ウマ娘〜Hopping Bright〜   作:ちー助

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第4話「バッタ走り」

「お疲れ様ーッス」

 翌日。自分はちょっと早めにチームの部屋へ向かった。

 ボロボロの靴を慣れない裁縫で修復していたせいで、指は絆創膏だらけ。蹄鉄も打ち直したかったけれど、夜に金槌で叩くと他の部屋に迷惑がかかる。だからトレーニングが始まる前に部屋にやってきたわけだ。

 授業が終わったら一目散に向かってきたから一番乗りかと思ったけれど、部屋の鍵が開いていた。誰か先に来ているのかな、と思って挨拶をしながら中へ入る。不思議なことに電気はついていない。

 おかしいな、と思ってスイッチに触れる。パチリと音が立ち、室内が照らし出されると妙な違和感があった。

 何と言ったら良いのか、部屋の奥に見慣れないものがある。大きなタオルケットのような、毛布のようなものが何かに被せられている。大きさは学園の勉強机を三つくらい並べた程度だろうか。

 もしかしたら、新しいトレーニング機材かもしれない。わざわざ被せ物をしているのだから、後で一斉に発表するために、トレーナーが用意したのだろうか。

 そうだとしたら。めちゃくちゃ気になる。先にちらっと見てしまうくらい、構わないだろう。

 部屋の鍵が開いていたということは、トレーナーがすぐに戻ってくるかもしれない。

 結論を出すなら急がなくては。

 そっと近寄り、毛布に手をかける。意を決して剥ぎ取った。と――。

「うおぁぁああああッ!?」

「ぬぇぇえええええッ!?」

 そこにあった、というより、そこにいたのは、制服姿のまま耳にイヤホンを差し、モニターを眺めているウオッカだった。

 自分が部屋に入ってきたことに気づいていなかったのか、突然毛布を取られて仰天するのは当然だろうけれど。そもそも、まさか誰かがこんな形で毛布に隠れていたとは思いもよらなかったのはこっちもだ。

 互いに尻もちをつくような形で距離を取る。

 どうして、と口から出そうになった瞬間、ウオッカに腕を掴んで引き寄せられ、毛布の中にくるまれてしまった。

「いいかホップ、静かに。オレが授業フケてここにいたってことは、ぜってェー誰にも言うなよ」

「ちょ、何スか! というかここで何をしてたんスか!」

「だから静かにしろって!」

 毛布の中でごちゃごちゃと言い合っている内に。

 二人を包む毛布がまたも剥ぎ取られた。その瞬間、まるで時が止まったかのような感覚。

 ウオッカと共に、振り返る。

 ジャージ姿のマヤノトップガン。何も言わず、手にした毛布をパサリと落としてこちらを見下ろしていた。

 しばらく何かを考えていたようだが、やがてポンと手を打って。

「マヤ分かっ――」

「「違います!!」」

 

 結局。

 ウオッカは授業を抜け出してこの部屋に入り、間もなく開催される桜花賞に出走してくるウマ娘のレースや、自分のトレーニング映像を見て、今後のことについて研究していたという。

 というのも、特に自分の走り方というのは客観的な視点で見てみないと気付けないことがたくさんある、と思ったからだとのことだった。

 映像を見て勉強する姿勢は確かに有意義なものであろうが、そのために授業を抜け出したというのは褒められたものではない。

 だから必死に口止めをするつもりが、一瞬マヤノに妙な勘違いをされかけてしまった。

 こうなってしまっては仕方がないので、ウオッカも素直に自分の非を認めることであらぬ疑いをかけられずに済んだ。

 幸いにもマヤノはこのことは黙っていてくれるとのことだったので、ウオッカは怪しまれる前に急いでジャージへと着替えにいった。

「そうだホップちゃん。せっかくだから、昨日のトレーニングビデオ、見てみる? ウオッカちゃんみたいに、自分の走りを見ておくと結構勉強になるんだよ」

「え、撮ってたんスか?」

 いつどこで撮影していたのか。トレーニングの様子を収めたビデオがあるという。

 全く気づいていなかったが、トレーニングは全員で一斉に行うのではなく、休憩を挟みながら順番に行う。トレーナーも体は一つなので、一度に全員分は見れないのだ。だから、休憩中のウマ娘がトレーニング中の様子をビデオに収めるのだとか。もちろん、毎回必ずというわけではないそうだけど。

 昨日は、自分の初トレーニングということもあって、マヤノが撮影していたらしい。

 さっそく見せてもらうことにした。

 モニターにビデオカメラを接続して再生。

 ジャージにローファーという姿の自分が映し出される。

『シューズを忘れてきたんだろ。ふっ、面白ェーヤツ』

 この声はウオッカだろうか。この時、ベンチには自分以外の全員がいたことが、会話の内容から察せられる。

『あ、始まったよブライアンさん! ねぇ、ちゃんと見てあげようよ。マヤたちの仲間だよ?』

『くだらん。まともに靴も用意できないウマ娘の走りなど、見る価値も――』

 マヤノ、そしてナリタブライアンがそんな会話をしたところで、映像の自分が走り出した。

 ――が。

 その姿は、とても走っている(・・・・・)とは言えないものだった。それはまさに、ブライアンがつけてくれたあだ名、バッタのように、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら進む自分がいる。

 例えるとしたら、階段を二段飛ばしで登って行くかのような、大股で、無駄に高く飛んで。頭の位置も高く、あまりにも不格好なフォームだった。

 子供でももっと上手に走る……よくこれでトレセン学園に入学できたものだ、と自分でも思う。

 これは、決して靴のせいではない。自分の走り方を誰かに見てもらったことはないし、指摘してもらったこともない。当然こうやって映像にして見るのも初めてだ。

「どうだった?」

 あまりにもショックで、ちょっと考えがまとまらない。

 こんな走りをしていたなんて、思いもよらなかった。

 どんな感想を抱いているのか、自分でもよく分からずにただ俯くしかなかった。

「やっぱりねー。自分じゃ気づいてなかったみたいだね。何で誰も教えてあげなかったんだろ」

 自分がずっと周囲から見下されていた理由が分かった気がする。こんな様子では、いつかG1を勝ちたいなんて言っても笑われるのがオチだ。

 それでも、人間よりは速く走れるわけなので体育などには参加させてもらえなかったが、素人の目から見ても自分が重賞を勝てるようになるとは思えないだろう。それも、わざとフォームのことを教えてくれなかったのだろう。

「あの、どうやって改善したら良いんスか?」

「んー、誰かの走りを見て、しっくりくるものを見つけて、真似するのが一番早いと思うよ?」

 確かにそれはそうだ。でも、誰を参考にするべきか。

 考えてみれば、昨日トレーナーは、ウオッカやタニノギムレットの走りを見るようにと言っていた。つまり、どちらかの走りを参考にしてみろ、ということだったのだろうか。

「生ぬるい。そういうのは、体に叩き込んでやるべきだ」

 ちょうどそんな時。部屋にはブライアンとギムレットがやってきていた。

 ツカツカと中へ入るブライアンは、入り口に置いてあった補修だらけのシューズを自分に突きつけてくる。

「さっさとやるぞ。履け」

「いや、あの……。実はそのシューズ、蹄鉄がちょっとズレていて」

 聞いたブライアンは、靴をまじまじと見つめる。蹄鉄の位置がズレており、打ち直しが必要な状態だ。

 すると今度はギムレットが靴をひったくる。そしてどこからともなく金槌や補修に必要な道具を取り出したかと思えば、その場で靴をいじりだした。

「あ、ちょ、ギムレット先輩、自分でやるんで!」

「はーっはっはァ! この傷だらけの天使(ボロ靴)黄泉還(再生)らせる神聖なセレモニー(儀式)の最中だ。傍観者に徹しろ(黙って見ていろ)!」

 目にも留まらぬ早業で、どんどんシューズに手が加えられていく。

 不格好な靴がみるみる治っていく。すごい。ギムレットにこんな特技があったなんて。でも、何かおかしいような。あれ、トレーニングシューズってこんなものだったっけ?

 そして。ソレはあっという間に出来上がった。

 歪み一つない蹄鉄。補修跡の一切残らぬフォルム。右の靴は白く、左の靴は黒く塗られ。それぞれに何故か羽のような飾りまでつけられているのだが、いやあの、これは……?

「どうだ! (ターフ)を駆ける天使(Angel)悪魔(Devil)。特に心臓(アメミット)を捧げる左の方は――」

「ともかく。靴のことはこれで良いだろう。ギムレット、お前はウオッカに付き合ってやれ。マヤノ、そこのバッタを連れてついてこい」

 どうやらギムレットなりの強いこだわりが表れているようだが、その言葉を皆まで言わせるほどブライアンは悠長ではなかった。

 ふ、と息を吐いて「いいだろう」と引き下がるギムレット。この二人、お互いのこと把握しきったかのような間柄のようだ。チームメイトだから当然、なのだろうか。

 それにしても、靴のことはこれで良い、ということは。天使の右足と悪魔の左足のシューズでトレーニングする、ってこと?

 

 グラウンドのコースではなく、今日は外周で走るとのことだった。

 トレーナーは参加しない。桜花賞を目前に控えたウオッカの仕上げに注力すると言っていた。それも当然だろう。

 だから、ブライアンとマヤノが自分のトレーニングをしてくれるそうだけど。

「ねー、ブライアンさん、ホントにこれでやるの?」

「当然だ。これくらい軽くこなせるようにならなければな。まずは基礎体力がなければ話にならん」

「そうじゃなくってね」

 今日のトレーニング内容はこうだ。

 ブライアンが先を走るので、二バ身以上離れないようについて走る。速度は出さずに、持久力を鍛えるため、長時間走ることに重きを置くとのことだ。

 ただし。自分はマヤノを背負った状態で。

「結構、おんぶされてるのって恥ずかしいなぁ、と思って」

「しがみつかなくて良い。というか、バッタのことは一切掴むな。お前は乗っているだけだ」

「あーもう、そういうことじゃないんだってば!」

 もちろん、マヤノを落としてはいけない。今の話を聞くに、こちらが意識して揺らしたりフォームが崩れないようにしながら走らねばならないということ。

 あの三冠ウマ娘、ナリタブライアンに、マヤノを背負ってついていけるかは甚だ疑問だ。

 一方でマヤノは、誰かにおぶさるのがまるで子供みたいだから、と嫌がっている。

 自分としても、こんなトレーニングなんてやったことがないし、背負って走ることには抵抗がある。

「マヤノ。これをバッタの首につけてやれ」

 抗議を無視して、ブライアンは紐のようなものを差し出してきた。先端が輪になっており、まるで投げ縄のようだった。

 反対側の先を辿ってゆくと、ブライアンの腰に結び付けられている。つまり、互いを繋ぐ紐になるわけだ。長さを見るに、先ほど指定された互いの距離、二バ身ほどになるだろうか。

「輪の付け根には磁石を仕込んでいる。距離が離れたら磁石が外れて紐が切れる仕組みだ。そうなったらやり直し。良いな?」

 その都度ブライアンが振り返って距離を測るのは難しい。そう考えたら、確かに便利なツールなのかもしれない。

 背に乗ったマヤノが少しむくれながら輪を首にかける。

 すると、何の合図もなくブライアンは走り出した。

「あ、ちょ、そんな急に!」

「うわぁぁあああっ!?」

 突然のことに慌てて後を追う。背中のマヤノが悲鳴を上げ、首の磁石はほんの数歩で外れてしまった。

 すぐに振り返ったブライアンが、落ちた紐を拾って首につける。

 そしてまた走り出す。急いで追いかける、磁石が落ちる。また首につけられる。

 そんなことを三回ほど繰り返した時。

「バッタ。どこを見て走っている。まさか、この紐を見ながら走っているんじゃないだろうな」

「え、いや、そうッスけど……。磁石が取れたらやり直しってことッスから」

 はぁ、とブライアンはため息を吐いた。そして親指で自分の胸を示す。

「まず、視線は私。それから、私の先を見るんだ。次に、背中のマヤノを時折確認しろ。いいな」

 それだけ言うと、彼女はまた走り出した。

 視線。紐が落ちないようにとばかり意識していたけれど、言われた通りブライアンへ、そしてその先へ視線を向ける。

 力強く芝に踏み込み、土を散らして走る彼女は、確かに速い。それでも、こちらのレベルに合わせて手加減をしているのは明白だ。

 しかし不思議なことに、今度は紐が落ちない。

 意識するべきなのは、相手と自分の位置関係ということか。これをしっかり認識しながら走ることで、自分にとってベストな距離感を見出していくことこそ、自分のペースを掴むことに繋がる。

 ブライアンはそれを教えようとしているのか。

 少しそのペースに慣れてきた頃。

 ちらりと背のマヤノに視線を送ると、手を横に広げてバランスを取っている。まるで子供が飛行機ごっこをするかのようだ。

 それにしても。彼女を背負って走ることにどれだけの意味があるのだろう。ペースを掴むだけならば、普通に走っても良いだろうに。

「ホップちゃん、多分そろそろだよ。集中して」

「え……?」

 コーナーを曲がってゆく。直線が見えてきた頃、先を走るブライアンはやや外周へ膨らみながら、まるで地面をえぐるように強く強く踏み込んだ。

 加速する気だ! レースなら最終直線、ラストスパートだ。

 離されるわけにはいかない。自分も慌てて大きく踏み込んだ、その時だった。

 

 ズシッ。

 

 背中のマヤノが、まるで体を弾ませるようにして体重をかけた。

 思わず前へつんのめるように……しかし転んでは大怪我に繋がりかねない。

 必死で前へ足を伸ばし、姿勢を整える。

 コーナーを抜けた。

 ブライアンが加速してゆく。紐が落ちそうだ。

 もっと前へ出なければ。

 しかし、強く踏み込む度に背中のマヤノが体重をかけ、思うように姿勢を保てない。

「ハァ、ハァ、マヤノ先輩、それじゃ走りにくいッスよ!」

「いいの! これがホップちゃんのトレーニングなの! それより前見て」

 何を言われているのかよく分からない。

 体格の小さいマヤノとはいえ、ウマ娘を背負って走っている上に、相手はスパートをかけたブライアンだ。手加減はしているだろうが、もう体力も限界が近い。

 ゴール板が見えてきた。しかしブライアンと自分を繋ぐ紐はほぼ伸び切っている。

 紐を落としたらやり直し。それだけは避けたい。

 一か八か。マヤノが体重をかけてくることを承知の上で、とにかく前へ!

「ぬぉぉおおおお!!」

 必死だった。正直、目を開けていられなかった。

 とにかく強く前へ出ることにだけ集中していた。その瞬間、頭を思い切り押さえつけられたような気がする。

 そのままなりふり構わず走り抜け、気づいたらゴール地点となる校門を過ぎていた。

「ご、ゴール、したんスか? あっ、首の紐は!?」

 視線を落とすと、紐は繋がったままだ。ほっと息を吐いて、背負っていたマヤノを下ろす。そのタイミングで、紐を繋いでいた磁石が外れた。

 走り終えたブライアンはどこへ行ったのかと視線で探ると、構内に設置された物見櫓の方へと駆けて行っている。そこにはいつの間にか、ビデオカメラを構えたトレーナーがいた。

「マヤノ先輩、自分、ちゃんと走れたんスか?」

「え? あー、どうだろ。マヤも最後は夢中だったからなー。ほら、トレーナーちゃんが録画しててくれたみたいだから、確認してみようよ」

 ラストスパートに入ってからの、マヤノの動き。

 そしてあの全力を注いだ時に頭を押さえられたのは、きっとマヤノの仕業だろう。

 そこにどんな意図があったのか。それは、きっとあのビデオカメラに収められているに違いない。




かなり久しぶりの投稿となりましたが、
徐々に再開していけるといいな……。
今後も時間を見つけてちょっとずつ書いていきます。
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