・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんとオリ主の兄ちゃんです。
・店員はたまに修行に行くことがあります。ご了承ください。
異世界食堂ではたまに変わり種を提供することがある。それはマスターや孝樹のきまぐれであったり、普段は自身の定めた大好物しか食べない常連が溢した僅かな疑問を2人が聞き入れたりと様々だが、今回は後者であった。
「高いビフテキ……ですか?」
「あぁ、ここの牛の肉は素晴らしく美味しいからね。これで銀貨1枚ならば、もっと払えばさらに美味しい物が出るんじゃないかと思ってね」
「あの、無理そうなら断っていただいても……」
孝樹に声をかけたやや青白い顔の美男子──ロメロは口元を拭きながら笑みを強くする。その一方でその伴侶であるジュリエッタが遠慮がちに無理しないよう言ってくれるが、対する孝樹は彼女に『マスター次第ですね』と答えてからロメロに一応予算はどのぐらい出せるのかを聞く。
ロメロの大好物であるねこやのビフテキに使われる肉は良い物を使ってはいるが、流石に和牛やA5ランクといった高級品は使用していない。ゆえに予算を多くとればとるほど高品質な物を使用できるが、問題が1つある。
それはねこやのポリシーだ。洋食のねこやの料理の中で1000円が一番高い価格のため、材料の品質を上げただけの物を作るのはマスターのポリシーに反するのではないだろうか。
ただ、これはマスターが了承してくれれば問題はないため、ヘルマン一家の頼んでいた特別なお祝いのような『何時も頼めないスペシャルメニュー』として出すのであれば了承はしてもらえるだろう。
あの時はたしか、4人で銀貨10枚だった。せめて銀貨4枚ぐらいの予算が欲しいと考えていた孝樹だが、ロメロは少々考えた後に不安げに両手を開きながら聞いてきた。
「2人で銀貨15枚。……これで大丈夫だろうか?」
「大丈夫だと思いますが、一応聞いてきます」
1人7000円ぐらいならかなり良い物が作れるだろう。後はマスター次第だと孝樹は厨房で彼にこのことを話すが、『ねこやとしてそれはなぁ……』と案の定なことを言い出した。
「ヘルマンさんみたいにはならない?」
「あれは誕生日限定だから大皿とか飲み放題にしてるしなぁ。ロメロさんたちはあの身なりだし、予約込みとはいえ気軽に頼まれるのもこっちとしては困るってことは……。あぁ、お前がやれば良いんじゃないか?」
「俺?」
何故かこちらにお鉢が回ってきたことに孝樹が首を傾げる。曰く、ねこやのマスターとしてそういうことは出来ないが、孝樹の料理として出すならば別に構わないらしい。
なんという屁理屈とは思うが、マスターもマスターで客の要望には出来る限り応えたいのだろうことは先ほどのやり取りで分かるため、孝樹は『じゃあ、そういうことで』とロメロたちに準備期間として2週間ほどの時間待たせてもらうことを了承してもらい、即金で銀貨5枚を払ってもらってこの日は終わった。
そして、次の月曜日。ねこやの平日営業に孝樹の姿はなかった。雇われシェフやウエイトレスたちがマスターに彼の安否について聞くとマスターは鉄板焼きの技術を学ぶために修行に行ったことを伝えてきたため、孝樹がたまに技術を学びに長期間店を開けることを思い出した面々は『あー、いつもの孝樹の発作か』と勝手に納得したとかなんとか。
***
2週間。ようやく俺がねこやへと帰還する。
あの後、調理学校以来の友人である京都の鉄板屋の倅と連絡を取った。どうやら雑用をする人間が居なくて困っているらしく、渡りに船だと思った俺は日曜日に京都へ移動してその店へヘルプに入ることになった。
雇い賃はそこの宿泊代や行き帰りの電車代と僅かな手間賃ぐらいしかなかったが、店を閉めた後に鉄板の一部を借りてそこの倅。……どころか、親である支配人兼料理長まで出張って来て焼きの技術を教えてもらったから収益的には圧倒的こちらのプラスである。
ともあれ、厳しくもあったが同時に実りのある2週間だった。デメリットと言えば、たまにはお好み焼き屋の鉄板とかで技術が錆びないように練習しないといけないのだが、そこは友達と割り勘してもらおう。
「ただいまー!」
そんなことを考えつつ、俺は調子がいつもの3割増しな猫人のような口調でねこやの扉を開ける。すると、アレッタちゃんが信じられない物を見たような眼差しでこちらを見てきた。数秒間固まった彼女は奥のテーブルを片付けていた叔父さんに何度も何度も要領を得ないことを話していたが、やがて俺の方に近寄ると涙を流し始める。
……俺の服をハンカチにしないで欲しい。
「どゆこと?」
「あー、店の外に修行に出てくるのを数年単位と勘違いしたみたいでな」
「あー……。あー……。そっか」
これはロースカツの爺さんではなく、傭兵をしながら各地を転々としているらしいテリヤキさんの話なのだが、あちらの世界は徒歩が一般人の移動手段らしい。たまに栄えた町とを繋ぐ馬車や裕福な農民が引いている牛が曳いた荷車に乗せてもらうこともあるが、基本的には徒歩なのだとか。
さらには盗賊とかモンスター。ローストチキンさんみたいに食人を厭わない種族も居るらしいから、旅は命がけの行動というのもあながち間違いではないとのことだ。
そりゃぁ、そんな考えで言ったら数年単位どころか一生再会できないみたいに思われても仕方がない。腹の辺りがやや冷たくなるのを感じながら心配かけたことを詫びる俺だったが、アレッタちゃんを泣かせたことよりも恐ろしいことを叔父さんが言ってきた。
「後、ビーフシチューさんが随分お怒りだったぞ。"わらわを満足できる馳走を待っている"とよ」
「あ、はい」
自画自賛となってしまうが、ビーフシチューさんは俺のタンシチューしか食べてくれない。なんでも『店主のは店主の味がする』らしく、叔父さんと俺といったそれぞれの味を毎週楽しみにしているのだとか。
嬉しい言葉だが、今回の理由が理由なのでちゃんとしたものが出せなかったら非常にまずい。出す自信はあるが、仮に失敗した場合は昔に何度か経験した『何をやっていた?』と圧迫面接さながらの叱責を受けるのは確定だ。
「まぁ、やるしかないだろ。とりあえず、鉄板仕様にするから手伝ってくれ」
「分かった」
幸い、材料は余分に調達してきているから心配はいらない。やるしかないのは当たり前なので、俺は叔父さんと一緒に奥のテーブルを一旦仕舞ってから大きな鉄板が入れ込まれた特別仕様の長机を固定する。
これはうちの爺さんが偶然行ったビュッフェで感銘を受けたらしく、『これはイケる!』と言って導入した品だ。爺さんが生きている間は納会などの二次会で猛威を振るったらしいが、叔父さんはそういったことは出来なかったので今までスタッフルームの奥で埃を被っていた物である。
前日に近所の金物屋にシーズニング込みでメンテしてくれたらしく、鉄板には油の膜が張られていて周囲のテーブル部分も問題はない。後は試運転をするのみだ。そうなると……。
「叔父さん、朝飯どうするの?」
「いつも通り、パンにベーコンに卵。後はサラダだな……って、そうか。油をまわしとかないといけないしな、焼くのは任せる」
「了解」
どうやら叔父さんは分かってくれたらしく、俺は早速オムレツを作る具合に卵に塩コショウとチーズとミルクを加えた特製の卵液とベーコンを持って鉄板の前に立つ。まずは火を付けて熱した鉄板の上に十分な油を垂らし、右手と左手にそれぞれ握った小手で撫でるように油を馴染ませる。シーズニングをしてても油が無いとくっつくこともあるからね、これだけは欠かせない。
そうして油がサラリとしてきたら、一旦オイルポットに戻す。粗方の準備が出来たことを確認した俺はベーコンを鉄板の隅っこに置いてから卵液を鉄板に注ぎ入れ、空気を含ませるように両手の小手を使って卵液を炒めていく。
「アレッタちゃん、手が止まってるよ」
「は、はひ!」
手を止めてこちらを凝視してくるアレッタちゃんの視線に我慢できなくなった俺は、彼女にチクリと注意をする。
まぁ、鉄板焼き屋で手本を見せてもらったから俺もその気持ちは分かるけどね。流石に通常業務外のことをやってたから開店時間がカツカツなんよ。
そういうわけで、仕上げに左右の小手を高速で振り下ろすことでふわふわになった卵の塊を砕いて──スクランブルエッグの完成だ。ベーコンも温度の低い所でじっくり熱を通したことで脂が溶けてちょうど良い塩梅になっている。
「おぉ、卵がサラっとしてて美味いな。ベーコンも鉄板で焼くとこうなるのか」
「美味しいです!」
うむ、これで試運転は完璧だ。後は本番と……その後がなぁ。気が重いわ。
***
ヨヤクというものを入れて14日。いよいよ高いビフテキを食べる日付となった。
「行こうか」
「えぇ。だけど、どんなものなのかしら」
「なーに、きっとあのタカキのことだ。大丈夫さ」
心配そうに現れたねこやの扉を見つめるジュリエッタの手を取ったロメロは自信ありげに話す。あの異世界食堂でまずい物などあり得えないとばかりに言う彼だが、内心では銀貨15枚という値段に釣り合う物が出てくるのか不安であった。
ただ、何時までもこうしているわけにもいかないのでロメロは扉に手を掛ける。
「いらっしゃいませ。あ、ロメロさん、ジュリエッタさん」
「やぁ、アレッタ。約束通り来たけど、タカキはどこ……に」
アレッタに声を掛けつつも孝樹を探すロメロ。いつもの厨房に居るのかと横を向くと、そこにはマスターしかいない。
しかし、その視線に気づいたマスターが食堂の奥に目線を向けたので、彼もそれに倣うと──居た。なにやらピカピカ光っている台の後ろで準備している孝樹の格好はいつもの通り真っ白い服装だったが、2週間前には無かった『凄み』にロメロやジュリエッタは少々気後れする。
すると、アレッタが孝樹に何やら伝えたことでようやく2人の存在に気付いた彼は、温和な笑みを作って近づいてきた。
「ロメロ様、ジュリエッタ様。ようこそいらっしゃいました」
「あぁ、今日はよろしく」
「お願い……します」
ややドモりながらも丁寧過ぎる言葉遣いの孝樹の案内で着席する2人。アレッタもコートを預かろうとしたりとまるで異世界食堂とは別の異世界の食堂へ飛ばされたような歓待ぶりに狼狽えていると、孝樹が『メニューです』と紙をロメロたちに渡してきた。
「申し訳ありませんが、本日はこちらで予算に見合ったコースメニューにさせていただきました」
「あぁ、任せるよ。正直、メニューを見ても分からないんだ」
「あの、この台は何でしょうか?」
「これは鉄板です。お熱いのでお手を触れないようにお願いします」
ホタテといくらのカルパッチョやシュライプのバター炒めとビフテキ以外の物も多数見受けられるが、どれもロメロはピンと来なかった。ただ、孝樹に任せておけば問題はないだろう苦笑いでメニューをテーブルの端に置くと、ジュリエッタがテーブルの中央に備え付けられた銀色に光る板に興味を示した。
たしかによく手入れされた板だが、これでビフテキでも焼くのだろうか。そんなことを考えながらアレッタがショクゼンシュと言っていた白いワインに口を付ける。
やや酸味が強いが、それが逆に口内をすっきりとさせてくれる。酒精も弱く、これならば幾杯飲んでも食事に影響はないだろうとロメロは2杯目を頼んでいると、摩訶不思議な料理が運ばれてきた。
「ホタテといくらのカルパッチョです。……あ、生食可能な物を選びましたが、構いませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。カルパッチョも前に食べたことがあるしな」
「綺麗……」
皿の上には白い円形の物に赤い宝石のようにきれいな粒が乗った不思議な料理を乗せたスプーンが1つ。まるで芸術品のような仕上がりの皿を前にしたジュリエッタが思わず口にした感想にロメロは頷く。
正直なところ口に入れるのは惜しいと思うほどの皿だが、食べなければ先に進まないとロメロは匙を口に入れる。
どちらがホタテでどちらがいくらかロメロには分からないが、ねっとりと柔らかい土台に全体にかかったカルパッチョを食べた時と同じような酸っぱい汁が全体を纏めてくれている。時たまプチプチと弾けて塩辛い汁が迸るのはあの赤い粒の仕業だろうか、だがこれも決して悪くない。
ジュリエッタの方を見ると彼女も目を丸くさせながらひたすら咀嚼している。これだけでも銀貨数枚の価値はあったと自分の判断に自信を持ったロメロがカルパッチョの余韻をワインで流していると、彼の前に深い皿に入った琥珀色のスープが出てきた。
「スープです。……といっても、お代わり自由のやつにちょっと手を加えたやつですがね」
「いや、ありがたいよ。さっきみたいなのを続けて出されたら満足して帰ってしまうところだった」
ロメロはそう笑いかけるが、実は本音だったりする。先ほどの料理のクォリティに彼は早々に満足してしまったのだ。
闇の眷属ゆえにあまり俗世と強く関わらないロメロでも、先程の料理はそこいらの貴族でも迂闊に手を出せないほど洗練されていることは分かった。現に元は令嬢のジュリエッタの反応も食べ慣れたような反応ではないため、このままうっかり席を立ちかねなかったところにこのスープはありがたかった。
孝樹が『御冗談を』と笑うのを愛想笑いで返しながらコンソメスープを1口飲むが──。
「うわっ……なんだこれは」
「すごい香り」
鼻を突き抜ける木の実や香辛料の香りにほんの僅かな酒精。そして、僅かに甘みを含んだコンソメスープがロメロとジュリエッタを驚愕させる。思わず2口目、3口目と飲み進めては香りを堪能する2人であったが、ふと我に返ったロメロはまたもや含み笑いで孝樹を問いただす。
「どこがちょっと手を加えただい。いつものスープとかなり変わってるじゃないか」
「いえ、ほんのちょっとシェリー酒ってお酒と良いコショウを上に振りかけただけですよ」
「それでこうなるのかい?」
「はい」
にわかに信じがたいが、料理に関しては門外漢なロメロは素直にコンソメスープを平らげていく。後ろで『なんじゃい、その酒は』と騒ぐドワーフすらも、今の彼らにとってそよ風同然であった。
かちゃりと匙を置きながら驚き疲れたとため息をついたロメロは、かなりの満足感を覚えながら孝樹の次なる一手を見守る。
「では、シュライプのバター炒めを作らせていただきます」
「なに!? シュライプだとぉ!」
「お客様、お静かにお願いしますぅ」
後ろでエビフライを齧っていた騎士が猛然と立ち上がるが、アレッタに諭されて大人しく座る。しかし、そんな喧噪も無かったかのように孝樹は真剣な面持ちでぴかぴか光る板にシュライプを乗せて焼き始める。
左右に持った謎の器具を器用に使いながらシュライプをひっくり返したり、押し付けたりと忙しない動きをする孝樹だが、彼の姿をワイン片手に見ていたロメロは1種の舞いを見物しているかのような気持ちになった。
やがて、乳の匂いが強い四角い物と酒精の香りがする液体をシュライプに注いだ孝樹はシュライプに大きな覆いを被せた。
「ワクワクするわね。ロメロ」
「あぁ、実に興味が惹かれるな」
見えないという事象だけでも楽しませてくれる。2人の興味はすっかり次の料理へと向けていた。
そうして数分間蒸された後、ようやく覆いが取り外される。乳の香りや酒精の香りが混ざり合った香りにすっかり魅了された2人は仕上げに香草をちりばめられたシュライプが数匹乗った皿が供されると共にさっそくナイフで切り分け、口に運んだ。
プツリと歯切れ良い食感を楽しんでいると、乳の香りや抗争の爽やかな香りが鼻に抜ける。そして、時折顔を覗かせるしょっぱさによって一辺倒だった味がキリッと引き締まっている。
「では、いよいよ肉の調理に入ります」
そう言って孝樹が横に置いていた器に被せられた布を取ると、何とも美しい肉が姿を現した。あの網目は全て脂だろうか、乳を搾り切って年老いた牛の肉には無いほどツヤツヤなその見た目や漂って来る香りに嫌が応にも唾液が溢れてくる。
「丹波牛です。修行先がそっち方向なので、ついでに買ってきました」
「なんっちゅう綺麗な肉だ。光り輝いてるぞ」
「え、ちょっと待って。あれが牛の肉!? 嘘でしょ」
外野が喧しくなったが、言いたいことは分かる。食堂の照明に照らされた肉はきめ細やかな脂が反射して肉全体が光っているような錯覚に陥ってしまうほど美しい肉だ。
もはやすっかり圧倒されて固まって居るジュリエッタはさておき、ロメロはこれからその肉を食するのだと自らに言い聞かせながら孝樹の握るナイフの行方に神経を集中させる。
「では、まずは脂身を除去します」
解説をしながら孝樹はナイフを淀みなく動かすことで外周の白い脂や筋を間に取り除いた彼は、あっという間に肉を握り拳大の大きさに切り分けていく。今まで厨房で見えなかったが、これほどの技術をその若さで持っていることにロメロは感嘆の声を漏らしていると、孝樹はいよいよ焼きの作業に入った。
先程切り出した白い脂を熱し、十分に脂が鉄板に行き割った頃合いで肉を置く。パチパチと爆ぜる油の飛沫が腕に当たっているが、彼は気にすることなく肉の裏表を一気に焼き固めていく。
そうして裏表が灰色で側面だけがピンク色となった肉に、今度は先ほど溶かした脂身を両手の器具で掬っては肉の全体に回しかけていく。肉の位置を移動させながらじっくりと──ピンク色の部分にも満遍なく溶けた脂をかけていき、やがて全ての面が灰色になって肉が少々膨らんだタイミングで火力が弱い場所に移して肉を休ませる。
「アレッタさん、ソース用意して」
「はい」
その間にアレッタの手によって肉につけるソースが供される。孝樹の説明によれば今回は塩とショーユとポンズソースとオラニエソースを用意しているらしく、その手間にロメロが驚いていると孝樹が何やら緑色のブツブツした植物を擦り下ろしているのが目に入った。
「タカキ、それはなにかな?」
「あ、ワサビです。流石にこれは現地に行けませんでしたから、注文しましたがね」
話の半分も頭に入って来なくて宇宙の真理を理解した猫のような表情になっているロメロを他所に、孝樹はワサビを擦り終わると肉の最終工程へと入る。
すっかり全体に焼き色が付いた肉を半分にカットすると、中がまだ赤い断面が姿を現した。このままでは外だけが焼けてしまうため、断面を下にして焼き色と熱を与えてから元に戻し、一口大に切ってやる。
後はフランベするか否かだが、今回はコースにシェリー酒などを使っているのでアルコール分がしつこくなることを考えてしない。そのままさらに上品に盛れば──お高いステーキの完成だ。
「お好みでソースを付けてお召し上がりください。ワサビはちょい多めが美味しいですよ」
「じゃあ、僕は塩からいただこうか」
そう言ってロメロはフォークで刺した肉を塩にちょっとつけて口に含む。
最初に感じたのは肉の柔らかさだった。ビフテキもナイフで簡単に切れるほど柔らかかったが、この肉はそれすら優に超える柔らかさだった。
噛むごとに上質な脂が口中に広がり、解けていく。その脂の旨味を塩のしょっぱさがさらに際立たせ、気付いた時には飲み込んでいた。
「私はオラニエソースから」
ジュリエッタがオラニエソースを付けた肉を口に運ぶ。いつものように熱を加えて甘くなったオラニエと生のオラニエのシャクシャクとした歯ごたえが絶品なソースだが、この肉の上品な旨味に富んだ柔らかい肉と合わさることでいつものビフテキ以上の味が口の中に広がる。
そこからポンズソースの酸っぱくも奥深い味や醤油とワサビを用いて脂身をさっぱりとさせる食べ方など、色々組み合わせながら肉を楽しんだ2人は甘酸っぱいレモンアイスというデザートで締めくくる。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「あぁ、とても満足だよ。予約した甲斐があった」
「素敵な料理をありがとうございました」
そう言って残りの銀貨10枚を支払った2人は満足げな笑みを浮かべながら帰って行く。青白い肌が赤みがかったのか少々人間の肌の色に戻っていた気がするが、多分気のせいだろう。
***
「では、また来る。タカキよ、中々良い経験を積んだではないか。そのまま精進せよ」
「ありがとうございました」
そう言ってビーフシチューさんは帰って行く。非常に満足そうな面持ちなので、どうやらお気に召していただけたようだ。
そうして完全に扉が閉まると同時に俺は床にへたり込む。アレッタちゃんが駆け寄ってくるが、俺は気にすることなく一息ついた。
あ”-、つっっっかれたぁ! もう2度とやるか、こんなもん!
あの後、鉄板ということでお好み焼きが大好物な侍風の人と陰陽師みたいな人が『焼ける光景が見れるでござるか(のでしょうか)!?』と言ってきたり、海産物を肴に酒をかっくらうドワーフ2人組が『しかし、こっちの鉄板は綺麗だのぉ』と勝手に座ってきたりと大変だった。
後者はまだ衣を付けていない海鮮を焼いてからバター醤油やハーブソルトで味付けした物を提供することで事なきを得たけれど、お好み焼きは申し訳なかったが焼きそばに変更させてもらった。
だって、1人前の材料を逐一器に入れて、それを混ぜて、それぞれ焼いてから提供なんてうちはお好み焼き屋じゃないんだぞ! 3人じゃ回るわけないじゃないか! ……と、言いたかったけど客相手に愚痴を言うわけにもいかないのでソースの焼きそばの他にお試しで即席塩焼きそば。あとは〆に昔、神戸当たりで食べたそばめしを再現して出してやると手のひらを返してくれる。──ちょろいぜ。
他にも様々な常連から鉄板で自分の大好物を作れないかと詰め寄られた。
例えばいつも団体さんでいらっしゃるクレープさんたちやホットケーキさんたち。この人たちの注文は鉄板で焼けるが、焼き妖精や焼きリリパットが出来そうな場面がいくつがあったので申し訳ないがいつもの席で食事をとってもらった。
後はカツ丼を鉄板で作ってくれという東大でも解けないような難題を出されたり、カレーライスを鉄板で出来ないかと尋ねられてドライカレーを出すと『これも良い! だが、カレーライスを頼む』と元鞘に納まったりしたが、1番対応が大変だったのは豆腐ステーキさんだろうか。
森に住むエルフや一部のハーフエルフ以外は肉や乳製品といった物は厳禁だ。それは初来店時に豆腐ステーキさんが言っていたし、来店ごとに俺が『これ食えます?』と色々試してもらったことからも明白だ。
なので、鉄板の油にそういった匂いが付いていると食べれなくなる可能性を考えた俺は豆腐ステーキさんの前の鉄板を必死で掃除した。それも必死の形相で。
前では『そんなに気を使わなくて良いのよ? 多少汚れてても気にしないし』とは言ってくれているが、その時は逆に文句を言いたくなった。
お前なぁー! 同じ釜でうどんとそばを茹でてなぁー! アレルギー対策舐めんなぁー! ……まぁ、この人の場合はアレルギーじゃないんだけどね。
まぁ、仕返しとは言わないが追加で銅貨を払ってもらい、帰りに寄った業務スーパーで買ったテンペというインドネシアの大豆を使った食材を焼いて、畑の肉を使ったステーキと称して出したら『え、これ肉……いや、トーフと同じ!?』と大層驚かれた。やっぱあの人、食べさせた時の反応おもしれーわ。
長々と語ったが、総括するともう鉄板はこりごりだということだ。後はアレッタちゃんたちという最後のお客に焼いてやったら封印だな、こりゃ。
そう思った時期が俺にもあった。トリミングした肉の切れ端と卵とニンニクとご飯でガーリックチャーハンを作っていると、それを見ていたマスターが『鉄板も悪くないな』と言ってきたんだ。
パァドゥン?
「盛況だったし、どうだ? 1か月の1度とか予約必須とか条件は付けるが、異世界食堂限定で鉄板席やってみるか? お前もせっかく学んだ腕を錆びさせたくはないだろ。注文が分散されて俺も楽だったし」
うせやん。
「あ、良いですね。今日もとても盛り上がりましたし、見ていて楽しかったですもの」
うせやん……。
結局、この後揉めに揉めたが最終的に不定期かつ、料理1皿につき銀貨1枚の半分の銅貨を割り増し。後は手間的に無理な場合は料理を変更することを了承させることを条件に鉄板席が時たま異世界食堂に現れることになった。
どうして……。
ネット回線が逝ったため、ネトゲや動画見てた時間を全て執筆に回してたら出来てました。
肉……食うかい?
では、皆様。今度こそ良いお年を
次回:すきやき丼?(ストック貯まり次第)