ウマ娘〜Hopping Bright〜   作:ちー助

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第7話「理由なき闘争」

『皐月賞二番が二番手、追い上げてくる!

 そしてその後ろを通って今、ウオッカ上がってきた!

 他のウマ娘も食い下がってきている。

 しかし、先頭はウオッカだ! ウオッカ先頭だ!

 なんと、なんと、ティアラ路線の夢叶う、ウオッカ先頭、ジュニア女王が見事に決めましたー!

 ウオッカやったぁ! 思わず右手はガッツポーズゥ!

 これは恐れ入りました! ジュニア級女王はなんと、クラシック世代の頂点へ!』

 

 この日。東京優駿こと日本ダービーでは奇跡が起きた。

 現役のウマ娘が辿る道筋は大きく三つのステージと、二つの路線がある。

 デビューしてから年明けまでのジュニア級、翌年一年間のクラシック級という二つのステージは、同じ年にデビューしたウマ娘同士で競い合うことが基本だ。

 そして、三年目以降をシニア級と呼ぶ。つまり、レースになれば四年目のウマ娘と六年目のウマ娘が一緒に走る、ということもしょっちゅうである。

 一方で路線というのは、クラシック路線とティアラ路線の二つ。己の走りを極める、いわばアスリートとして辿る道筋がクラシック路線であり、ジュニア級の朝日杯、クラシック級の皐月賞、東京優駿、菊花賞が対象レースだ。逆にティアラ路線は、トゥインクルシリーズ引退後の後進育成を担う指導者を目指すウマ娘が辿る路線とされている。ジュニア級では阪神JF、クラシック級では桜花賞、オークス、秋華賞がこれにあたる。さらにシニア級で指定されているエリザベス女王杯、ヴィクトリアマイルも対象だ。

 誰がどの路線を選んだかを区別するための決まりもある。クラシック路線を走るなら右耳に耳飾りを、ティアラ路線へ征くなら左耳に耳飾りをつけるというのが、その決まり。

 ここで厄介なのは、進路としてクラシック路線を選ぶとティアラ指定レースには出走できないが、ティアラ路線を選んだウマ娘はクラシック指定のレースに出ても良いとされていることだ。

 ただし、ティアラ路線を選んだウマ娘は、一般的にクラシック路線指定レースでは勝てないと言われている。それは、耳飾りをどちらにつけるかでウマ娘の能力に差が出るからだ。というのは、流石に都市伝説。

 ただ現実に、シニア級でティアラ路線のウマ娘がクラシック路線のウマ娘に勝つことはあっても、二年目、即ちクラシック級で勝った例は、もう数十年単位でなかったそうだ。

 桜花賞二着とはいえ、阪神JFの勝利もあってティアラ路線を順調に進んでいたウオッカが東京優駿に挑むのは、無謀であるとすら言われた。

 ファンですら、勝てるわけがないと囁いたほどである。

 しかし結果はどうだ。府中の長い最終直線、大きなストライドでバ群を突き抜け、あっという間に先頭へ躍り出たかと思えば、勢いそのままにゴールへ飛び込んだその影は、驚愕と歓声を渦にして、トゥインクルシリーズの歴史に大きな一ページを刻んだのだ。

 

「で、またそれ見てるの?」

「だって、カッコ良かったんスよ! チームの先輩が、無謀とも言える挑戦をして、逆境を跳ねのけてヒーローになったんスから。さ、もう一回見よーっと」

 ルームメイトのシャルヴブラフマンが溜息を吐いた。

 ウオッカの東京優駿を現地で見たとはいえ、あの興奮はやはり忘れられない。何度も反芻するかのように、レース映像を繰り返し見ずにはいられないのだ。

 とはいえ、既に門限もとっくに過ぎた時間。ベッドに転がりながら、スマホを使って配信サービスを利用していたわけだけども。

「何時だと思ってんのよ。……もう、見るのは良いけどイヤホンくらいしてよね。あと、もう電気消すからあんまり画面をこっちに向けないでよ」

 さっきまでドレッサーに向かっていたシャル。自分と違ってお肌の手入れやメイクに余念のない彼女は、さっきまで入念にスキンケアをしていたかと思えば、いつの間にか顔にパックを貼って寝る態勢に入っていた。

 真っ暗にしないと眠れないというシャルが電灯のスイッチを切る。そうなると、スマホの光が妙に眩しく感じられた。

 これから寝ようという彼女のためにも、ほどほどのところでレース視聴も切り上げなくてはならない。

「じゃあおやすみ。明日、寝坊しないでよ」

「分かってるから大丈夫ッス。おやすみ!」

 それだけ言葉を交わして、自分は掛布団の中に体を引っ込めた。耳にはイヤホン。これなら、音も光も漏らさずに楽しめるというわけだ。

 あと一回だけ見よう。シークバーを戻して、初めから再生する。

 レース序盤、実況はウオッカに全く注目していない。しかし結果を知ってから見ると、最後に力を発揮するため、いかに我慢しながら走っていたのかがよく分かる。

 そして最終コーナーを抜けて直線。

『後ろを通って今、ウオッカ上がってきた!』

『しかし、先頭はウオッカだ! ウオッカ先頭だ!』

「うぉぉおおお行っけぇぇえええ!!」

「うっさい! 寝ろ!」

 

 あれから。廊下の掲示板に写真が貼りだされるといういたずらはなくなった。

 結局、誰が何のためにやっていたのかは分からないまま。靴のこともあるし、誰かが自分に対して悪意を持っていることは間違いない。

 しかし、一つ困った問題が残っている。

 同じ学年、つまり今年ジュニア級となる同級生たちの中で、まともに会話してくれるのが、シャルとニイロハヤトだけだということだ。

 先日、声をかけてくれたハヤトは、皆がアレをやっているから自分も、とか、集団に馴染むタイプではなく、我が道突き進むタイプらしいことが分かってきた。

 ジュニア級所属のウマ娘の中では、掲示板のことがなくなっても「チイノホッパーに関わったらいけない」という雰囲気が出来上がってしまっているようだけれど、ハヤトがそれを気にせず接してくれるのは本当に嬉しいことだ。

 

 そんな中。これから夏を迎えようという頃だった。

「いいか、合宿では海へ行くがこれはホップのデビューへ向けた集中トレーニングを行うためだ。全員では行かないから、今から言うメンバー以外は留守番とする。ゆっくり休むなり、各自でトレーニングなりすると良い」

 七月、八月は現役ウマ娘を抱えるチームが各地へ合宿へ行くことが多い。

 BTでもその打ち合わせを進めていたというわけだ。恐らく、昨年はウオッカの集中トレーニングが合宿の主旨であったことだろう。

 今年は自分の番、とトレーナーは言う。

「参加メンバーは、もちろんホップ。それからマヤノ。以上二名」

「おい」

 口を挟んだのはナリタブライアンだが、その理由は多分、メンバー全員が感じたものと同じだろう。

「たった二人というのはどういうことだ。ウオッカも秋に向けて鍛えねばならん。そうなればギムレットも行くべきだ。それに私だって……」

「なんだ、ブライアンも海へ行きたいのか?」

「違う! 私は、その、なんだ。……ええい、もう知らん!」

 珍しくイラついた表情を見せたブライアンは、吐き捨てるように言ってそのまま部屋を後にした。乱暴に閉められた扉がガタンと音を立てる。

 自分の隣に座っているマヤノは何だか申し訳なさそうな顔をしているし、ウオッカはあわあわとうろたえている。何故かタニノギムレットだけは訳知り顔で澄ましていた。

 しかしこのメンバーには、自分も納得がいかない。決してマヤノが嫌なわけではなく、これだけ人数がいてたった二人というのは妙だ。

 特に、自分のトレーニングはブライアンが見てくれていることが多い。彼女が合宿に来れないのは、何か引っかかるものがある。

「なぁトレーナー。俺、秋にはもっとでっかい結果を出してぇんだ。だから合宿にも行かねぇとだし、のんびりしていて、あいつら(スカーレットとマーチャン)に先を越されたく――」

「ダメだ」

 ピシャリと遮るのはギムレット。

 東京優駿で最高の栄誉を手に入れたウオッカが次に望むのは、さらなるタイトルの奪取。まだクラシック級の彼女がより高みを目指すのは当然のことだ。

 しかし接している内に気づいたが、ギムレットはチームきっての頭脳派である。他者をよく観察し、今必要なものは何かを的確に判断する力はずば抜けているといっても過言ではない。

 適性だけでいえば、彼女がリーダーを務めてもおかしくないくらいだ。

 だからこそ、トレーナーの真意を理解したのかもしれない。

「いかに偉大な英雄神(インドラ)とて、雷電(ヴァジュラ)を手にしなければ、悪の大蛇(ヴリトラ)を討つことはできん。それは己の鍛錬ではなく、聖仙(ダディーチャ)を得ることで実を結ぶということだ」

「つまり……、俺はトレーニングじゃなくて、休む方が大事、ってことかぁ。ギム先輩がそう言うなら」

 常々疑問なのだが、ウオッカは何故ギムレットの言わんとすることが分かるのだろう。それに、ギムレットの言うことには基本的に素直に従うようだ。

 彼女らの間には、何か特別な繋がりがあるように思えてならない。

「流石、教育係だけあってよく見ているな。ウオッカはダービーの疲れが抜けきっていない。合宿で力をつけるのも大事だが、そのせいで体を壊しては意味がないからな」

 ウマ娘は、自分で思っている以上に、体に負担がかかっている例が多いのだという。

 人間ならほんの数日で疲れが抜けたりするそうだが、ウマ娘はレースで溜まった疲労が抜けきるのに、数か月単位の時間がかかる場合もあるのだとか。

 つまり、今のウオッカはそういう状況にあるというのが、トレーナーやギムレットの判断なのだろう。

 ウオッカは休養、その監督としてギムレットも留守番。ここの理屈は分かった。

 だとすると、ブライアンは何故メンバーに選ばれなかったのだろうか。

 恐らく、この疑問には答えてもらえないだろう。トレーナーがあのように茶化すくらいだから、何か深い理由があるに違いない。

 と、無理やり自分に言い聞かせた時だ。

「たのもー!」

 先ほどブライアンが閉めた時のような勢いで、部屋の扉が開かれた。

 威勢の良い声を張り上げ、そこに立っていたのは、随分と長い前髪で、後ろ髪をまるで蝶の羽のように結い上げ、赤いハチマキをしたウマ娘だった。

 直接会うのは初めてだ。が、いつか、どこかで見たことがあるような……。いや、そうだ、このウマ娘は!

「何をしに来た!」

「なぬっ、ギムレットォ!? ええい、ブライアンが出て行ったのが見えたから、もう解散したものと思ってぬかったわ。出直して参る!」

 二人の目が合う。その瞬間に一喝するギムレット。入口のウマ娘はバツが悪そうな顔をし、出て行こうとするが。

「もう話は終わった。私が出る。後は好きにしろ」

「あ、ちょ、ギム先輩!」

 不機嫌そうにギムレットの方が退室していった。それをウオッカが慌てて追いかけてゆく。

 先ほどのブライアンの件もあって、部屋の雰囲気は気まずいとしか言いようがない。

 しばらく沈黙の間があった後。ハチマキのウマ娘はそっと扉を閉めてトレーナーの横に立った。すっ、と息を吸い込んだかと思うと、この絶望的な空気に似つかわしくないほどハキハキとした声を発する。

「おぬしがチイノホッパーと見受ける。わしはチームBright Titanの非常勤メンバー、ノーリーズンと申す者! 此度の合宿には我が弟子と共に同行し、おぬしと弟子の実力向上を補佐せんと、ここに挨拶に参った次第! よしなにッ!!」

「やっぱり、ノーリーズン先輩……! ここの、非常勤だったンスか」

「いかにも! 現役の頃は当然正規メンバーであったものの、故あって今はこのような……いやそれはともかく、よしなにッ!!」

「よ、よしなに?」

 右手を腰に当て、左手をグイっと前へ突き出すような、まるで時代劇で見る将軍が突撃の合図を出すかのような姿勢で、それはもう喋る喋る。

 今まで出会ったウマ娘の中で、最も賑やかなウマ娘かもしれない。

 それはそうと、ノーリーズンといえば、皐月賞を制したウマ娘で、確かタニノギムレットと同期のはずだ。

 とても仲が悪そうに見えたけれど、話を聞く限り、同じこのチームに所属して切磋琢磨した間柄のはず。やはりダービーや皐月賞のように、一生に一度のレースでぶつかることは、想像以上に互いの関係を悪くしてしまうものなのだろうか。

「あの、ギムレット先輩と、何か」

「言うな、言うでない! あやつとは相容れぬのじゃ」

 この反応は、間違いない。

 レースとなればお互いに真剣だ。一生を賭けているとも言える。

 全力であるが故に生じてしまった、悲しいすれ違い。それを修復できないまま、今もこうやって二人は引き裂かれているというのか。

 しかし、既にトゥインクルシリーズを引退したのだし、同じチームに所属していたのだから、何とか仲良くできないものなのだろうか。

 そう考えている横で、マヤノがにんまりと笑った。

「緑茶と紅茶、どっちが美味しいかのケンカでしょ? まだやってたんだね」

「否、その件は最早好みの問題であると決着をつけたわい! 今は、朝食は米にすべきか、パンにすべきかの戦じゃ!」

「く……っ」

 くだらねぇ、という言葉をよくぞ飲み込んだ、と自分を褒めたい。

 いやむしろ、マヤノが言うようなケンカをしていたのであれば、割としょっちゅうギムレットとノーリーズンは論争をしているようだ。

 なんだか、ウオッカとスカーレットみたい。

「ともかく!」

 パシンとトレーナーが手を打つ。

「今回の合宿には、彼女に同行してもらう。というか、いつの間にか弟子なんて取ったんだ」

「ふん、ウオッカを育てているのがギムレットなら、わしに優秀な後輩を育てられぬという理由はない! トレセン学園に入学してきた時から、こやつは、と目をつけた者を密かに育てていたというわけよ! チイノホッパー、おぬしもこのわしが打倒ギムレットを掲げて鍛錬してやるによって、覚悟めされよ!」

 そこもギムレットに対抗心を燃やしていたというわけか。

 しかし非常勤とはいえ、ノーリーズンはBTのメンバーだ。彼女の弟子は、このチームにいない。ということは、今度の合宿に同行するというウマ娘は、無所属ということになる。

 その弟子をBTに所属させないのは、今後弟子が活躍した時に、育ての親の座を独占したいがためだろう。

 彼女の功名心に付き合うウマ娘……同級生のはずだけど、いったいどんな子だろうか。なんだかちょっと、気まずいな。

「おぉ、そういえば紹介がまだであった。わしの弟子をお目にかけよう。これ、入って参れ!」

 ノーリーズンが外へ向けて呼びかける。

 ゆっくりと扉が開かれ、そこに立っていたウマ娘は。

「ニイロハヤト、です。よろしく……お願いします」

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