ねこやのもう一人   作:マジックテープ財布

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・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんとオリ主の兄ちゃんです。

・今回の日替わりは大変お熱くなっております。


この前、似たような物を作ったので


MENU:オーブン焼きスパゲティ

 金曜日の夜。ねこやで働く従業員を全て帰したマスターと孝樹は机の前で向かい合いながら座って何かを話していた。

 

「俺的には期間限定メニューにしても良いんだがなぁ」

 

「いやー、作ったは良いけど手間がとてつもないよ。手間以外も問題あるし」

 

「だなぁ」

 

 彼らの目の前にはスキレットが置かれており、その中には中心部に茶色い焦げ目がついたチーズが鎮座している。出来てから多少時間がたったにも関わらず、未だに熱気をまき散らしながらボコボコと白い気泡が隆起しているところからアツアツなのは明白だが、目を見合わせた2人は覚悟を決めてフォークをスキレットに突き立てた。

 

 やや抵抗感を持つ焦げ目が『バリッ』という音と共に割れ、中から乳製品特融に待ったりとした香りと共に赤いソースがかかったスパゲティが顔を覗かせる。そのパスタを彼らはフォークで器用に巻き付けながら小皿に移し、やや吹きかけ過ぎと思うぐらいスパゲティに吹きかけてから口に運んだ。

 

「アック……。熱っ!」

 

「サラリーマンにこの料理は無理だよなぁ。熱っ!」

 

 味わい深いミートソースやチーズと共に食べるアツアツという今の時期にピッタリの料理だが、問題はその温度だった。あれだけ息を吹きかけたのに全く冷やされていないこの料理をサラリーマンは昼休憩に食べるだろうか。──否、である。

 下手すれば冷ましている最中で昼休み終了間際になり、後には食べ残しが残るであろうというのが安易に想像できたマスターは目の前で火傷しながらスパゲティと格闘している甥を見る。

 

 洋食のねこやの店主はたしかに自分だが、たまに孝樹にもメニュー考案を任せている。それは孝樹が独立して店を持った場合の訓練はもちろんだが、もしねこやを気に入って継ぐという選択肢を彼が選んだ場合でも苦労しなくて良いようにというマスターの優しさだった。

 もちろん、まだまだ後進に道を譲る気はないが、それでも異世界食堂を経験してからの孝樹の料理に対する姿勢が見るからに良くなったためにこうして試練のようなものを用意しているわけ──なのだが。

 

(このまま行くと、祖父さんみたいになりそうだな)

 

 思い出すのは先代の恰幅の良い腹。こんなチーズ盛り盛りのカロリー爆弾を夜中に喰わされるとそうなる日が近くなること請け合いである。

 少しはこちらの健康を気遣ってくれないものかと頭を悩ませつつ、目の前のメニューの総評に入る。

 

「孝樹の言った通り、こっちだと厳しいのが正直なところだな。でも、この時期だからこその熱い試作料理を無条件でボツにするのはもったいない」

 

「そっかー」

 

 十中八九、試食をさせてもスタッフたちはマスターや孝樹と同じような理由でこのメニューをお蔵入りにするだろう。ただ、そろそろ冬が本格的になるこの時期にちょうど良いメニューなのは確かだし、かといって多少冷まして提供すればアツアツのチーズを味わえなくなって美味さも半減する。

 惜しい。ひたすらに惜しいが、客のニーズがあってない以上はどうしようもない。──が、そこでチラリとカレンダーを見たマスターが閃いた。

 

「あっちの連中にでも出してみるか?」

 

「良いの?」

 

「あぁ、日替わりにしてやれば食べる奴もいるだろ。サラリーマン向けじゃなくても、あっちの客なら頼むやつも居るだろ」

 

 マスターの言葉に孝樹は首を縦に振る。

 異世界食堂に来る客は大抵長居するため、多少熱い食べ物を提供しても大丈夫だろう。気になるのであれば一言、『とても熱いのでお急ぎなら別のメニューをお願いします』と添えれば良い。そのことを言えば孝樹は納得したので、次の異世界食堂の日替わりは『オーブン焼きスパゲティ』に決まった。

 

***

 

「ぶぇっくしょい!」

 

 手や足の先からジワジワと侵食してくる冷気により、1人の男の意識は大きなクシャミと共に覚醒する。どうやら少々意識を手放していたようだが、上下左右どこを見ても一面真っ白な景色に呆然とするのも束の間。全身隈なく針で刺されているかのような冷気に男は大声を上げた。

 

「さむっさむっ! おぉーっ! うおぉー!」

 

 このままだと凍死しかねないと男は特に意味のない大声で叫ぶことで体温を多少上げつつ、両手両足をばたつけせることでなんとか白い空間──雪の塊から脱出を果たした。

 だが、脱出を果たした彼が次に見た光景は一面の岩肌。どうやらここは小さな洞窟で、穴の上に積もった雪を突き抜けて落ちてしまったようだ。

 

「あー、たしか薪を倉庫から出しに行って……それから落ちたのか」

 

 ようやく事態を飲み込めた男──フェルゴは上にぽっかりと空いた穴を見ながら少し前にやらかした自分のミスを悔やんだ。

 

 フェルゴの村は寒村と言うには寒すぎるほどの豪雪地帯にある。どのくらいかといえば雪解けの季節は平均すると両手両足で数える期間しかなく、それ以外の日は外套があってようやく出歩けるほどの幸運な日か、大量の雪が降りしきる普通の日か、一定周期でやってくる暴風期の3つしかない程だ。

 そんな環境下でフェルゴが危険な外に出たタイミングこそ、何を隠そう一定周期でやってきている暴風期であった。吹雪が完全に村を飲み込み、少し先の道も見えなくなるほどの状態に陥っている外に出るなど自殺行為も甚だしいが、彼にとって吹雪以上に恐ろしいのが薪が尽きることであった。

 吹雪が引き連れてくる暴力的なまでの冷気は家の中に居ても容赦なく中の人間を凍てつかせる。現に今季は数人の子供と老人が物言わぬ氷像になっているため、家の中にある備蓄で足りるのかという不安がフェルゴを外に出させたのだ。

 

 薪は十分あるはずだ。そろそろ暴風期が終わるだろう。などといった希望的観測は際限なく湧いて来るが、一度誤った判断をしてしまえば今期の凍死者の1人になってしまう。それだけは避けたかった彼は、意を決して裏の倉庫から薪を取り出そうと外に出て──そこに運悪く強い突風が吹いたことでよろめいてしまい……後は御覧の有様である。

 

「くそ、やっぱり待ってた方が良かったか」

 

 考えた末に行動したフェルゴをあざ笑うかのように、今しがた彼自身が開けた穴から見える吹雪の勢いが心なしか穏やかになってきた。さらには炭を塗りたくったような雲の間から珍しく日の光が漏れ出している。暴風期が収まり、数日の穏やかな日々が始まる前兆だ。

 

 己の間の悪さに毒づくフェルゴだが、幸か不幸か雪が受け止めてくれたおかげでかすり傷はあっても足が折れたりといった致命的な怪我はない。だが、ここで安易に動いても良い物だろうかと彼は再び判断に困ってしまう。

 もしかしたら今は吹雪が緩やかになっているだけかもしれない。脱出したら即座に吹雪いて今度は致命的な怪我をするかもしれない。

 

「せめて、もっと奥に行くか。……いや、ありゃなんだ?」

 

 かといって火も薪もないこんな場所でじっとしているのも、それはそれでよくない。せめてもう少し奥まったところに行こうとしていたフェルゴの視界に謎の扉が移った。大工ゆえにそこに扉があることの不可思議さよりも他人の仕事ぶりに興味を持った彼は扉に近づいていく。

 

「触れるってことは幻覚ではないか。しかし、こりゃぁ……贅沢な代物だな。絵まで書いてら」

 

 寒さが彼に見せた幻覚ではないことを確認したフェルゴはそのまま扉を観察を始める。

 扉事態は堅い樹木を切り出して作られた物だ。それだけならば珍しくはないが、扉の細かな装飾や猫の絵を描くという『無駄』な行いにフェルゴはこの扉を注文した人間が相当な物好きと判断する。

 常日頃から極限状態な彼の住む村の家々は、作り自体は簡素だが玄関を二重に取り付けたりと家に熱がこもるように細工している。それは生きるために模索した知恵であり、フェルゴたち大工もそれが当たり前と判断していた。

 

 そのため、二の次……もしかしたらそれよりも優先度は低いかもしれない装飾がちりばめられた扉にフェルゴは物珍しげに眺めていた。

 

「だが、良い扉だ」

 

 一見するとただの古ぼけている扉だが、よくよく見ると長年欠かさず手入れをしているのか趣のある色に仕上がっている。取っ手に金属を付けるというのは『手が張り付かないか?』と些か思うが、黒い扉にその金色がよく映えている。

 

「さて、開け具合はどうなっているかな」

 

 すっかり歯を鳴らしていたはずの身体から震えが止まっている。寒いというよりむしろ暑くなってきたように思えたフェルゴは、次に扉の開け具合を確認するために袖で取っ手を巻き込みながら扉を開く。

 すると、ドアには無かったはずのチリンチリンという鈴の音が聞こえたと思ったら……。彼の目の前に広い空間が現れた。

 

「は……? なんだ、こりゃ」

 

「いらっしゃいませ、ようこそ……ってお客さん! 真っ青じゃないですか!」

 

「孝樹、どうした? ……ってありゃ。孝樹、タオル持ってきてくれ。後、着替えをお貸しして」

 

 いきなり別の場所が現れたという理解しがたい体験にフェルゴが呆気に取られていると、こちらに近づいて来た青年と奥の方から現れた中年の男が何やら声をかけてくる。しかし、頭の中に霞が詰め込まれているかのように呆然としていた彼は簡単な返事しかすることが出来ず、そのまま奥まった場所へ連れて行かれた。

 

***

 

「すまない。助かった」

 

 数十分後、椅子に腰かけたフェルゴが目の前の青年──孝樹に頭を下げる。

 あの後、驚くほどフワフワした手触りの布で拭かれ、さらにびしょ濡れの服から孝樹が持ってきた謎の素材で出来た服に着替えさせられたことでようやくフェルゴは人心地ついた。今では受け答えもはっきり出来ているし、なにより先ほど中年の男──マスターから『サービス』と言われて渡されたショウガユという飲み物のおかげか冷え切っていた身体がじんわりと温かくなってきた。

 

「服が乾くまでしばらくお待ちください」

 

「あ、タカキと言ったか? 先程奥の方を見たが、ここってもしかして料理屋か?」

 

 先程通された時にチラッと見えた鍋や皿に盛られた名も知らない料理から、フェルゴは孝樹にここが料理屋だと問いかける。

 こんな辺鄙で極限状態の場所で料理屋など気が狂っているとしか思えなかったが、そんなことを命の恩人の前で言うのは憚られた彼は孝樹の肯定する言葉にいつも持ち歩いている袋の重みを確かめてから続けて孝樹に言葉を続けた。

 

「せめて、なにか頼ませてくれ」

 

「お客さんは東大陸語は読めますか?」

 

「読めるが……、正直に言えばここの料理がよく分からないから一番安い物を頼む」

 

「そうなるとメニューは日替わりになりますね。ただ、本日の日替わりは少々お時間をいただきますがよろしいでしょうか?」

 

「あぁ、服が乾くまで時間があるだろうからな。頼む」

 

 ヒガワリがどんな物かは全く分からなかったが、周囲の客が食べている表情や客層を見る限り口に合わないということはないだろう。

 

(まさか……異世界なんてな)

 

 着替えている最中に孝樹が言っていたことをフェルゴは反芻させる。

 7日に1度開かれる異世界の扉から凝られる異世界食堂。聞いた時は思わず聞き返したが、こうして周囲を見ると吹雪の中を歩いて来たとは思えないほど薄着の男女。中には色白のハーフエルフや魔族だっている。

 

「なんなんだ、一体……」

 

 しかし、理解はしても未だに実感が無かったフェルゴはタダということで孝樹が置いて行ったやや酸っぱい水を飲みつつ、特にやることが無いので黙ってヒガワリを待っていた。

 

***

 

「日替わり1つ。俺がやるよ」

 

「あぁ、スパゲティは茹でとくぞ」

 

 小さいフライパンをコンロに置いた俺は一言言ってから調理を開始する。

 まずはマッシュルームとしめじを少量の醤油と共にフライパンで炒め、十分に加熱したところに昨日たっぷり仕込んでおいたミートソースを加えてよく混ぜ合わせる。ミートソースにも肉や野菜がゴロゴロ入っているが、それだけではミートソーススパゲティに粉チーズを大量に掛けた物と変わらないためにマスターと一緒に考えたアレンジだ。

 洋風の物に和風の物を取り入れるのはおかしいと思う人も居るかもしれないけど、チーズの醤油漬けなど合わせることで良いアクセントになる実例もある。

 ……まぁ、実際に試して美味かった分量で作った物を客に出してるんだけどね。失敗した物? 流石にスプーンを使わずに醤油の瓶から直接入れたのはやりすぎたと反省してるよ。

 

 そんな今日起こったばかりの黒歴史はさておき、バターをスキレット内部に塗りたくってからソース、茹で上がったスパゲティ、ソースといった順番で盛り込んでいく。これはスパゲティの上にソースをかけた状態で作った場合、オーブンの熱でスパゲティが焼き固まるのを防ぐためだ。

 慣れればかた焼きそばみたいで美味いのだが、異世界から来た客にそれを強いるのは酷だろう。後、スキレットごとオーブンに入れて熱するため、もちもち食感を出すためにわざと茹で上がった麺を保管する方法は逆効果だ。

 なので、茹で上がりのタイミングはオーブンに入れることを加味してやや早めにし、湯切りしたらオリーブオイルを絡める。これがうちで出来る最大限だ。

 

「孝樹、お前パンかライスの確認忘れてただろ。とりあえず、パンで出してくるぞ」

 

「あ、忘れてた」

 

 モッツァレラチーズを輪切りにした物やミックスチーズをふんだんに乗せ、見た目よく焦げを演出するためにパン粉を中心に添えてからオーブンに入れる。後は中の様子を見ながら待つだけなのだが、そこでマスターがセットのパンとスープを運びながら注意をしてきた。

 

 いかん。予想外のことに対応してたから通常業務がコロッと抜けてた。こういう所がまだまだなんだよなぁ。

 

 未だ至らぬことに若干しょげてしまうが、起こってしまったことは仕方がない。加熱終了を伝えるオーブンの音と共に俺はミトンを装着してからスキレットを掴む。ミトン越しでもちょっと熱いそれは中心部がちょうど良く焦げており、チーズが薄い外周部は白い気泡が浮かんでは弾けている何とも美味そうなビジュアルになっていた。

 その出来栄えにちょっと惚れ惚れしてしまうが、すぐさま提供しないとせっかくの熱々が台無しだ。素早く受け皿にスキレットを置いた俺は取り皿用の小皿を1枚取ってから提供へ向かった。

 

***

 

「お待たせしました。オーブン焼きスパゲティです」

 

「すまないが、これはどうやって食べるんだ?」

 

 少し前にマスターが置いて行った白くてフワフワしたパンと温かなスープに夢中になっていたフェルゴの前に料理が運ばれてきた。それは見るからに熱そうで、一歩間違えれば凍死していたぐらいに冷え切っていた今の状況に合致する料理に目を丸くしながらも、フェルゴはどこからどう食べれば良いのかよく分かっていなかった。

 

「あぁ、申し訳ございません。では、召し上がり方を説明させていただきます」

 

 孝樹がそう言うと片手にフォークを持ち、スキレットの上部を覆っているチーズに差し込んだ。パリパリという小気味よい音を鳴らしながらチーズの蓋が崩れていき、中から雑な芳香と麺が露になる。

 乳と肉と野菜と香辛料。フェルゴにはどういった材料をどう調理したのか皆目見当がつかなかったが、思わず唾を飲み込んでしまうぐらいの香りを堪能していると、孝樹は小皿に麵などを取り分けてフェルゴに渡した。

 

「どうぞ。お熱いので、時間をかけてお召し上がりください」

 

「ありがとう」

 

 礼を言いながら水を一口飲んで口内を予め冷まし、少し息を吹きかけてからそれを口に含む。

 途端、口内に熱した石を放り込まれたような激烈な熱を感じたフェルゴは思わず上を向いて口を必死に開閉させる。慌てて追加の水を飲むことで事なきを得たフェルゴは息を整えつつ、今度こそはと入念に冷ましてから口にいれた。

 

(なんだこりゃ! 熱くて美味い!)

 

 美味しく食べられるほどの熱にまで下がった麺を咀嚼すると、最初に来るのが濃厚な乳の味であった。フェルゴの村では寒さに強い家畜から搾った乳もたまに回ってくるが、それらは総じて癖が強くて彼の口には合わなかった。

 だが、この鼻に抜ける乳の味はどうだ。塩っ気の中に仄かな甘みがあり、それらが麺やソースに絡んで最高の味付けをしてくれている。

 

(これだけでもご馳走だが……、中身がもっとすごいな)

 

 だが、この料理は乳の素晴らしい味だけではない。麺と共に中に閉じ込められたソースもまた素晴らしく美味かった。猟師が狩猟で取ってきたような肉は臭くてよく煮込まなければならないが、これは獣臭がかなり薄い。さらには丁寧に刻んであることで筋も無く食べやすかった。

 そんな肉から溢れ出て来る脂に野菜から出て来たと思われる酸味や旨味が混じり合い、互いが互いを引き立てる。

 

(全然分かんねぇ。ただ、上にかかってるのって村の爺さんたちが食ってる奴に似てるんだけどなぁ)

 

 肉と麺が使われているのぐらいしか分からなかったが、上にかかっている白い物はフェルゴの村でもたまに作っていた乳を固めた物に似ていることを思い出す。……が、あれは固めたことでより癖が強くてここまで芳醇な香りや味はしなかったと首を振っていると、孝樹が赤い小瓶を持ってきた。

 

「失礼します。よろしければそちらのタバスコという調味料もお使いください。辛いので、少量ずつかけるのがお勧めです」

 

「んむっ……、すまねぇな。後、パンとスープももらえるか? タダなんだろ?」

 

「分かりました」

 

 再び去って行く孝樹を見送ったフェルゴは、彼がタバスコと呼んでいた赤い小瓶を手に取ってしげしげと見つめる。表面には見たことのない絵や記号が描かれていて使うのを一瞬躊躇うが、『少量のみなら』ということで取り皿の上に乗せた麺にタバスコを数滴ほど振りかけた。

 

「か……辛っ! だけど、うめぇ!」

 

 舌に刺さるほどではないが、身体の内から熱くなるほどの辛みと酸味がフェルゴの舌を襲う。はじめはその変化に目を丸くして『騙された』と嘆く彼であったが、よくよく味わってみると中々悪くない。──いや、これはこれで美味いことを認識する。

 いくら美味くてもかなり乳の香りや味が強く、食べ進めるごとに飽きてしまう。そんな時にこのタバスコを数滴落せば、濃厚だった乳の味が引き締められて食べやすくなる。

 新たな発見をしたことで俄然食欲がわいたのか、フェルゴは食べる速度を上げた。パンを食べ、スパゲティを頬張り、時折スープを流し込む。そうしていく内に胃袋を中心に臓腑が熱くなってくる。

 

「ふぅ……。ってかなり汗をかいてたんだな」

 

 やがて全て食べ終えたことで空になった器を前にフェルゴが腕で額を拭うと、かなりの湿り気を感じる。どうやら玉のような汗を流しながら猛然と食べていたらしく、久方ぶりに感じた心地よい熱気に彼は満足げに腹を擦った。

 

***

 

「世話になった。だけど、本当に銅貨10枚ぐらいで良いのか? 銀貨もあるぞ?」

 

「いえ、日替わりに洗濯代を頂戴してそのぐらいが適正かと」

 

 来た時の服に着替えたフェルゴが銀貨を見せるが、マスターと孝樹はそれを必死に固辞する。びしょ濡れだったフェルゴの服がこの短時間ですっかり乾いていることに驚いたが、それよりもヒガワリとセンタクダイなどで払う金額が銅貨10枚余りという安価なことに彼は額に手を当てる。

 服を乾かす手間や食事代、なにより命が助かったことの値段がまさかの銅貨。何か裏があるんじゃないかとフェルゴが疑うのも仕方のないことであったが、そこに1振りの刀を佩いた老練の剣豪だと思われる存在が声をかけてきた。

 

「若いの。店主たちが銅貨で良いと言ったんだ。素直に甘えておけ」

 

「で、ですが……」

 

「それでも気がかりなら、次も来店すればいい。その方が店主やタカキも喜ぶ。違うか?」

 

「はい。またのご来店をお待ちしております」

 

「そういうことなら……。そうします」

 

 なんだか上手く丸め込まれたみたいだが、とりあえず納得したフェルゴは扉を出る。刺すような寒さは若干和らぎ、彼が落ちてきた穴から懐かしい日の光が差し込んでいる。──雪解けだ。

 

「とりあえず、皆を呼んでここを改築するか」

 

 未だ熱い口内に入り込んでくる冷気を噛み締めながらフェルゴは決意する。

 

 数週間後。何人か凍死するのが当たり前だった村は暴風期を奇跡的に凍死者0で乗り切るという前代未聞の偉業を果たす。誰も欠けることなく暴風期を乗り越えたその背景に、1人の大工が主導で作り上げた天然洞窟を改造した地下室の存在があったとか──なかったとか──。




この時期はこんなものが食べたくなりますよね
皆様は火傷しないように気を付けてください

また、琴線に触れたものがあったら続きます
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