竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第八十二話 錬金術の計画「記号(2)」
お父様の部屋。
ここへはホムンクルス達も入って来られない。そういう場所を作ったのだ。プライドさえ入ることのできない密閉空間で、二人。
テーブルを挟んで広げた地図を眺める。
「見事なものだ。これほど綺麗な陣を敷き、自己流のアレンジも加え……そして、己が願いも叶えんとしている。感服するよ、レムノス。わたしにはできないことだった。わたしに若さを取り戻し、熱を思い出させてくれたことに礼を言う」
「素直に受け取るよ、お父様。けれど、僕の想像力ではあれほどのリビンゴイドを用意するのは無理だった。そしてお父様がすべての下地を作ってくれていたからコレが使えるんだ」
鍵となるのは錬成陣。
約束の日。
不確定要素はホーエンハイム。どこまで気付き、どこまで仕込んでいるのか。どうやらリゼンブールに戻ってエドワード達に秘密を共有したみたいだから、天才が加わったってことでもある。そうでなくともマスタング大佐、マクドゥーガル、そして最近心身ともに復帰を果たしたマース・ヒューズがあちら側にいるのだから──大枠は気づかれても仕方がない。
コト、と。
お父様が地図上にクイーンの駒を置いた。
「これから計画は最終段階へ入る。再三になるし、最後に聞くが……本当に永遠の命は要らないのかね」
「うん。僕はこれでいいよ」
「そうか……」
「僕がいなくなるのは、寂しい?」
「どうなのだろうな。わたしに寂しいという感情が残っているのかどうかは果たして微妙なところだが、わたしがこうして変わるきっかけとなったおまえがいなくなるというのは、勿体ないと感じるわたしがいるのだ」
定命故、ではない。
この先に起こることで、僕は必ず命を狙われる。だから、と。
次にキングの駒が置かれる。あ、大総統は関係ないよ。
「約束は守ろう。おまえの両親を
「ありがとう、お父様。だから僕も約束を果たすよ。あなたの知りたい全てを識る術を渡す」
僕はビショップを置く。
「そういえば、人柱はどんな感じ?」
「イズミ・カーティス。アイザック・マクドゥーガル。ドラクマの捕虜二人。……あと一人だ」
「ああ、マクドゥーガルはやっぱり見てたんだ」
「人体を人体に錬成し直す錬成陣、だったか。当然、賢者の石という通行料を払っている以上、術者は真理を見る権利がある。何かを察して隠しているようだが、わたしの目は誤魔化せん」
「それで、あと一人か」
お父様がポーンを四個置く。
あと一人。
「ホーエンハイムが使えたら良かったんだけどね」
「奴には別の役割があるからなぁ……お前の所のキメラやリビンゴイドはどうなのだ?」
「あー。どうなんだろう。賢者の石一個分しか持ってないから、通行料として核持ってかれて終わりな気がするんだよね」
「ふむ……」
「候補としては、やっぱりマスタング大佐かな。マース・ヒューズかリザ・ホークアイが目の前で死ねば、人体錬成を行うんじゃないかな。──周囲に人体錬成で失敗した人間がいない、っていうのがポイント高い」
「アレはどうなのだ? ほら、グラトニーの腹から出て来た」
「ああ、アームストロング中佐は無理だよ。優しい人だけど、『人間を生き返らせること』への禁忌を強く覚えている人だから」
「むぅ。アメストリスの倫理観を育て過ぎたか」
「あー、軍人じゃなくていいなら、ハンベルガング家のジュドウって錬金術師が扉を開けてたはず」
「……聞かぬ名だな。はぁ、アレらはロクな調査すらできぬのか。候補ではなく確定人柱など、目をつけていて当然だろうに……」
ピン、と。
ルークを指で飛ばすお父様。
「けど、ごめん。ハンベルガング家が今どこにあるかわかんないんだよね」
「構わん。プライドに探させる。『約束の日』までまだ時間がある。……無理とは言わんだろう、奴も」
僕がホムンクルス達に嫌われている理由はこれに尽きる。
ちょっと気に入られ過ぎたね。お父様が欲する情報を僕が持ちすぎていたというか。
「一応それで五人、か」
「うん。ただ、保険にもう一人欲しいとは思ってる」
「奇遇、でもないか。研究者なら同じことを思うのだろう」
「正直扉を開かせるだけなら誰でも良いんだけど、帰ってこられるかどうかは別の話だよねぇ。一応候補に挙げてるのはティム・マルコー大佐とか」
「そうだな。真理を見て、思い上がりを抱き、全身を持っていかれる錬金術師など珍しくはない。ティム・マルコー、というのは、聞いた覚えのある名だな」
「ただ、残念ながら彼には大切な人とか物が存在しない。悲劇が無いとダメだよねぇ」
「うーむ」
そういう意味で、アンファミーユもダメなのだ。
彼女はオズワルドが死のうが僕が死のうが人体錬成はやらない。スライサー兄弟なんかもっての外。
自分より大切な人がいて、その人の為ならなんでも捧げられる、って精神性の錬金術師がいないと難しい。
そうなってくるとやっぱり。
「マスタング大佐がイチオシかな。他者への依存心が高くて、天才で、かなり献身的だし復讐者になりやすい。逸材と言って差し支えない。そして彼には大切にしている部下や友達がたくさんいる」
「頼めるかね?」
「任せて、って言いたいんだけど、僕今喧嘩中でさ。たとえば彼の部下を僕が殺したとして、僕へ怒りが向くことはあっても人体錬成に、とはならないと思うんだよ。殺す係は誰かがやって、僕が諭す感じで行くのがベストかなって」
「しかし喧嘩中なのだろう?」
「……うん」
予備だから、要らないと言えば要らないんだけど。
でもスペア無しで一発勝負の研究するとか、ねぇ?
「ドラクマの捕虜で使える者を探すか」
「うん、まぁそれが一番楽ではあるかな。キンブリーに殺さないで連れてきてっていえばいいだけだし。でもそれは運頼みになっちゃうから、こっちはこっちでマスタング大佐との仲をどうにか修復してみるよ。お父様はハンベルガング家のジュドウって錬金術師の捜索をお願いね。探すのはプライドだけど」
「うむ。……それで、エンヴィーの行方は依然わからないのかね」
「本気でわからないんだよね。戦った人の言動からして死んではいないっぽいんだけど、今何してるのやら」
「むぅ。……嫉妬も強欲も、我が強くていかんな」
「おかげでラストが忙しそうで可哀想」
「怠惰も……まだ円を完成させていないようだ。はぁ、どうしてこう……」
「最悪僕が繋げるよ。まぁまだ時間あるからさ。どの道穴掘り終わったってスロウスにやらせることないでしょ」
「……確かにそれはそうだな」
スロウスに細かいこととかできないし。
でもほんと、エンヴィーはどこ行ったんだろ。
「あ、そうだお父様。これ外国滅ぼしてきたときの賢者の石。ざっと一億七千万くらいあるよ」
「ありがたいが、おまえだってこれから重労働なのだ。少しは持っておけ」
「ああじゃあ七千万は貰っておくよ」
「うむ」
地図に並べられた駒。
アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマに二個、クセルクセスに二個。
さてはて。はてさて。
「それじゃ、僕はそろそろ行くけど。お父様も後悔しないようにさ、もうちょっと食べたいものとかやりたいこととかやっておくといいよ。『約束の日』の後は、そういうことできなくなっちゃうんだしさ」
「十分にやっているぞ。昨日は馬肉を食べた」
「それは羨ましい。じゃなくて、そういう取り寄せじゃなくてさ。もう準備は終わったんだから、実際に現地に行って体験するってことをやった方が良いってこと。アメストリスは観光スポット少ないけどさ、カウロイ湖で魚釣りとか、中々楽しいものだよ」
「魚釣り……とは、何が楽しいのだ?」
「何が楽しいのかを理解するために挑戦するんだよ。教えられた楽しさなんか半減も良い所だ。違う?」
「ふむ。……ロイ・マスタングの所へ行くまでに、まだ時間はあるだろう?」
「え、ああうん。あるけど」
「なら、お前も来い。ラースも呼ぶか」
「あー。ちょっと僕は折り合い悪い相手がいてさ。ラースとだけ楽しんできなよ」
「折り合いが悪い相手?」
「僕、イズミ・カーティスに顔見られてるんだよね。敵として」
「……成程。リスクヘッジか。それならば仕方がない」
お父様の足元から錬成反応が走る。
直後、じゅるりと……密閉空間に穴が開いた。
「暇があったら、わたしに言うのだぞ。わたしはおまえとも遊んでみたい」
「うん。『約束の日』までに、いつかね」
それじゃ。
そう言って、出口から出る。
大総統とすれ違った。すれ違いざまに。
「──今度は余計なことを言っていないだろうな」
「言ってないよ。余計じゃないことは言ったけど」
とかなんとか言って、勝手知ったる道筋を通って地上に戻る。
頑張れ大総統。というか大総統の秘書。どうにかしてスケジュールを調整するんだ。
*
ハロー、なんて言って声をかけたのは、ホークアイ中尉。
私服の、完全にオフって感じの彼女に、さも偶然会った感じで声をかける。勿論偶然なんかじゃない。氣で追いかけて来たから。
「クラクトハイト少将? ああいえ、もうすぐ中将に昇進予定でしたか」
「まだだからいいよ少将で。それより、ちょっとお茶しない?」
言えばジト目になる中尉。
「……少将は結婚していたと記憶していますが」
「うん、してるよ」
「要らない疑いをかけられますよ」
「大丈夫大丈夫。僕とアンファミーユはラブラブだから、僕が誰と一緒にいたって特に何も思われないよ」
めちゃくちゃ勘繰られると思うけど、そんなのあぶり出しだからね。
ああ、カメラとか僕に向けない方が良いよ。どんなに高価なものでも遠隔錬成で分解しちゃったりしなかったりするから。
「何かお話がある、と考えて良いのでしょうか」
「うん。まぁマスタング大佐と仲の悪い僕が君をお茶に誘うワケないよね。ちょっとしたお話があるから、どこでもいいんだけど、なんかひと気のないというかあんまり盗み聞きされない所行きたいなって」
「でしたら、私の家に来ますか?」
「……それこそあらぬ疑い問題じゃない?」
「別に私とマスタング大佐はそういう関係ではありませんし、少将とアンファミーユさんがラブラブだというのなら問題ないでしょう」
「え、君達そういう関係じゃないんだ」
「はい。上司と部下です」
……ま、プラトニックラブもアリだよね。特に職場恋愛なわけだし。
「それじゃあお願いしようかな」
「では、あちらに車を停めてありますから」
第一段階はオッケー。
ホークアイ中尉とはマース・ヒューズ関連で一瞬とはいえ一緒に動いたし、その前のドラクマでも相棒みたいなことしてたから、一切の疑いなく近づけるんじゃないかって甘い考えで来たんだけど、ちゃんと信頼してくれているようで何よりだ。
とはいえマスタング大佐から僕がやってることとか聞いているだろうから、完全な信頼じゃないんだろうけど。
「GrrrrrRR……!」
「どうしたの、ブラックハヤテ号」
「あー。僕動物に嫌われるんだよね」
「はあ」
確実に背中の傷に入っている賢者の石を警戒しているんだろうけど、ちょっと我慢してね。思念隔壁厚めにするから、ね。
ホークアイ中尉の家。
原作ではエドがイシュヴァール戦役のこと聞くために来た場所だっけ。
なお、特に中尉がシャワーを浴びるとかはなかった。それやったらもうだもんね。背中の焔の錬金術の入れ墨見たかったんだけどな。一部が焼かれたところで今の僕なら復元できる自信がある。
「それで、お話とは?」
「あ、うん。えーと、まぁ僕から切り出すことじゃないとわかっていて言うんだけどさ。最近のマスタング大佐ピリピリしてるっていうか、殺気立ってるじゃん?」
「本当にあなたから言うことではありませんね。大佐がああなっている原因の六割ほどはあなたにあるでしょう」
「五割じゃない?」
「七割に届くかとどかないかくらいです」
マスタング大佐はまだお父様に辿り着けていない。
だから僕がすべてを主導していると思っているはずだ。国土錬成陣も賢者の石も。エド達から情報共有があったら、ホムンクルス達についても。
「単刀直入にいうけど、本当に僕はアメストリスに対して何かをするつもりはない。害を為すとか、そういう類の話ね」
「はあ。私に言われましても」
「いやだってマスタング大佐に直接言えないじゃん。言ったところでこっわい顔で『それを信じろと?』とか言ってくるじゃん」
「想像に難くないですね。なるほど、だから副官の私を懐柔、と」
「言い方言い方」
大正解ではあるんだけども。
「僕は裏切り者と内通者に対しては容赦がない。そしてアメストリスを害さんとする敵国にも容赦がない。けどアメストリス国民に対してはホントに何もしないよ」
「イシュヴァール人は、どうなのですか」
「イシュヴァール人はアエルゴと繋がっていた。内通者だった。だから殺した」
「……すみません。揚げ足を取ろうとして失敗しました」
「素直だね」
ホントは全く違うけど、あの戦争に参加していない彼女は当事者の言葉を信じるしかない。
そしてアエルゴと繋がっていたのは事実だから、信憑性も高い。
「ということを、それとなくマスタング大佐に……」
「無理ですよ。言ったところで、『クラクトハイト少将の差し金かね?』と言われるのがオチです」
「ダヨネ」
「わかっていたことでしょう。それで、本題は何ですか?」
「あー。……いや、彼と仲良くしたい、というのもちゃんと本題なんだけど、じゃあ本題を話すよ」
こほん、と咳払いをして。
「──僕はホムンクルスと敵対している。多分情報が錯綜してホムンクルス側だと思われていると思うんだけど、違う。確かに僕は賢者の石というものを作り得る組織と繋がりがあるけれど、それとホムンクルス勢力はイコールじゃない。そしてマース・ヒューズ中佐とアームストロング中佐を襲ったのはホムンクルスで間違いないし、マクドゥーガルに彼らを救い出す錬成陣を渡したのは僕だ。だから」
チャキ、と。
後頭部で音がした。拳銃の音。まぁ指パッチンじゃないだけマシか。
「だから、余計な敵意を向けないでほしいんだよね。──彼女の家に上がったのは謝るからさ」
「私と大佐はそういう関係ではありませんが、合鍵は渡してありました」
「それもうそういう関係だよね……」
えーと、で。
いつになったら銃口外してくれるのかな。
これ、反撃して良いやつ? やったらマスタング大佐人柱大作戦台無しになると思うんだけど、ダメだよね。絶対だめだよねコレ。
……なんて。
作戦第二段階成功である。