竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
生体錬成というものがある。
魂の錬金術……人体錬成は禁止されているけれど、肉体を治すならオッケーどころか歓迎! っていうのが今のアメストリス軍だ。骨折した脚や巻き込みによって潰れた指、銃創。こういったものを手術なしに解決してしまえるのが生体錬成。
錬丹術による治療と似ているようで、実はやっていることは全く違ったりする。
錬金術による生体錬成は、人間の組成を理解し、患部周辺を分解、あるいはその「素材」となるものを分解し、患部全体を元の状態に再構築する、という手法を取る。ただしこの「元の状態」というのは「傷を受ける前」の状態ではなく、「元々そうだっただろう形」に戻す、という方が正しい。
だから生体錬成を行う錬金術師の知識量が問われるし、決して再生させているとかではなく、それこそ「粘土を人間の形にしてくっつけている」が正しいだろう。勿論例えだけどね。
だから、たとえば日焼けの痕なんかは元に戻らないはずだ。新品の肌……切り傷だとして、そこにくっつけられるものは水分とタンパク質と脂質、灰分の錬成物でしかない。日焼けはダメージの内の一つだから、そこだけぽっかりと元の色に戻る、ということもあり得るだろう。
……まぁアメストリス人に「海水浴」なる文化は存在しないし、川遊びもほとんどしないっぽい*1*2*3ので、常日頃の日光以外で日焼けをする場面に恵まれることはないだろうから、それを残念がる文化もないと思うけど。
だから、たとえば指を深く切ってしまった場合に生体錬成を使うと、指紋が変わる、ということもある。マスタング大佐の作ったダミー人形のように余程注意深く作らないと歯型も当然変わるし、なんだったら毛の生えやすさや筋肉量にまで響いてくるだろう。
生体錬成は「元々そうだっただろう状態」に戻すだけで、治療ではない、というのは覚えておきたいところ。
その点、錬丹術は違う。
錬丹術は「元の状態を詰まりのない循環と見て、詰まりを正す」という技術だ。だから、患部に起きるのは補充ではなく再生。文字通りの再生。自然治癒を爆速に早める、って感じかな。普通はそんなことしたら劣化……老いも進むんだけど、錬丹術のエネルギー源は人体の流れだけではなく大地の流れも使えるのが肝。
一は全、全は一。人間だって地脈の一部であり、その中における傷、あるいは死というものは詰まりでしかない。傷ならば治し、死体ならば分解する。死体はエネルギーを持っていないから、大地の流れからエネルギーを拝借する。それの転用が錬丹術による医療。
本来微生物がやる分解に際する作用や時間を錬丹術師が代替している、って感じかな。
勿論こっちだって知識は必要だけど、生体錬成のように「つくってくっつける」ではない分必要な工程も労力も少なくて済む。錬丹術はヴァン・ホーエンハイムのクセルクセス式錬金術と元々あった特別なものの一切ない東洋医学的なアレソレがくっついた結果だから、こういう「無理のない形」を取っているんだと思う。
というのをおさらいしておいて、僕が覚えるべきは当然後者だと考える。
生体錬成を扱う錬金術師が少ないのは、覚えるまでに膨大な時間がかかることと、人間って一人一人割と組成がばらばらである、という点にあるだろう。
生物だから当然なんだけど、どの部位のどの組成も約~~%と考えるしかなく、その誤差が大きければ大きいほど当然に拒絶反応が出る。医者としてのちゃんとした知識がある上で生体錬成を学ぶならまだしも、生体錬成だけを学んでどうこう、とかは絶対無理。無謀だ。だからこそマルコーさんは凄いんだけど。
で、えーと、だから。
僕は錬丹術による再生を覚える必要がある。ただ覚える、といってもコレ、「流れの理解」が大前提にあって、僕の使う錬丹術は「ここからここ流れてなかったらおかしいでしょ! ドーン!」っていう遠隔錬成なので、実は流れなんか理解できていない。体感できていない。
そんな状態の僕がこれを使うと──。
「
薄く、浅く切ってみた肌を錬丹術で治す練習。
傷口がざわめくような感覚はあるのに再生する兆候が見られないってことは、元の流れなるものを理解できていない証拠。
別に傷口が広がるとかは絶対ないし、リバウンドも起こりようがないからいくらでも試せるのがいい所だけど、同時に先生がいないのはつら過ぎる。今までは考えて考えて、考えて考えてもわからなかった場合、教本や古書、そしてお父さんという「答えを持っている人」がいてくれた。
けど今やろうとしているのはアメストリスに無い錬丹術。
……ついでに言うと、軽くではあっても自傷行為なので、お母さんたちには絶対見せられないと「危ないことはしないと約束するから、隠れて修行がしたい」と言って外でやっている。ほら、期限なしとはいえお母さんと対決するんだ、手の内は明かさない方がいいでしょ的なアレソレで。
幸いなのは明確な答え……というか行きつくべき場所がわかっている、という点だろう。
メイ・チャンとかいうあの歳で錬丹術の達人を名乗れる術師。その手法と光景を見たことがある、というのはかなりのアドバンテージ。
……まぁ理想が高すぎると言われたら確かにそうだったりする。多分メイ・チャンの錬丹術は、錬丹術見習いもいい所な僕が手を出すには早すぎる領域だ。
それでも必要なことだからね。必要なら、やらなきゃ。たとえ無茶でも。
「──あのさ」
「あ、リスさん、来たんだ」
「……あのさぁ、アンタ、わかってる? 俺ちゃんと忠告したよな? そんで、俺を騙そうとしたら悲劇が起こる、とも言ったよな?」
「え、うん。でも騙そうとしてないよ」
「そりゃわかってるけどよ……つまり敵対宣言をしたようなもんだ。わかるか? アンタは監視されてて、俺みたいなのに敵対されてて、それでなんで一人でいるんだよ。しかも両親の目の届かないところに」
リスが、来た。
重そうなリスが。
物凄く呆れた声と共に、だ。
「欺いたりしなければ、まだ友人。じゃダメなの?」
「友人? ハッ! このエン……リス様とお前が友人? ハッハッハ、そりゃ傑作だ! アンタそんなこと思ってたのかよ!」
「ああまあ話し相手でもいいけど。──たとえ君が、僕に人体錬成をさせるためにお父さんやお母さんをどうこうしようと思っているのだとしても、今はまだしていないから、話し相手。そうでしょ?」
もし、本当にそうなったら。
……僕は彼らを殲滅する選択肢に移るだろう。人体錬成が絶対に成功しないことは知っているから、扉を開けよう、なんて気にはならない。そして二人の死体を損壊するくらいなら、泣きじゃくってホムンクルスたちを恨んで──けれど二人をお墓に埋めるだろう。
そうならないために、そうしないために今力をつけているんだけど。
あとは、今僕が激昂してリスに襲い掛かったところで1000000%負ける、というのもある。
絶対負けるとわかっている相手で、けどあっちがフレンドリーに話しかけてきてくれるのであれば、こちらも友好的な態度を取るのが外交上の妙手じゃない?
「……ハン、っとにリコウだなアンタ。正直子供だとは思えないぜ」
「僕もリスさんがリスだとは思えないよ」
「あ? ……そりゃ、アッハッハ、そりゃそうだったな」
もう一度挑戦する。
別に見られても特に問題ないからね。彼に錬金術の知識はそこまでないだろうし。勿論人体錬成や賢者の石に関する知識は人一倍あるんだろうけど、使えない技術を深くまで探求する、というのは人間であっても難しいものだ。
それを、長くを生きる者が興味を割くか、なんて。
「……うーん」
「で、何してんのサさっきから。もしかして生体錬成? やめときなよ、アンタがどれだけ頭の良い子供でも、できないモンはできないぜ?」
「生体錬成について知ってるの?」
「知ってるっつーか、まぁそこそこ見てきたからな、人間を。生体錬成ができる、なんて言う人間は大体爺さんばっかだったよ。経歴も……元から町医者だの病院勤めだのをしてて、そこから錬金術師になったとかばっか」
だろうね。
さっきのおさらいのおさらいだ。今度は実地体験レポートな形で。
「つまり、知識のない僕には無理?」
「無理だね。まぁ信じられないだろうけど、これは親切から言ってるんだぜ? しかも純度100%!」
「無理か……でも無理だからって諦めていられないんだよね。僕、お母さんと戦って勝たなきゃいけなくなっちゃってさ」
「そりゃ……それこそ無理だろう。アメストリス全土を探したって国家錬金術師に見習い錬金術師が勝った、なんて話は出てこない。アンタさ、自分がいつから錬金術を学び始めたかわかってんの?」
「二週間と二日前だね」
「……それで、そんな奴が国家錬金術師に勝つなんてことがあったら……そりゃ国家錬金術師制度の見直しが入るレベルだっつの」
正論過ぎる。
親切からの言葉も本当に純度100%だし、僕の驕りへの指摘もごもっともすぎるし。
本当は良いリスなのでは?
……ってなるほど純粋じゃないけども。
「……うーん。ダメか」
「それでもやるのかよ……」
「国家錬金術師になりたいからね。これくらいの困難は乗り越えないと」
「いや、だから、然るべき時が来たらスカウトしてやるって」
「リスさんが?」
「今の侮りは許してやるけどさぁ、俺はこう見えてアメストリス軍にも顔が利くんだよ。だから安心して待ってな。お前が母親に勝たなくても、あと数年したら誰かをスカウトさせに行くからさ」
錬丹術は発動している。
傷口がざわめくような感覚は、治ろうとはしている証拠。流れが掴めなければ錬丹術が使えない、ということはないはずだ。流れなんか理解してないのに錬丹術使っている人は作中にいたわけだし。
ならば、何が必要なのか。
今、厳しい修行を経ていない僕がこれに辿り着くために必要なことは。
「……ったく、子供ってのは集中力の化け物だな。よし、そんじゃあ良いモノ見せてやるよ、レムノス」
「生体錬成の教本とか?」
「もっと良いモノ、だ。ちょっとそれ貸しな」
ソレ。
と指を指されたのは、僕が皮膚を切る際に使った錐。
言われるままに貸す。別に武器を奪われたとか思わない。これがあってもなくてもこのリスには絶対負けるだろうし。
「よく見てろよ、レムノス」
言って、リスは──錐を自らの尻尾に突き刺す。
突き刺した。
──そして、ザッと。肉を掻き分けながら、錐を捻って取り出す。
半分ほどが切れて、千切れかけている尻尾は、けれど。
「……!」
飛び散るは赤い反応光。
長方形の鱗のようなものが生えて、それを覆い隠すように新たな長方形が生えて、それを覆い隠すように……といった具合で、すべてが直っていく。治癒ではない。修復、あるいは──回帰。
まぁ、わかっていたことだったし、理解も十分にしていたけれど。
こうしてまざまざと見せつけられて、ようやくその名を呼べる。
無論、今はリスだけど。彼はそういう能力を持ったホムンクルスで、生物ではない錬成物だ。
「見たか?」
「あ、うん」
「んだよ、反応悪いな」
「いや……驚いたというか、なんて反応すればいいかわかんなくて」
「ふぅん。ま、わかっただろ? これが生体錬成の錬成作用って奴だ。生体が錬金術によって直っていく様子。感謝しろよ、レムノス。こんなパフォーマンス、お前以外には見せたりしないんだからさ」
確かにそうかもしれない。
相手に恐怖を与える、みたいな目的で以外は、彼はこういうことをしない。やるのはダブリスにいる彼の方だろうし。
ただ──ひとつ、わかったことがある。
リスのおかげで、辿り着けたかもしれない。その赤い錬成反応のおかげで。
「リスさん、ちょっと離れてて」
彼を少し離して──目を瞑る。
錬成陣の上に腕を置いて。
──この国の地表。その真下を流れるのは、地殻エネルギーではなく賢者の石だ。
大地の流れが地殻エネルギーの流れを指すものなのだとしたとき、僕は少しばかりの勘違いをしていたかもしれない。
意識する。
セントラルから地方へ向かって流れるソレ、ではなく。
もっと深い所にある、大きな、大きな流れ。体感できているわけじゃない。全てを理解したわけじゃない。
ただ、
「……マジかよ」
成否。
それは、リスの感嘆によってわかった。
目を開けると……そこには、しっかりと消えた傷が。どこに傷口があったのかもわからないくらい、綺麗に消えたそれが。
「ふう……うん。ありがとうリスさん。おかげでできたよ」
「いや、……まぁ、そうか。アンタ、一応天才の括りだったな。今まで全くそう思ってなかったけど、ようやく実感したっつーか」
リスは嫌気が差したとでもいうように「やれやれ」と肩を竦めて首を振り、錐を地面にドスンと刺す。
「アンタなら、ホントに母親に勝てるかもしれないね」
「応援してくれるの?」
「応援? なんで」
「勝てるわけがない、から、勝てるかもしれない、に変わったってことは、僕に希望を見出した、ってことでしょ?」
「……」
僕のその問いに、リスはさも人間らしく「はぁ」と大きなため息を吐いて、ぴょーんと跳ねる。
返事はなかった。捨て台詞もない。
問答が面倒になった、が正しいのだろう。
まぁ、別に彼がいなくなっても変わらない。今の成功が偶然ではないと証明するために、何度も何度も肌を傷つけて、錬丹術を使う。
日が暮れるまで──何度も何度も。
何度も。