長い旅路の果て、ついに魔王城へ辿り着いた。辛く苦しい旅だったが、ようやく終えることができる。門番を倒し、魔王城最奥の部屋の前に立つ。
「この先に魔王がいるのね…」
そう呟いたのは魔法使いのエルだ。王都の魔法学校を首席で卒業し、まだ成人して間もない若さで人類最高の魔法使いと呼ばれている。普段は我儘で気が強い性格だが、見上げる程の赤く大きな扉に気圧されている。
「誰が相手だろうが、切り伏せるのみだ」
騎士ローズが戦意を高めている。女でありながら数々の戦績を残し騎士団長を任され、社会的な女性の立場に大きな影響を与えたと言われている。最終決戦を前にして、騎士としての誇りが恐怖を打ち消したのか。
「神の御加護があらんことを…」
聖女マリンが祈りを捧げている。最も多くの人類が信仰するサーレ教の発祥地である大聖堂で育ち、神の落とし子と呼ばれるほどの清らかな心を持っている。神の奇跡なのか、3人の体が淡い光に包まれたのが見えた。
(さて、行くか)
勇者である俺は黙って扉を開ける。見た目よりも軽い扉は、簡単に俺達を招き入れた。扉から玉座まで真っ直ぐに血のように赤い絨毯が敷かれ、青い炎が室内を照らす。目立たない灰色を基調とした壁や天井により、自然と玉座へ目が行く。人間の国王のものより立派な、純金の装飾がされた玉座。座っていた人影が立ち上がり、声を張り上げた。
「よく来たな勇者達よ!我は魔王レヴィアタンである!精々抵抗してから死ね!」
魔王の姿を見たとき、エルは恐怖で足が竦み、ローズは無意識に剣を向け、マリンはロザリオを握り締めた。そして俺はこう思った。
(何あの子めっちゃ可愛い)
勇者、初恋にして一目惚れである。あんな可愛い子を殺そうだなんて、人類はなんと恐ろしいんだ。まるで悪魔だ。それを命じた王は悪魔の王、魔王ではないか。と、心の底から思った。俺が見惚れていると、レヴィアたんは右腕を振り上げた。可愛い。まるで天使だ。つい純白の翼を幻視してしまった。
「ヘルファイア!!」
気付いたら目の前に大火球が迫っていた。最高位の炎魔法をこの速さで出すとは、可愛い上に強いとか最強か。とりあえず火球は真っ二つにして消しておいた。すると、レヴィアたんの少し驚いた顔が見える。可愛い。
「なっ!…なかなかやるではないか」
この程度で褒めて頂けるとは。嬉しい。褒めて伸ばすタイプか?理想の上司じゃないか。人類裏切って魔王軍に入りたくなったぞ。レヴィアたんは、次は左手でこちらを指した。いちいち動作が可愛い。まさに大天使。後光が差してる。
「これならどうだ!ブレインウォッシング!」
洗脳魔法か。攻撃が通らないなら異常状態とな。流石レヴィアたん賢い。でも俺異常無効の加護あるしなぁ。…そうだ!洗脳されたふりすれば簡単に人類裏切れるんじゃね?勇者の加護って存在自体は明かされてるけど、魔王軍に知られるとまずいから内容まではバラしてないし。俺天才かよ。よっしゃやるぞ。とりあえず顔伏せとこ。
「…勇者よ!そこの3人まとめて殺せ!!」
ここまで一緒に来た奴らを殺すのか。記念すべき最初の命令は割かし残酷である。でもレヴィアたんに言われたしなぁ。洗脳されてるししょうがないよね。まずは剣向けて反応を見るか。いきなりぶっ殺しても伝わんないからね。ちゃんと洗脳されてますよっていうアピールしなきゃ。
「な…なんで私達に剣を向けるのよ!」
「勇者、洗脳魔法なんかに負けるんじゃない!」
「思い出して下さい…私達は仲間です!」
うわめっちゃ焦ってるし。あ、でも勇者の加護で仲間は傷つけられないってのあったな。だからみんな仲間の印を見せてきてんのか。共鳴させた印同士で仲間の証明になるし、意外と特典も多い優れモノ。今は邪魔でしかないけど。共鳴を解除するには…仲間への悪感情だっけか。おらー死ね死ねー。お、壊れた。これでいけんのかな?スパッと3人の首を落とす。絶望した表情のままの生首が3つ、地面を転がった。おぉ斬れたぞ。流石俺だな。よし、跪いて褒めてもらおう。
「終わりました。レヴィアタン様」
私は魔王レヴィアタン。七大魔王の紅一点にして最後の生き残り。他の魔王は皆、今代の勇者を名乗る者に殺された。歴代の勇者を名乗る者達はどいつも脆弱で、全員返り討ちにしてきた。ただ、代替わりするごとに勇者の加護、そして勇者自身が強くなっていくので油断はできなかった。一定の間隔で勇者は現れるのであと三百年程で、七大魔王のうち一柱がやられるかどうかと思われたとき、化け物が誕生した。今代の勇者はひと月で六柱の魔王を討伐し、この城へやってきた。そんな化け物とまともに戦って勝てる訳がない。私は早急に配下を集め、洗脳魔法で勇者の仲間に殺させる作戦を考えた。あの化け物と旅を共にしているのだ。勇者程ではないとはいえ、仲間もそれなりの実力者のはず。3人もいれば勇者を殺せるだろう。勇者本人の洗脳は、異常耐性を持っていることがわかっているので諦めている。四日前に殺されたベルフェゴールが、命懸けで見つけ出して伝えてくれた情報だ。なんとしても勇者の仲間の洗脳を成功させなくては。そこまで考えて、外の戦闘音に気付いた。あれ?速くない?魔王城到着の報告から10分も経ってないんだけど。音が消え、扉が開かれる。仕方ないか。いや、作戦は考えてある。問題はない。…私の為に残ってくれた配下達よ。ありがとう。その忠誠を無駄にはしない。
「よく来たな勇者達よ!我は魔王レヴィアタンである!精々抵抗してから死ね!」
できれば抵抗せず死ね。しかし、どんな化け物が来るかと思えば見た目は普通の青年だな。だが、私を見て1人だけ無反応だし油断してはいけない。一応実力を見るため魔法を打つか。右腕を振り上げて、魔王の翼を広げることで魔力を高める。それを右手に集めて練り上げる。配列を組み込み炎の属性を持たせて放出する。
「ヘルファイア!!」
魔王はそれぞれ得意分野をもっている。そして私の得意分野は魔法。ありとあらゆる魔法を操り、固有能力の詠唱破棄によって最速で放てる。打ったのは最高位の炎魔法。金属を融解させる超高温の大火球だ。防ぐことは不可能。躱すしかない。しかしその大きさ故に回避も困難。そう思っていたのだが、突如炎は掻き消えた。勇者が斬ったのだ。ありえない。最高位の魔法を剣で斬るなど。確かに魔力を纏った剣ならば理論上は可能だ。しかしそれは中位までの話だし、そもそも机上の空論である。聖剣の補正があって実現できたのだとしても最高位を斬ることは不可能なはず。それほどに膨大な魔力を持っているのか。それとも先代の加護の力か。何にせよいくら攻撃魔法を打ったところで魔力の無駄になる。
「なっ!…なかなかやるではないか」
なかなかどころではないわ化け物め。やはり洗脳するしかないか。プレッシャーを放ちながら勇者を指して1人にかけるように見せかけつつ、範囲化を併用して全員にかける。意味は薄いかもしれんができることはやらねば。命がかかっているのだ。洗脳魔法の抵抗には耐性系の能力と意識を保つ力が影響する。不意打ちや睡眠時などを狙うのが効果的だが、今はプレッシャーで精神に負荷をかける程度しかできない。
「これならどうだ!ブレインウォッシング!」
魔法を放つと、3人の纏っていた光が消えた。洗脳できた様子はない。あれは異常耐性を得る神の奇跡とやらだったか。勇者が光を纏っていなかったのは元から異常耐性の加護を持ってるからだな。まぁいい。神の奇跡は重ねられない。また奇跡の光を纏う前にもう一度洗脳魔法を…あれ?何故勇者は顔を伏せているのだ。まさか洗脳できたのか?異常耐性はどうした?試しに命令してみようか。
「…勇者よ!そこの3人をまとめて殺せ!!」
あ、かかってるわ。仲間に剣向けてる。なんでかわかんないけど。…速っ!瞬間移動したかと思ったら3人の首が落ちていた。魔法で強化した視力でも残像すら捉えられなかった。過去にも仲間を殺した勇者はいたが、こんなあっさりしてなかったぞ。…うわぁこっち来た!?なんで!?殺されるぅ!仲間を殺して洗脳が解けちゃったの?ごめんなさいごめんなさい命だけは…
「終わりました。レヴィアタン様」
跪いてる…ってことは解けてないの?やった!私生きてる!なんか服従してるし、意図せずに強力な部下ゲットだ!…あ、洗脳解けた瞬間死ぬかも。いや、洗脳状態の今なら命令すれば殺すことも…でも勇者は加護のせいで自殺出来ないし…あれ?私これからどうすればいいの?