竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
1914年8月30日。
僕は今、大総統と会食をしている。
祝い、だそうで。何の、って。
「その歳で中将へ昇格とは、異例も異例。このままいけば私より早く大総統の座に就けるのではないかね?」
「なーに言ってんだか。もう伝わってるんでしょ。来年にはいなくなるんだよ僕。ラース、君の任期はもう少し長いと思いなよ」
「はっはっは、そっちこそ何を言っている。私とて来年には無い命だろう。次期大総統は誰が良いか……心当たりはあるかね?」
「難しいよねぇ。正直誰でもいいわけだからさ。まぁレティパーユをいい感じのおじさんにして彼女になってもらう、っていうのが一番丸いんじゃない?」
そう、先日僕は国軍中将に昇級した。
盛大に祝われ……はしなかったけど、これで届かない権限もほぼなくなって、軍上層部からのちょっかいも完全に途絶えた。
「元から途絶えていただろう。なんだ、まだ勇気のあるものがいたのか?」
「いたよー。貧困層を使って密偵扱いでCCMに聞き込みさせてたり、実際に職員に手荒な真似しようとしたりね。全部その場で殺したけど」
「アメストリスのことを想うのなら、あれらを真っ先に賢石と化すべきだと思うのだがな」
「それね、イシュヴァールの時に提案したんだけど、エンヴィーに断られた。まだ使い道あるから、ってさ」
思えば大総統との会話もフランクになったものだ。
初めは仮初とはいえ気にしていた立場も、お父様の所へ通うようになってから段々と砕けて行った。今では軽口を叩く仲だ。仲が良いわけじゃないのが肝だけど。
しかし。
「君は、裏切るつもりはないの?」
「父をか?」
「うん。エンヴィーは行方をくらましていて、明らかに離反気味。グリードは言うまでもない。スロウスとグラトニーはちょっとよくわかんないけど、ラストも何か内に秘めているものがある。プライドはお父様大好きだから裏切りとか考えもしないだろうけど、君はどうなのかなって」
「ここでそれをお前に告げて何になる。どの選択をいつしようと私の勝手だろう」
「それはそうなんだけどさ。……ちょっとね、申し訳なさがあるんだ」
「ほう?」
原作において、ラースはとても楽しそうだった。
一対一で対等に渡り合える者こそいなかったけれど、エド達の頑張りのおかげで敷かれていたレールを踏み外しそうになったり爆破されたりして、最期の最期には満足して死ぬことができた。
けど、今生は……果たして、ってさ。
「申し訳なさなどというものを覚えているのであれば、プライドにこそ言ってやれ。アレはお前が父をお父様と呼び始めてから、時折私に当たってくるくらいにはストレスを溜めている」
「お父様もファミリーサービスが下手だよねぇ。僕みたいな協力者よりまず実子だろうにさ」
「家族だと思われているか怪しい所ではあるがな。お前の持ってきた手柄に比べて、我々が成したことはあまりにも小さい。プライドがお前を父から離していた期間があっただろう。その時でさえ父はやれお前がどうの、やれお前は新しいだのとプライドに向かって話していた」
「うわぁ、ヘイトやばそう」
「ふっふっふ、今更だろう。私を含め、ホムンクルスからも人間からも敵意を持たれまくっているではないか」
それはそう。
……願わくは、そのヘイトがお父さんとお母さんに向かいませんように、って感じかな。
「ペンドルトンとピットランドはどうする気なの?」
「罪人を争わせる。最早理由付けなどどうでもいいだろう」
「僕の仕事はもう全部終わっているからね。あとは悠々自適に君達の働きを見させてもらうよ」
「一番の大仕事を残しておいて良く言うものだ。……もう影に隠れることはできん。目立たば、障害も多くなる。それはわかっているのだろう?」
「勿論」
「ならもっと味方を増やしておけばよかったものを。何故敵ばかり作るのだお前は」
「……なんでだろうねぇ。後腐れなく見送れるからじゃない?」
優しくて親切な奴がいなくなるのと、嫌味で外道な奴がいなくなるのとでは、色々違うでしょ。
「お前にそう他人を想う心があるのかね?」
「彼らは一応準特別みたいなものだからね。マスタング大佐、アームストロング中佐、キンブリー大佐にマクドゥーガル。そしてエルリック兄弟。……僕にとっては、思い入れがあるんだよ」
「そういうものか」
だから、お願いだから立ちはだからないで、って思ってるけど。
無理だと思うから。
「さて、そろそろ僕は行くよ。次に会うのは、約束の日かな」
「そうなるだろうな。……プライドには会っていかんのか?」
「会ったら殺し合いになりそうだからさー。お父様とは普通に話してるし、わざわざプライドを刺激する必要もないでしょ」
「そうか」
「うん。そう。……じゃ、ごちそうさまでした」
背を向けても、剣はもう来ない。
感圧式錬成陣を一応立ち上げてあったんだけど、無駄になったか。
結局最後まで人を信じきれなかったのは僕の方、ってことだね。
*
つーまーり、だ、と。
暑っ苦しい部屋の中で、エドワードは続ける。
「クラクトハイト少将……ああいや中将のやろうとしてることは、アメストリスの国民で賢者の石を作ることじゃねえってわけで」
「いや兄さん、そこはボクも父さんも理解してるよ。ボクらが聞きたい兄さんの考えはそこじゃなくて」
「……」
「おいクソ親父! てめぇもなんか意見出せ!」
「と言われてもなぁ。ぶっちゃけた話、その歳でここまで話せているお前達の天才性を思うと、俺の出る幕なんかないんじゃないかって思えてきてなぁ」
「オ・マ・エ・が! 一番の当事者で! 一番の被害者だから! オレ達がこうして頭使ってんだろうが!」
「だからと言って、今はもう相手の出方を見るターンなんだ。だったらこんな狭苦しい部屋に籠っているより、ウィンリィちゃんと遊んできた方が良くないか? 俺はトリシャとそんなお前達を眺めて……それだけでいいと思うんだ」
「だぁーっ! なんでコイツこんなやる気ねぇんだよ! もういい、アル! ……アル?」
「兄さん、学術研究はあくまで冷静にやらないと。ほら、本返して。そのままだと兄さん破り捨てそうで怖いんだから」
エルリック家。
一応、議題としては「世界の危機について」ではあるのだけど、事あるごとにエドワードとホーエンハイムが衝突するせいであんまり進まない会議。
ちょっと困った顔でトリシャが入ってきて、三人分の水を置いていって、それをホーエンハイムが苦笑いで小さく「ありがとう」と返して、トリシャも笑顔で。
そういうワンアクションでイチャつく夫婦を見て、騒ぐに騒げなくなったエドワードと目をキラキラさせているアルフォンスがいて。
「エドー! アルー! ちょっと来てほしいんだけどー」
「あ、ウィンリィだ。じゃあ兄さん、ボクちょっと行ってくるから!」
「ゃなんでだよ! オレも呼ばれただろうが! あ、ちょ、アル! ……後でちゃんと詰めるからな! 忘れんなよ!」
とか言って出ていく子供たちを、今度はトリシャとホーエンハイムが微笑ましく眺めて。
今日もエルリック家は平和である。
「とか、言ってらんないよなぁ」
夜。
昼間騒ぎすぎて眠りに就いた二人。家の中で作業をしているとトリシャが無理をしてしまうため、ホーエンハイムは家の外でその地図……昼間、エドワードが開いていたものを広げていた。
アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマに敷かれていると思われる国土錬成陣。
そして──クセルクセスにもあるだろうソレを想像だけで辿り着き、形に起こしたエドワード。
「天才、か」
ホーエンハイムは天才ではない。
過ごしてきた長い年月がそうさせているだけだ。彼の師には「その歳でそこまで行っていれば」なんてよく言われたものだが、それさえもフラスコの中の小人の恩恵が大きい。
繰り返しても、やはり彼は天才ではない。
「しみったれた声出してんじゃないよ。こっちまで落ち込むじゃないか」
「……ピナコか。何か用か?」
「何か用か? じゃないよ、まったく。トリシャから心配されてんだよアンタは。『最近夜になると暗い顔をして出て行っているのが少し怖くて』とか言わせて。アンタ自分が一回失踪してること忘れてんじゃないだろうね」
「ああ……忘れてた」
「……そんだけ楽しいんだろ、今の生活が」
「ピナコに隠し事はできないな」
トリシャには悪いことをした、と。
ピナコの放って来た酒瓶を掴んで、へにゃっと笑うホーエンハイム。
「……錬金術のことは、アタシらにゃよくわからないけど、悪いのかい、状況は」
「良いか悪いかでいえば……もうどうしようもない、が一番近いだろうな」
「またそんな弱音を……、いいや、トリシャや子供たちの前では吐けないか」
気心の知れた仲だからこそ見せる本音の部分。
天才がどれほど頑張っても、秀才がどれほど精査しても。
覆しようのないことというのは存在する。
それを、凡人であるホーエンハイムは良く知っている。
「ピナコ」
「なんだい」
「来年。外国へ行く予定はあるか?」
「ないよそんなもん」
「……それでいいよ。いいか、アメストリスから絶対に出るなよ」
「どういう脅しだいそれは」
アメストリスから出ないこと。
それが唯一の道だと、あの国土錬成陣は物語っている。それがどこへ続く道なのかまではわからないが──。
「守るため、か」
「なーに神妙な声色で不穏な事呟いてんだい。アンタが帰ってきて家族全員揃ったんだ。余計なこと考えてないで、家族団欒を満喫してな!」
「……ああ」
余計なことをしなければ。
だから、罷り間違っても、彼を止めようと動かなければ。
幸せなままでいられるのだろうことを、知っているから。知ってしまったから。
ホーエンハイムは今、揺れていた。
*
「ただいま戻りましタ」
「おかえりなさい、メイさん」
「あれ、アガートさんはどこへ行かれたのですカ?」
「買い出しですよ。なんでも、シンの料理本が手に入ったとかで、懐かしの味を再現するとかなんとか」
メイ・チャン。
彼女は今、クラクトハイト家にお世話になっていた。
賢者の石やグラトニーなるホムンクルスこそいなくなってしまったけれど、なんとこの家のアガート・クラクトハイトが不老不死の法に近しいものを研究していたものだから、上がり込んで居候させてもらっているのである。
無論、タダで、ではない。
もっぱらアガートに対し錬丹術を教える、というバイトで等価交換を行っている。アガートにとっても、錬丹術の知識はあまりにも魅力的だったから。
「……クラク……レムノスさんは、こんなにも長い間帰ってこないんですネ」
「ええ。あの子は本当に重要な時にしか帰ってきませんし、本当の本当に重要な時には帰ってこないんです」
「どうして、でしょうカ」
「戦いになるからですよ。あの子の強すぎる思想は、私達と合致しません。ですからどういう道筋を辿っても、最終的に決闘になります。あの子はそれが嫌で帰ってこないんです」
「……その、どちらかが我慢する、という選択肢ハ」
「ありません。……そうですね、メイさん。これは答えの出ない話なのですが」
「はあ」
「仮に世界を救う方法が、必ず犠牲を伴うものであるとして、犠牲者が多い方と少ない方、どちらを選びますか?」
「……シンでもそういう問答はよく行われまス。大抵は多い方が犠牲になりますネ。後付け条件で少ない方には皇帝がいルとか、錬丹術の達人がいル、とかになるのデ」
ゆえに数が多くとも、一般人である大勢が犠牲になる。
シンはそういう考え方が多い。
「あの子は、必ず犠牲を伴なわなければ世界を救えないのであれば、そんな世界は要らない、と言っていました」
「……それハ暴論というか、理想論でハ? 思考実験の意味がないかト」
「でも今、あの子はそれを行おうとしています」
それはだからつまり。
守りたいものを必ず守れる方法を。
大勢側になっても、少数側になっても、必ず守るという意思を。
「……教えてくださイ。レムノスさンが、何をしようとしているのカ」
あるいは、それは、錬丹術師として聞いておかなければならないことだったから。
メイ・チャンは、レムノスが家族にしか話さなかった真実を知る――。
平和はここまで。