竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
レムノス・クラクトハイト。
大槌の錬金術師セティス・クラクトハイトと同じく錬金術師であるアガート・クラクトハイトの間に生まれた子供であり、幼き頃に突然錬金術を学びたいと言い始め、そこからたったひと月で自己流の錬金術を習得、国家資格まで取るという快挙を見せた。
快挙。いいや、異常だろう。あり得ないことだ。
それはだから、天使のように。
神から知識でも授かっていなければ、叶わない偉業。
「やぁ、サジュ。久しぶりだね。元気にしていたかな」
薄い笑みを張り付けた青年は、何でもないような顔でそう言い放った。
サジュ。サジュだ。
自らの名。
「この天使は……赤子を素材に使っているのか。冒涜的だね。この赤子はイリスの子かな」
「冒涜的、ですか。錬金術師がそれを言いますか、元所長」
「言うよ。だって君、あんなにも人間を素材に使うことを嫌がっていたじゃないか。これが赤子であろうと少年であろうと青年であろうと老人であろうと、僕は冒涜的だ、というけれどね」
歯噛みする。
その通りだったからだ。この
けれど──けれど、あの第五研究所地下で見た、サジュ自らの最期に見たのは、紛れもなく、紛う方なき「天使」だった。
イリス曰く、感情の結晶なる白い石。
それを用いた、正しい運用方法を選んだレムノス・クラクトハイトは、やはり人間ではないのだろう。
「そうですね。それは冒涜的です。その劣化品、妥協品は、天使じゃない。民衆から資金を巻き上げるためだけの展示物だ。それを天使だと呼ばれること自体、僕にとっては屈辱です」
「じゃあ、本物を見せてくれると、そういうことでいいのかな」
「勿論です。──さぁ、こちらへ、元所長。敵地ですが、貴方なら大丈夫でしょう」
サジュは背後の扉に入る。
そこへ警戒もせずについてくるレムノス。
……否、サジュは知っている。この元所長が警戒もせずに、臨戦態勢も取らずに人を殺し得る──人間を同じ生物として見ていない生物であることを。今サジュが殺されていないのは、天使に興味があるからか。
廊下を進んでいく。
少しずつ地下へ向かって行くこの道は、しかしそうであると知っていなければ気付けない程度の傾斜だ。
そうして、そうして辿り着いた地下室。
開く──前に、レムノスが周囲一帯に描かれた壁画に言及してきた。
「……フラメルの十字架。その周囲には太陽の生る樹。地に落ちるさかさまの王冠。それに剣を突き刺す緋い衣の王。周囲を逃げ回る犬と、それを追いかける狼」
「カリステムが描いたものです。意味、わかりますか?」
「これでもかというほどに金を象徴している。……錬金術は金を得るためにあり、賢者の石から不純物を取り除くことこそが金を得る手段。ゆえに純化し、ゆえに不滅となる」
「流石ですね。一言一句違わずカリステムの言っていたものと同じだ」
けれど、カリステムはこの壁画をして「アメストリスの錬金術知識だけでは読み解けないもの」だと言っていた。
「ただこの図、足りないものがあるね」
「足りないもの、ですか?」
「順序と目的だ。錬金術における壁画や図画は、
思わず舌を巻くサジュ。
戦闘力や殲滅力、そして裏切り者や内通者への非情さばかりに目が行きがちなこの錬金術師は、知識も相応以上にあるのだと。
「サジュ。君は天使をつくりたかったんだったよね。それは翔べる天使かな。それとも翔べない天使かな」
「勿論前者ですよ。……当然でしょう?」
「そうだね、当然だ。ところで錬金術における天使がどういう意味を持っているかは流石に知っているよね」
「昇華、でしょう。もしかして馬鹿にしていますか?」
「いいや、ただの確認だよ。この壁画はアメストリス式錬金術に基づいていない。クセルクセス式源流錬金術にかなり近い」
言葉を無視する。
サジュでは、ボロが出てしまいそうだったから。
地下室の扉を開ける。
そこへ、やはり警戒もなく入ってくるレムノス。
「あら、レムノスくん。久しぶりね」
「そうだね。随分と見た目が変わったけれど、イメージチェンジは乙女の嗜みかな」
「ええ、そういうことでいいわ」
「……成程。オズワルドは仲間はずれだったのか。彼は事故で自らの意識が宿ったと言っていたけれど、君達は故意にできていたわけだ。いいや、あの時僕に殺されたこと自体は事故だったけれど、そもそも別人になるつもりでいたんだね」
「今、何を見てそれを感じ取ったのかしら」
「思念エネルギーだよ。君達がよくわからないままに使っている純粋なエネルギー」
レムノスは──その足元から、思念エネルギーを走らせる。
全方位。それだけで仕込んでいた罠の類が全て潰された。
……理解度は、そうだ。
だってサジュもイリスもオズワルドも、第五研究所へ来てから初めて思念エネルギーの存在を知ったのだから。いいや、錬金術が、錬成陣に思念を込めて発動するものである、というのは勿論知っていたけれど、その思念をエネルギーとして運用する発想を初めて知ったというべきか。
「前に教えた通り、今のはノイズという錬金術だ。僕相手に錬成物の罠は効かないよ」
教鞭を振るうかのように手の内を明かすレムノス。
「じゃあ、錬成物ではない兵器なら効くのかしら」
「やってみるかい?」
「……いいえ。貴方が再構築前の分解をも得意としていることは知っているから」
「そうかい。誰から聞いたのかは知らないけれど、正確な情報だ。もう一度自分の身辺を洗って内通者を血祭りにすることを誓うよ」
それで、と。
レムノスは。
「天使を見せてくれるんだろう? 本物の天使を。あんな展示物ではない天使を。翔べない天使ではない、本物を」
「大人になってからせっかちになったのかしら。でも、ごめんね。もう少し待ってくれる? 今カリステムが最終調整中だから」
「つまり君達は天使の作成に関わっていないってこと?」
「いいえ、関わったわ。私は大量の素材を提供したし、サジュは」
「僕は、真理を提供しました」
つまり──記憶を。
そう言えば、レムノスは詰まらなさそうな顔をする。
「……なんだ。少しは期待したんだけどな。結局この世界の天使ってことじゃないか。それなら見る価値はない。それより、カリステムの事が知りたいね。僕の知る限り、カリステムは少なくともあと二人いる。ああ、リオールに蔓延っているカリステムの話ではないよ。錬金術師としてのカリステムの話だ」
ガチャン、という音が鳴った。
彼のサンチェゴが起動した音だ。これで、この部屋はもう彼の支配下になったと言っても過言ではない。
下手な動きをしようものなら、またぞろあの鎖で貫かれてしまうのだろう。
でも、それの対策をしていないわけがない。
じゃらりと音を立てて出て来た鎖。
それは僕とイリスの周囲に佇んで、けれど攻撃してこなかった。
「……他人の錬成陣を勝手に使わないでくれるかな」
「そんな一瞬で見抜いてしまうんですね」
「当然だろ。自分の錬金術の弱点くらい網羅してるって」
そう、やったことは簡単だ。
サンチェゴと呼ばれる機械時計型の錬成陣。けれどそれは、別に所有者が決まっているとかではない。
だから、恐らく最も使い勝手のいい鎖の射出の錬成陣にしているだろうと読んで、サジュとイリスがその錬成陣を使用した。ただそれだけのこと。
これから先、レムノスが何を組んだとして、錬成速度の勝る二人が15秒以内に錬成陣を読み取って勝手に使ってしまえば、レムノスは何もできなくなる。
「はぁ、わかったよ。もう少しくらい待ってあげる。カリステムの最終調整っていうのは、どれくらいかかるものなの?」
問い。それに答えたのは。
「もう、完了しましたよ。お久しぶりですね、レムノス・クラクトハイト所長」
奥の扉から出て来たカリステムだった。
対し、元所長は……酷くつまらなそうな顔をしている。
「本体じゃないのか。なに、もういいの? リオール丸ごと潰して終わり、でいいの?」
「イリスではないですが、本当にせっかちになりましたね、クラクトハイト所長。このような茶番は嫌いですか?」
「面白い茶番ならいいけどさ、焼き増しだからね。それを刷新だというのなら、僕は心底君達を軽蔑するよ。くだらない研究者を引き込んだ過去の僕を嘆いてから、だけどね」
赤い錬成反応が元所長を中心として広がる。
賢者の石の錬成反応だ。対し、サジュとイリスも同じ反応を迸らせた。
「なんでも暴力で解決するのはスマートではないですよ、クラクトハイト所長」
「死人を叩き潰すのに最も便利なものはハンマーだろう。僕のお母さんは大槌の錬金術師だからね、質量isジャスティスなんだ」
「仕方ありませんね。では、見せましょう。これが天使です」
──それは、天井付近からゆっくりと降りて来た。
神々しい真白の光を纏う、性別のないヒトガタ。真白の翼も、真白の肌も、人間とは全く違う。
「……隠者の石の、ホムンクルス化……?」
「いいえ、天使化ですよ」
「名称なんかどうでもいいよ。やっていることは同じだ。けど、興味はあるな。隠者の石をコアに、どのようにして人間を……そうか、思念エネルギーか。へえ、カリステム。君は他二人と違って思念エネルギーが何なのかを理解しているらしい。時間は沢山あったからね、勉強したのかな」
「いえいえ。私は元よりシンの錬丹術師ですから」
「──ああ、そういうことか。なんだ、そういうことだったのか。早く言ってよ、そういうことは。だから僕の所に来たんだね」
「はい」
どろり、と。
元所長の背中から、赤が這いずり出てくる。
それは彼の全身を覆い、尚も伸びて爪や尾を形成する。
異形だった。
サジュの夢見た天使とはかけ離れた、悪魔のような姿。
「同じことだよ、サジュ。あの天使と僕の今の姿は、全く同じ原理に基づいている。思念エネルギーによる流れの操作。操作対象が違う、ということ以外、僕とあの天使に違いはない」
「さて、クラクトハイト所長。貴方は真理を見た錬金術師を集めているようでしたが、彼はお使いになりますか?」
「ああ、確かに良い材料ではあるね。この戦いで死ななかったら貰って行こうかな」
「ええ、どうぞ。──では、見せてください。天使と悪魔の、神話の戦いを!」
それ以降の記憶はない。
激しい風圧だけを覚えている。ただ、それだけだった。
*
賢石纏成で天使は殺した。
いや、いや。得心の行くことばかりだったけれど、これがサジュの目指した天使だというのなら、あまりにも脆い。
思念隔壁は使えても耐久力がこれじゃあね。
とりあえずサジュの両腕を捥ぎ取って生体錬成で断面の治療をし、完全拘束した状態で放置。確かにマスタング大佐が人体錬成をしなかった場合のスペアになるから、生きていたら連れ帰るつもりだ。
今はさっきの天使を殺し、いつの間にか逃げていたイリスとカリステムを追っている最中。
……しっかし、この通路。
さっきからずっと下がっていっているんだけど、このままだとスロウスの円にぶつかるんじゃないかなぁ、とか。
そう思っていた矢先のことだった。
眼前に見えたハッチ。地下へ降りる為のそこから、影が溢れ出る。目と口のついた影が。
「……おや、竜頭の錬金術師。何故ここに?」
「こっちのセリフなんだけどね。やり残しを片付けていたらまさか君に遭遇するとは思わなかったよ、プライド」
プライドだ。
その鼻先というか口先というか、鋭利な影の先端にイリスがいる。
……もう絶命しているけれど。
「知り合いでしたか?」
「ううん、裏切り者だから、要らないよ」
「成程。なお、私がここにいる理由は簡単ですよ、竜頭の錬金術師。ハンベルガング家というのを探しています。どこぞの誰かが父に助言した情報をもとにね」
「ああ、そう? だったら朗報だ。こっからあっちに向かって突き当たった部屋に確定人柱を一人捕まえてある。両腕もいである上に鋼鉄の箱に入れてあるから、持ち運びやすいと思うよ」
「……持っていけ、と。私に使い走りをさせるとは、偉くなりましたね、竜頭の錬金術師」
「お父様と腹を割って話し合える程度にはね」
煽れば──ものっそい怖い顔で睨まれて、けれど何もされずに影は僕の背後、さっきまでいた部屋の方に伸びて行った。
あれだ。
煽る対象は良く考えようって話。
それで、捨て置かれたイリスは……ま、特に用途もないか。
体中に持っていた賢者の石と、体内にも仕込んであった賢者の石、隠者の石を回収して、あとはジュッ。燃やしたのか溶かしたのかはご想像にお任せしよう。
ああ、このハッチスロウスの掘ってる穴に通じちゃってたのか。だからこんなことに。
不運だねえ君。本当に。
「あとはカリステムだけ、だけど……果たして何人いるのやら」
それに、あの天使が完成形だとは全く思っていないからね、僕は。