竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第九十五話 錬金術の朧深「鍵式惑星錬成陣」

 結果として。

 引き分けだった。最強の矛と最強の盾の戦いは。

 

 生体パーツを貫き、地面へと繋ぎ止めるラストの矛と。

 その上で硬化し、彼女を動けなくさせたグリードの盾。

 

「……こんな結末がお望みかい、姉ちゃん」

「ええ。全ては計画通り」

「そろそろ全てを話してくれると助かるんだがな。計画計画って、ちっとも内容が見えて来ねえ」

「ホムンクルス並みの賢者の石が二つ、一か所にいること。それが彼からの条件よ。そして私からの条件はただ一つ」

 

 赤い雨。

 赤い雨が──ラストを包み込み始める。グリードを刺し貫いたまま、少しずつ。

 

「私達に、一つだけでいいから、可能性を残すこと。再生能力のない、ただの人間と同じになってでも──()()()で生きていけるように」

「……わかんねぇよ」

「ええ。これはただの、私のエゴだから」

 

 そう。 

 そう言って、ラストは赤く固まった。グリードを組み伏せたまま、そのまま。

 

「……女に押し倒される、っつったって姉ちゃんなのがな。はぁ、また面白みの無ぇ……いや、どうせもうすぐ終わりか」

 

 月日は。

 

 

*

 

 

 スライサー兄弟は音を聞いた。

 トン、という、誰かがこの物見台に降り立った音を。

 

「何用かね? ここは私達の持ち場なのだが」

「いえ。……ここの者は、アナタを含めて生き残れない。そう聞きました」

「相違ない。それを聞いてここに来るということは、自殺志願者か?」

「似たようなもの、なのでしょう」

 

 直接のかかわりはほとんどない。

 ただ、同じ者の部下である、というだけ。

 

 そこにいたのは──ゾルフ・J・キンブリーだった。

 

「どうやら私は壊れてしまったようでして。この不要な感情を抱えて生きていくくらいなら、ここで美しい音を奏でていた方が幾分か気も紛れるというもの」

「ふむ。何やらよくわからないが、クラクトハイトは承知しているのか?」

「していないでしょうが、関係ないでしょう。元よりビジネスパートナーでしかありませんでしたし、彼の情は両親のみに向けられている。私がいなくなることは誤差ですよ」

「そうか。──ならば存分に力を揮ってもらおうか。流石に()()()は、私の手にも余る。クラクトハイト曰く連絡すれば壁を立ち上げると言っていたが」

「必要ありません。ああ、ただ、巻き込む自信しかありませんので、私から離れて戦ってください」

「承知した。私も間合いに入られたら無意識に斬っている可能性がある。無為に近づくのはやめておけ」

「では、はい。お互い様ということで」

 

 キンブリーは、自嘲気味に笑う。

 情。情だった。

 クラクトハイトは理性だと言ったが、違う。キンブリーは情を抱いてしまっていたのだ。同じ隊の面々に。それが──どうにも、理解不能で。

 このままあの場にいれば、いずれ自身が使い物にならなくなる。敵と相対した時に全力を揮えない兵士に何の価値がある。価値も、信念も、貫き通せないのであれば。

 

 だから、死にに来た。

 最期の最期、シンの精鋭からアメストリスを守って死ぬ。そのために。

 

「さて、兵士は兵士の仕事をするとしましょう。安全など私には不要ですから」

 

 信念。

 今、キンブリーを動かしているのは、ただそれだけである。

 

 

*

 

 

「さて、今日が約束の日だ。レティパーユ、アンファミーユの調子はどうかな」

『変わらずです。そういえばグリードさん、スライサー兄弟と連絡が取れなくなりましたが、大丈夫ですか?』

「その辺は織り込み済みだから大丈夫。それじゃあさ、最後の挨拶になるから、アンファミーユに繋げてくれる? 僕からのは全部強制切断されるんだよね」

『……問います、所長』

「なにかな」

『本当にあなたは生き残らないつもりですか。本当に私達を置いていくつもりですか』

「なに、寂しいの?」

『はい。素直に言いますと、はい、です。私は……第五研究所での日常が好きでしたから。アンファミーユと所長、スライサー兄弟がいて、時折第二号が上がってきたり、第三号……グリードさんのような方が現れたり、CCMに上がって博物館を見たり』

「僕とスライサー兄弟がいないこと以外はまだ続けられるよ」

 

 ま、欠けがある時点で嫌、という話なんだろうけど。

 ……それは、過分だよ。僕にとっても。

 

『繋げました。切られてはいないですが、返事はありません』

「うん。それでいい。アンファミーユ、久しぶりだね」

『……』

「言っておくことが一つあったと思ってさ。僕、君といるのは別に苦じゃなかったよ。申し訳ないけど、好き、という感情は……もう使いきっちゃっててさ。君は勘違いしているかもしれないから言うんだけど、僕別に両親が好きで二人を守っているとかじゃないんだよね」

『……ぇ?』

「いつの頃からかなぁ。アンファミーユと出会う前からかもしれないけど、僕は周囲に来る人間の一切を信じられなくなった。色々あったんだよね。悪友みたいな部下が、あっさり殺されたり。真面目と不真面目な部下が、なんでもなく裏切ったり。立場を選べない素直で不真面目で真面目な少年が、当然のように裏切ってきたり。……信じられなくなった、は嘘か。僕は元々誰も信じていなかった。だからこそ、お父さんとお母さんを守る、という()()()()を維持することで、人間を演じ続けるトリガーにした」

 

 あの二人が好きだから守っているわけじゃない。あの二人を愛しているから守っているわけじゃない。

 あの二人を守っている、という楔がないと、僕は僕でなくなる自信があったから、ずっとずっと守っていた。

 

 守っているから大丈夫と言い訳してきた。

 エンヴィーの指摘は図星も図星だったんだ。あの二人が死んでも泣けない。そりゃそうだ。あの二人に対して何も思っていないんだから。

 

「レムノス・クラクトハイト。僕はそもそも普通の生まれじゃない。生き返ったって話じゃないよ。そうじゃなくて、僕は──違う世界からやってきた存在だ。そうだな、敢えてこの世界風に言い方を合わせるなら、扉のムコウからやってきた存在だ」

『……どう、いう』

「詳しいことを話す気はない。ただ僕は、ムコウ側で愛情を使い果たしている。使いきっている。だから君どころか、誰を相手にしようと愛することができない。君達を情報としてしか見ることができない」

 

 それは本当にパーソナルな部分であり。

 僕がまだこの世界を鋼の錬金術師の世界、だと捉えている証左でもあり。

 

 今更語るべくもない。知りたければ妄想すればいい。

 

「ゆえに、僕は君を愛せない。はっきりという。好きじゃないんじゃなくて、好きになれない。君の夫としての務めを果たせない。そして、僕は君達の上司にもなれない。部下への愛情さえもない。僕は君達の同僚にもなれない。仲間としての情もない。繋がりは弱点であるとしか見ることができないし、人間関係とはしがらみであるとしか考えられない」

 

 僕が普通の人間であるものか。

 一般的な感性などしているものか。日本人がただ修羅道に落ちただけなど、口が裂けても言えることじゃあない。僕なんかが一般人と肩を並べるなんて烏滸がましい。ちゃんと劣った存在だ。

 

 だから。

 

「僕から君にしてあげられることは、一つもない」

『……』

「だけどもし、僕から君にお願いすることがあるとすれば、ただ一つだけだ」

『……そ、れは』

 

 それは。

 

「覚えておいてよ。僕がいた事。僕という誰かがいた事。僕という何かが喋っていた色々。くだらないことも、最低なことも、酷いことも悪いことも理解し得ないことも理解しがたいことも。なんでもいいからさ。僕がいた事をちゃんと覚えておいて欲しい。竜頭の錬金術師、なんてパッケージは誰でも覚えていられるだろうけど、レムノス・クラクトハイトの内情を覚えていられるのは君達くらいだろう」

 

 あるいはお母さんとお父さんでさえ、その核心に触れることは無かったのだから。

 

「僕はいなくなる。君達の前から消える。だから、君達は、ただ忘れないでいてくれたらいい。それで、それでも鬱憤が晴れなかったら、とことん呪えばいい。憎めばいい。怒ればいい。拗ねればいい。僕も君がそうしている様子を夢にでも見ておくことにするよ」

『……なら、一つだけ、いいですか。私からも』

「ん」

 

 ようやく言葉を交わしてくれる気になったらしい。

 キメラ・トランシーバー越しだけど、こっちに向き直ったような音が聞こえた。

 

『ありがとうございました。私を救ってくれて。あなたは利用する気しかなかったのだろうけれど、私は勝手に感謝しています。私と結婚してくれてありがとうございました。あなたには何の情もなかったのだろうけれど、私は勝手に感謝しています。──私はあなたに出会えてよかった。呪わないし、憎まないし、怒らないし、拗ねません。ただ、感謝をし続けて、絶対に忘れないようにします』

「そうかい。それは、どういたしまして、かな」

『もう一度言います。ありがとうございました。──ありがとう、ございました』

「うん。元気でね」

 

 切れる。これはアンファミーユとの通信が、だ。

 レティパーユとは繋がっている。

 

『やればできるじゃないですか』

「君さ、情緒育ち過ぎというか、もう誰? って感じだよね」

『記憶がかなり戻りましたので。それより、所長』

「なにかな」

『私からも礼を言っておきます。賢者の石にされる、ということ自体がイレギュラーであり、なんなら所長によって行われたことである可能性も否めませんが、あの嵐の海の中から私を掬い上げてくれてありがとうございました。おかげで生き返ることができて、おかげでアンファミーユと出会えて、おかげで──恐らく生前は感じていなかった、生きる楽しみを覚えました』

「君さ、名前はあったりする? 思い出せてる?」

『はい。でもレティパーユでいいです。太陽に一番近い名を受けた兄と、最も大きな名を受けた私。兄は残念ながら爆発四散したようですが、私がそうならなかったことを喜びます』

「……僕がいなくなったら、アンファミーユとかに明かしても良いからね、名前」

『今この名前が気に入っていると言ったのが理解できませんでしたかタコ野郎』

 

 情緒というか、口が悪くなり過ぎたね。海の無いアメストリスでタコ野郎なんて語彙が出てくるのも謎過ぎるし。

 

「託すよ、全部。君、多分最年長でしょ」

『グリードさんよりは下です』

「そりゃ誰だってそうだって。……じゃ、元気でね」

『はい。息災で』

 

 通信が切れる。

 ありがとう、か。

 

 過分過分。

 話し終えたので、あとは地下に向かう。

 

「別れは済んだかね?」

「うん。あ、話聞いてたりした?」

「いや。家族との話し合いだろう。私は何も聞いていない」

「そこまで理解があるなら自分の子供達にも向けてあげればいいのに」

「……そうだな。少しくらいはそうするべきであったと、今更ながらに思う。そして、その機会はまだあることも知っている」

「ありゃ、ラストと取引したの知ってたの?」

「エンヴィーがな。余程私とオマエを仲違いさせたいのだろう。嫉妬。それに尽きるが、聞いてもいないオマエの秘密を全て教えてくれたよ」

「切り離した分愛してあげなよ? そのために一個分残す、なんて面倒な処理描き加えたんだからさ」

「……ああ」

 

 で。

 

 ここには今、確定人柱七人と、人柱候補五人がいる。

 イズミ・カーティスの捕縛は簡単だった。シグ・カーティス達が赤い雨でやられていたからね。そこをプライドがガッと。

 

 というわけで、奇しくも十二人の人柱たる素養の持ち主がいるわけだ。

 

 そして、プライドと、ラースと、小瓶に入ったエンヴィーと。

 お父様と僕が、真ん中にいる。

 

「始めるぞ」

「うん。始めよう」

 

 始める。

 

 

*

 

 

 日蝕に差し掛かるより前に、全てを通していく。

 

 お父様の身体から溢れる赤き錬成反応が地中を走っていく。それはスロウスの開けた正円であり、全ての要となる一つ目の錬成陣。

 アメストリスに敷かれた国土錬成陣が、光を放つ。けど、誰も騒ぎはしない。国民のほとんどが赤い雨に濡れて意識を失っているからね。

 ブリッグズ兵も同じだ。セントラルに近づけば近づく程雨量は多くなるから、それでやられたんだろう。やられてなかったらご愁傷さまだ。

 

「レムノス」

「うん」

 

 合わせて僕も四つの錬成陣を起動する。

 アエルゴ、クレタ、ドラクマ。走る錬成エネルギーは青。賢者の石は未だ使っていない。これはただ繋げるためのエネルギー……つまり流れを作るためのエネルギーであって、錬成作用が必要ないからだ。

 一つ目、レティパーユのいるところ。つながった。

 二つ目、アンファミーユのいるところ。つながった。

 三つ目、グリードとラストのいるところ。つながった。

 四つ目、魂定着をしたバリーのいるところ。つながった。

 

 そして僕の下へ帰ってくる錬成エネルギー。これを、今度はお父様に明け渡す。

 僕から最も遠い位置にある錬成陣からは、しっかりと二つ分の思念エネルギーが折り返してきた。ラストはしっかりやったらしい。

 

 同時進行で四つの錬成陣にいるみんなから思念エネルギーが放出される。必要なのは思念エネルギーを放出できるかどうかであり、その精度は関係がない。

 僕の仕事にミスがなければ、四つの錬成陣は完璧に起動したはずだ。だから、遠隔錬成で彼女らの体内に仕込んでおいた賢石の錠剤を割る。賢石浸透。これにより、バリー以外の三人は内側から賢石に包まれ、動けなくなる。

 多少はパニックになっているかもしれないけど、ごめんね。あらかじめ言っておくと排出しようとする可能性があったからさ。

 

「む、ぅ……!」

 

 僕から繋げた四つの錬成陣の力。

 それがお父様によってリオールの方へ一直線に伸びていく。

 カリステムが拠点としていた場所。あそこを急所だと言ったのは、文字通りの話なのだ。

 この鍵を完成させるための首。それがリオールだった。けど、それも排除してある。だからスムーズに繋がる。

 

 スライサー兄弟へと。そして、多分自分から行ったのだろうキンブリーの下へと。

 錬成エネルギーは敷かれた陣を通り、「」を描き出す。

 

 同時、世界各地に敷き詰められた生体人形(リビンゴイド)がその命を散らしていく。彼ら彼女らは贄だ。扉を開けるための、竜頭を回すためのエネルギー。赤い雨に存分に濡れた彼らを用いて。

 

「──今! ここに、真理の扉を開く!!」

 

 初めは賢石にしようとしていたけれど、思念エネルギーを集めるなら隠者の剣の方がいいのでそっちに変えた。

 吹き飛ばされないように翼も出して、そこ。

 

 中心に、剣を突き立てる!

 

「ぅ、お!?」

「なん……」

 

 瞬間、開くのは人柱たちの扉。

 そして人柱候補の腹にも、微かに扉の目が見える。開いてなくても真理の扉は存在するからね。十二の反発がはじまり、お父様がより一層の力を込める。

 

 その間に僕は隠者の剣をガチャンと回転。

 作成が始まるのは巨大なサンチェゴだ。僕の担当する四つの錬成陣の下部に、巨大な機械時計が生成されはじめた。

 

「"遺脱"」

 

 隠者の剣を持つ右腕をパージ。

 賢者の石を右腕の形にして、お父様の前まで行く。

 

「……さようなら、レムノス・クラクトハイト。お互いに目指すところは違えど、良い結果を得られることを望んでいるよ」

「うん。お父様も元気でね。フラスコの中の小人から──そのフラスコを割って、真理と神と世界をその掌中に!」

 

 錬成。 

 ただの錬成だ。お父様によってノーモーションの錬成が行われる。ただ僕を、高く高くへ押し上げる錬金術。

 パージした機械鎧の腕には遅延錬成が刻んであるから、アレはあのまま機能しつづける。

 だから僕は空へ。空へ空へ。

 

 全てを見渡せる場所へ。

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