑星の征服くらいワケないって。

 だから僕らがやろうとしているのは、もっと別の事だ。

 もっともっと規模の大きいことだ。

 

「これは例え話だから気軽に聞いてほしいんだけど、もし世界から、文字通りこの惑星からアメストリス以外が無くなったとしたら、どうなると思う?」

「……なにも困らない。アメストリスは他国からの輸入を行っていないし、輸出もまた同じだ。アメストリスはアメストリスという国だけで完結している。完結できるように設計されて来た……というように思う」

「そうだね。アメストリスはアメストリスという国だけで問題ない。他国は敵国と言い換えても全く問題がないし、それが無くなったら領土が増えるだけだ。恐ろしいことに、そこに人間の介在は全く必要がない。恐ろしいことだね。今この時よりこの惑星が更地になって、アメストリスだけ残ったとしても何も問題が無いんだ」

 

 無論、そんなことになったら災害だの水不足だので大変どころじゃないだろうけど。

 とかいう話はしていなくて。

 

「……それを、しようとしている、というのか?」

「だから例え話だって。気軽に聞いてよ、マルコー大佐。──僕はお父さんとお母さんを守りたいだけなんだよ」

「……しない、だろう」

「うん?」

「その願いと……他国を消し飛ばすことは、何も競合しない。両立できることだ」

「まぁ、それはそうだね」

「むしろ貴方のことだから、積極的にやるだろう。両親を守るために、未来で脅威となる可能性は全て潰す……そうだ、そうじゃないか。イシュヴァール戦役だって、隣国の侵略だって、貴方が裏切り者や内通者を許さないのだって……すべて、すべてか!? すべての行動原理が、今までの全てがそのためだけの」

 

 ドン、と大きな爆発音が鳴った。

 

「失礼。ハエがいたもので。思わず爆破してしまいました」

「そんなことのために賢者の石を使ったりしないでよ?」

「ええ、勿論。それではお話の続きをどうぞ」

 

 ああいうのわかりにくいツンデレっていうんだろうね。別にデレてもいないんだけど。

 ハエというか敵が近くにいたのも確かだろうけど、何の注意勧告もなく彼がコトを起こすはずがない。今のは「ヒートアップし過ぎですよ、マルコー大佐」という彼なりの忠告か。諫めるにしてもやり方はもっとあった気がするけど。ああいや、冷や水でもあったのかな。

 

 今更だろ、って。

 

「……アメストリスは、どうなる」

「はじめは賢者の石にする予定だった。五千万人。でもそんなの些末な数字になっちゃったから、違うことにつかうことにした」

「両親が、巻き込まれるぞ」

「勿論対策はしているさ。そしてそれが誰ぞかに裏切られ、泡沫の夢と消え、僕があの時ああしていれば、こうしていれば……となったとしても、それはそれで問題ない。お父さんとお母さんを守るためにやっていることだけど、お父さんとお母さんを守り切れるかどうかは問題じゃないんだ」

「自身が狂った、矛盾した言葉を吐いている自覚は、あるのか……?」

「守りたいことは守りたいよ。でも守り切れるかどうかは全く別の話でしょ。僕の思想と僕の能力の、それぞれの問題だ。両親が巻き込まれることを最大限に懸念するような人間だったら、こんな錬成陣刻みやめてとっととアメストリス乗っ取ってるよ。ブラッドレイ大総統に反旗を翻して、アルドクラウドを、というか二人を超絶優遇して籠の鳥にして」

 

 ただ残念ながら、そんなことのために僕は動いていないから。

 

 そして恐らく。

 ──あの二人が、僕に立ちふさがることになるのまで。

 

「そろそろ移動しましょう。追手が来ています」

「えぇ……。もしかしてクレタまで追ってくる気じゃないよね、あの女豹さん」

「早くしてください。アナタは味方殺しをしないことで有名な錬金術師、なのでしょう?」

 

 ああ。

 過去の発言が自分の首を絞めるってこういうことだよね、まったくさ。

 

「私は……」

 

 正義感と命令の間で板挟みになっている彼の心のケアは……まぁ、誰かがなんとかするでしょ。

 キンブリーに丸投げでもいいけど。





Tips:蓄積錬成。「込めた思念エネルギーが発散される前に錬成エネルギー自らが錬成陣を描き続けること」に費やし、ついでの余剰エネルギーで何かをする錬金術。レムノスとは違うアプローチの錬金術であると同時、似たような効果を発揮するとしても、錬成速度の遅いレムノスでは決して辿り着くことのできなかった錬金術。
(遅延錬成は「錬成速度が遅すぎて込めた思念エネルギーが発散されない」ことに由来するもの)
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