竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第八十六話 錬金術の到達「生まれ堕ちた天使」&久方

 そこに、いた。

 そこに──それを「天使だ」と形容するにはあまりにも冒涜的な姿をしたモノがいた。

 辛うじて一般的な形容を使うのなら。

 

 頭部がぼこぼこと肥大化した赤子──あるいは、ブドウのようなものに小さな胴体がくっついているナニカ、でもいいか。

 

 ナニカの足元にはカリステムがいた。

 僕の知らない姿のカリステム。さっき話した一人と、全く知らない四人。

 

「これが、君達の言う天使の最終形であっているかい?」

「ええ、ええ。合っていますよ」

「そうか……何人?」

「三百はくだらないかと」

 

 真白の光は隠者の石のエネルギーだろう。

 魂の不純物を取り除き、感情のみを抽出した結晶体、隠者の石。あるいは思念エネルギーが析出したもの。

 

「成程ね。だから、つまり、君はこう考えたわけだ。思念エネルギーが流れの操作を行い得るのなら、それを集合させることで錬金術への完全なる対抗策が作れると」

「ええ、あなたも似たような錬丹術を使いますね。思念急流と言いましたか。ドラクマで、あるいはダブリスで使っているのを見ましたよ、私の端末が」

「ああ……そうか、SAG含むあらゆるテロリストが君に感染していた可能性までは考慮していなかった。それで僕の手の内を色々知っているわけだ」

 

 確定人柱のSAGは身体検査をして、ナノキメラなんか入ってなかったから大丈夫だとは思うけど。

 ナノキメラ以前の問題──カリステムがそもそも何者だったのか、という部分においては、まだ一切解決していないことだった。

 

「三百を超える脳の集合体。この天使が吐き出す思念エネルギーは氾濫とでもいうべき量であり、身を守るために使う思念エネルギーはまさに鉄壁。もっとも微弱でありながら、他のエネルギーの流れを変えることだけは右に出るものがいない、という性質を持つ思念エネルギー。それが凝縮すると、こうも美しい光を放ち、余剰エネルギーがバランスを取るかのように翼の形を取る。……あの日クラクトハイト所長が彼らに見せたものですね」

「君は死んでいたけれど、彼らを通してみていた、と」

「ああ、あの不良品ですか。申し訳ございません、アレ、言語野の接続が微妙に上手く行っていなかったものを出したもので、会話が難しかったでしょう」

 

 それだけの脳を一点に集めたら、普通は大暴走が起きる。

 賢者の石の中が悲痛の嵐であるように、身体を失った事実を理解した脳が三百を超えて発狂し続けるあの赤子の頭部では、さぞ多くの思念エネルギーが放出されていることだろう。

 

「君の正体については、もうアタリがついている。だから興味がなくてね。今僕の興味はその天使だ。その天使は、キメラの錬金術師が行うような"片方の脳を残して片方の脳を機能停止にするor潰す"という手段を取っていない。一つの肉体に三百の脳が入っているから、錬金術的に見れば肉体一に対して精神の紐が三百、魂が三百という状態にある」

「正解です。それはあり得ないと言わないあたり、流石ですね」

「だって()()()()()

「……ええ、似たようなもの、ですが」

 

 じゃあ、そろそろ種明かしといこう。

 あるいは探偵の推理ターンか。なら、この言葉で始める必要があるかな。

 

「さて──」

 

 

 

「まず、君が誰か、という言うまでもないことについて言っておくとしよう。君は僕のお父さん──の、師匠だね。君自身に師匠という感覚はないだろうし、お父さんも君に会ったことがあるわけではないだろうけれど」

「シンでは全く見向きもされませんでしたが、アメストリスに来てからは脳という分野の権威とまで言われたことがあったんですよ。もはや雪に埋もれた名ですがね。アガートさんでしたか、だからこそ彼は私の研究書物を欲しがった」

 

 お父さんが持っていた錬金術書。アレはある錬金術師の遺族から譲り受けたものであり、そして僕の魂を繋ぎ止めた錬金術の要となっていた理論が載っている書物だった。

 ずっと気になっていたことだ。あの書物がどこから来たのか。だから、それを持っていたという錬金術師が何故これを、クセルクセス式源流錬金術を知っていたのか。

 

「シンで錬丹術を学び、クセルクセスであの遺跡にあった錬金術を全て学び、その足でアメストリスへ来て居を構えました。君が生まれるもっともっと前のお話ですから、クセルクセスが砂塵へと消えていることもなかった」

「道理であの研究所メンバーの中でも頭一つ飛びぬけて腕が良いわけだよ。文字通り経験値が違う」

「そうですね。サジュ、イリス、マンテイク兄妹。あれらのお遊びに付き合うのも一興ではありましたが、やはり目を引いたのは貴方だった。貴方自身だった。クラクトハイト所長」

 

 お父さんは流体の錬金術師だ。そして生体錬成にも通じ、クセルクセス式源流錬金術が基礎にあるから、魂の扱いにも長ける。だから僕が繋ぎ止められた。一度ならず二度、三度と剥離しかけた僕を、ずっとずっと繋ぎ止めて、ようやく僕という存在をこの世に定着させた。

 三百と四つ。桁は違うけれど、同じことだ。

 一つの肉体に複数の精神と魂。もっとも、僕に引っ付いているはずの残りの三つはほぼ死んでいるようなものみたいだけど。

 

「コールドスリープ。脳を凍らせて未来で解凍する、という錬金術を使い、けれど失敗して死した錬金術師。だけど、そもそもの話、()()()()()()()()()()()を用意していないと話にならない。錬金術師の遺族に頼んでいたわけでもなく、彼は自身を凍らせてそのまま死んだ。脳の権威とまで言われた人がそんな馬鹿な真似をするはずがない」

 

 だから。

 

「その時から既にスペアを……未来で自らを解凍するためのもう一人の自分を作り出していたんだね。ナノキメラという後発品ではなく、自身に寄せた脳を他者に移植する、という合成獣の基本的な錬金術で」

「ええ、ええ。相違なく。ただ、まぁ、残念ながらコールドスリープは上手く行きませんでした。本体……とでもいうべき錬金術師はそのまま凍って朽ちて死に、スペアだけが残った。これが私の始まり」

 

 鋼の錬金術師の世界が未来であり異世界であるところの向こう側に勝っている点として、この脳移植が挙げられるだろう。キメラの錬金術師達はなんでもないかのようにやっているこの脳移植だけど、本来はもっともっと高度な技術だ。いとも簡単にやってのけるから凄さが全く伝わってこないけれど、全く別の肉体……それも動物なんかを混ぜたものに、従来通りの脳をくっつける、という神業。

 あるいは脳そのものをも合成して、おかしくならない素晴らしさ。

 脳がどれほど精密なつくりをしているのかわかっていないのだろうか、というほど暴力的な合成は、けれどほとんど失敗せずに大体上手く行く。恐ろしい世界だよ、ほんと。

 

「ま、これで君の正体の話はおしまいだ。次へ行こう。ああ、君がリゼンブールにいたり第五研究所にいたりしたのは、スペアをたくさん作ったから。それだけだね」

「はい、そうですね。次の話へどうぞ」

「天使。……とはいえ、この天使という呼称はあくまでサジュが使っていたものに便乗したに過ぎない。君はこれを本当に天使だと思っているのかい?」

「まさか。こんな醜悪なものが天使だとしたら、神はどれほど劣悪な姿をしているかわからないじゃないですか。神の存在など誰も認知していませんが、出来得ることならこのような姿ではなく、美しいものであってほしいですね」

 

 同意する。

 僕もお父様が引き摺りだそうとしているカミがこんな醜悪なもので、それを腹に収めんとしているなら止めたかもしれない。

 

「では、クラクトハイト所長。私からあなたに問いを投げかけましょう」

「いいよ」

「ずばり、私の目的とは何ぞや、です。本体を解凍するために生み出され、しかし本体が死したスペア。錬丹術も錬金術も修め終わった私が、いったい何を目的にあなたへ接触したのか。いったい何を目指してこんなところでこんなものを作っているのか」

「壊す気だろう、国土錬成陣を。君が錬丹術師だというのなら、僕らが作っているこの全てに気付いているはずだからね。だからこんな、リオールなんていうウィークポイントに構えている」

 

 ぱちぱちぱち、と。

 乾いた拍手が後ろの四人のカリステムから鳴る。

 

「ええ、そうです。一番にあなたへ興味を持ったのは、あなたがイシュヴァール人を殲滅している時。アエルゴという国へ行った錬丹術──アレが龍脈をどれほど掻き乱すか。あんな吐き気を催すことを平気でやってのける錬丹術師はいません。どれほど悪人の錬丹術師でも、龍脈を阻害し、流れを乱す、なんてことはしません。何故かわかりますか?」

「星を殺すからでしょ。君の話には一つ例外が抜けている。善人も悪人もああいうことはしないだろうけど──自暴自棄になった者や気の狂った者はやるでしょ。そうして、やってきた奴らは全て処されて来た。シンにおいては、ね」

「はい。少しでも良識を……いえ、常識を残す錬丹術師ならば、アレがやってはならないことだとわかりますから。……だというのに、あなたはそれで飽き足らなかった。龍脈を掻き乱す行為を、果たしてどれほど行いましたか。アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマ、さらには周辺諸外国。何もわかっていないで力を使っている、というわけではない。あなたはわかって星を殺さんとしている」

「星を殺すのが目的じゃあないけどね。副産物だよ」

「その鍵が、最近刻み込まれました。……私にはもう目的という目的はありません。これが正解です。ですが、私の研究資料を読み取った精神的な弟子のその弟子たる子供が、錬丹術を用いて世界を壊さんとしているのであれば、それを止める責任は私にあります」

 

 ああ、やはり。

 全て理解されているのか。僕が隣国三つとクセルクセスを回って刻んでいた陣の意味を。

 危険だなぁ、錬丹術師。約束の日までもう少し時間があるから──滅ぼしてしまうのは手だなぁ。

 

「面白いことをいうね、カリステム(Charistem)。名を捨てた錬金術師(Archemist)よ。つまり君は、大義に則って行動していると。君の行いは正義であり、星のためであり、人々のためであり──僕という巨悪を討ち果たさんとするためのものであると」

「そこまで図に乗るつもりはありませんよ。ただ、あなたのやろうとしていることは危険すぎるので、この陣を壊します、というだけです。そして二度と作れないようにします」

「その天使を爆発させて、かい?」

「……ええ」

 

 それじゃあ。

 ガチャン、という音が、四つ重なって鳴った。

 

「戦おうか、カリステム。その天使を制御しているのは君だ。君達だ。あるいはリオールの人々全てかな。なんでもいいけど。──だから、僕はリオールの全てを壊すつもりで行くよ。最初から全力全壊って奴だ」

「私は武闘派の錬金術師ではありませんので、使う予定の爆弾に少しばかり頑張ってもらいます。──クラクトハイト所長」

「何かな」

「言い残すことはありますか? 私は、中々刺激に満ちた良い人生だった、と残しておきます」

「まるで死に行くみたいじゃないか。そうだな、僕は──僕を繋ぎ止めてくれてありがとう、かな。お父さんの錬金術の源流が君にあるのなら、僕をこの世に刻み付けたのは君であるともいえるのだから」

「フフフ、それは、大罪ですね」

 

 赤子の口が、ゆっくりと開く。

 

 まずは力比べだ。

 サンチェゴから吐き出すのは膨大な思念エネルギー。赤子から発されるのもまた膨大な思念エネルギー。

 

 思念急流のぶつかり合い。勝敗の結果は。

 

 

「ッ……流石に、無理か!」

「これでこちらが負けたらあなたが人間かどうか疑いますよ」

 

 サンチェゴ四基、その全てがぐしゃっと圧し潰されて流される。

 三百に至る脳から発せられる思念エネルギー。対し、僕のは僕一人分を四基で増幅しているに過ぎない。これで勝ったら僕が人間かどうか疑うよ。

 

 それじゃあ、まぁ、地味な戦いを始めようか。地味で美しい戦いを。

 

 ──隠者の石を使う。

 僕の背後に出てくる真白の翼。カリステムの言う通り、エネルギーのバランスを取るために両翼の形をしたコレは賢者の石にできないことを行う。

 それはつまり、想像力のブーストだ。賢者の石は錬成時のブーストね。

 

 他人の感情を用い、他者の想像力を糧に、本来僕にはできない錬金術を展開する。

 リオールの外側から、バチバチと音を立てて青白い錬成反応が走って来た。それは天使と僕を分け隔て、途端、天使からの思念急流が収まる。

 

「ほう、流れを強制的に変えましたか」

「導流と呼んでいる。対錬丹術師のために編み出した錬金術だ」

「対錬丹術師の経験があるのですか?」

「いいや? だけど、可能性は常に考えておくのが研究者というものだよ」

「それはその通り。では、こういうのはどうですか」

 

 僕の作った導流から、天使に向かって同じ材質の一本道が錬成された。傷の男(スカー)兄を彷彿とさせる錬成速度だ。

 そしてその道を辿り、また思念急流が僕を襲う。同じことをされたのだ。違う材質を床に敷くことで作った壁に、その壁と同じ材質の通路を作られた。理解が早い。ああ、嫌だ嫌だ。頭がいい奴と戦うと僕の手が全部バラされるから本当に嫌だ。

 

 とはいえ、その思念急流も僕の眼前で止まる。

 止まるというか、行き場を失って爆散したというか。

 

「おお、それはいつか見ましたね。狭窄錬成と呼んでいましたか」

「よく覚えてるなぁ!」

 

 吹き上がった床の材質──その砂塵に合わせて鉛玉を放る。

 傷の男(スカー)兄のように防御してくることはないけれど、円に「」を描いただけの陣で押し返された。あれは空気を意味する記号だけど、おいおい、マルコーさんタイプってことか。

 シンプルなシンボルで大きな意味を取り出せる……正真正銘、超正統派の錬金術師。

 こんだけ色んな邪道をやってきて、普通に凄いとかやめてくんない?

 

「切り札は最後まで取っておくもの、という言葉がありますが、早めに切らないと死んでしまいますよ?」

「そうだね、君みたいな格上にはそうだろう。──じゃあ、君の知らないものを一つ見せてあげるよ」

 

 踏み込む。 

 思念急流は別に人体を押し戻す力とか無いから、風だけを避けてカリステムの集団に突っ込む。

 

「徒手空拳ならば勝てると? 流石に舐め過ぎでは」

「久しぶりに使うけど、まず一体だ」

 

 言葉の多いカリステムを無視して、後ろにいた一人の腹部に手を当てる。

 使うのは、過畳生体錬成。いつかイシュヴァール人に対して使った錬金術。

 

「……外道な」

「一目で見抜いたのかい?」

「ジストロフィーを故意に引き起こす生体錬成でしょう。治すための生体錬成で、病を押し付ける外道ですね」

「正解だ。そしてもう一つ」

 

 乾湿の湿。

 手袋の錬成陣を用いて地面から水を吸い出して、遅延錬成をかけつつその水滴を放つ。

 

「また、器用なことをしますね。水滴内部に砂を入れてそれを錬成陣にするとは。ですが、こんなもの……ああ、なるほど」

 

 カリステムは先ほど過畳生体錬成を受けた個体を押し出して、水滴を全て受けさせる。

 気付かれた。その個体に刻んでいた遅延錬成と結合して電流を起こす複合錬成陣だったんだけどな。まとめてダメージを与えるつもりが、一体だけを焼き焦がす結果に終わった。

 

 地面から氷柱が射出される。

 その速度こそ遅いけれど、数が数だ。カリステムらはそれぞれに氷柱を避け──しかし一体の腹部に突き刺さった。

 一本だけ速度を変えていたから避け損ねたんだ。加速錬成だよ。これも久々に使ったね。

 

 ああ、懐かしいな。

 このところずっと賢石錬成ばかりだったから、この感覚……複数の錬成陣をずる賢く使って相手を翻弄する感じ。

 これこそが原初の僕の錬成スタイルだった。

 

「所長のイメージにある大味な錬金術と違いますね。こっちが素ですか。騙されましたよ」

「騙した覚えはないよ。勝手に騙された分には知らないけど」

 

 まだまだ。 

 遅延錬成陣から続けざまに槍やら礫やらが射出される。

 

 さて、これには何が仕込んであるでしょうか──と。

 

「っ!?」

「無論」

 

 ぶっ飛ばされる。

 隠者の石の推進力がある程度守ってくれたけど、おいおい、嘘だろう。

 

「武闘派の錬金術師ではない、というのは、嘘です。シンの人間ですからね。軽身くらい使えますよ」

 

 今のは、ただの肘鉄か。

 ……ははは。イシュヴァールを思い出す。

 思い出して、本当に嫌になる。

 

 そうだよ、シンにはこういうのがたくさんいるんだった。人間兵器とでもいうべき奴らがさ。

 

「ほら」

 

 放る。

 それは礫。だけど、僕の十八番。

 

 瞬間、目を眩ませるほどの輝きを放つ礫。錬成反応閃光弾だ。

 その間に大き目の錬成陣を足で描く。踏み込んでくる音は聞こえていたから、こちらも右腕でガード。機械鎧の方ね。

 

「ぐっ!?」

「局所錬成という。痛いでしょ。ただ鋼を掌底で打ち込んだだけじゃそこまで痛くならないもんね。さて、じゃあ反げ──うっ、ぐ……?」

 

 今度こそ余裕のない打撃が来た。

 

 背後から。

 

「……!」

「おや、貴方が言ったことですよ」

 

 僕の背に拳を入れたのは──特徴的な髪型の女性。

 ロゼ、か。そしてぞろぞろと入ってくる人々。

 

「敵はリオールの全てであると。カリステム。私達は複数であるからこそ、強く、恐ろしいものであると」

 

 仕切り直しましょうか、クラクトハイト所長。

 

 彼はニヤリとさえせず、そう言った。

 

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