竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第七十五話 錬金術の応用「可塑性霧状樹脂錬成」

 それは驚くべきことではあった。

 だってエンヴィーとグラトニーは、互いが互いに高速で移動している。目的地が違うから国を出たら別れる予定──つまり今は一緒であるものの、グラトニーは跳躍で、エンヴィーは鹿に変身して走り続けているのだ。

 

 だというのに。

 

「クッソ、なんなんだぁアイツら! ずっとずっと追っかけて来やがって……! 人柱候補じゃなけりゃ殺しちまってもいいってのに!」

「ねぇエンヴィ~。あっちの女の子は食べちゃダメなの~?」

「良いとは思うが、ちょいとクサいんだよ」

「良い匂いだと思うけどなぁ。おでもう疲れたよ~」

 

 追いかけてきている。追いかけられる要素となっていたのだろう錬成陣が刻まれていた部位は切り離したというのに、まだ。

 金髪の兄弟と、黒髪の少女。

 前者は人柱候補且つ何か誰かに「気を付けてね」とか言われていた存在。

 そして後者は。

 

「……局地ナントカ錬成。あの技、明らかにアイツの」

 

 それはイシュヴァール戦役の中頃にまでさかのぼる。敵に襲われ、部下を失い、一人で敵を殺した――まだ少年だった彼が使っていた錬金術。

 土地を殺す。当時は軽く聞き流していた内容も、もう少し詳しく聞いておくべきだったと後悔する。

 エンヴィーは決してレムノス・クラクトハイトという少年――今や青年となった彼に気を許してなどいない。アレはアレ自身の言う通り、自身と、自身が守ると定めたモノ以外眼中にない。

 眼中にないというか。

 命として勘定していない、というか。

 

 土地殺し。またラストが見たという錬成物や錬成生物の追跡。そして遠目ながら見た、ドラクマで行っていた爆発的なエネルギーの流れ。

 多分、それだけではない。隠し玉も奥の手もアレは全く切っていない。

 

 だから、対策が必要だ。

 エンヴィーは慢心の塊であるように見えて、その実対象のリサーチを欠かさないタイプである。人間に成り代わる時はちゃんと口調も真似るし仕草やら何やらまで似せる。その場で変身する場合や適当なの見繕って成る場合はその限りではないけれど、基本は調べる。

 それが脅威となれば尚更だ。脅威と思わない限り調べはしないけれど、脅威だと認識したのなら対策くらいは講じておく。

 

 アレを殺す。あの秘密主義者を殺す術。

 それがあの、というか今追いかけてきている少女に繋がる――気がしてならない。

 

「エン、」

「あん? どうしたグラトニー……グラトニー?」

 

 思案に耽っていたことは悪手だったかもしれない。

 いない。今さっきまで喋っていたグラトニーが、エンヴィーの横から忽然と姿を消していた。一瞬過るのは腹の減り過ぎでその少女を食べに行った説だが、違うと頭を振るう。それならそうとグラトニーはちゃんと言うし、もし彼がそこまで空腹であるならばもう戦闘は起きていておかしくない。

 上に跳躍するから彼の移動速度は遅いけれど、横に跳躍したのならそこそこの速度を出せるからだ。勿論スロウスには遠く及ばないが。

 ……あとなぜかラースにも及ばないが。

 

「知っていますよ、と。そういうべきなのでしょうね」

 

 声。

 ――凛とした女性の声だ。知らない人間の声。 

 グラトニーの事を考えて後ろを振り向いていたエンヴィーは、状況整理を邪魔されてイラつきながら前を見る。

 

 そこに、黒い巨壁があった。

 

 

「!?」

 

 

 意識の空白。

 ぶっ飛ばされた――のだろう。全身が文字通りぐしゃぐしゃになっていて、すぐさま再生が始まる。誰に。何に。考えをまとめる前に、今度は上から黒が来た。

 

「あなたがレミーに接触していたことを知っています。あなたのことは全く知りませんが、幼いあの子に賢者の石を渡したのがあなただということも知っています」

 

 鹿ではダメだ。急制動が利かない。一度ヒトガタに戻って。

 潰される。

 

「でも、あの子の意思はあの子自身のもの。あなたに何かを吹き込まれたからあの子がああなったわけではないことも理解しています」

 

 核である賢者の石こそ潰れはしないが、その他の血肉はすべてがぐしゃぐしゃになる。ぐしゃぐしゃだ。ぺちゃんこだ。巨大質量の平面によって、肉も骨も皮も何もかもが潰される。

 

「ですからこれはただの八つ当たりです。……別に、あまりにも早すぎた親離れに怒っているとかではありませんよ」

 

 獣型でも人型でも無理だ。この巨大さを前には。

 ならば、こちらも巨大になればいい。形振り構っていられるほどの余裕がない。それくらい執念深くエンヴィーを殺しに来ている。

 

 だから、彼が本来の姿を晒せば。

 

「大きくなるのなら、(おお)きくしましょう。――故に私は大槌の錬金術師。あなた程度の巨大は、私の極大を越えられません」

 

 空が、黒く。

 

 

*

 

 

 勿論グラトニーは迷子になったとかではない。

 彼も彼で戦っていた。何かよくわからないものと。

 

「んー……もう、なぁにぃ? なんなの~?」

 

 粘性のある液体。

 違う世界では玩具としてか、あるいは最弱のモンスターとして知られるソレ──スライム。どちらかというと前者に近いそれが、四方八方から噴霧されている。だからグラトニーは動き難いし、目や口に入ると弱い痛みを発するしで散々だ。

 跳躍をしても、それらは引っ付いてくる。一度引っ付いたら離れず、グラトニーが暴れれば暴れるほど、もがけばもがく程そのふわふわしたものは纏わりつく。

 

 そうして気付くことだろう。

 

 いつの間にか身体の動きが鈍くなって行っていることに。

 グラトニーの体に纏わりついていたふわふわしたものは、次第にその色を変え、白と灰色の中間色となり、彼の身体を固めて行く。

 蒸気と煙。それは石化ではないし、彼の兄弟の硬化とも違う。

 あるいは術者の息子がドラクマで使用していたもの──の、霧化液体。

 

 勿論これだけでグラトニーを完全に止めることなんてできないけれど、足止めには十分な効果があった。

 後ろの少年少女が追いつくまでの……追いつく前に、大人と話すだけの時間が。

 

 

*

 

 

 西へ西へと向かい行くグラトニー達を追って来た彼ら。セントラルを抜けウェストシティにまで足を運ぶハメになった三人は、鬱蒼と茂る森に細心の注意を払って進もうとして。

 

「そこの君達、こんな時間になんでこんなところに?」

 

 止められた。

 すぐさま兄弟が銀時計を見せるも、止めた者は動じない。アメストリス軍の軍服を着たその男性は、それにあまりにも見慣れていたから。

 

「国家錬金術師か。それで、なんでこんなところに?」

「え、いやだから、これで納得してくれよオッサン! 今それどころじゃねぇんだ!」

「ボクたち、凶悪犯を追っているんです。二人組で、その二人がこの森に入った、っていう情報を聞いて」

「それなら問題はないぞ、子供達」

「問題ない、って何を」

 

 大きな音が響く。

 そして、三人の立っている場所からでも見えるだろう──巨大な、巨大な、あまりに巨大な黒い金属塊が。

 

「ここはアルドクラウド。アルドクラウドの森。大槌の錬金術師、セティス・クラクトハイトの縄張りだ。むしろ下手に入る方が危ないってもんだぜ」

「クラクト……」

「……ハイト?」

「ア、先日まで私、レムノス・クラクトハイトさんの住む研究所でお世話になっていましタ!」

「お、本当か? なんだ、レミーの奴。ちゃんと友達……って歳でもないか。つか結婚したわけだし。……アイツ、本当に挙式開かないつもりなのかなぁ」

 

 いきなり落ち込みだした男性。先程までの頑固そうなミステリアスっぽそうな雰囲気はどこへやら、目の前にいるのはただの父親だった。

 だから。

 

「アンタ、その言いぶり……もしかしてクラクトハイト少将の身内か?」

「ん、ああ、そうだ。俺はアガート・クラクトハイト。軍での階位は曹長になる」

「クラクトハイトさんのお父さん……」

「って、そうではなくテ! やはり通してくださイ! せっかく見つけた手掛かりなんでス!」

「だとしてもこの森に入るのはおすすめしない。アイツの、レミーの罠が嫌というほど仕込まれている。正規でない道を通れば錬成地雷で身体が飛ぶぞ」

 

 飛ぶ、というのは。

 空へではなく──持っていかれる、と。

 

 何て凶悪なモン自国内にばら撒いてやがる、とはエドワードの胸中。

 

「それと、俺と、セティスのもな。セティスは罠張るより自分が、って感じだから今暴れまわってるだろうけど、俺やレミーは罠を張ってどうにかするタイプでさ。大丈夫、と言われても何が大丈夫なのか分からんとは思うが、大丈夫だからこっちの正規の道を通って森に入ってくれ。俺も子供が死ぬのを目の前で見たくはない」

 

 レムノス・クラクトハイトの罠がたくさんある森。

 確かに──入ることを躊躇させるに十分な言葉。けれど、三人の目的だってそれに対抗し得る。

 

「……参ったな。どうしてこう、幼くして錬金術師になる奴はみんな頭が固いんだ。……あー、じゃあ、とりあえずウチに来い。俺の家からなら森内部への安全な経路がいくつかある。そしてセティスの戦っている奴以外にもう一人いるってんなら、ソイツが捕まってる可能性は高い」

「……メイ、どうだ?」

「はイ。……一体、身体の大きい方が先ほどから動いてませン。……そしてこの方の言葉は本当でス。森の、地面だけでなくあらゆるところに錬成物がありまス。いエ、まるでこの森そのものが流れを……明らかに人為的な……」

 

 ズン、とまた大きな音が響く。

 追うにせよ諦めるにせよ──諦める気はさらさらないが──ここはアガートに従う方が良さそうだと兄弟は判断した。

 あくまでアレは手掛かりだし、見た目は覚えた。アルフォンスの蓄積錬成は途中で外されてしまったが、その気配を追うことのできるメイが今は一緒にいる。

 逃げる兆候があったら彼女が気付くだろう、と。

 

 ――なお、これは兄弟の慢心ではなく、彼らがまだ錬丹術という単語を耳にしていないが故の勘違いであり、且つこの森があまりにも流れを読みづらい魔境と化しているのが原因であって。

 

 

「すみません、逃がしました。……二百は潰したのですが、尚も生き返るとは。侮りがたし、です」

 

 というのも。

 

「えー? おで、そんなこと聞かれてもわかんないよぉ~。ねぇもういいなら行かせて~。ここ食べられない人ばっかりでつまんない~」

 

 という、話の通じない方を捕らえてしまったのも、メイ・チャンに責任はない、ということを明記しておく。

 

 ――なぜグラトニーがアガートを食べなかったかといえば、それは簡単。

 彼はちゃんと覚えていたのだ。レムノスに言われた、レムノスの匂いが強く付着した人間は食べてはいけない、という約束を。

 

 

*

 

 

「……クラクトハイト少将。君の言う、もっと大きいことを……私なりに考えてみた」

「うん? ああ、考察? いいけど自分の首絞めない? それ」

「よせばよいものを、という目を向けておきましょう」

 

 全ての錬成陣が刻み終わり、且つブリッグズ兵から逃げきっての北部。

 ここから一度セントラルへ行ってマルコー大佐を中央に返却、後にキンブリーとクセルクセスまで大行脚。セントラルでお父様に進捗具合も聞きたいところだし、僕の留守中の第五研究所がどうなっているかも気になる。

 アンファミーユとレティパーユが死んでいなければ上々だ。()()()()()だからね。……なんて含みを持たせてみたりして。

 

「外国を賢者の石にする気はない、というのは、わかった。つまり賢者の石は何かをするための通過点に過ぎず、到達点ではないと……」

「おお、うん。そうだね。賢者の石なんかいくらでも作れちゃうんだから、あんなの到達点じゃないよ」

「世界……か?」

「へぇ」

 

 思わず出て来そうになった賢石を抑える。

 食指が動いた、に近い感覚なのかな。――このままだと、彼はいずれ答えに辿り着く。辿り着かれたところで止められるものではないけど、それをエルリック兄弟やヴァン・ホーエンハイムなんかに共有されると面倒だ。

 

 これは抱き込むべきかな。 

 何か大事なものでも作らせて、情を湧かせて、それを人質にして。

 

「世界。大きく出たね。世界。世界か。世界とはなんだろう、マルコー大佐」

「……世界とは、ここにあるすべて。そしてあれらすべてが世界だ」

 

 マルコーさんは、地面を指さして、次に空を指さした。

 キラキラと輝く星々の美しい夜空を。

 

「じゃあ、その方法はなんだろう。仮にそうだとして、僕らが刻んできた錬成陣にはどんな意味があっただろう」

「それまでは……わからない。何か欠落している法則がある。私の知らない、全く知らない法則が。だ、だが意味なら分かる。全は一なりて、一は全なりや……そうだろう」

「そうだね。じゃあヒントをあげよう。ほら」

 

 地面に描くは、ただの円。正円ですらないソレ。……まだ描くの苦手とか、いやいやもう何年経ってると思って。

 

「……円が、ヒントか」

「そう、円だ。錬金術の基礎中の基礎であり、あらゆる錬金術に欠かせないもの。これ以上はもう答えないから、質問しないでね」

「ああ……わかった」

 

 さーって、久しぶりのセントラルだ。

 三国を一か月ごとに帰る予定だった小旅行を一か月で全部を終わらせて帰るとかいう偉業オブ偉業。

 

 そろそろアメストリスは僕の国防への熱心さを褒めてくれていい頃合いだと思うんだよね。まぁ昇進はお断りだしお給料も十分貰ってるんだけど。

 

「キンブリー」

「なんでしょうか」

「一応聞いておきたいんだけど、成るなら正義と悪、どっちがいい?」

「どちらでも。お好きにお使いください。私が従うかは別ですが」

「了解」

 

 さてさてさてさて。

 本当にそろそろ大詰めだ。あとは不確定要素の極致たちがどう動くか、だね。

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