竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
使い倒す勢いで、使い切る勢いで、賢者の石も隠者の石もフルで回転させながら鎖を振るう。
対するは大槌。巨大質量の黒塊は、その悉くを弾き、迫り、地下を破壊する。
圧巻。圧倒。お母さんの細い体のどこにそんな膂力があるのか、あるいは槌自体に仕掛けがあるのか。とかく勢いを止められなかった鎖の制御を一度手放して、賢石繊維で打撃を受け止める。
「……硬い。重いのではなく、強いのでもなく、硬い。レミー、少し前から使っているあなたのそれは、なんですか?」
「軍服の裏地に超絶硬いものを錬成して這わせてあるだけだよ」
「成程、では」
消える。巨大質量だったはずの槌がふっと消えて、次の瞬間柄の長い小槌が僕の側頭部を捉えていた。
――相変わらずよくわからない錬金術だ。お母さんの錬金術は、本当に分からない。この合金も何の合成物かよくわからないし、あの質量を一瞬で消して、新たなものに錬成し直すことができた理由も理解できない。
側頭部に打撃を食らったのだ。脳が揺れる。あるいは耳から血が出ているかもしれない。
けれどそれも、すぐに治る。錬丹術だ。「おかしくなっているものを正す」のが錬丹術なのだから、脳震盪なんかは十八番に近い。
「……生体錬成、ではありませんね。昔私と戦った時の治癒術。レミー、あなたは昔から、幼いころからそうでしたね。錬金術を学ぶ意欲だけではなく、知るはずのないことも多く知っていた。まだ教えていない部分を独学で学びきっていました。――なぜですか?」
「何故! なぜときたか。流石だねお母さん、本当に素直だ」
僕がなぜ、錬丹術をあんな幼い頃から知っていたのか。
僕がなぜ、たった一か月で国家錬金術師に勝ち得たのか。
「だから僕も素直に答えよう。初めから知っていたからだよ、お母さん。僕はこの国の文字も、学問も、技術も! 生まれた時から知っていた! 知らないフリをしていただけだ!」
長く伸びた柄に鎖を殺到させて、折る。よくわからない合金なのはハンマーの頭部分だけ。柄も知らない素材ではあれど、木材程度の耐久力しかないことは知っている。
そのまま波のような鎖をお母さんへ殺到させれば――鎖はお母さんに辿り着く寸前で、花開くように彼女を避けた。
まるでそこに膜か何かがあるかのように、だ。
「お父さんの錬金術も、つくづく意味わかんないよね。なんで国家資格取ってないの?」
「実戦には向かないからだ。対錬金術師想定の錬金術なんか、錬金術師が敵になる事態にならない限り意味がないだろ?」
「流体の錬金術師。あるいは対錬成物の錬金術師。ホント、国家資格が意味のないものだと思い知らされる」
ただの監視目安なわけだし。
それより、成程。
これは斥力のようなもの、かな? どういう理論でどういう原理を使っているのか全く理解できないのは僕の知識不足にしても、なるほど流動する鎖を流体と捉えたか。血液を循環させ続けて死体を保持するとか、カリステムの弟子であるとか。
ああ。
いいな。だって二人は鋼の錬金術師に出てきていない錬金術師で、だから対策の取りようがない。僕が二人について知っているのは、僕が二人と共に過ごした時間で見たものだけ。それさえも自ら遠ざけたのだから、知らなくて当然なのだ。
それがとても心地よい。
「いつからですか、という質問をしようとしていましたが、レミー。……最初から、なんですね」
「うん。最初からだ。僕は最初から、レムノス・クラクトハイトじゃあない。いや、レムノス・クラクトハイトという肉体であることは間違いないけれど、僕は四番目だ。お父さん、お父さんが繋ぎ止めた、四番目の魂だよ」
「……やっぱり、か」
確証はない。
だけど、そうであるという感覚がある。
僕の前にいた三人の気配を、どこかで感じていた。
「それでも僕は、二人の子供かな」
「ええ、間違いなく。あなたは私達の子供ですよ、レミー」
「今更過ぎる質問をするなよレミー。――だから、お返しに俺からも今更過ぎる質問をする」
「何かな、お父さん」
「死ぬ気か。俺達を置いて」
唇を噛み締めるお母さん。真剣な声のお父さん。
まったく、どこからどうやって辿り着いたのやら。
「うん、そうだよ。二人とは永遠のお別れをするつもりだった。二人がここに来なかったら、本当に黙ったままね」
「……それが、俺達を守るための手段だ、っていうんだな」
「そこまで知られてるってことは、情報源も大体絞られるけどさ」
僕がお父さんとお母さんを守るためだけに戦っていることを知っていて、僕が死ぬことまで知っている人物が誰か、など。
「それじゃあ、レミー。――俺が、こうしたら」
お父さんの腕を鎖で掴む。
彼の手にナイフが錬成される、その前に、だ。
「僕を止めるために自決、というのはナンセンスじゃないかな。お父さん、お母さんもだけど……僕が何で二人を守ると決めたのか。そのためにこんなことまでしたのか。その理由を考えたことはある?」
「勿論です。ですが、答えは出ませんでした。あなたが優しいから、なんて陳腐な答えでないことだけはわかります」
「……レミー。自分の行動がおかしいと自覚しているなら、戻ってきてくれ。今からでもいい。全力で、今度は俺達がお前を守るから、だから」
確信する。
二人はこんなこと言わない。ああ、だから、そうか。
誰かが行方不明になった時、真っ先に疑うべきは最後の目撃者である。これもあまりにも今更過ぎる話だけど。
「――エンヴィー。余計な事をどれくらい言ったのかな」
「……全部だよ、全部。アンタがやろうとしてることも、アンタが誰と与しているかも、アンタが第五研究所でやってたことも、全部話した。ハハッ……命を助けてもらう代わりに、な」
その声は、お母さんの腰のあたりから聞こえた。
お母さんが取り出したるは、小瓶。原作のものにちょっと似ているけれど、あれよりも頑丈なつくりになっているもの。
「レミー。あなたはコレと接触してからおかしくなったのだと思っていました。ですが、最初からだというのなら、あなたはコレの存在も、在り方も知っていたのではないですか?」
「勿論だよ。人造人間……あの時僕とお父さんの錬金術実験を覗いていたホムンクルス。僕は勝手にお父様の蓋を使ったからね。目をつけられていたんだ」
「お父様……?」
「俺達ホムンクルスの親玉さ。いつの頃からか、コイツは俺達のお父様のことをお父様と呼ぶようになったんだ」
エンヴィー。
最小単位時の彼が、そこにいて。
お母さんとお父さんと、そこそこ気の知れた仲であるかのように喋っていた。
行方不明だったんじゃない。
匿われていた、ってことだ。
情報と引き換えに、かな。
「レミー。お前は、ホムンクルスじゃない。そうだよな? ラースだなんて呼ばれていたが、本当は違う。嘘を吐いているだけだ。だから」
「そう焦らなくても、僕のお父さんはアガート・クラクトハイトただ一人だよ。そしてその通り、僕はホムンクルスなんかじゃない。そもそも性格が
「だったらなんで」
「都合が良いからさ。お父様と共に行動していた方が、僕にとっても、お父様にとっても都合が良かった。その時の呼び名がただ"お父様"だったというだけだよ。焦らなくていい。焦る必要はない。ね、エンヴィー。とりあえず一個目の作戦が失敗した気分はどうかな」
僕の行動、僕の呼称。
そういった部分から行う仲違い。彼の常套手段だ。
「……レムノス。アンタさ、蝙蝠だよな。誰の側にもつかない。いや、俺達にも、お父様にも、この二人にも他の錬金術師達にも寄り添うように動いて、真実誰も信用していない。なぁ、あの時言ったよな、レムノス。この二人が死んでもアンタは絶対に泣かない。情なんか欠片もないから」
「それが?」
「それが、親子って言えるのか? 親が死んで涙も出ない子供をさぁ。本当に親子だ、って」
「言えます。そして、レミーに感情がないわけではありませんよ、ホムンクルス」
おや、思わぬところから援護射撃が。
完全にエンヴィーの言葉に突き動かされている、ってわけでもないのか。ま、そうだよね。二人とも意思強いし。ただ隙間があったら揺さぶりにかかるのがエンヴィーだから、そこだけ確認したかったとかそんなところかな。
隠者の剣を取り出す。
「お父さん、お母さん。――僕は二人を守りたい。だから、僕に負けて欲しい。僕の意思を覆したいのなら僕に勝って欲しい。初めに言った通り、親子であることだけじゃない――国家錬金術師として、アメストリスに生きる錬金術師として、僕という敵を打ち払って欲しい」
「はは……レミーの我儘は……どれくらいぶりだろうな」
「我儘を言う前に親元を離れてしまいましたからね。このホムンクルスのせいで」
「いやだからそれは俺のせいじゃないって!」
ついでだ、翼も噴出させる。
賢石ドラゴニュートはお父さんみたいな不可視の手を持つ錬金術師相手には不利だからね。隠石天使の方が都合が良い。
「殺す気で行く。守りたいからって傷つけられないと思っていたら、大間違いだからね」
「そんなことは思っていません」
出現するは――大槌。ホント、どういう錬成速度してるんだか。遅い速いの次元にない。文字通りの出現だ。
だから、それが振り下ろされたり振り回されたりする前に、隠者の翼のジェット噴射で一気に詰め寄る。
「柄も錬成物ですよ、レミー」
「ッ、ぐ!?」
顎に衝撃。何かにアッパーカットされた。何に?
――それは柄だ。ハンマーヘッドのない柄。お母さんの足元から生えてきているハンマーの柄に殴り飛ばされた。
直後、背後に感じる風圧。これを直上へのジェット噴射で避ければ、柄が縮んで引き戻されるハンマーが僕のいた所を通り抜けていくところだった。
「その機動力のある間は、身体を固くすることはできない様子ですね」
「ああ、まぁ、思念エネルギーを使い過ぎるからね」
「つまり」
お母さんが足を強く地面に叩きつける。
直後、青い錬成反応が周囲一帯を照らした。
出てくるは、ヘッドのない柄。無数の柄。
「大槌の錬金術師と呼ばれてはいますが、まさかそれだけが取り柄だと思っていないですよね」
「勿論!」
突っ込む。
再度突っ込む。生えて来た柄はどれもが鋭利に尖っていて、身体に刺さったらひとたまりもないだろうもの。そこへなりふり構わず突っ込む。――お母さんもまた、錬成を止める気配はない。良い。どっちも覚悟の上だ。
全身に柄が突き刺さろうと、お母さんを斬る!
「国家錬金術師じゃないからって、あんまり俺を忘れてくれるなよ、レミー」
突然体の速度が落ちた。空気の粘性が上がったらしい。
……斬る前に、刺される。
だから隠者の石を全て思念エネルギーに解き直して、賢石繊維でのガードにシフトチェンジ。
物凄い音と共に全方位からの突撃を受けて、けれど完全物質はこれを完全に防ぎきってくれた。
最後に前方からの強い衝撃。ハンマーか。
それで、元居た場所に戻される。
「……わかった」
わかった。
本気でやれ、ってことだと受け取った。確かに今まで本気じゃなかった。だってこんな大味な戦い方、僕のスタイルじゃないし。
手を地面に付けて、円を描く。
「サンチェゴ――思念急流とかいう奴だ! 錬金術全部無効化されるぞ!」
「作らせなければいいだけの話でしょう」
ハンマーが来る。
それを、避けずに受け止める。
「ッ!?」
「これで」
受け止めただけに終わらない。鎖でハンマーをがっちりと固定して、お母さんに肉薄する。重くなる身体はポケットから出した鉛玉五つで対応。大気そのものへの錬成反応を分解する。
「遠隔錬成――錬丹術か!」
「へえ、メイ・チャンから習ったってところか。でも、流石にね、お父さん」
年季が違う。
何か対応される前に、お母さんの首へと手を当てて。
――直後、お母さんが膝から崩れ落ちる。
「……セティス?」
「カ――ァ、ぅ……れ、ミー……!」
「セティス!? どうした、毒か!?」
「毒じゃないよ。むしろ健康なもの」
背後でガチャン、ガチャン、ガチャンと三度音が鳴る。
一個目は遠くに作ったままだからね。実はここに四つ目を作ることはできない。だから思念急流なんか出せない。エンヴィーの浅い知識を利用したブラフだ。おかげでお母さんが突っ込んできてくれたってわけで。
思念急流が出せないだけで、それ以外はできるんだけど。
鎖がお父さんに殺到する。
お父さんは何かメモ用紙みたいなものをばら撒いて、そこから錬金術を発動しようとしたようだけど……流石に遅いかな。
「……親として。そして錬金術師として僕を負かす」
「レミー……」
「残念だよ。そして、おやすみ」
ぽたっ、と。
お父さんの皮膚に、その赤い水を垂らす。
「――こ、れ……は」
「うん。外で降ってる赤い雨。これに濡れたらどうなるかくらいは二人もわかってるでしょ」
「……くそ」
意識が刈り取られる。
赤は瞬く間に全身へと広がっていき、まるで卵のように二人を包み込む。
僕の本来のスタイル。
賢石ドラゴニュートでも、隠石天使でも、況してやサンチェゴによるごり押しなんかでもない。
僕の原初は、ブラフだ。本気でやるならこうでなくっちゃね。
「助かったよエンヴィー。君が僕の錬金術に無関心で本当に助かった」
「……あっそ」
「それじゃ、プライド。こっちは終わったから、分断はもういいよ」
「そうですか。ああ、そしてエンヴィー。そんなところにいたのですね。矮小過ぎて気付きませんでした」
「……」
「ちなみにもう終わってる感じ? 余裕そうだけど」
「ええ。私には炎も氷も効きませんので、特に問題なく。一応全員生け捕り推奨ということでしたので、手足と口を縛ってありますよ」
「もしかして有能?」
「……アナタは私を舐め過ぎです。まぁ、エンヴィーやグラトニーのような不出来な弟達ばかりと接していたのなら仕方のないことですが。どうですか、レムノス・クラクトハイト。
「ああ、ダメダメ。エンヴィーには大切な役割があるんだから」
「……あ?」
疑問を上げたのはエンヴィーだ。当然プライドじゃない。
何故彼が疑問の声を上げたのか。
心当たりがあったからだろう。彼がここへ来る直前あたりに接触したもう一人のホムンクルスがしていた同じ言い回しに。
大切な役割。大切な役目。
「……ラストと、何企んで」
「さぁて、なんだろうね?」
ちょっと食い気味に。
今頃グリードと戦っているだろう彼女へエールを送りつつ――帰路に就く。お父さんとお母さんはこのままでいい。どうせ誰も傷つけられないからね。
プライドもずるずると退いていく。エルリック兄弟、マスタング大佐、アームストロング中佐、マクドゥーガルを引っ張って。これで彼らが画策していた外部での錬金術も終わりかな。
「つまらない幕引きでしたね」
「まぁ、そういうこともあるよ。なんでもかんでも面白い展開に、っていうのは難しいさ」
「そういうものですか」
敢えて無視するのは、一人。
一人――奥の方で縮こまっている、錬丹術の達人。
多分彼女が、最後のピースだ。
そして、天才錬金術師五人がそう簡単に捕まるとも思えない。
外側と内側に引き込んで、はてさて、どれほどか。
「楽しそうですね」
「うん。ま、これで確実にお父さんとお母さんは守れるからね」
「……意味わかんねえ」
全ては順調、ってことで。