竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
リザ・ホークアイに接触して家、あるいはひと気の無い場所に行く。これが第一段階。
そして恐らくホークアイ中尉は僕が接触してきたことをなんらかの符牒によってマスタング大佐に伝えると踏んだ。あるいは周囲の東方司令部の誰かが。
これにより、リザ・ホークアイが目の前にいる状態で、マスタング大佐もいる、という状況を作り出すのが第二段階。ありがたいことに取り巻きもいない。
「何かな、マスタング大佐」
「……中尉に何用ですか、クラクトハイト少将」
手は上げない。
降伏の意思はないから。
「君との険悪な仲を中尉に取り持ってもらおうと思ってね。ほら、僕たち喧嘩中だろ?」
「決別した、と認識していますが」
「マース・ヒューズを助けてあげたじゃないか」
「ヒューズを助けたのはマクドゥーガルです」
「助言の全てを与えたのは僕だよ」
この路線はダメらしい。
一切拳銃を降ろしてくれない。
「単刀直入に君への用事を言った方がいいかな」
「少将が賢明であるのなら」
「わかった。人体錬成をしてほしいんだよ。マスタング大佐、君にね」
本気の本気。
本物のドストレートで行く。
「……どういう。少将に、誰か……蘇らせたい人でもいらっしゃるのですか?」
「いいや、僕に、じゃない。君にだよ、マスタング大佐」
「何を言っ」
賢石纏成。マスタング大佐に見せるのは初めてだ。
拳銃を弾き飛ばし、頭部を覆う紅。否全身を覆う深紅。
そしてサソリのような、竜のような、蛇のような尾は──まるで意思を持っているかのように動き、僕の眼前にいた中尉を縛り上げる。
「っ……く!?」
「少将、あなたはいったい……」
「殺気を感じないから、中尉は殺されないはず──なんて油断してたりする?」
ぐさ。ぐちゃ。
あまりにもあっさりと、リザ・ホークアイの腹部に賢石の尾が突き刺さる。
理解が追いつかない様子で、ごぼりと血を吐くホークアイ中尉。
「ぁ……ぇ?」
「マスタング大佐。君が良く言ってたことだろう。挨拶をするように敵を殺し、客人を歓迎するように裏切り者を手にかける。日常と非日常が等価たる僕を雰囲気で判断しようとしたね、君。そこまでわかっているのなら、あんまりにも油断し過ぎだよ」
来たのは、焔だった。
僕の錬成速度じゃ何をしたって間に合わないので、賢石でガードする。ヒュウ、室内で出していい火力じゃないよ。コトが終わっても中尉の部屋黒焦げだって。
賢石の尾で、貫いた中尉を持ち上げる。
だらんと四肢を投げだしたリザ・ホークアイ。その目にはもう生気がない。
今度は発砲音。それも賢石の鎧に弾かれる。
こちとら完全物質。鉛玉なんか通すもんか。
ごぼっとまた大きく血を吐くリザ・ホークアイ。だばだばと血液が部屋に零れ落ちる。
「さて、君の師匠の一人娘で、大切で大切な部下が死んでしまう。いや、今すぐにでも死ぬ」
「……大、佐……」
「おお、まだ喋れるのか。それはびっくりだね。それじゃあその口を塞ぐために、首をへし折って」
「何がしたいんだ、貴様は!!」
爆発たるや、という業火が僕らを包む。
けれど、完全物質はそんなことで燃えたりはしない。
着実に。確実に、リザ・ホークアイの命は減っていく。さぁ、マスタング大佐。
ここからが大茶番だよ。
ガチャン、という音が鳴る。
背後からだ。マスタング大佐の。
「マスタング大佐!! 大丈夫……じゃなさそうだね!」
「――は?」
そこに。
そこには、僕がいた。
レムノス・クラクトハイトがいた。
「おっと、本物が来ちゃったか。けれど本物でもどうしようもないことに変わりはない。そら、リザ・ホークアイの命の灯は今消える──何か聞かせてあげたい言葉とかないの?」
「マスタング大佐! 言葉と見た目に惑わされないで! やるべきことは一つだけだよ」
「……何を。あなたは、もう、どういうことを、何が……」
「アレは全身が賢者の石でできてる。だから、あの尾の部分だけでも使いきってやれば千切れる!」
「!」
そう、実は賢石纏成、錬金術師相手にはめっぽう弱かったりする。ホーエンハイムにも指摘された通り、別にこの賢者の石の所有権が僕にある、って決まっているわけじゃないから、使われたらおしまいなのだ。
勿論対策は講じてあるけど、今回は使わない。
じゃらり。
部屋のあらゆるところから鎖が飛び出る。僕の十八番、サンチェゴによる鎖の拘束。
賢者の石は完全物質だけど、拘束を簡単に振り解けるとかいう便利機能はない。勿論完全物質だから身体をぶん回すだけで良い話ではあるのだけど、それは確実な隙となる。
「――中尉!」
僕が鎖を嫌がって体を揺すり、尾をマスタング大佐達の方へ向けたその瞬間だった。
踏み込み……普通にあの成り損ないたちと戦えるレベルの体術で以て、マスタング大佐が僕の寸前にまで近づき、その尾に手を当てて錬金術を発動する。
激しい、激しい炎。賢者の石で増幅されたソレは、僕を吹き飛ばすに足り得るもの。そして尾の最も細い部分を千切るに足るもの。
「中尉! 中尉、返事をしろ! してくれ!」
「そういうのいいから、早く応急手当! 僕が生体錬成の陣を画いている間に止血!」
みたいな会話を聞きながら、賢石をしまって大きく逃げる。
こそこそと氣を探りながら逃げて逃げて逃げ回って──辿り着いたその場所に。
「あれ、キンブリー。どうしてこんなところに?」
「くだらない茶番の手伝いをしています。はいインカム」
「ありがとう。君通信工事もできるようになったんだね」
「必要に駆られて覚えました。チューニングします」
すっごく。
すんごく嫌そうな、というか面倒くさそうな顔をしたキンブリーからインカムを貰って、耳に当てる。
ざぁざぁというノイズの後──それは聞こえて来た。
*
ロイは賢明に生体錬成を使用している青年を見る。
――レムノス・クラクトハイト。先程まで殺そうとしていた相手で、今彼が治そうとしている中尉を殺そうとしていた相手。
わけがわからない。それが感想だった。
「……少将」
「疑問に思うのはわかるけど、今集中してるから待ってくれない?」
「……申し訳ありません」
それは、そうだ。
この場で生体錬成を使えるのが彼だけである以上、彼の集中が途切れたが最後。
リザ・ホークアイの命は消える。
だから黙ってその施術を見守った。
「……ふぅ」
「少将、中尉は」
「できる限りのことはしたよ。あとは錬金術じゃなくて医者の領域かな。すぐに東部病院へ運ばないと」
「既に手配済みです。フュリー曹長がイーストシティの軍人病院へ手配を」
「おお、流石だね」
瓜二つだ。
あの、化け物のような姿をしたレムノス・クラクトハイトと。
今懸命にリザ・ホークアイを救わんとしていたレムノス・クラクトハイトは。
「……聞いても、いいですか」
「いいけど、とりあえず場所変わろうよ。彼女の手、君が握っていてあげな」
「ああ……お気遣い、ありがとうございます」
言われた通りに場所を代わり、その冷たい手を握るロイ。
冷たい手、だった。まるで死んでいるかのような。けれどクラクトハイトの懸命な処置あってか、胸は微かに上下しているように見える。
「何から話せばいいかな。……まずは、アイツの正体から、とかがいい?」
「はい。アレは何者ですか」
「何者か、と問われると僕もわかんないんだけど、ホムンクルスの仲間で、擬態する能力を持っていて、あり得ない量の賢者の石を手足のように操る化け物、って感じかな」
「擬態する能力……」
「うん。普段から僕ってわけじゃないんだよ、アイツ。いろんな姿になる能力を有している」
「……おとぎ話でも聞いているようです」
リザの手を自らの額に当てるロイ。
祈るように目を瞑り、願うように吐き捨てる。
「少将は……結局、私達の敵なんですか」
「うっ……それを言われると、うん、になっちゃうんだけど、だとして僕にホークアイ中尉を殺すメリットはないよ。僕ホークアイ中尉と仲良いし」
「メリット……」
「ああごめん、心無い言い方だったか。でも、わかってほしいかな。僕は国防のために動いている。だから君達と敵対している。――君達が穏健派で、外国と手を取りあおうとしているから。僕は過激派の筆頭だからね。そこの折り合いは絶対につかない」
「……ホムンクルスや、賢者の石は」
「ホムンクルスは僕の敵だよ。僕を見かけると殺そうとしてくるし。で、賢者の石については、確かに僕が攻撃として使っていた。これは認める」
「……アエルゴやクレタで見せていたもの、ですね」
「うん。敵地のど真ん中に突っ込んで行って、味方を巻き込むことなく広範囲を殲滅できる錬金術。……賢者の石は副産物なんだよ、僕にとって。人道は説かないでほしいかな。それを言ったら国家錬金術師の存在自体の否定に等しいからさ」
それは、そうだ。
そうなのだ、と。ロイは発火布を見る。
彼とて、隣国三つで数えきれない人間を焼いた。手段が違うだけのクラクトハイトを責めることはできない。
「だから、相容れないながらに共有しておきたいことがある。さっきの奴含めて、この国で暗躍している悪い奴らについて」
「ホムンクルス以外にもいるのですか?」
「うん。――しかも軍上層部に食い込んでる。だからさ、ホークアイ中尉が峠を越えたらでいいんだけど、協力してほしいんだ。別に手を取り合って欲しいわけじゃない。ただ、僕と君の正反対の派閥の両側から奴らを追い立てて、この国の膿を出したい。あれらがいる限り、この国の敵がいなくなってもこの国は平和を得られない」
ロイの握るリザの手に、熱が戻る。
とくん、とくんと……静かにだが、鼓動が戻る。
「今回巻き込んでしまったことは謝罪する。どういうわけかは知らないけれど、あいつらは君やエルリック兄弟を狙っているんだ。ホントはもっと早くに共有すべきだったけど……色々あってさ」
「いえ、少将と決別の意思を出していたのはこちらです。共有ができなかったことに原因があるとすれば、こちらかと」
「そう言ってくれると少しは心が晴れるよ。……ああ、そうだ。マスタング大佐」
「はい」
「アイツに、人体錬成をしろ、とか言われなかった?」
「言われました。……あなたが来ていなければ、私は中尉を蘇らせんとしていたでしょうね」
「うん、じゃあ間一髪だったね。いいかい、マスタング大佐。人体錬成は絶対にやっちゃダメだよ」
「……一応、理由は聞きます」
クラクトハイトは、少しばかり自嘲気味に笑って。
その右腕を見せる。
――鋼鉄の機械鎧。
「それは」
「昔ね、僕にも信頼できる副官がいたんだ。イシュヴァール戦役時代のことだから君が知らないのも無理はないんだけど。……それで、ほら。僕って一か月で錬金術を覚えて、そのまま国家資格を取ったからさ。自分の事天才だと思ってたんだよ。遅延錬成とか、軍がどんだけ頑張っても真似できないものとかも生み出して」
「……」
「それで、僕ならできると思って、禁忌に手を出した。……死んでしまった副官を蘇らせるために、人体錬成をした。けど失敗して、リバウンドで右腕もってかれちゃってさ」
「……そう、ですか」
「僕は凡人だったって、そういうことだよ。……君は僕みたいな失敗は犯さないでね」
「無論です。そもそも、中尉は死にません。あなたの生体錬成は本物でしょう?」
「うん。手は尽くした。あとは錬金術師じゃない医者に死力を尽くしてもらうだけだ」
「はい」
そうして、フュリー曹長の呼んだ憲兵が来る。
リザ・ホークアイは担架で運ばれ、緊急手術を受けることとなり──。
無事、一命を取り留めたのだった。
*
第五研究所地下。
そこに珍しくキンブリーがいた。とても居心地の悪そうな顔で居た。
「お疲れ、レティパーユ。凄かったよ。まるで僕だった」
「ありがとうございます。ただ、生体錬成の際は少し焦りました。まだ私はそこまで高度な錬金術を扱えませんので」
「でも遅延錬成がちゃんとそれっぽく治療してたでしょ?」
「はい。ですから、錬成反応の増減に合わせて焦ったり顔を顰めたりする、というのが難しかったです」
――要はそういう茶番である。
第三段階。僕がリザ・ホークアイに致命傷を負わせ、けれど偽物だとバレて、本物の僕によって追い出される&リザ・ホークアイが治癒される。
レティパーユの錬金術では生体錬成なんて夢のまた夢だから、僕が遅延錬成で床やホークアイ中尉の身体そのものに仕込んでおいた生体錬成の発動に合わせてレティパーユが手を動かし、苦悩したり苦戦したりするフリをする。
お父様に言った「一時的にでも僕を味方と見做す方法」がこれ。レティパーユの演技力次第なところはあったけれど、ほら一回代わってもらったことがあるからさ。パーツはアンファミーユ作。
これでマスタング大佐は欠片程度でも僕に情を傾けてくれたことだろう。見抜かれていたらもう知らないけど、だったらレティパーユが焼き焦がされてるはずだから大丈夫大丈夫。
「少将。帰ってもよろしいでしょうか」
「居心地悪い?」
「とても。私だけ部外者ですので」
そうは言うけど、今回の功労者を挙げるとすればレティパーユは勿論のこととして、キンブリーも列挙されるべきだろう。
全く専門分野じゃないのに通信設備を準備して、盗聴の用意までして、その他諸々全部丸投げしたら全部やってくれた。
「僕のお金でご飯が食べられるんだから、そう思えばいい話じゃない?」
「そんなにいて欲しいんですか。アナタ、私を気にする暇があるなら、奥方を気にしたらどうですか。先程から妙に避けているようですが」
「……あー、わかる?」
「わかりますよそれくらい。あっちのキメラの男はともかく、アナタも奥方も互いをチラチラ見ては視線を逸らし、目が合いそうになったら違う料理を取りに行く。珍しいという点では面白いですよ。少将のような人にも苦手なことがあったんですね、と。ですが、流石に苛立ちが勝ります」
「出た、正論パンチ」
「妙に私を引き留めるのも、あの人形を過剰に褒めるのも、奥方と話し合うのを避けているからでしょう。……私に愛恋の話はわかりませんが、人間関係であれば拗れる前に断ち切るか繋ぎ止めるかをした方がいいですよ」
「ワオ、君にそんなこと言われる日が来るとは思ってもみなかったな」
「それでは、失礼します。――主のことを想うのなら、そこのキメラ。あなたも退出しては?」
「ム? ……良いだろう、それはそれで面白くなりそうだ」
ああ。
本当に行ってしまった。キンブリーも、スライサー兄弟も。
残されたのはレティパーユと僕と、アンファミーユ。
……あー。
いや、別に悩んでるとかじゃないんだけどな。
ただ正面切って本当のことを言ったら──計画に支障が出るというか。ただ言わないままなのもマズいのはそれはそうなんだよね。
「私も席を外すべきでしょうか」
「君は主役だからダメ。……はぁ。アンファミーユ。こっち向いて」
「……はい」
いいだろう。
そろそろ時期でもある。ちゃんと言うことを言っておくとしよう。余計な幻想を抱かせないためにもね。