竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第七十九話 錬金術の応用「反響定位」

 険悪な空気──だった。

 どうにも慣れないその空気に、買い出しに行ってくる、という言葉さえも吐けずにいる。

 アガート・クラクトハイト。レムノス・クラクトハイトの父親であり、国家資格こそ持たないものの、流体を操る錬金術を得意とする錬金術師兼国軍曹長。彼は悲しいことだとか、悪い空気だとかが苦手で、だから目の前でバチバチに睨みを利かせ合っている複数人をそっと離れて見守るしかない。

 あそこに入っていく勇気はない──それが答え。

 

 重い空気の中、口を開いたのはセティス。

 

「マクドゥーガルさん。あなたがレミーの助言を受けてこの森に来た、ということは理解しました。元ではありますが、同じ国家錬金術師として同僚を救いたい、という気持ちも。ですが」

 

 ですが。

 

「認められません。確かに私達はあの()()()を監視しています。グラトニーと呼ばれる個体がホムンクルスであることも知っています。ですが、"グラトニーを暴走させてその固有能力を使わせ、あの化け物に食べられる"という手法は──私達、そしてこの子供達へも被害を齎すものです」

「……そうだな。最悪、全員死ぬ。だが行かなけりゃアームストロング達は絶対に死ぬ。大槌の錬金術師。グラトニーが監視下にあるっていうんなら、どこかひと気のない場所へ移送できたりはしないのか」

「難しいですね。グラトニーなる化け物には言葉がほとんど通じませんから。ですが──()()()()()ことならできます」

 

 ぶほっと噴き出す音。

 それは二人の大人、二人の歴戦の国家錬金術師の間で縮こまっていた子供三人組だ。

 なんでも父親や不老不死の法とやらの手掛かりがあの化け物グラトニーに眠っているらしく、昼夜問わずそれについての観察と議論を重ねていた。

 人体についてならばアガートにも心得があるし、セティスも伊達に国家錬金術師を続けているわけではない。

 この一か月間は「グラトニー」を理解するための一か月間だった。

 そこにやってきたのが、元国軍少佐、元国家錬金術師のアイザック・マクドゥーガル。

 

 暴走と固有能力についてを聞かされた時は、流石のアガートも蒼白になったものだ。

 よく今まで暴走していなかったな、と。

 単純に聞かされただけで信頼するほど人の好いアガートではないけれど、流石に息子の字でそれが書かれていたら納得もする。

 幼くしてアガートの数歩……いや、数万歩先を行っていた彼ならば、それくらいは知っていておかしくないと。

 

「ぶっ飛ばすって、っとにセティスさんはなんつーか見た目と口調にそぐわず脳筋っつーか」

「ちょっと兄さん、今真面目な空気だよ! あと失礼だよ!」

「事実だから大丈夫だろう。大槌の錬金術師といえば、"巨大で重くて硬いものが降って来たとして、それに対応できる人間がどれほどいますか?"なんて言葉を資格試験の試験官に言い放ったことでも有名だ」

「……また古い話を。水が無ければ何もできない錬金術師のクセに」

「最近はそうでもなくなったんでな。俺は日々成長してるんだよ、大槌の錬金術師」

 

 少しだけ。

 少しだけ、嫉妬心が湧いたことを自覚するアガート。

 どうやら二人は旧知らしいのだ。いや、同じ国家錬金術師だから、セントラルなんかで邂逅していても不思議ではないが、その出会いはアガートに知らされていない。だから、チクりと。

 そんな彼にセティスが振り向く。ぐりん、と振り向く。そしてにっこりと笑った。

 アガートには聞こえた。「何を今更邪推しているのですか?」と。その通りだ。付き合いたてのカップルでもあるまいに、何を今更。

 

「私は承知しました。グラトニーの中に入り、豪腕の錬金術師及びマース・ヒューズ中佐を救助するという考え──彼らの行方不明になった時期からひと月が過ぎようとしている今、無駄足となる可能性は極めて高いということは勿論承知済みでしょうから、そこへの文句は言いません。よって私が手助けをするのは、グラトニーをひと気のない場所へ吹き飛ばすことまで。それ以上はあなたがやってください」

「恩に着る」

「ですが、もう一つ。この子たちも納得させてください。あの化け物を調べ果てていたのはどちらかというとこの子たちですので」

 

 とりあえず険悪な空気は払拭された。

 あとは、アイザック・マクドゥーガルを未だ睨んでいる少年少女たちをどうするか、である。

 

「いいよ」

 

 目を向けられた少年──エドワード・エルリックは、即答で許可を出した。

 意外、という視線が集まる。アガートもセティスもマクドゥーガルも、そして少女メイ・チャンも驚きの表情でエドワードを見た。

 

「んだよ、その目。どう考えたって……人命の方が優先だろ。それに、そのヒューズ中佐ってのはオレ達が世話んなってる東部の大佐殿の友人みたいだしな。たとえその暴走とやらでアイツをもう調べることができなくなったとしても、そりゃこの一か月間でオレ達がアプローチを失敗し続けたってだけだ。研究が終わってりゃこんな議論するまでもなかったんだ」

「そう……だね。うん。ボクも構いません。もし、アレの中に人がいて、今もなお生きている可能性があるのなら、助けてあげたい。父さんを見つけて母さんの所に連れ帰った時、自分たちのために軍人さんを見殺しにしました、なんて報告はできないし」

「あぁ、確かにな。母さんに顔向けできねぇことはしたくねぇ」

 

 眩しい笑みを見せる兄弟に、アガートは思わず涙が出そうになった。今日をエルリック兄弟成長記念日と名付けたいくらいだった。

 その眩しさにやられているのはマクドゥーガルも同じなようで、若干の渋い表情で気まずそうに彼らを見ている。

 

「わ──私は反対でス!!」

「メイ?」

「なんだメイ、お前だって人命優先のタチだろ?」

「勿論その飲み込まれた、というお二方は助けたいと思いまス。ですガ、危険度が釣り合ってませン。マクドゥーガルさン。その暴走というのハ、どのようにしたら止まるのですカ? 飲み込まれ、異空間に飛ばされるとの話でしたガ、全身が飲み込まれるという保証ハ? 範囲や射程ハ? そして、そこから出る為という陣の信頼性ハ?」

 

 捲し立てるメイ・チャンに、アガートも頷きを返す。

 そう、リスクヘッジで言えば、暴走なんて危険な状態としか思えないことはさせない方が良い。どれほど心情が苦しくとも、割り切るのが軍人だ。元軍人を含めて軍属がこれほどいる空間で、唯一の旅行者がそれを説いているのがこれまた心苦しい限りだが、どう考えたってリスクの方が大きい。

 

「この際不老不死の法の手掛かりは構いませン。そこに拘るほど子供じゃないですシ、もう一体いましたかラそっちに聞き出しまス。ただ私は」

「俺を心配してくれている、ってわけだな、嬢ちゃん」

「……それだけではなく、ここにいる全員を、あるいはアルドクラウドの皆さんを、でス。いえ、アメストリスの皆さんを、でも構いませン。ひと気の無い場所に飛ばすと仰っていましたが、飛ばし得る距離にも限界がありまス。そこに誰かがいる可能性は全くないト本当に言えますカ? それに、あの跳躍力を暴走したまま発揮して、街を襲いに行かないと言い切れますカ? 常日頃から"人間を食べたい"なんて言ってる相手を、どうして信頼できるんですカ」

 

 正論である。

 コトはここにいる六人だけの話ではないのだ。ホムンクルスなるものが少なくとも二人、ネーミングからして七人くらいはいることが確実であり、それらが連絡手段を持っていないとは限らない。グラトニーを暴走させた瞬間、逃げた方が復讐に来る可能性もある。

 だから、色々加味して。

 

「それでも、行かなきゃああいつらの死は確定する。だから、そうだな。俺があいつら引っ張って出てくるまでの間の時間稼ぎとして、暴走したグラトニーを抑え込む役割を大槌達に頼みたい」

「……その危険性がわかっていての頼みですか、氷結」

「ああ。子供にまで戦闘に参加しろ、なんていうつもりはないが、アンタならできるだろ」

「いや、そういう話ならオレ達も戦うさ。国家資格持ってんのはおっさんたちだけじゃねーからな」

「はい! ボクらも時間稼ぎ手伝います!」

 

 正直アガートはメイ寄りの考え方である。

 危険すぎる。死が近すぎる。軍人であり、クレタとの国境戦にも出たことのあるアガートだが、それでもまだ死は怖い。当然に怖い。

 

 それを、ああ、なんたる蛮勇か。 

 勇ましいけれど、どこか破滅的な。

 

「……すみませン。私は、協力できませン。……私は」

「俺もやめておく。弱いからな! ただ、頼むから誰も死なないでくれ。怪我したら手当くらいはしてやるから、頼むよ、みんな」

「ぁ……わ、私も、治療はできまス。それだけなら」

 

 強い子供達だ。

 どうしてこう……、と自身の息子に重ねてしまうアガート。

 

「それで、どのようにして彼を暴走させるのかはわかっているのですか?」

「ああ、それはクラクトハイト……レムノス少将から聞いている。奴の前でそれを呟けば、暴走は始まると」

「……クラクトハイト少将は、どこまで知ってんだか」

 

 それはそうだった。

 知らなければ助言もできない。ならばレミーは、ホムンクルスについてを。

 

 けれど、アガートは頭を振るう。

 疑いなど向ける気は無い。最愛の息子に向けるのは、心からの愛情だけだ。

 

「最後に──もう一つ頼みがある」

「頼み、ですか」

「ああ。これもレムノス少将から聞いた話だが、クラクトハイト家に賢者の石は存在するか?」

 

 走った緊張はアガート達だけではない。 

 兄弟も硬い顔をする。

 

「……ある」

「それが欲しい。この陣を用いて異空間より飛び出すには、賢者の石が必要だと聞いた。……錬金術師にとっての価値は理解している。タダで、というつもりはない。俺に差し出せるものであるのならば、なんでも」

「……いや。ここで俺がなんか取り立てたら、それこそ悪者だろ……。いいよ、持っていけよ。元々レミーから貰ったものだ。それを使う機会には恵まれなかった。なら、今がその機会なんだろう」

「賢者の石……本当に」

「ちょっと待ってな、取ってくるから」

 

 アガートは自室へ戻る。

 賢者の石。

 結局研究はしきれなかった。何でできているか全くわからなかったあの赤い石。それのついた指輪を。

 

「セティス、嫉妬するなよ」

「していませんが。ただ、そういえばジュエリーショップなど久しく行っていませんね、と思っただけです」

「だってお前作れるだろ……」

 

 指輪を渡す。

 しっかりと握りしめたマクドゥーガルは、それを一瞬見つめて。

 

「すまん、時間が惜しい。すぐにでも行きたい。大槌の錬金術師、頼めるか」

「いいでしょう。こちらです、ついてきてください」

 

 果たして。

 

 

 

 全ての準備が整った。

 それは、だから、既にセティスはグラトニーをぶっ飛ばしていて、誰もいない荒野──岩石の露出したところに、さらに氷結の錬金術で足止めをして。「もう、なに~?」なんて言ってるグラトニーの前で、アイザック・マクドゥーガルが口を開く。

 

「ラストを殺した。──この意味がわかるか、人造人間(ホムンクルス)

「え?」

「次はお前で、その次はエンヴィーだ、と言ってい、」

 

 る、までが紡がれることは無かった。

 

 消失したからだ。

 アイザック・マクドゥーガルの姿が。いや、その背後の岩石までもが、回転楕円体型にざっくりと。

 

 そして──オオオオオオオオオ! と、化け物が産声を上げる。

 

 

*

 

 

 気付けば血の海にいた。

 アイザックは目を開いて、聞いていた情報との整合性を取る。

 

 血の海。地面も血の塊。水平方向及び垂直方向──つまり全方向に限りのない文字通りの異空間。

 それが疑似・真理の扉なる場所だと。

 

 酷い悪臭だ。これほどの血液があるのなら致し方ないだろう。

 一枚の紙を血の海に落とすアイザック。瞬間、その紙から氷結が──血液が凍り付いていく。

 

「これで歩きやすくはなったか」

 

 流石に自身の氷で滑るようなヘマはしない。

 

 さて、と。

 アイザックは周囲を見渡す。

 なんとも、一面の赤。そして黒。

 

「アームストロング! マース・ヒューズ!」

 

 声の反響はない。返事もない。

 彼らが飲み込まれたのがちょうどひと月くらい前だ。餓死寸前で気を失っている可能性も大いにある。

 

 あとは運の勝負だ。

 広大なこの血の海で、二人を探し当てる──アイザック・マクドゥーガルという男にそれだけの運があるかどうか。

 

 勿論足で探して回るような真似はしない。

 考えがあって来たのだ。だからアイザックは、自身の立っている氷に錬成陣を描き始める。

 思念エネルギーを送れば発動するソレは、自らの代名詞たる氷結の錬金術。アイザックの足元を中心に広く広く広がっていく氷。急激に冷えた世界で白い息を吐くアイザックは、尚も思念エネルギーを込め続ける。

 広く、薄く、そして恐ろしいほど平坦に。

 

 ある程度まで広がったあたりで、血液から鉄球を錬成。それを手あたり次第に転がしていく。

 胡坐をかいて座り、錬成陣を維持し続けながら、時折鉄球を飛ばす作業。

 

 集中する。

 無限に広がる世界であるというのなら、この鉄球が跳ね返ったり帰ってきたりすることはない。

 けれどどこかに凹凸があるのなら、そこに何かがあるという確信はできる。それが人であるかどうかはまた別の話だが、闇雲に探し続けるよりはマシだ。

 

 血の海は案外浅い。人一人……特にアームストロングのような大男が横たわっていれば、確実に水面より上に身体が露出する。

 

 ──こっちか。

 

 一つ、鉄球があらぬ方向に走っているのが見えた。アイザックのもとに帰って来たわけではないものの、何かにぶつかったことは確実だ。

 だからそちらへ向かう。

 果たしてそれは──グラトニーを吹き飛ばした地にあった岩石の一つ。

 

 アイザックはその岩石を根元から分解し、平坦な氷へと錬成し直す。そうしてもう一度同じことをする。

 また見つけたら、そちらへ。時折鉄球同士がぶつかって角度が変わっている場合もあって、辿り着いた先に何もない、ということもある。そういう時は鉄球の速度から大体の距離を計算して、そこからもう一度このアナログな反響定位を行う。

 

 そうして。

 そうして。

 そうして。

 そうして。

 

 そうして──。

 

 火を、見つけた。

 

「アームストロングか!? あるいはマース・ヒューズか!」

 

 声を出す。張る。

 すると火が揺れて……誰かが近づいてくるのがわかった。まだ歩ける元気がある。携帯食料でも持っていたか。水は血液でどうにかなるだろうが、食料は。

 

「……アームストロング、か?」

「アンタは……誰だ。ははは、ついに幻覚か、こりゃ、ヤキが」

 

 見えたのはアームストロングだった。

 けれど、喋ったのは知らない声。恐らくマース・ヒューズ。

 

 近づけば、わかる。

 アームストロングには。

 

 

 両脚が。

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