竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
第九十七話 後日談その壱「秘されていた者達」
それはこの世界になってすぐのことだった。
「軍を、解体? どういうことだねレイブン中将」
「そのままの意味だが? 外敵のいなくなったアメストリスにおいては、もう軍事国家である必要がない。違うかね?」
世界が真理になった。
錬金術に疎い者達にとっては意味の分からない現象──ではない。彼の錬金術師の懸念とは違い、全員が見ていた。
全員が真理に達していた。ゆえにここがどういう場所なのか、錬金術とは何か、そして自分たちに何が起こったのかまで──わかる。
わかる上で、中央司令部本部、とりわけ「軍上層部」と呼ばれるもの達は、今後の方針の会議で揺れに揺れていた。
レイブン中将の発した「軍は解体すべきだろう」という発言によって。
「無論、憲兵は残すべきだろう。市民の安全が第一だ。……私からの話は以上だ。それを取り纏める組織も必要だ。ゆくゆくは要らなくなるだろうがね。これからはもう軍事ではなく政の時代となる。国家錬金術師制度も解体しなければな。今や錬金術など、誰にでも簡単に扱えるものとなってしまったのだから」
「レイブン……貴様、何故そんなにも動揺していない? まるでこうなることがわかっていたかのような──」
「その疑問に意味はあるのかね?」
圧があった。
とても、一線から身を引いた者からは出せないような、圧が。
否、それでも納得のできない者は多い。ここまで昇りつめた者たちに、その席を捨てろ、など。
「そ……そうだ、ブラッドレイをも捨てるというのか!
「すべては織り込み済みだ。キング・ブラッドレイは退位し、バスク・グランが国家元首となる。そしてそして神……と崇め奉られるのは嫌うだろうが、東の賢者が控えている。ブラッドレイくんは東の賢者に従うさ」
「……ならば、貴様も不要だな」
合掌する将軍たち。
そしてそこから放たれる錬成反応に、レイブンはふぅとため息を吐いて。
「真理にも理解度が必要か。……国家錬金術師制度は、形を変えて残すべきかもしれないな」
全てを鎮圧せしめた。
「お疲れ様です」
「ああ、姉上。お疲れ様ですな」
「……その様子だと、やっぱりほとんどを聞かされていたんですね、『第二号』」
「ええ。私は『第一号』であるあなたや『第三号』となったあのホムンクルスと違って、裏方に徹する役目がありましたから。世界がこうなることも、これからの未来設計図も。何もかもがインプットされていますよ」
中央司令部を出て来たレイブンに声をかけたのは、レティパーユだった。
アンファミーユ仕込みのゴスロリ風味な衣服を着た、真実人形のような整った顔立ちの少女。それと対面する褐色の老人は、中々見ない絵面であろう。
そう、何を隠そう、このレイブン中将──レイブン中将を名乗る
「どうでしたか、そちらは」
「未だ混乱が続いていますが、いずれ収まるでしょう。……『第二号』。一つだけ聞かせてくれますか」
「クラクトハイト所長は生きているはずですよ。元の世界で。ただ、二度と会うことはできないと仰っていましたが」
「……実質的な死、と。あのタコ野郎、嘘さえ吐かなければいいと思ってますねアレは。僕はいなくなる、でしたか。まったく、残された者の気持ちも考えられないか甲斐性なしめ……」
「姉上、姉上。口調が非常に悪いですよ。ああ、悲しいですな。私が目覚めた時の可愛らしく純粋な姉上はどこへ行ってしまったのでしょうか」
「まだ自分が誰かも思い出していない弟の分際でうるさいですよ。……ホムンクルス達が人間と同等になった今、私達の核たる賢者の石はオーバーパワー。もう下手に出ているような時ではないのです。身の振り方は考えていかなければ、いずれこの無限に広がる世界の彼方に追放されてしまいます」
「構わないのでは? そこに新たな第五研究所でも作って皆で暮らす、ということもできるでしょう。誰もが錬金術を使い得るこの世界においては、そう難しいことでもありませんし」
「だからこそですよ。賢者の石は等価交換の補填に使えてしまう。アメストリスという有限の資材に対し、私達は補助材料とでもいうべき存在です。戦力を十二分に誇示することは、そのまま身の安全にも繋がります」
この世界に酸素はない。だけどそれは、今必要がないというだけだ。必要とあらば作ることができるし、太陽が欲しいと思えば太陽を浮かべることだって不可能ではない。海を作ることも、山を作ることも、なんだってできる。
ただ──真理の世界にあっても等価交換は有効だ。
山を作るのならば、アメストリスの国土を削らなければならないし。
海を作るのならば、それだけの素材がないといけないし。
無論。
「だからこそ、アエルゴ、クレタ、ドラクマという"好きに使える土地"があるわけですが。所長が頑なにアメストリス国民の移住を許さなかったのはこういう意図があったのでしょうな」
「それでもいずれ限りが来ます。……目下調査すべきは、新たな命が生まれるかどうか、ですかね。所長が両親の安全だけを願っているのなら──恐らく、不確定要素の新たな出現というのは」
「気の長い話になります。やはりとっとと私達だけで遠くに国でも作るべきでしょう。"お父様"とホムンクルス達を引き連れていくのも良い。人間は人間たちで、私達は私達で。左右も上下も無限に広がる世界ですから、殺し合うことより住み分けることを選ぶべきでは?」
「……それは生前の考え方ですか?」
「さて、私はまだ自身を思い出していませんので、なんとも」
余裕があるうちに、余裕がある者だけで独立する。
それは良い考えかもしれない。ただ、恐るるべきはあのクラクトハイトが"お父様"と何か取引をしていないか、ということだ。
だからたとえば、何があろうと両親を守る、というような。
何があってもクラクトハイト夫妻と"お父様"は味方につけておいた方がいい。
「悩みの種は尽きませんね」
「丸投げですからね。……アンファミーユさんは」
「元気は元気でしたよ。ぶつくさ文句を言いながら何かを書いていました。研究日誌、あるいは私信のようなものと見ましたが、どちらにせよ私達には関係の無さそうなものでした。恐らく所長への怨み言がたくさん書き綴ってあるものと」
「……その内所長の生体パーツを作って私や姉上に適用させてきそうで怖いですね」
「私は恐らくないので、あるとすればあなたですよ、『第二号』」
「では被害に遭わないよう、もうしばらく私は軍の方で暗躍させてもらいますよ。軍を解体し、主権の全てを政府という形に返すように、ね」
「ええ、頑張ってください」
二つの人形はまた別の道を行く。
その先に、新たな国を作る、という未来もあるのかもしれないが──まぁ。
少なくとも今は、互いに留意しているものを、なんとかしてみたいというのが本音だった。
*
リゼンブール。
草原の広がるそこに、家族が二つ。
「じゃあなんだよ、てめぇクソ親父、全部わかってたってのか!」
「全部じゃないさ。だけど、何が起こるのかくらいは推測できていた」
「骨折り損ってことかよ……」
「いやまぁあの時のお前たちに何を言っても無駄だっただろ。赤い雨に濡れて坐して待て、なんて言われてお前、納得するか?」
「無理だね。兄さんなら話も聞かずに『諦めろっていうのかよ!』とかいって出て行くに決まってる」
「まるで自分は違う、って言い方だなアル」
「……それで僕は、待ってよ兄さん、なんて言って、僕は僕で納得できずにクラクトハイトさんに突っかかりに行っていたと思うよ」
「自己分析は完璧だな」
穏やかに笑うホーエンハイム。色々と納得行ってないエドワード。なんだかあきらめ気味のアルフォンス。
そこへ、お茶と食事を持ったトリシャが来た。
「ふふ、楽しそうね」
「ああ、ありがたいことにな。……なぁ、トリシャ」
「"やるべきことが一個だけ残っていると言ったら怒るかな"、ですか?」
「う」
言葉を言い当てられて、ホーエンハイムの言葉が詰まる。彼に向く視線は六つと一つ。
「なんだいホーエンハイム、まーたどっか行くのかい。こっちはこんな世界でまだ混乱してる最中なんだ、一番理解の深いアンタにいなくなられると痛手なんだがね」
ロックベル家の面々だ。
真理を見たからと言ってその力を過信できないロックベル夫妻が、ホーエンハイムの学術書を目当てにエルリック家へ来ていたのである。ついでとばかりにピナコとウィンリィ、デンも。
生体錬成は使えるだろう。だが、医者としてそればかりに頼ることはないし、使うにしても全てを理解してからだ。突然過分な力を与えられた以上は使いこなしてみせなければならない。
そしてその師匠とも言えるホーエンハイムがまたどこぞへ行く、というのは、ロックベル夫妻としても気になる所。ただ他者の行動を制限するようなつもりのない夫妻は口を出さないというだけで。
「今回はすぐに戻ってくるから大丈夫さ。……心配をかけるのは、すまない。だけど、俺がやりたいことなんだ」
「ええ、いつまでも待っていますよ。……だから、ほら。エドもアルも、そんな泣きそうな顔しないの」
「し、してねーし!」
「兄さんはいつまで経っても子供だなぁ」
「アルも喉ガラガラじゃない。兄弟揃ってまだまだ子供ね」
「っせーぞウィンリィ! ……って、何作ってんだソレ」
「機械鎧。錬金術を使えるようになった以上、あたしは夢の全身機械鎧を作るのに忙しいのよ」
「全身機械鎧だぁ? ……作って何になんだよソレ」
「作ってみたいから作るのよ。けど、真理とかいうのもなんか中途半端ね。要らないことばっかり知っちゃって、知りたいことがまったくで。……暇なら手伝う?」
「暇じゃねえ」
「手伝っていいの? ボク、そもそも機械鎧の技術にも興味があったんだよね。色々教えてくれる?」
「勿論。……で、エドは?」
「……暇じゃねえけど、どうしても、っていうんなら手伝ってやるよ」
「じゃあいいわ。アルと一緒にやるから」
「だぁー! 手伝う手伝う! これでいいんだろ!」
「手伝わせてください、でしょ?」
「大丈夫だよ兄さん。ボクだけでも錬金術の事は教えられるし」
「オ・レ・が! 手伝いてぇの! はい話終わり!」
誰が一番素直じゃないのか。
そんなことはまぁ、デンにさえもわかっているのだけど。
「ちょっとの間だが、リゼンブールを頼むぞ、エドワード、アルフォンス」
「……ああ」
「うん、いってらっしゃい父さん」
「トリシャも、すまないな」
「いいえ。いってらっしゃい、あなた」
そんな、リゼンブールの一幕。
*
で、だ。
「で、でス。……なんで私までこんな泥棒まがいのことをさせられているんですカ」
「別にいいよーもう離脱しても。錬丹術も習い終えたし、シン語も理解したし。僕無しで行き倒れない自信があるなら全然オーケーだ。僕も日雇いバイトのお金を君に分け与えなくて済むから、お互いに利益しかない」
「……それで、今回の目的はなんですカ」
「ここ、シャムシッド遺跡にある赤きエリクシル。つまりは賢者の石と、そのための錬成陣だね。
「はぁ」
お父さんとお母さんを直接守る必要が無くなったからって、別に無気力人間になるほど僕は空っぽじゃない。というよりまだやることは終わっていない。努力は最後の最後まで続けるのが僕だ。
アメストリスを真理の世界にする、という一大事業が終わった今、やるべきことは二つ。
一つは真理の扉にアクセスできかねない厄ダネを消し去ること。
あんまり目を向けてなかったけど、どうにもこの世界には鋼の錬金術師におけるゲームの黒幕たちがちらほらいるようなのだ。翔べない天使とかアエルゴ関連とかは丸ごと潰したからいいんだけど、他がそこそこ残ってる。
だからそういうのを潰す。というか賢者の石関連の書物、書籍、なんなら知識の保有者も消すつもりだ。人体錬成でこそ扉は開かなくなったとはいえ、賢者の石を使えば何か全く予想していないことを起こしてしまえる可能性があるから。
なお、最初は否定的だったメイ・チャンも賢者の石を消し潰す、という考えには同意してくれた。賢者の石の正体もわかっているらしく、その製法は「不老不死の法」なんかとは違うとはっきりと言い切ったのだ。
ゆえに、外法は焚書。だからいろんな国を巡ってそれっぽいもの全部消して行っている途中。
次にやるべきは、流れの調整。
「うわ……この辺凄いね。錬成物だらけだ。メイ、君的に」
「吐きそうな程の澱みでス」
「みたいだね」
相変わらず僕は地脈を感じ取れない。多分だけどこの世界に属していないからとかそんな理由なんだと思う。その上で、地脈の調整を行っている。
アメストリスが消えた事で地脈はぐちゃぐちゃになった。各地で異常気象が起きて、その影響でさらに流れがぐちゃぐちゃになって。
それ自体は自然の摂理みたいなものだから問題ないんだけど、問題はぐちゃぐちゃになった地脈が澱みを生んで、そういう所にいるorある物質に異常が出たり、錬成陣なんかが変な挙動を起こしたりしている。
特に諸外国……アメストリスの外の錬金術って、アメストリスから流出したものだったり、追放された錬金術師が歪んだ形で伝え広めたものだったりするので、大体の確率でとんでもないことが起こるのだ。たとえば巨大キメラが現れたり、たとえば突然底なし沼ができたり。
それらは所謂自然形成の一つ目というべきか、偶然に偶然が重なってしまえば第二のお父様が生まれるって可能性もゼロじゃないし、ホムンクルス達も同様。
そういう意味で、流れを調整して正常に戻すことで、リスクヘッジを行っている、みたいな感じかな。
で、最後。
これは上記の二つと関連しているのだけど、この惑星の保全活動、みたいなこともしている。
いやー、今更僕が何言ってんだって言われたらその通りなんだけど、必要な事だからね。
今のこの惑星は、あっちとこっちが違うとはいえ「チクショウ……持ってかれた……!」に似た状態にある。惑星を一つの生命体として見た時に、持っていかれた部分とこっちに残っている部分とで、精神的には繋がっているのだ。
だから原作の謎理論の一つであるところの「こっちで食べたらあっちに栄養供給がされる」を使い、こっちの惑星が豊かになればなるほどアメストリスの土地も肥沃になる、と。勿論もうこの惑星の寿命はそんなに長くないからアレだけど、お父さんとお母さんの寿命が尽きるまでは保全活動を続けるつもり。
今まで殺しに殺してきた僕の錬金術や錬丹術を、ようやく生かす方向に使うってわけだ。この活動に対してはメイ・チャンも「それなら何も突っかからずに手伝えまス!」とのことで、そういうくだりを経て錬丹術を全部教えてもらったのである。
大地活性、森林復活。
元よりこの星はクセルクセス周辺の砂漠化が問題になっていたからね。あの辺をどうにかできれば、星の寿命はもう少し伸びる。元アメストリスのあった場所は巨大な湖……というか内陸海みたいになっているので、砂漠化を押し返すことは最優先事項とも言えるだろう。
面倒なのは、あの辺にはまだシンの精鋭がうろうろしているっていうこと。全然殺しても良いんだけど、メイが妨害してくるので避けるようにしている。
ま、どれもこれも焼け石に水。本当にお父さんとお母さんの寿命、あと30年か40年くらいまでの話だ。土地ががっつり消えたせいで地軸もズレて、多分だけど惑星そのものの公転軌道にもズレが出始めている。そんな一年二年でがっつり、ってことはないだろうけど、僕が死ぬ頃には天変地異も日常茶飯事になっているんじゃないかな。
ご愁傷~。
「レムノスさン、ちなみに聞きますけドあれはなんですカ」
「ゴーレムだよ。エリクシルの力で動いてる。クロウリーだったかな、首謀者は。あとエルマって女性型のゴーレムもいるはずだけど……まぁあんまり関係ないね。僕らの目的はあの中央塔だから、どうしよっか。根元から破壊する?」
「おかしな流れが見えまス。あの塔、正当な手段以外での侵入を受け付けないのでハ?」
「それをどうにかするのが賢者の石でね」
賢石纏成。
実はお父様と戦う可能性も考えて、彼らの前では隠し気味にしていたこれだったけど、なんだかお父様は憑き物が落ちたみたいな顔してたし、無用の長物になってしまった。
じゃあ後は正当な事由での破壊に使うしかない。折角第二段階とか隠者の石との合成とかも考えていたのにパァになってしまったなー、とか。
「来まス!」
「こっちが行くんだよ」
襲い来るゴーレムに。
竜頭の錬金術師は一旦お休みして──ドラゴニュートがお通りだ、ってね。
……あとは、お父様があっちでアレを完遂させるのを待つのみかな。