竜頭の錬金術師   作:ONE DICE TWENTY

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第九十六話 錬金術の神智「円」

 空から世界を見渡して、わかる。

 ちゃんとすべてが上手く行っていることが。

 

 赤い雨は西から東へアメストリスを横断した。その雨は、一滴たりとも国外へ出ていない。

 つまり、「」の形になっているのだ。赤い──賢石の水が、全て。

 

「……やっぱりすごいな、賢者の石は」

 

 独白。

 この距離からでも見える錬成反応の赤い光。どこかおどろおどろしく、どこか美しく。

 

 寒さから吐く息が白くなる。呼吸は、まぁ平気だ。

 高所訓練は散々積んだ。

 

 空を見上げれば、もう少しで日食が起きるのがわかる。

 日食。日蝕。太陽の蝕まれるその瞬間が、もうすぐ。

 

 足場から抜き出すは、竜頭剣。相棒だ。短い短い螺旋剣。

 引き抜き錬成、なんて呼んでいたっけ。懐かしいな。

 

 あとは、日食のタイミングで、これを柱に突き刺すだけでいい。

 四つの巨大サンチェゴは完成している。流石に見えないけれど、レティパーユもアンファミーユもグリードもラストも眠りに就いていることだろう。お母さんの証言が正しければ、捕まったままのグラトニーも、さっきようやく持ってこれたらしい地下のスロウスも。

 

「すべてが揃うよ。今、全てが。……キンブリー。これは、僕からの労いであり、給料だけど。──ありがとう。君のそれは、壊れたわけじゃない。どちらかというとズレていたのが直りかけているだけだと、そう思うけどね」

 

 遠く。

 蠢きさえ見えるシンの集団と戦う二つへ向けて。

 

 ──隠者の翼による衝撃波を放つ。

 それにより、飛来してきていた苦無五つが弾かれた。

 

 ごめんね、メイ・チャン。

 最後の最後の、本当に苦肉の策での抵抗だったんだろうけど。

 想定済みだから。

 

 さぁ──時計を調整する時間だ。

 

 

*

 

 

 開く。

 地の門が開く。呼応するように、空の、月の門が開く。

 オオ、オオオという唸り声は、けれど生命を冒涜せしものではない。

 

 開いているのだ。

 この星の門が──真理の扉が。

 

「見えているか。見えているか、我が同胞。ワタシの姿が見えているか!」

「見えているよ。大きくなった。だから、僕がこじ開けてあげよう。真理だのと、神だのと、そんなものではない何者かの住まう扉の鍵を」

 

 聞こえないだろう。彼のか細い声など。

 だが、結果がついてくる。結果が成功を裏付けする。

 

「──神よ!! 我が魂に応えよ! これよりそちらへ行く──開け、開け、開け!」

 

 開く。

 惑星の門と空の門が。完全に開ききる。その二極において、作り上げられるは円。

 ただの円だ。記号も図形もない、ただの円。

 それがゆっくり回転していることを知っているのは、フラスコの中の小人と回している本人だけだろう。

 

「通せ!」

 

 直後、黒い手がアメストリスを飲み込んだ。

 

 

*

 

 

 そこは、白かった。

 真っ白に続く真っ白な地平。見渡せど、何もない。

 いや。

 

 僕の背面に、四つ。

 僕の正面に、一つ。

 

 扉がある。

 

「やぁ、真理。初めましてだね。自己紹介は必要かな」

「必要ないさ。だからこっちの自己紹介もいらないね?」

「勿論。ああだけど、一応聞いておこうかな。この四つの扉。どれが僕の扉?」

「何故分かっていることをわざわざ聞くのかな」

「ああ、じゃあ、やっぱりどれでもないのか。()()()()()()()()()()()。うすうす気づいていたことではあるけどね。ちなみに正面のは?」

「レムノス・クラクトハイト本人の扉だよ。君は混線に混線を重ねているからね。通常状態の扉は一つも存在しない」

 

 これはお父さんに失礼な話だけど、まぁ無理なんだ。

 お父さんがどれほど流体の扱いに長ける錬金術師でも、魂の完全に離れた扉に魂を宿らせる、繋ぎ止める、なんて所業はできない。

 だから僕が宿ったのは偶然。その前にいた三人も、最後の一人として僕の下地になった一人も、僕じゃない。肉体であるレムノス・クラクトハイトも、僕じゃない。

 

 僕は本当に誰でもない。この世界に属さない、文字通りの転生者(てんしょうしゃ)

 

「しっかし、よくもまぁこんなことを考えるものだね。我が事ながら狂っているとしか言いようがないよ」

「そうかな。全てから二人を守るためには、これが最も冴えたやり方だと思うんだけど」

「そうだね。それは認める。──ほら、一応まだ繋がっているから、遠くに見えるよ。君の成果物が」

 

 見える。

 遠く。本当に遠くの遠くに、見える。

 

 

 

 真白の空間に、大地ごと切り取られた──アメストリス。

 もう赤くない。それは通行料として支払われた。そう、彼らを覆っていた賢石は、彼ら一人一人が真理の扉を潜るための通行料だ。

 といっても真理を見たかどうかは定かじゃない。ただ扉を潜るために必要だった、というだけで、もし浴びていない奴がいたら、普通に体を持っていかれでもしたんじゃないかな。

 

 そして。

 それだけに終わらない。

 

「球体や無限に広がる三次元上における円の内外は、どちらも内側だし、どちらも外側になる。天地の門の間に作られた円は、その内外をひっくり返すためのものだった。つまり」

「ああ、やられたよ。──部分的とはいえ、そっちが。つまり、()()()()()()()()()()()()()。真理の扉のある世界にアメストリスが現れたのではなく、アメストリスが真理のある世界を纏った、とでもいうべきだね」

 

 そう、それこそが究極の防御。

 扉を開いてあちら側に行くのではなく。

 扉を開いて、こちら側をあちら側にする。

 この無限に広がる真白の空間にアメストリスは設置され、それが何よりもの防御となる。何故ならここには、外敵が存在しないから。

 

「誰が真理に住もう、なんて考えつくのさ。本当に狂っているとしか思えないよ」

「だとしたら君も同じでしょ。君は僕なんだから」

「やめて欲しいな。君は僕かもしれないけど、僕は君じゃない。君はこの世界に属する存在じゃない。一緒にしないでほしい」

「そうかい。それじゃあ、排出するしかないね」

「うん。……そうして、閉めるんだね、鍵を」

「そうだよ。真理の扉は開くのに鍵を必要としない。だから鍵なんて必要ない。なら鍵を何に使うかって、そりゃ」

 

 じゃらり、じゃらり、と。

 真理の扉に鎖が巻き付いていく。

 四つの扉。一つの扉。

 その全てに、どこかからか現れた鎖が巻き付いて巻き付いて、絶対に開かないようになって行く。

 

 他の場所でもそれは同じ。

 ここに繋がるためのあらゆる扉に鎖が巻き付いて、そして──錠前がかけられる。

 

「これは開くための鍵ではなく、閉じるための鍵だから」

 

 ガチャン、と。

 音が鳴る。

 

 これでもう、真理にアクセスできる者はいなくなった。

 扉の向こうにあるアメストリスに手出しできる者はいなくなった。

 

 アメストリスは楽園になったのだ。

 

「君はもうここへは入れない。君は閉じる者だから、閉じる者は外側に居なければならない」

「そうだね。だから別れを告げて来たんだ」

「君は全てを手放した。次に目覚める時、君は巨大なクレーターの中心で横たわっていることだろう。そして、そこまでのダメージを受けたあの惑星もまた、長くは生きられない」

「うん。勿論分かっているよ。だからこそ、円の外側にいた彼らも死の運命にある」

 

 白から黒へ。

 世界が塗り替わっていく。

 

「さようなら、レムノス(Lemnos)クラクトハイト(Cracthite)。もう会うこともないよ」

「さようなら、レムノス(鍛冶島の)クラクトハイト(建築者)。心から嬉しく思うよ」

 

 閉じる。

 黒い手の濁流に飲み込まれる。

 僕の意識は、次第に闇の中へ落ちて。

 

 ……あとは、お父様。

 

 あなたが目的を果たすだけだよ。

 

 

*

 

 

 何故だ。

 その疑問を言葉にする。

 

「なぜだ、神よ。なぜ私のものにならぬ」

 

 ここまでして、ここまで手をこまねいて。

 すべてが揃っていた。全てを埋め尽くした。

 だというのに、神は手に入らなかった。

 

 だというのに。

 

「笑わせるな、欲してもいないクセに」

 

 問いかける先に、それはいた。

 本来の己の姿ではない。ヴァン・ホーエンハイムの革袋を真似た姿の、さらにそのシルエット。

 ただ冷静に。ただ冷徹に。

 

 諫めるように。

 

「欲していたのは初めだけだろう。神とやらを自分のものにしたかったのは十数年前までだろう。おまえはただ、惰性で神を求め、真理を求めた」

「そんなことはない。私はこの時、この時のためだけに全てをかけてきた。子も、友も、仇敵も、すべてを」

「笑わせるなと言っている。何が神だ。何が真理だ。おまえはもうそんな()()を望んでいない。完璧な存在になることも、完全な理解を求めることも、己が身で成し遂げたいと考えている。神とやらに与えられるものなど、おまえは全くといっていいほど必要としていない」

 

 そうであってはいけなかった。

 そうであってはダメだった。

 だって、そうなら。

 己が神も真理も求めていないのなら。

 

「ならば、私はなんのために扉を開けた。私はなんのために──アレを犠牲にした」

「利用されただけだろう。おまえが利用しようとしていたように、あの錬金術師もおまえを利用した。ただそれだけだ。犠牲にした? 勘違いするな。あの錬金術師は自らの目的のためにここに残らなかっただけだ。全てを動かしていたのはおまえではない。おまえはただ、自身の欲望も理解せず、あまりにも活力的な熱量に引きずられて扉を開けた」

 

 大量に注ぎ込まれた賢者の石。

 それは己に若さを与えた。計画のために消費を最小限に抑え、付き従う子供たちを使って陣を描いていたころとは違う。

 若さとは活力であり、動力だ。革袋に引き摺られて何をする気にもなれていなかった己に、未知を与えてくれたあの少年。

 

「この世界は真理となった。おまえの住まう世界は真理となった。ゆえにおまえも、アメストリスの人々も、動物も、作物も、その全てが"世界"であり"宇宙"であり"神"であり"真理"であり"全"であり"一"であり」

「そして……彼ら自身、か」

「そうだ。わかっているではないか。そして私も、おまえ自身だ。神とは手に入れるものではない。真理とは求めるものではない。事この空間に至りて尚探求するものだ。おまえはその機会を与えられた。自分で言ったことだろう。あの錬金術師の研究は、全ておまえが引き継ぐのだと」

 

 背後。

 己の、無地であったはずの己の扉に、鎖がかかる。生命の図がしっかりと描かれている扉に鎖が巻き付いていく。

 鎖に付くは錠前。鍵はけれど、外側からガチャンとかけられる。

 

「おまえが自らより切り離した命も、それぞれ一つ分だけ残っている。それは人間であることと同義だ。あの錬金術師がそうなるように調整した」

「……私は」

「笑わせるな、フラスコの中の小人。そこまで望まれておいて、そこまで期待されておいて、『私の望んだものではない』などという妄言を吐くつもりか。他者を使わずとも、他者を利用せずとも、神は理解できる。真理にはたどり着ける。なぜならここはフラスコの外側」

 

 どこまでも続く白い地平。

 どこまでも広がる白い天空。

 

「『思い上がらぬよう正しい絶望を与えるのが真理の仕事』──かつてのおまえはそのように思っていた。だが、違う。『フラスコの中の小人が思い上がらぬよう扉を閉じるのが真理の役目』なだけだ。その外に出てしまったおまえたちに、私からすることはなにもない」

 

 遠ざかっていく。

 真理の扉も、己自身も。

 

 遠くで、手を振っている青年が見えた気がした。

 

「おまえを待っている者達の所へ帰れ、フラスコの中の小人。そして、説明責任くらいは果たせ。おまえ達がしてこなかったすべての説明を。命を奪うためではなく、守るための強引な錬金術を」

 

 消えていく。

 代わりに現れるのは、大地ごと切り取られた巨大な国、アメストリス。

 その縁で己を見下ろす七つがあった。

 

 これより、ここなりしは楽園。

 扉は反転した。フラスコの中と外は逆転した。

 描かれた円は内側を外側と見做し、扉には鎖と鍵がかけられた。

 

 ただ一人、外側から鍵を閉めた彼を残して──世界は変わったのである。

 

 

*

 

 

 さて、後始末のお時間だ。

 真理に言われた通り、黒い濁流から目覚めた後、僕はクレーターのど真ん中にいた。深く深く抉り取られたアメストリスのあった場所。位置的には大総統府らへんにはなるはず。

 

 真理になったアメストリスへの到達手段は無くなった。これからはもう、真理を見ることはかなわない。人体錬成を行ってもリバウンドが来るだけで、真理にはたどり着けない。僕が鍵を閉めてしまったからね。

 懸念事項は中央司令部本部のお偉方だけど、それも対策を打ってあるから大丈夫。

 

「よいしょ……と。お、良かった。ちゃんと肉体は残ってるね」

 

 小瓶。 

 そこには、ぐったりとしたエンヴィーの身体があった。嫉妬(エンヴィー)はアメストリスに置いてきたけど、同化能力を持つ肉体との切り離しは上手く行くか五分五分だったから、まぁ上手く行ってラッキーって感じ。あとは此奴に贄となって死んだ生体人形を食わせるだけでいい。

 

「ぅ……」

「え?」

 

 思わず声が出た。

 だってあり得ない声が聞こえたから。

 

 それは。

 そこにいたのは。

 

「……メイ・チャン?」

「けほっ、こほっ……なに、が……」

「ああシン語で話されてもわからないよ。……そっか、最後の最後まで赤い雨を浴びなかったのかな? それで……いやでも通行料は。まさか内臓系?」

「ちょ……ど、どこ触って」

 

 赤い雨は賢者の石だ。

 アメストリス国民全員に賢者の石を定着させて、それを通行料にするためにあの強硬手段を取った。一時的とはいえ他者の意識が肉体に入り込むから意識を失ってしまうけれど、命に別状はない。そんな仕組みの赤い雨。

 人柱たちはお父様に繋がっていたから大丈夫なはずだけど、そういえばメイ・チャンは最後の最後まで僕に攻撃してきてたんだっけ。

 

 ……参ったな。

 

「立てる? どっか痛いところない?」

「立てまス! 立てまスから、早く降ろしてくださイ!」

「ああありがとうこっちの言葉で話してくれて」

 

 シン語、どうせ使わないからと思って勉強して無かったから、あのままだったら困っていた。

 そんなメイ・チャンの首元からチビパンダことシャオメイも顔を出す。……この子も通行料取られてないっぽいな。

 

 もしかしてだけど、あの最後の瞬間錬金術を無効化する陣を身体に纏ってたりした?

 

「レムノス・クラクトハイト……皆さんを、いいえ、この国をどこへやったんですカ!」

「うーん、まぁ説明してあげてもいいんだけど、とりあえず逃げようか」

「ハ?」

 

 鍵はあくまで閉じるための鍵だった。実際に作用したのはあくまで五つの賢者の石の錬成陣による大円。

 なので、円の外側にいたスライサー兄弟やキンブリーは他の生体人形と同じ贄としての運命を辿ったはず。だから濡れないでねって言ってたわけだし。

 逆にアンファミーユたちは円の内側にいたから、濡れている必要があった。だけど思念エネルギーを放出する前に意識を失われたら困るから、錠剤という形で仕込ませてもらった。

 というわけで、赤い雨を浴びていない者──アメストリス国民ではないこの惑星の民は、本件に一切関係がない。

 とりわけスライサー兄弟、キンブリーと戦っていたシンの軍勢は。

 

「あれだ! あれがレムノス・クラクトハイトだ! 討ち取れ、世界を滅ぼす者だ!」

「シン語はわからないけど、レムノス・クラクトハイトだけ聞き取れたから多分危ないこと言ってるねこれは。じゃあメイ・チャン、抱えるから、一緒に逃げようか」

「え、いや待ってくださイ、別に私に逃げる理由ハ」

「でもどう見ても仲間と思われてるよ僕たち。それでいてチャン家の皇女だと君の身分が割れたら、チャン家はどうなっちゃうと思う?」

 

 アメストリスが無くなった今、降伏宣言なんかも白紙になっているはず。

 むしろ大国であるシンがこれからの覇権を握るだろう。たとえこの惑星が死に行く運命にあっても、それまではまだまだ続いていくのだから。

 

 次期皇帝が誰になるかはわからないけれど、少なくとも今ここで捕まることは良くない結果を齎すって僕思うんだよね。

 

「あと僕シン語わからないから、翻訳機が必要でさ。リビンゴイドの死体回収ついでに色々教えてくれると助かるかな。あと地脈も調整しなきゃだし、やることいっぱいあるよ」

「全部貴方の後始末じゃないですカ!」

「君達が余計な妨害してこなきゃスムーズに進んだ話なんだけどね。おっと苦無が飛んできた。それも巨大だ。これはヤバめの錬丹術が来ると予想できるから、狭窄錬成でもしておこうかな」

 

 じたばたあばれるメイ・チャンを小脇に抱える。

 

 この一件が終わったら僕は死ぬ、って言ったけど、まぁまぁ嘘だ。

 会えなくなるのは事実。つまり永遠のお別れなのは事実だけど、別に命を賭けるつもりはサラサラ無い。僕はこっちでまだまだ生きるよ。アメストリスが無くなっちゃった上に顔も名前も割れているから生きづらそうだけどね。

 

 それでも、まぁ。

 

「息災で」

 

 願うことくらいは。









※もうちょっとだけ蛇足があります。竜頭蛇尾だけにねっ
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