竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第九十二話 錬金術の戦闘「隠者の剣」

 赤い雨は降り止まない。

 感情のない人形たちは雨に濡れ、しかし倒れることは無い。ただ赤く染まりゆく人形を眼下に収め──グリードは大きなため息を吐いた。

 

「やめとけよ、姉ちゃん。アンタと俺様じゃ、いくらやっても勝負はつかねえって」

「そう? いまのアナタは人造人間(ホムンクルス)ではないのだから……やってみないとわからないと思わない?」

「……がっはっは、初めてじゃねぇか? ここの姉弟喧嘩っつーのはよ」

「ええ、そうね。最初で最後」

 

 赤い雨に染まるのも厭わず、だからこそまるで血で染まっているかのような女性──ラスト。

 本当に大したことの起きないつまらなさにほとんど飽きかけていたグリード。

 

 その二人が今対峙する。

 

「しっかし、正直意外だったぜ。俺はてっきりエンヴィーの奴が来るもんだと思ってたからな」

「なぜ?」

「強欲の先に嫉妬はあり、嫉妬の先に強欲がある。俺様とアイツは似た者同士なんだよ。んでもって同族意識より同族嫌悪の方が強ぇ。排除したがるのも頷ける」

「そうね。……でも、彼には大切な役目があるから」

「ほん……そうかい。ま、どうでもいいが──本気で行くぜ、姉ちゃん」

「構わないけれど、どうして本気なのかだけ教えてくれるかしら。鹵獲されただけのアナタが、どうしてあの所長さんにそうも肩入れするのか」

 

 臨戦態勢も臨戦態勢、今まさにとびかからんとしていたグリードが、虚を突かれたような顔をする。

 そして、柔く、次の瞬間には獰猛に笑っていた。

 

「契約だから、っつーのと──仲間を守るための戦いだからだよ」

「仲間。もう一人の生体人形のことかしら」

「違うが、これ以上お喋りをする気はないぜ」

「そ、残念。──じゃあ、決めましょうか。私の矛とアナタの盾。どちらが最強なのか」

「オウ! 突き指しても知らねえぞ姉ちゃん!」

 

 ──あるいは。

 何故ラストが離反したのか、ということを問わなかったグリードの、その思惑。

 

 互いに本当に大事な部分に目を瞑って始まった激戦は、文字通り人知を超えるものだった。

 

 

*

 

 

 同じころ、セントラルが……中央司令部および大総統府が大きな地震に見舞われる。

 それはちょうどプライドから「スロウスが円を繋げた」との報せが入ったのと同タイミングであり、同時に相手方の反撃の狼煙であることが窺えた。

 

「ヒュウ、あれはブリッグズの戦車か。賢石の雨をも通さない装甲……錬金術師が協力していると見た」

「蹴散らすか?」

「いいや、お父様は地下へ。僕が代役なんだからさ、派手にやらせてよ」

「そうか。……死ぬなよ」

「勿論」

「いや、そうだな……プライド。守ってやれ」

「……はい」

 

 それは最大の屈辱とかそういう奴じゃないのかなぁ、とか思いつつ。

 隣に現れた影の化け物に目をやったら、ギロリと睨まれた。

 

「必要なのが天体である以上、計画の前倒しはできない。人柱であるマクドゥーガルと、もしかしたらいるかもしれないイズミ・カーティスは絶対に傷つけちゃダメ。それはわかっているね?」

「誰に物を言っているのですか? ──それ以外の人間はどうでもいい、という風にも聞こえますが」

「最悪、どうでもいいよ。君にどうにかできるかは別としてね」

 

 紛う方なき挑発に、首元にまで影が伸びる。

 

「あまり調子に乗らないでいただきたい。父とその計画のために必要な駒ですから、あなたの必要性はわかっていますが、あなた自身が偉くなったわけではない」

「そうだね。君は必要のない駒だもんね」

「──!」

 

 見開かれる目。増える目。ギラつく口に、厚みはない。

 

 また、ズシンと揺れた。

 恐らく何かの錬金術。しかもまだ下準備の段階だ。キンブリーによって地下通路は全て封鎖され、お父様の力でここいら周辺には錬金術封じが施されている。その外側から何かをしようとしているのだろう。天才錬金術師集団といって過言ないあれら五人だ。

 僕では到底思いつかないようなことをしてくれることだろう。

 

「敵が攻撃を仕掛けてきているというのに、随分と楽しそうですね」

「圧倒的な力で何の抵抗もさせずに踏み潰す方がお好み?」

「……成程。ある程度は蠢いてくれた方が面白みはありますか」

 

 サンチェゴは起動してある。

 鎖は射出可能だ。いや、遅延錬成をもう入れておこうか。そろそろ来そうだし。

 

「ちなみに僕まだラースだって勘違いされてるっぽいから、ラースっぽく振舞うことにするよ」

「それに何の意味が?」

「キング・ブラッドレイが救出された後、彼が真のラースだってわかった時の絶望感。マクドゥーガルを確実に人柱として捕獲するためには彼らの間に潜り込むのが一番だからね」

「……」

「それに、説明がつくのさ。僕の錬金術は良く言えば万能だけど、悪く言えば器用貧乏だ。突出した錬金術の使えない僕は、それ以外の部分で尖っている必要がある。だから、つまり」

 

 ──白い、白い翼を生やす。

 それは僕が元々持っていたものと、そしてあの天使から採取したもの。

 

「何かを隠していると思っていましたが、なるほど。天使とは、あなたに最も似合わぬ恰好だ」

「お父様には言わないでね。また怒られちゃうから」

「どういう」

「──試用運転してないってこと!」

 

 大総統府の一番高いところから飛び出す。翼をはためかせる──程度では何にもならない。そもそもこれエネルギーが噴出しているだけなので、揚力なんか得られるはずもない。

 だからただのジェット噴射だ。僕は別に赤い雨に濡れても関係ないから、だから、静寂のセントラルへ着弾する。

 彼らがいる場所は氣でわかっていたからね。

 

「なんっ……クラクトハイト!?」

 

 隠者の石を剣の形に形成する。なおアメストリス式剣術は僕には使えない。竜頭剣で培った我流のそれしか無理だ。だからこんな長い剣にしたところで振り回される未来しか見えない。

 それでもこの長さにするのは──カッコいいからだ。

 

「中将! 何故あなたはこんなことをしている!」

「お前ら下がれ! 天井を氷で塞ぐ!」

 

 おっと流石マクドゥーガル。判断が早い。赤い雨が地下に満ちる前に、僕の入って来たそこを塞ぎ切った。

 だけど、そのおかげで光が入るようになった地下。だからこそ出てくるのは影。影、影、影。

 

「猪突猛進ですね。いい意味は一切込めていませんが」

「照れるな。褒められ慣れていないんだ、あまり褒めないでほしい」

「都合の良い耳ですね、憤怒(ラース)

「なんだかんだいってついてきてくれるあたり面倒見良いよね傲慢(プライド)

 

 わざわざ呼び合うのは、相手に確信を持たせるため。

 ホーエンハイムからどれほどの情報共有が為されているかはしらないけど、これでもう疑う余地もなくなったことだろう。

 

人造人間(ホムンクルス)憤怒(ラース)。そして傲慢(プライド)か。天使に影の化け物とは、いつからこの世界はファンタジーになったんだ」

「始めからでしょ、流石に」

 

 錬金術がファンタジーでなくてなんだと。

 

 一足でマスタング大佐の懐まで踏み込む。動作の溜めとか存在しない。僕に武術の心得はないので、これはただの推進力であることも忘れてはならない。

 

「ッ」

「まずは、発火布!」

 

 振るう。別に賢者の石と違って完全物質というわけではない隠者の石は、だからこそ思念エネルギーで意のままに操ることができる。賢者の石はそれそのものを思念エネルギーで覆って流れを変えて動かす、という荒業をやっているけれど、これは思念エネルギーそのものだから自在であると、そういうこと。

 ゆえに、まるで蛇腹剣のような軌道でたわんだ隠者の剣がマスタング大佐の手袋を切り裂く。同時、足元から出て来た鎖が彼の腰付近にある隠しポケットも貫いた。スペアの発火布が入っている場所だ。

 

 視界の左から、圧。風圧というにはあまりにも恐ろしいソレは、しかし影が防ぐ。

 

「やる気だね、アームストロング中佐。優しい君なら僕を殺せないとそう踏んでいたんだけど、何か心変わりがあったのかな」

「……以前の中将であれば、吾輩も迷っておりました。あくまで国敵のみを殺さんとするその姿勢。国防を軸に、民を守らんとする意思。──ですが、どうでしょうか。今のあなたがやっていることは、国に仇為す者達と何が違うというのですか」

「じゃあやってみるといい。豪腕の錬金術師。技術だけならトップクラスの、けれど突出した才能のない君が、さて僕に何を届ける!」

 

 地面から鎖が射出される。それを手甲で弾き、再度こちらに殴りかかる中佐。

 その拳を、腕をクロスさせて受け止める。

 

「!?」

「……いや、はや。流石と言わせてもらおうか。両足が義足の身で、よくぞここまでと。だけど──」

 

 弾いて、隠者の剣を限界まで引き絞る。

 敢えて必ず防がれるフラグのセリフを言いながら攻撃させてもらおう。

 

「空中では身動きは」

「させねぇ!」

 

 ほら、やっぱり防がれた。

 

 中佐に向かった隠者の剣は、グーの形をした石の錬成物によって弾かれる。

 エドワード・エルリック。真理も見ていない、母親を失っているわけでもない、ただ父親を追いかけるに過ぎなかった少年が──何故こんなギラついた目をしているのか。

 あ、ちなみにさっきの受け止めは賢石繊維ね。当然だけど。

 

「エドワード・エルリック。……何かあったのかい?」

「中尉に会って来た。……てめェ、人の命を何だと思ってやがる」

「ああ、そういう。じゃあアレかな。僕がクラクトハイトではないこともバレていたりする?」

「……それと、セティスさんとアガートさんにも会った。色々話を聞いたよ」

 

 こっちの質問には答えないで、そう続けるエド。

 お母さんとお父さんに会ったんだ。まぁ会うように仕向けはしたけど。

 

「アンタ、一体誰なんだ? あの二人から聞いた印象とアンタ自身が違い過ぎる。ホムンクルスってのも俄かには信じがたい。あの二人と共に居たレムノス・クラクトハイトと、大佐たちと一緒にいたレムノス・クラクトハイト。アンファミーユさんたちと一緒にいたレムノス・クラクトハイト。そして中尉に大怪我負わせたレムノス・クラクトハイトは、同一人物か?」

 

 ふむ。

 何かしらの確信はあるけど、まだ探り途中って感じか。ちょっと遅いかな。もうすぐすべてが終わるのに、まだそんな段階じゃあだめだよ。

 

 だから、答えをあげるとしよう。

 

 左腕の軍服をまくる。

 そこに、一つの入れ墨があった。

 

「コレ、見える?」

「……ウロボロスの、タトゥー」

「意味は知ってるかな。まぁ知らなくてもいいよ。ホムンクルスの証って奴でさ。──改めて自己紹介をしようか、()()の錬金術師、エルリック兄弟。僕の名はレムノス・クラクトハイト。憤怒(ラース)と呼ばれ、英雄と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、そして両親を守るためだけに動くか弱い青年だ──以後、よろしく」

「そうですか」

 

 硬質な音が鳴る。僕の後頭部。いや、全身だ。

 踏みとどまることなんかできずにぶっ飛ばされる。ああ、少し懐かしいね。賢石繊維解いてなくて良かったよ。

 

「……やり過ぎだ、とは。もう言わないんだね、お父さん」

「レミー……」

 

 巨大質量があった。

 真っ黒い、未だに解析しきれていない何かの合金。地下通路も、天井も、全てを灰燼に帰す破壊の権化。

 けれど赤い雨は入ってこない。ふわふわと天井付近で浮いたままだ。

 

「大槌の錬金術師……それに、アガート・クラクトハイトか」

「お久しぶりですね、氷結の錬金術師。焔と豪腕の錬金術師さんは初めまして。そちらの兄弟もお久しぶりになりますか」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 こういう時でも礼儀を欠かさないか。流石はお母さんだ。

 

「プライド、お願いがある」

「分断してほしい、でしょう? それくらいは聞いてあげますよ」

「え、何? えらく素直じゃん。デレ期?」

「食べますよ、アナタ。……親子の時間の大切さというものを、これを機に思い知っていただけたらな、というだけです」

「ああ、お父様僕に盗られちゃったからか」

「調子に乗るな、と言っています。──アイザック・マクドゥーガル以外は、要らないのでしたか」

「そうだけど、他の四人も扉開けるポテンシャルはあるよ。アームストロング中佐は性格的にやんないだろうけど」

「つまり生け捕り推奨と。はぁ、面倒な」

 

 ずぁ、っと影の壁が立ち上がる。

 それは僕とお父さんとお母さんだけを残し、他の人間を向こう側へ隔離した。

 音も聞こえない。流石、わかってるね。

 

「──さて、久しぶりだね二人とも。さっきのが嘘なのはわかっていると思うけど、一応聞いておくよ」

 

 本気でやりあう覚悟はできてる?

 

 言葉に、一歩踏み出したのがお母さんだった。

 

「当然です。今度はもう謝りませんよ、レミー。私は母親として、間違った道を行く貴方を連れ戻します」

「だな。お前は凄いんだよレミー。そのすごい力を、もっとマシなことに使え。こんな……大勢を巻き込むようなことじゃなく、さ」

「この全てが国防のためである、と言っても?」

「だとしても、やり方はもっとあっただろ。違うか?」

「違わない。僕はただ、近道を選んだに過ぎない。──竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト!」

 

 隠者の剣をしまい、翼を消し、じゃらりじゃらりと踊る鎖を地面から飛び出させて叫ぶ。

 

「今ここに至りて、僕を表す名はただこの一つのみだ! セティス・クラクトハイト、アガート・クラクトハイト! 叩き潰すか、押し通るか、それとも説き伏せるか! ()()()()()()だけではない理由を僕に見せて欲しい!」

 

 まくった左腕からウロボロスのタトゥーが消える。生体錬成でこんなの付けたり消したりできるんだよ。

 

 さて、さて、さてさてさて!

 

 錬金術の戦闘を始めよう!

 

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