竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
鍵だ、と。
エドワードは言った。これはそう、兄弟がセントラルへ旅立つ前の回想となる。
「鍵?」
「ああ。アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマ、んでクセルクセス。この五つを結ぶ円っつーのは作れない。位置が最悪すぎる」
「まぁ、確かにそうだね」
「だから、ファクターである円はアメストリス、アエルゴ、クレタ、そしてドラクマの二つ。ドラクマは国土が広いから、丁度円形になるように国土錬成陣を配置することで、国土錬成陣による国土錬成陣が完成する」
そこまでであれば、誰もが辿り着くところだろう。
ホーエンハイムは彼に続きを促す。
「それで?」
「んで、最後がクセルクセス遺跡だ。クソ親父、お前が最後に確認した時にはもうクセルクセス遺跡は無くなっていたんだったよな」
「ああ、跡形もなくな」
「んじゃ、そんなにも陣の敷きやすい場所はない。クセルクセスが一夜にして滅んだっつー賢者の石の錬成陣を起点に「匚」という形を作るように線を引いて行けば──」
エドワードは地図にそれを描き終える。
アメストリス、アエルゴ、クレタ、、ドラクマの国土錬成陣を繋げた巨大な円に、クセルクセス遺跡方面へ伸びる直線と匚。
これらを合わせると。
「『栄』の形が出来上がるってわけだ」
「だとして、ファクターとなる円はどこだ? アメストリスのものが日食に合わせて発動するとして、その他の錬成陣は何をファクターにする?」
「各国の円はもう作ってあんだろ。隣国、全部ゴーストタウンだったってお前が言ったんだろ」
「兄さん、じゃあ、各国の陣とアメストリスの陣を繋げるのはどういう仕組みになるんだろう」
「そりゃぁ……なんつーか、あるはずだろ。やり方なんかいくらでも」
「考えついてないんだ……」
加えて。
「クセルクセス遺跡の方に伸びている直線はどうするのさ。あんまり円からはみ出し過ぎてる記号は円として見られないでしょ?」
「ああそりゃ、多分惑星の輪郭を使うんだろ。正円じゃなくてもいい。ただ丸けりゃいいってんならこれほど適した巨円は無え」
そこはわかるのか、とホーエンハイムは独り言ちる。
天才とは色々なところが飛躍していて、目の前の単純なものを見落としがちなのだろう。
「鍵なのはわかったが、なぜ鍵だと思うのか、そして何に使うのかまで理解しているのか、エドワード」
「何に使うのか、についてはまだわかんねーけど、なぜ鍵かってのは理解してるよ。えーっと、ああこれこれ。クラクトハイトの研究日誌。盗まれた時用のダミーなのはわかるけど、アガートさんに確認取ったら真実も幾らか書いてあったんだ」
そう言ってあるページを見せてくるエドワード。
そこには先程の「栄」という記号と、凄まじい量の数字の羅列があった。ただ、丁寧に翻訳してある紙が添付されている。
「竜頭の錬金術師の代名詞、竜頭の錬成陣。サンチェゴとか呼ばれてる機械時計の方じゃなくて、それを生成するためのリューズにこの鍵の記号が使われている。アガートさんによれば、クラクトハイトが国家錬金術師を目指すか否かを悩んでいるあたりに使っていた錬成記号らしいんだが、どうにも今でも使っているっぽい」
「ということは、この国土錬成陣は」
「ああ。この超巨大な錬成陣でリューズを作り、バカでけぇサンチェゴを作るつもり……と、最初は考えた」
「ボクも同じ結論に至ったけど、同じところで躓いたよ」
「――作ってどうする、って話だ。もし全人類を賢者の石にしたいのなら、んな面倒なことしてないで普通に賢者の石の錬成陣をつくりゃいい。鍵なんて記号持ち出してくる必要はない。じゃあこれは何か」
答えは出ていた。
「竜頭も確かに時計の鍵っちゃ鍵だが、そこだけに惑わされちゃダメなんだ。本来鍵ってのが何に使われるかを考える。そうすりゃ答えは一つ」
「――扉、だな」
「ああ。人体錬成をすると見えるっていう真理の扉。その実在をオレ達は知らねえが、あるんだろ?」
「ある。確実にそれは存在する」
「ならやっぱり簡単だ。この馬鹿でけぇ鍵穴に鍵を差し込んで、扉を開ける。それがクラクトハイトの目的だろう」
そう。
そこまでは、ホーエンハイムも考えた。
そしてその先も考えた。果たしてエドワードは。
「……」
「……」
「……兄さん、もしかしてわかってなかったりする?」
「うっせー。大体扉がなんなのか、その先に何があるのか、真理だのなんだのっつーのオレは知らねえんだ。計算しようにもアンノウンが多すぎて結果に粗が出過ぎる」
「人体錬成の陣はクラクトハイトさんが持っているのを確認してる。マクドゥーガルさんが『クラクトハイトから貰って来た』と言っていたから」
「でも、やっぱりだから何だって話だよな……」
「その時言ってたよね。扉を通るには通行料が必要だ、って。もし世界を巻き込む規模の扉が開いちゃったら、その通行料は」
「……全世界の人間が支払わされるってか?」
「可能性は、なくはないと思う」
言葉を、出さなかった。
ホーエンハイムは黙ったのだ。違うと言い切れなかったのももちろんあるが――二人だけで議論し、答えを推測し合う兄弟を止めたくなかった、というのが大きい。
ここでホーエンハイムが答えを出してしまうのは違う、と感じたのだ。
たとえそれが世界の危機でも、子供たちの危機でも、家族の危機でも。
「だとすると、やべぇなやっぱり。どっかの陣をぶっ壊しちまえばとりあえずは止まるよな」
「どうだろうな。そんな柔なものを作っているとは思えないが」
「つったってやらねえ理由はねえだろ。……こっから一番近いのは、クセルクセスとドラクマか。んじゃあ」
そんな時だった。
洗濯物を干していたトリシャが慌てた様子で叫んだのは。
南西の空が赤黒い、と。
赤い雨が来たのだと。
*
走る。走る。
「っつーのがオレ達の見解だ! 大佐とマクドゥーガルさんは!?」
「大体同じだ! 違う所があるとすれば、クラクトハイト中将の目的くらいだ!」
「何が違う! 早めにすり合わせしておきてえ!」
石と鉄と氷。
その三重奏が赤い雨を防ぎ、疾走する四人を赤い雨から守る。
「中将は両親を心から大切にしている! 少なくともこの星全ての命を賢者の石にする、などという愚行は犯さん!」
「ああそういやそうだったな! んじゃ、やっぱ扉開けるってのが鍵くせぇな!」
「……だが、気になることもあるのだ。彼は私に、人体錬成だけは絶対にするな、と言って来た。確か、人体錬成を行うと扉という場所に辿り着き、真理を得られるのだったな?」
「……ああ。俺の時は、そうだった。貰って来た賢者の石がなけりゃ、身体のどっかを失っていたらしい」
「扉開けても誰かが死ぬ可能性は高いのか! じゃあ本末転倒、っと……大佐!」
「任せろ!」
走る走る四人の眼前に現れたるは、巨大な獣。何と何が混ぜられているのか、キメラの名に相応しい怪物性を持つソレは、一瞬の内に焼き尽くされた。
「珍しいな。雨の日なのに、無能ではないマスタングは」
「うるさいぞマクドゥーガル。この雨は水分ではないからな、特に関係はない」
「っ、兄さん、大佐、マクドゥーガルさん! そいつだけじゃない、いつの間にか囲まれてる!」
囲まれていた。
路地裏を走っていたのに、進行方向にも後方にも左右にも、巨大ではないけれど無数のキメラがいる。統制が取れている。
「一度散開し、各個撃破と行くべきだ! 赤い雨には触れるなよ!」
「それじゃ敵の思うつぼだマスタング! ここから離れるのには賛成だが、散開したが最後、物量に押されて負けるぞ!」
「少佐止まりで軍を辞めた君にとやかく指図されるつもりはない!」
「あんだけ功績残しておいて大佐止まりの奴に言い返される筋合いも無い」
襲い掛かってくるキメラたち。
一匹一匹は大したことのない相手だが、数が数だ。しかもエドワード達は赤い雨に濡れてはいけないという制約がある。上から降り注ぐものだけでなく、地面に溜まったものもそうだ。キメラの身体に付着したものに触れても同じ結果になるだろう。
手一杯だった。
元同僚らしい二人の喧嘩を止めるとかやってられない。
そこへ。
「な・ら・ば! 吾輩の筋肉にお任せあれ──我がアームストロング家に代々伝わりし錬金術! 及び、一応防水バージョンの機械鎧で行う芸・術・的・錬・金・術!」
「中佐ァ!? なんでここに、っつかどうやって! 同じ汽車には乗ってなかっただろ!」
「話せば長くなるが、協力者を得たのだエドワード・エルリック! そしてそこの
「アームストロング中佐、君が馬鹿などという強い言葉を使ったことに驚きを隠せないが、それはそれとして時も場合も考えている! 考えて作戦立案をしているのだ!」
「お前の方が馬鹿だろ、アームストロング」
建物の上から降り立ったアームストロング中佐は、何か特殊な素材の雨合羽を着ているらしかった。どうみても錬成物。
ただ、思っただろう。エルリック兄弟は思ったはずだ。
うるさいのが増えただけだ、と。
「そ、ろそろ、一斉に来るぞ馬鹿軍人三人! どうすんだよオイ!」
「誰が馬鹿か!」
「俺は軍人じゃねえ」
「そのために来たのだエドワード・エルリック! とりあえず──全員着地の準備を!」
振り上げるは二つ名でもある豪腕。
それが地面に向かった時点で誰もがそれを察し、だから巻き込まれることこそなかったけれど。
「やるならまず目的から先に言え!」
「っていうか地下道って余計赤い雨が染み込んでるんじゃ……」
「キメラが閉鎖空間における私の弱体化を知らないわけでもないだろうアームストロング中佐!」
「……まぁ、水は増えたか」
みんな、文句しかなかった。
マクドゥーガルの
地下水を利用して天井を塞ぎ、落ちて来たキメラも、通路の向こう側も塞いだ。また赤い雨が染み込んできそうな箇所にはあらかじめ氷を張ることでそれを防ぐ。
地下水路。地下水道。ここほどマクドゥーガルの錬金術が活きる場所もない。
「吾輩、大活躍!」
「結果だけ見れば、だ。代わりにマスタングが使い物にならなくなった。おい、不意打ちを受けても焔を使うなよ。全員が酸欠になる」
「わかっている! ……しかし、エルリック兄弟。お前たちは凄いな」
「ん? なんだよいきなり」
「私達はこの発火布だったり手甲だったりと、既に錬成陣の描かれた装備で錬金術を行っている。だが君達はその場で毎回描いているのだろう?」
「ああ、まぁな。どーもしっくりくる武器がねぇんだよなー」
「あはは、ボクもです。徒手空拳がメインなので、長物みたいなのを持つとバランスを崩しちゃって」
ようやく余裕が生まれたからだろう。
少しだけペースを落としながら、それでいて走りながら雑談に花を咲かせる。
「少し前までは俺もそっちだったんだがな。今じゃコレができるようになった」
マクドゥーガルは手を合わせる。合掌。
その手で壁を触れば、そこから氷が広がっていく。
手合わせ錬成。真理を見た証拠。
「真理、って奴か」
「ああ。……といっても、使い道は今みたいな乱戦混戦時くらいだ。入念に準備を重ねた方が確実でいい」
「ふぅん。……つーか、聞き忘れてたけどなんで大佐とマクドゥーガルさんが一緒にいるんだ?」
「今更も今更だな。……赤い雨で、部下が幾人かやられた。他と同じように命に別条はないとのことだが、このまま放置するわけにもいくまい。そこで中将のクーデター宣言だ。これほどの非常事態であれば東方司令部勤務だろうと大総統の救護に行っても問題あるまい、ということで出てきた」
「俺が見て回った感じ、東部と北部はやばいな。多少色が違っても雨なら凍るだろうと思っていたノースシティの奴らはかなりの数が昏倒してる。東部も雨が多いからな、気にしない奴が多かった」
「……えーと? で、なんで一緒にいるのかを教えてもらってないんだけど」
「成り行きだ」
「違う。腹心が入院中で、部下がバッタバッタと倒れて放心中だったコイツを俺が無理矢理ひっ連れて来たんだ。少しでも戦力が多い方が良いだろ」
「腹心……って、まさかホークアイ中尉? 入院中って、なんで」
「ああ、知らないのか……。ふむ。どうするか。これを話すと、中将に対して複雑な感情を抱くことになると思うが……」
「いや、いい。話してくれ。ぶっちゃけ今は情報が足りないんだ。こっちで勝手にパズルを作るから、頼む」
そこまで言われては仕方がないと、マスタングは経緯を話す。
クラクトハイトと同じ顔のホムンクルスらしき敵。賢者の石を全身に纏う戦闘スタイル。
そして、ホークアイを決死の思いでクラクトハイトが助けたという事実。
「おお、やはり、ですか。クラクトハイト中将……あなたは国防の」
「と、こうやって中佐のように中将への敵意が薄れそうだったから、言いたくなかったのだ」
「……いや、話してくれて助かった。んで、気付けよ、って言ってやるよ大佐」
「何にだ」
「本当に気付かないのか? 今のを聞いていて、俺ですら違和感を持ったぞ」
エドワードとマクドゥーガルが持った違和感。
それは。
「誰だよその駆けつけた方のクラクトハイト。あの人に『手を握るのを代わってやる』みたいな気遣いできるわけねぇだろ」
「同感だな。その他言動が明らかに人間味に溢れている。内通者や裏切り者、テロリストは絶対に殺すあの男なら、リザ・ホークアイなど放っておいてそのホムンクルスを追うはずだ。たとえどれほど死にかけであっても、気にも留めないだろう」
「むぅ……まぁ、否定はしませぬ。中将は……時として冷酷ですから。ですが、良い所もありますぞ」
「……」
マスタングは考える。
あの時駆けつけて来たクラクトハイトを。思い出す。
……。
「確かに……誰だ? アレは」
「レティパーユだ。クラクトハイトの作ってる
「だが、生体錬成を使ったぞ。人形にそれは可能なのか?」
「可能かどうかは知らねえが、アイツには遅延錬成っていう唯一無二の技術があんだろ。どっちのクラクトハイトもグルだってんならあらかじめ演技の練習でもしておけば話は合わせられる」
本来起きるはずだった勘違い。
クラクトハイトが意図的に起こそうとしていた──マスタングを人柱にするためにやろうとしていた作戦が、リアリスト一名と天才によって崩壊させられた瞬間だった。
「えーと、加えてですけど、ボクたちのお父さんが西部でクラクトハイトさんと戦ったそうなんです。その時も身体から賢者の石を出して戦う、ってスタイルをやってきたと言っていました」
「……そう、なのか」
「
「なんだと?」
ホムンクルス。
この国で暗躍する化け物の名だ。現状姿と名前が一致しているのは、グラトニー、エンヴィー、そして
そのラースだけ。いるはずのラスト、プライド、スロウス、グリードは確認できていない。
一匹でもてこずる化け物が、あと四体隠れている。その内の一人がクラクトハイトだとすれば。
「いや、あり得ない。クラクトハイト中将は確かにその……人間味の無い言動の多い方だが、彼は子供のころから戦場にいてしっかりとした成長を続けている。それに、大槌殿が産んだ子供であることもしっかりわかっている」
「どっかで入れ替わったんだろ、だから。入れ替わったのか、成ったのかまでは知らねえけど。錬金術覚えてから一か月で国家資格取ってその翌年に一民族を殲滅するようになる、なんてのが土台おかしいんだ。そこに違和感を持つべきだったぜ」
ならば、だ。
ならば、今大総統を人質にクーデターを起こそうとしているクラクトハイトは。
「もし本当にホムンクルスだとしたら、遠慮はいらないな」
「始めから要らねえだろ。オレは顔面ぶん殴る気で来てるぜ」
「……エドワード・エルリック。お前は
「ほう、君に褒められるのはむず痒いな。地下道に生えていた変なキノコでも食べたかね?」
「世間一般の称賛だ。コイツは俺には勝てないからな」
「それこそ時と場合によるだろう。水場ならそれも認めるが、乾燥地帯なら私が完封できる」
「どちらであっても吾輩は問題ありませんぞ」
「話をややこしくするな、アームストロング。お前が強いのはクラクトハイト隊の全員が認めている」
「アームストロング中佐。恐らく技術だけで言えば貴方が一番です。それはクラクトハイト中将も認めていましたよ」
クラクトハイト隊、という名が出た所で、エドワードが素朴な質問を覚えた。
だから、問うた。
「あれ、最後の一人って誰だっけ。クラクトハイトの」
「ゾルフ・J・キンブリー大佐だ。紅蓮の錬金術師。得意な錬金術は──」
――亀裂が走る。
天井。そして床。反応できたのは。
「爆発、ですよ。こんにちは、初めましての方は初めまして。私が紅蓮の錬金術師です。――中将閣下の命により、安全に進めてしまう道を全て潰しに来ました。どうぞ憎み、恨んでください」
亀裂が、爆発する──。