ねこやのもう一人   作:マジックテープ財布

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スポーツドリンクを呑みながら思いついたもの。
まぁ原作と雰囲気が違いますが、ご容赦を


MENU:スポーツドリンク

 ドヨウの日。今日も平日とは違うドアベルの音と共に異世界食堂の扉が開かれる。店に入ってくる者はまさに千差万別だが、誰もが異世界の美味を求めて今日も扉をもぐっては満足げに帰っていく。

 

「エビフライを頼む! 後、エビカツサンドとエビフライサンドのセットを持ち帰りで!」

 

 そんないつも通りなドヨウの午後。後ろに荒野が見える場所から入ってきた金髪の騎士は流れるように注文をし、そのまま案内もなく空いた席へと着席する。斜め向かいの席の隣ではここ最近で異世界食堂の存在を知り、常連達から『メンチカツ2世』と密かに呼ばれている女性が騒々しさに眉を潜めながらも目の前のメンチカツ(だいこうぶつ)を一口大に切り分ける。

 

 この店では大勢が迷惑するほどの喧嘩や刀傷沙汰はNG。そうなれば即座に入店拒否を言い渡されると、この店のもう1人の料理人から説明を受けている。

 それに加えて目の前の男。『エビフライ』は異世界食堂で見知った仲だ、特段目くじらを立てる必要はないという寛容の精神でメンチカツは食べ物が刺さったフォークを口に運ぶ。

 そんなエビフライだが、彼女の心情も気遣いも気にせずに水とおしぼりを持ってきた件の料理人、孝樹に革袋を渡しながらお手当のエビフライ以外の注文を行っている。

 

「タカキ、すまないがすぽぉつどりんくをまた作ってくれないか?」

 

「申し訳ございません。今までお出ししたスポーツドリンクは売り物にならない端っこの部分とかで作ったので、料金が決まってないんですよ」

 

「そうか。せっかく来たのだからあると思ってたのだが」

 

 売り物ではないという孝樹の返答にエビフライは素直に肩を落とす。

 出来ることなら作りたいが、今回は使用する材料の端材がないゆえに料金は発生する。だが、ねこやのメニューにはそういった物は売っていなければ、マスターの許可なしに値段をつけることは出来ない。

 もう一度『申し訳ありません』という謝罪の言葉を送る孝樹だが、後ろの厨房の中から話を聞いていたマスターが顔を上げて口を出してきた。

 

「それならうちの一般的なドリンク代。いや、ドリンクセット扱いにすれば良いじゃないか」

 

「あー、たしか200円……銅貨2枚ですかね」

 

「作ってくれるのか? なら、頼む!」

 

 一気に笑顔になるエビフライ。その言葉に孝樹は『ご注文承りました』と厨房へ引っ込んでいく。

 そんなやり取りを最後の一欠けら食べながら見ていたメンチカツは席からマスターにお代わりを告げ、そのまま暇つぶしとして傍らに置かれたメニューをパラパラと見やる。

 自身が今まで頼んだ事のない飲み物系。砂の国で有名なカッファにその国から訪れたと思われる女が飲んでいたクリームソーダなるものなど、様々な飲み物が並べられている。ゆえに『一つくらい……』と魔が差してしまいそうな心をぐっと堪えたメンチカツはエビフライの言っていた『すぽぉつどりんく』なる物を探すが見つからない。

 

「ねぇ、エビフライ。その"すぽぉつどりんく"ってなんなの? メニューにはないみたいだけど」

 

「ん? さっきもタカキが言っていただろう、メニューには無いんだ」

 

「じゃあ、なんであんたが知ってるのよ」

 

 メニューというお約束の外にある物。つまるところ『お宝』にたどり着いたエビフライへの嫉妬半分、といった様子で彼女は経緯を聞く。だが、経緯を聞くも肝心のエビフライは何も食べていないのに歯に物が挟まったような微妙な反応を示す。

 ひたすらに怪しい沈黙。それほど知られたくない何かがあるのだろうが、彼女は決して引かなかった。

 

「どうしたの?」

 

「いや、なに。我が身の恥を晒すようで気恥ずかしいだけだ」

 

 その返答にも疑問符を浮かべるメンチカツ。しかし、傍らに置いてあるお冷を一気に飲み干したエビフライは、水差しから水を補充しつつポツポツと当時の様子を語り出した。

 

***

 

 モスマンの群れに対応するための援軍を乞うべく砦から脱出したエビフライ、『ハインリヒ・ゼーレマン』は食糧も水も──そして移動手段であった馬をも失った所で運よくこの異世界食堂を見つける。

 最初こそ荒野のど真ん中にある開拓民の家と思っていたが、食事にありつけるのならばと中に入ってみれば驚愕の連続であった。

 

 古ぼけたいかにも余裕のなさそうな民の家と思いきや、ピカピカに正装された内装や調和のとれた調度品。無料と言われて出された綺麗で冷たい水(しかも、お代わりつき)。そして説明があっても味の想像が出来ない料理の数々が書かれた品書き。

 

 どれもが一般的な料理屋では見られないものばかり。しかも、顔を拭いて汚れてしまった手拭きを回収して新たに温かく熱された手拭きを持ってきてくれた青年、当時からここで働いていた孝樹が言うには『そこに書かれているのはすべて出せます』という言葉にハインリヒは再び衝撃を受ける。

 

「ならば、このエビフライを」

 

「承知いたしました」

 

 短く返事をした孝樹にハインリヒの頭は疑惑で満たされていた。

 エビフライに使われているシュライプとはハインリヒの故郷でとれる魚介であるが、足が速くて到底内陸には輸送することが出来ない。それに加え、仮に輸送できたとしてもその分高価で決してこのような開拓民の手には渡ることもないはずである。

 

「失礼します。おしぼりが汚れていらっしゃるので、お取替えしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、あぁ。すまない」

 

 2枚目の手拭きも若干土気色に染まった頃、孝樹が再び取り替えようと現れる。そこでエビフライは疑問を晴らすべく、彼に『シュライプが出せるのか』と問うた。

 当初はあまり異世界の言葉を覚えていなかった孝樹だが、厨房から『エビのことだよ』というマスターの助言で納得が言ったらしい。『お出し出来ます』というきっぱりとした一言をハインリヒに送る。

 故郷の味がこんな辺鄙な場所で味わえるとは思っていなかったハインリヒは孝樹の一言に面食らうが、再び『なぜ?』という疑問が頭を占領する。だが、その前に豊かな香りが小賢しい疑問を一気に吹き飛ばし、彼の中にある食欲という欲望を曝け出した。

 

「お待たせしました。エビフライです」

 

 机に並べられた料理の数々にハインリヒは瞬く間にのめり込んだ。

 

 当時を語るハインリヒ改めエビフライは『補給と思って食べてたのが恥ずかしい』と笑うが、異世界食堂の存在を知らなければさもありなんとメンチカツやひっそりと横で聞いていた常連達も首を縦に振る。

 

 閑話休題(そんなこともあって)

 次々とエビフライやパンを胃袋に詰めていくハインリヒだが、都合3枚の手拭きを染め上げた彼の様子が流石に気になったのだろう。孝樹が水差しの補給をしに来た際、彼の腰に括り付けられた革袋を指しながら尋ねてきた。

 

「お水のお代わりをお持ちしました。あの、差し支えなければそちらの革袋にお注ぎしましょうか?」

 

「むぐ……。あぁっ、頼む! これから王城に危機を伝えに行かなければならんのだ!」

 

「その王城はどのぐらいの距離なんですか?」

 

 今思えばこの段階で怪しむべきだったかもしれないとエビフライの談。しかし、当時の彼は水の提供の申し出やエビフライの美味さに少々浮かれていた。

 食べながら頭をフル回転させることで『夜明けまで走ればたどり着くだろう』と答えると、孝樹は礼を言いながら空っぽになった皿や机に放り出された革袋を持って去っていく。

 

 そのまま上機嫌にエビフライを食べ続け、流石に腹も満たされたところで退店の準備に入るハインリヒだが、ここで金がないことを悟る。

 エビフライとなった今では異世界食堂では1回目は無料というルールがあることは知っているが、当時は当然知っているわけもなく──。気が付けば彼はゼーレマン家に伝わる名剣を担保にしていた。

 

「またエビフライを食わせてくれ! それじゃあ」

 

「あ、あの……お客さん。うちは!」

 

「お客様、忘れ物です!」

 

 焦るマスターを尻目に店から出ようとするハインリヒに孝樹の声が届く。『忘れ物』という言葉に振り返った彼の手に2つの物体が投げ渡された。

 

「水じゃああれでしょうから、スポーツドリンクを作って詰めときました。そっちは余ったエビフライをパンで挟んだものです、お腹減ったらどうぞ!」

 

「すまない!」

 

 口数少なくハインリヒは扉を閉め、そこから猛然と王城まで駆ける。腹も満たされたことで計算通り夜明けには王城にたどり着き、公国の危機は未然に防ぐことが出来た。

 報告後のわずかな時間。門前でエビフライサンドとスポーツドリンクを食した際、改めて代金と礼をしなければならないとハインリヒは事件が未然に防がれた折に異世界食堂に赴くが、待っていたのは既に廃棄された家の中。っというのが彼が話した思い出である。

 

***

 

「……で、テリヤキ殿に連れられたわけだ。最初は亡霊にでも化かされたかとかなり肝を冷やしたものだ」

 

「あー、7日に1回ね」

 

 異世界食堂。7日に1回扉が現れる不思議な食堂。おそらくエビフライも扉が開かない日に行ってしまったのだろうとメンチカツはお代わりを頬張る。

 そんな時、盆の上に2つの革袋を置いた孝樹が厨房からゆっくりと歩いてきてエビフライの横で止まった。

 

「ご注文のスポーツドリンクです。こちらは前回の物です、お返しします」

 

「ありがたい」

 

「どうして空っぽのがあるの?」

 

 空っぽの革袋を不思議に思ったメンチカツが尋ねるが、対する孝樹は恥ずかしそうに『匂いが残るのを失念しておりました』と白状する。

 そう、スポーツドリンクは原材料的に匂いが残りやすい飲料なのだ。特によく洗わずに使いまわそうとするとスポーツドリンクの匂いなのに飲んでもただの水というもやもやする結果となるぐらいに。

 当然ながらエビフライもその残り香を味わっていたが、同時にその匂いが『夢ではなかったという確証をくれた』と快活に笑っていた。

 

「ねぇ、私もスポーツドリンクを注文したいんだけど」

 

「構いませんよ。お持ち帰りならば革袋が必要ですが?」

 

「お願い」

 

 メンチカツが背嚢から既に空になった革袋を差し出してくる。それを盆に載せた孝樹は、『少々お待ちください』という言葉と共に奥へと引っ込んで行った。

 

「マスター、ご注文のスポーツドリンク作ってきます」

 

「あぁ、頼む」

 

 口数少なく情報共有を行った孝樹は調理の邪魔にならないよう、厨房の隅っこで作業を始めた。

 

 まずは革袋の洗浄。重曹を水で溶かし、それを何度も水筒に水を入れて排出を繰り返して中身を洗うことで中身をすべて出して匂いを多少洗い流す。後は日陰に干していれば適当に乾くので放置することで洗浄は完了となる。

 

 次に注文を受けたスポーツドリンクだ。これは単純に作るならば水と塩とレモン果汁と砂糖。もっとお手軽にするならばポ●リの粉を水で溶くだけなのだが、それでは芸がない。

 孝樹は厨房の冷蔵庫を開け、中からお冷の水差しを2つ取り出す。ねこやのお冷はレモンの輪切りが入っているレモン水なので微かに酸味がある……が、それだけでは清涼感が足りない。

 そこで2つ目の水差しだ。中にはミントとレモングラスが入っており、これで清涼感をプラスする。

 

「あぁ、それを使うのか」

 

「俺達だけだと消費が追い付かないから」

 

「違いない」

 

 調理をしながら笑うマスター。この香草の仕入れだが、とある事情があって無料。かつ、定期的にねこやに納品されている。

 詳しい事情は伏せるが──ミントの繁殖能力を舐めてはいけない。これだけで分かる人間は分かるものである。

 なお下手人は孝樹の友人なのだが、かなり品質が良いために孝樹達が合間で飲む水に入れたり、賄いの香り役としてちょっとずつ消費はしている。……が、そろそろ受け取り拒否にしたものかとマスターと話し合っている最中である。

 そんなハーブ水とレモン水、そして少量の塩と甘みとしてこれまた少量のはちみつ。これでスポーツドリンクが完成する。

 

 この甘み付けだが、はちみつではなく砂糖を使っても良い。普通の砂糖でも美味いが、きび砂糖も中々乙な味で栄養価も期待できるし、黒砂糖も奥行きがある甘さが期待できる。甘さを控えたい場合は抜きでも良いが、甜菜を用いた砂糖を使うとあっさりとしたものとなる。

 

 閑話休題(ながく かたったが)

 こうして出来上がったスポーツドリンクを革袋に詰めようとすると──。

 

「そろそろ行くわ」

 

 腹ごしらえを終えたメンチカツが席を立つ。孝樹は急いで漏斗を用いてスポーツドリンクを先ほど洗って乾かしていた革袋に注ぎ込み、急いでメンチカツの元へと持っていく。

 

「お待たせしました、スポーツドリンクです。飲む前は振ってからお召し上がりください」

 

「振ってね……。分かったわ、ありがとう」

 

 支払いを終えたメンチカツは扉を潜る。いつも通りの光景にメンチカツはトレジャーハンターの『サラ・ゴールド』へと切り替わり、消えていく扉を横目にその場から移動し始めた。

 いつもは腹ごなしに歩いて帰るのだが、今回は持ち帰ってきた物のために少々小走りで移動しながら元来た道を戻ることで少々早く仮宿にしている部屋にたどり着いた。

 

「たしか、エビフライのやつが言ってたわね」

 

 退店時、エビフライから『体中の水気がなくなるのではないかというギリギリを見極めて飲むんだぞ』と念を推されたメンチカツは喉に指を当てて状態を確認する。唾液が出る、多少喉が渇いているがまだ我慢が出来るとサラは、革袋を持って外へと向かう。

 その後は運動代わりに森の中で旅先で使用できるような薬草探しなどで暇を潰し、ようやく待望の時間がやってきた。

 

「まずはよく振って……」

 

 革袋を上下に揺すってから栓を抜いたサラの鼻孔に爽やかな香草の香りと酸味と甘みが入り混じった香りが通り抜ける。森の中ということもあってかその一嗅ぎで身体中に爽やかな風が吹き抜けるような錯覚に陥った彼女だが、意を決して一口──。

 

(なにこれ!)

 

 途端、革袋から口を離したサラは目を瞬かせる。

 常温ゆえに異世界食堂で出てくる飲み物のような冷たさはないが、大好物のメンチカツに添えられるレモンの酸味の後に蜜のような優しい甘味が舌の上にじっとりと広がっていく。

 しかし、体はすっかり乾いて水分を求めているため、サラは一気に口の中のスポーツドリンクを飲み込んだ。口から喉へと移動したことで酸味や甘みも残滓となってしまったが、鼻や喉を清々しくさせる清涼感は未だに存在感を放っていた。

 

(本当、運動の後に最適ね。これ)

 

 サムズアップをしながら『だろう?』と笑うエビフライの幻影から目を逸らしたサラは一心不乱にスポーツドリンクを飲み下す。

 甘い──ちょっと酸っぱい──爽やか。この3つの感覚に加え、先ほどまでカラカラに乾いていたゆえに水分が染み渡っていく感覚にすっかりサラは魅了される。

 

***

 

 時を同じくし、食事を終えて城へと帰ってきていたハインリヒもスポーツドリンクに口をつけていた。

 気が狂ったかのようにひたすら剣の鍛錬をおこなう事で汗を限界まで流し、もう体中の水気がなくなるのではないかというギリギリのタイミング。そこに皮袋に入ったスポーツドリンクを多少揺すってから一気に煽る。これがハインリヒが決めたルーティンである。

 

 ゴポゴポと気泡が泡立つ音を聞きながら感じるのは優しい甘み。それが剣を振るうことで蓄積された体中の疲労を優しく癒してくれる。

 しかし、優しさだけではない。メンチカツに勧められて試した黄色い果実の汁の微かな酸味が体を入れてくれる。

 そして、常温ゆえにスルスルと喉に入って行く。これがなんともたまらない。

 

***

 

 しかし、至福の時間はあっと今に過ぎ去ってしまう。サラもハインリヒも革袋の中のスポーツドリンクがすべてなくなったことを察し、口から清涼感のある呼気を漏らす。

 

「あぁ、もう無くなっちゃった(あぁ、もう無くなってしまった)」

 

 場所は違えど、名残惜しく逆さに振っても水滴しか零れずに落胆する2人。だが、直にあきらめがついたような表情で革袋を丁寧に折りたたんでそれぞれの日常へと帰って行った。

 

「また作ってもらおうっと(また作ってもらうか)」

 

 奇しくもその言葉は同じような言葉で締めくくられ、遠い異世界の厨房で働いていた孝樹に盛大なくしゃみをさせるのだが、それはまた別のお話で。




たまーに琴線に引っかかったら投稿します。
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