・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんとオリ主の兄ちゃんです。
・卵は基本的に火を通してお召し上がりください。
山方 孝樹の朝は日曜日も早かった。趣味であり勉強でもある食べ歩きのためではなく、ドヨウの日と呼ばれる異世界の客に向けて始められた異世界食堂の片づけを行うためである。
異世界からの客は人数は大したことはないが、なにせ食う量が多い。飲み物のようにかつ丼やカレーライスといった決まったメニュー(だいこうぶつ)を何杯も食べる者も居れば、その日で気分で決めた料理を団体客のごとく食べて帰って行く小さなお客人も居る。
そんな客たちを2人で相手していると、どんなに頑張っても手が足りない。なので、こうして日曜日の朝っぱらから睡眠欲を振り払いながら地下へ行くエレベータを待っているわけである。
いい加減、皿洗いも兼任できるようなウエイトレスの1人でも雇わないとどっちかが倒れかねない。もはや異世界食堂に入ってから何度ボヤいたか分からないことを脳裏に思い浮かべながらエレベータを待っていると、後ろからマスターが声をかけてきた。
「おう、孝樹。おはよう」
「叔父さん、おはよー」
「いつも悪いな。ところで、今日はどこ行くんだ?」
「ちょっと3駅ぐらい先の街に行ってカレー食べてくる。ネパールの人じゃなくてインドの人がやってる店あるんだってさ」
「たしか、こっちのお客にもカレーを増やして欲しいって要望あったな。本場がどんなのを出すのか興味があるから後で教えてくれ」
適度に新メニューを取り入れなければ飲食業は簡単に飽きられてしまう。その為に勉強して来るように伝えたマスターがエレベータから降り、ひとまず昨日の片づけをするために腕まくりをしていると──。
「ん?」
「叔父……マスター、どうしたの?」
なにかを踏んづけたことで疑問の声を上げる。一旦立ち止まったことで孝樹も立ち止まってマスターに声を掛けるが、一頻り何かを考え込んでいた彼は首を傾げながら孝樹に何かを出しっぱなしにしたかと尋ねてきた。
当たり前だが、飲食店にとって生鮮食品を常温かつ床に落としたまま店を閉めるのは衛生管理が終わっているという証拠である。だが、そのことは2人とも様々な経験をしているのでよく分かっているつもりだし、なによりビーフシチューが帰って行った際に虫が湧かないように厨房や保存庫回りのチェックは厳重に行ったつもりだ。
「とりあえず、明かりつけるよ」
「あぁ、すまん」
孝樹も今しがたマスターから説明された物について心当たりが一切なかったため、何を踏んづけているのか確認するために照明のスイッチを付ける。パチリという音と共に部屋が一気に明るくなり、夜目にちょっと慣れてきた頃合だったマスターは瞼を何度か開閉させて明るさに慣れた頃合いで下を見る──が、間髪入れずに目を強く閉じて天井を仰いだ。
「いかん、疲れてるんだな。若い女の子が見える」
「女の子って……。マスターの性的趣向ってそっち……な……の」
マスターがまさかの年下趣味だという下種なカミングアウトだと思っていた孝樹は多少引きながら彼の方を見るが、徐々に言葉に覇気が無くなっていく。
なにせ、マスターが靴底で踏んでいるのは紛れもなく少女。それもコスプレイベントなどでしかお目にかかったことのない頭部に小さな山羊の角がくっついた存在であった。
そういったイベントがあった帰りにふらっと不法侵入してしまった可能性は否めないが、まだハロウィンには早すぎる。それに、こんなオフィス街近くの商店街で土曜日の夜中にやるイベントがあったらねこやも既に1枚噛んでいる。
つまるところ、この少女は完全に『向こう側の人間』である。
おそらくは日付が変わって扉が消える前にこちらの来てしまったのだろう。ただ、彼らは特段何も反応は起こさなかった。普通に扉を使えば帰れるし、こういうことも『稀にある』と片付けに入りたかった──のだが。
「邪魔だな」
「邪魔だねぇ」
寝ている場所が厨房のど真ん中。何をするにしても彼女が邪魔となってしまう位置であった。お互いの顔を見合わせた2人は無言で相対する人物を睨み続け──。
『じゃんけん……ぽんっ! あいこでっしょ! あいこで……っしょ!』
唐突にじゃんけんをし出した。別に掃除を相対者に押し付けようとしているわけではない。単純に彼女を退避させる人間……またの名を生贄と呼ぶ存在を決めようとしていたのだ。
昨今の情勢的に異世界とはいえ、見ず知らずの男が女を抱え上げるのは非常にまずい。特に相手は睡眠中でそれを妨げないように運ぶイケメン行為なぞ、顔によほど自信がある人間しか許されない行為だ。
「俺はお前より歳食ってんだぞ!」
「いやいや、ここは大人の余裕をですなぁ!」
「お前には早希が居るだろうが!」
「早希にだってんなことしたことないっす!」
ああ言えばこう言う。マスターにとって姪で、孝樹にとって妹の早希の話が出すが彼はそれでも頑として拒否する。そういったやり取りをしながらのあいこ合戦の末、勝利したマスターが誇らしげに右手を挙げると孝樹はすごすご少女の元へと歩いていった。
背格好は少々早希より小さいとはいえ、立派な少女である。出来る限りタッチは控えめにして何とか移動をさせようと手を伸ばした途端──。
目が合った。
「ひゃああああ!」
「ぎょえぇぇぇ!」
日曜日のねこやビルに2人分の珍妙な叫びが響いたのは言うまでもない。
***
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「あー、良いよ。抱き抱えようとした俺が悪……マスター。いや、オッサンは後で勉強代請求するからな」
「クハハッ。いや、すまん。だって……ハハハッ」
平謝りする少女を宥めながらも尊敬しているはずのマスターに暴言を吐く孝樹というカオス空間。さりとて、2人はおちゃらけたやり取りをしながらも冷静に目の前の少女をどうするかを考えていた。
店主が居ない間に来店したことは事故のようなものだし、朝食用に取っておいたコーンスープを飲んでしまったのも未だ腹を慣らしている彼女の腹具合から仕方のないことだ。それに、ここで『金がないなら~』と下種な考えをするほどマスターたちの性根は悪くはない。
だが、マスターと孝樹も腹がぺこちゃんである。なので朝食を摂ってから作業を開始しようと思ってはいるが、目の前の少女に何も食べさせずにそのまま外へ放り出すのも気が引ける。そんな考えを巡らせたマスターは、横で座っていた孝樹も同じ考えかを確認する。
「孝樹、どうするよ」
「どうするって言われてもなぁ。とりあえず、朝飯でしょ」
「あの……私に償えることがあれば何でもします!」
「君、それはあんまり言わない方が良いよ。それより、飯食っていくかい?」
言ってしまったらそのまま一気に闇方向に引きずり込まれかねない危ない言葉を窘めつつ、ナオキは朝食を共にすることを提案する。しかし、少女にとって自分は不法侵入者。加えて大事な食べ物を盗み食いした罪人である。ゆえに『恐れ多い』と断るが、マスターはため息をつきながら冷蔵庫から材料を取り出すと調理を始めた。
「あー、マスターが調理始めちゃった。もう食べるしかないね、食料が無駄になる」
「え、あ……あの。私、お金が」
「もちろん、こっちからのお誘いだから料金は取らないよ。で、どうする?」
1つ1つ逃げ道を塞ぐように問いかけて来る孝樹に少女は頷くしかなかった。そのまま促されるようにテーブルに座らせた彼女に彼は『少々お待ちください』と言うと、厨房へと消えて行く。
***
「マスター。メニューは?」
「サラダとベーコンは確定。後はスクランブルエッグかオムレツで悩み中だ。孝樹、上に行ってくるからフライパン見ててくれ」
器にサラダを綺麗に盛り付けながらメニューを告げたマスターは、フライパンを俺に寄越してエレベータのボタンを押す。普段は食べ放題の残りのパンを付け合わせるが、昨日はヘルマンさんの家族とかパンを大量に食べる人たちが来たから買い置きの食パンでも持ってくるのだろう。
「マスター、卵の方は任せてもらっていい?」
「任せた。ただし……」
「大丈夫。あの子は"お客"だよ」
異世界食堂の扉はあちらからすると辺鄙な場所に立っていることが多いとハーフリンクという種族の人達が言っていたため、最初は理解できずに来店してくる人たちが多くを占める。そのために最初の来店は無料というのが異世界食堂のルールとなっている。
なのでいくら金を払ってなかろうとも、彼女は異世界から来た時点でお客だ。お客である以上は誠意を持った調理をしなければ料理人の名折れである。
そう言うとマスターは『後は頼む』と言ってエレベーターの中へと消えていく。それを見届けた俺は早速調理を始めた。
まずは白い脂身から流れ出た脂によってパチパチと小気味よい音を立てているベーコンを焦がさないようにひっくり返し、横の作業スペースの上に置かれた卵とボウルに目をやった。そのまま3つほど卵を手に取ってから一定のリズムで卵をボウルの中に割り入れ、牛乳と塩コショウを加えてから泡だて器で攪拌する。
ここで気を付けないといけないのは空気を入れるようにかき混ぜるのではなく、卵黄と卵白を一体化するようにかき混ぜる所だ。ここで白身と卵黄が雑に混ざっていると表面に白身が混ざって見た目が汚くなるだけではなく、白身と卵黄で固まる温度が異なるために半熟の見極めがかなり難しくなる。マスターと俺だけなら『朝っぱらだから軽めに』と言っとけば良いが、今回はお客も居るのでここで手を抜くわけにはいかない。
そんなこんなで念入りにかき混ぜた卵液は一旦放置し、ベーコンを皿に引き上げた俺は新たな小さいフライパンをコンロに乗せる。ぶっちゃけると洗い物が増えるからベーコンを焼いていたフライパンを使っても良いのだが、小さいフライパンの方が卵液に熱が伝わる範囲が狭いので作りやすく、なにより匂いが移る。
そのため、今回はお客も居るので以下略──。そんな小さいフライパンの上にバターをやや多めに乗せてから火をかけて溶かし、バターが焦げる前に卵液を投入する。
ここからは時間勝負だ。中火に切り替えつつ、一番早く卵液が固まるフライパンの外側から内側に混ぜるようにかき混ぜていく。
箸やフォーク。中には泡だて器でかき混ぜるという剛の者も居るが、俺はもっぱらゴムベラを使っている。箸が特にプロっぽいという意見が多数ということは分かるが、ゴムベラの方がやりやすさがダンチなのだ。そこは目を瞑って欲しい。
そうしてかき混ぜていく内に卵液の半分ほどが固まり、それらがゴムベラに引っ付いて来る。そのタイミングで俺はフライパンを火から降ろした。
これは火を入りすぎないための措置で、もっと念入りにしたければ濡れた布巾を用意してフライパンを何度か置いて熱を均一にするのが良いだろう。──まぁ、俺は冷ますタイミングが分からずに何度も失敗したから2度とやらないけど。
後はチーズを入れてからゴムベラで外側の固い部分を内側に落としてひし形を作るイメージで巻いていき、つなぎ目を焼き固めながら成形してあげれば──完成だ。
「上手いもんだな」
「何パック使ったと思ってるの」
いつの間にか横に居たマスターが俺のオムレツの出来を見て何度も頷いていた。
ただ、『上手い』と言われても両手両足の数に10を掛けた数では利かないほどのオムレツを作って無理やり技術を覚え込ませただけなんだよな。オムレツに適した卵はLサイズだからお財布にも厳しかったし……。某倉庫型店舗とねこやに住み込みが無かったら干上がってたよ。
横では『今度、ガガンポさんのを1人でやらせるか』とマスターが怪しげな皮算用を弾いていたことはさておくとして、1つ目のオムレツを皿に乗せてから先程と同じ手順で2つ目のオムレツを作っているとマスターが済まなさそうに話しかけてきた。
「ベーコン、見てくれてありがとな。ただ、食パンが残り2枚しかないんだ」
「あー、ご飯はあるでしょ?」
「昨日の残りがあるぞ」
「じゃあ、卵かけでもするよ」
オムレツを3つ作る前で良かった。俺は2つ目のオムレツを皿に盛りつけ、後のことはマスターに任せて自分の朝食の準備をする。──と言っても、小皿にベーコン乗せて茶碗に保温した状態の飯を盛ってから冷蔵庫から卵を取り出すだけの簡素な準備なんだけどね。
***
(こんな人たちが居るなんて)
軽い自己紹介をした後、正面に座っているマスターが持ってきたモーニングに手を付けながらもアレッタは男たちに驚愕といった感情が多分に含まれた視線を彼らに向けていた。
東大陸では未だに邪心に奉ずる魔族への差別意識は高く、特にこれといった才能がない彼女は魔族ということを隠して働いていた。
ただ、それも先日までの話。不注意で角を隠すための帽子を落してしまい、一気に魔族だとバレたアレッタは即日解雇。その後は噂が広まっているのか、いつもは指示されなかった帽子を面接の際に取るように言われて職にありつくことが出来なくなっていた。
だが、この家の人間はどうだろう。にっちもさっちもいかない絶望に打ちひしがれていた時に見つけた不思議な扉。そこを潜ると温かくて快適な部屋と騎士のソースにも似た味わいのスープがあり、つい夢だと思って無断で入ってから全て堪能してしまった彼女を彼らは笑って許してくれ、あまつさえこうして食事もいただいている。
「ん、どした? やっぱり嫌いな物でもあったか?」
「い、いえ。どれもすっごく美味しいです!」
遠慮がちにチラチラとマスターの方を見るアレッタに気付いたマスターが嫌いな物を尋ねて来るが、彼女はそれを否定しながら取り繕うように笑顔で食事に集中する。
酸っぱくて少しだけしょっぱい汁がかけられた生の野菜は口に含んでも苦みが一切なく、横に添えられた白い物体も様々な野菜が混ぜ込まれているらしくねっとりとした中に幾重にも味や食感が変わって楽しい。なによりも新鮮な葉野菜を噛むごとに奏でられるシャクシャクといった歯切れの良い音を立てるこの1品だけでもアレッタにとっては十分なご馳走であった。
さらにこの燻製肉も美味であった。焼かれたことで適度に油を落としたそれは香ばしく、口に含むと塩気と脂がアレッタの舌に直撃する。噛めば噛むほどその脂と塩気が混じり合い、やや口が重たくなってきたところに先ほどの生野菜を挟み込むことで口の中をさっぱりとさせる。
だが、これらはまだ前菜──本命はここからだ。
(これ……卵だよね? すっごい綺麗)
卵──卵である。高価な卵を惜しげもなく使用したと思われる大きな楕円形の卵料理にアレッタはゴクリとつばを飲み込む。
これだけでも銅貨数数十枚……。いや、もしかしたら銀貨以上の価値かもしれない。そもそもだが、本当に食べても良い物なのか。もしかしたらこの3人でマスターの分を合わせて2つを分けて食べる物かもしれない。
そんな考えが頭の中でグルグル回って居たアレッタの様子に、本格的におかしいと察した孝樹が声をかけてきた。
「アレッタさん、大丈夫? もしかして体質的に卵が食べれないってことじゃ……」
「あ、大丈夫です。卵は食べれまヴぇ"ぇぇ!?」
「ど、どうした!?」
アレルギーの心配をする孝樹を他所に、ようやく自身が手を付けていた料理から周囲を意識することが出来たアレッタであったが、孝樹の食べている物に驚きの声を上げた。彼女の視線の先にはベーコンが載っていた小皿の上に置かれた卵の殻と茶碗の中でグチャグチャに混ぜ込まれた所々が黒い黄色い米。
──そう、彼の食べていた物体は卵かけご飯である。
「あ、あの! 卵は生じゃ食べられないんですよ!」
「え……。あー、そっか」
彼女の叫びも虚しく、孝樹は卵かけご飯をズルズルと掻き込みながら謎の納得していた。横に座っていたマスターも『こっちも日本以外は無理だよな』とそんなに重大なことでもなさそうな顔で食事を続けていたのだが、その態度が逆にアレッタを混乱させる。
まるで宇宙の真理を理解した猫のようにポカンとしていた彼女に、孝樹はようやく事情を説明する。
曰く、日本──この異世界食堂が開かれている場所の卵は生で食べることが出来るほど衛生や管理を徹底していること。
曰く、保存方法もちゃんとしているので生で食べても大丈夫なこと。
曰く、これが初めてではないし、何かあればすぐに医者に行くから大丈夫なこと。
そこまで話してやっと納得したアレッタであったが、その視線は孝樹の持つ茶碗に集中していた。
「食べる?」
「良いんですか!?」
「おいおい、流石に初めて食べさすのに1杯は多いぞ。まずは様子見で1匙ぐらいにしておけよ」
マスターの指摘もあって渡された匙で卵かけご飯を1掬いした物がアレッタの口に入る。
最初に味わうのは濃厚な卵の味。焼いた物では比べ物にならないほど舌に絡みつく味にアレッタは目を大きくしながら咀嚼すると、次に微かなしょっぱさが感じられた。そのしょっぱさが穀物の粒が歯で潰されるごとに感じていた甘みを際立たせ、卵の濃厚な味と混ざり合う。
「美味しいです!」
「絶対にあっちじゃ絶対やったらダメだよ?」
目を輝かせながら孝樹の方を見るアレッタだが、彼は向こうで流行らないように注意を促す。これは別に異世界だけではないが、卵の殻や内部にはサルモネラ菌という食中毒を引き起こす菌が存在する。
そのため、アレッタがこの経験を基に異世界で試せば、十中八九そのまま苦しみ抜いて命を終えるだろう。食中毒とはそれほど危険な物なのだ。
ただ、異世界の衛生観念など知る由もないアレッタは孝樹の考えていたことよりも別のことが気になってしまい、ついつい言葉に出てしまう。
「あの、どうしてそんなに親切にしてくれるのですか? 私、魔族なんですけど」
何度も言うが、魔族は迫害されている種族だ。それも角が見えてしまうだけで解雇処分をされかねないほど嫌われている。
アレッタも過去に魔族が行ってきたことが分かっているからこそ、その理不尽ともいえる処分を素直に受け入れ続けていた。ただ、その弊害ともいうべきだろうか。こうして親切をぶつけられると素直に受け入れられなくなっていた。
仮にここでマスターたちが『お前が目的だよ』と面と向かって言われても、すっかり神経をすり減らしてしまった彼女は特に反論もせずに受け入れてしまうだろう。この扉を潜る前に『金を稼ぐ手っ取り早い最終手段』が頭に過ぎるぐらい、彼女は追い詰められていたのだ。
「どうしてって言ってもなぁ……」
「ねぇ?」
ただ、いきなりそんなことを言われても2人はただ驚愕するのみだった。アレッタも彼らの善意100%といった様子に同じくキョトンとしていると、ようやく彼女の事情を根本から理解したマスターと孝樹がこちらの事情を説明する。
結論から言うと『道徳の時間舐めんな』と『そこら辺に神様居るって考えに加えて外の国の祭りも取り込む国舐めんな』というどこから突っ込んで良いのか分からない持論をぶつけただけであったが、その熱の入り様にアレッタは頷くしかなかった。
「そういえば、爺ちゃんと婆ちゃんが出会ったのも飯食わせたんだっけ?」
「あー、そういえばそう言ってたな。身投げしてるって勘違いしてロースカツ食わせたんだっけか?」
「あの、それでもよく分からないです」
「あぁ、ごめんごめん。じゃあ、食べる前に俺が言った言葉をもう1度言うよ? 好きなように挨拶しな。これで俺が魔族をどういった目で見てるか分かると思うんだけど」
「あっ……」
それでも訝しげであった彼女に孝樹は食前の挨拶について問うと、アレッタは即座に言葉の意味を理解した。
食事が始まる前。つい癖で魔族の神に祈ってしまったアレッタが何とか誤魔化そうとした時、孝樹は『ここには君の生まれをとやかく言う人はいないから、好きな言葉で挨拶しな』と言ったのだ。
孝樹からしてみれば日本は日本だし、異世界は異世界。ひょんなことから繋がったらしいが、あちらの事情をこちらに持ってくるのはお門違いだ。
アレッタの住んでいた所では全くと言って良いほど聞かなかった言葉に彼女はただ『ありがとうございます』と礼を言う機械になっていると、マスターが手を叩く。
「じゃあ、ここで働けばいいんじゃないか?」
「あ、それ良い。ちょうど、人手足りないって言ってたし。アレッタさん、さっき酒場で働いてたって言ってたでしょ?」
「うぇっ!? は、はい。ですが、ご馳走してもらってお仕事もいただけるなんて……」
「こっちも困ってたんだ。あ、条件はマスターとすり合わせてね」
アレッタにとっては願ったり叶ったりで逆に怪しくなってきたが、ここまで言われてそのまま帰るという『逃げ道』は既に彼女には存在しなかった。むしろ、そのまま帰ったらこれよりも酷い地獄が待っている可能性の方が高いため、彼女は彼らの手を取る。
こうして、洋食のねこや──否、土曜日限定の異世界食堂に魔族の給仕が誕生した。
後1つ分ストックありますが、それ終わったらネタが尽きます。
次回メニュー:油そば