風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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1:プロローグ

「しょ、勝負……あり!」

 

「嘘、だろう……?こんな、あっけなく……?」

 

 化け物め。

 

 行われた試合の決着を目の前にして、十条姫和は出かけた言葉を飲み込んだ。それは、それ程までに圧倒的であっけないものであった。

 

 折神家御前試合。『刀使』と呼ばれる少女達を育成する五つの学校──『伍箇伝』によって行われる剣術大会である。今日はその本戦に出場する2名の生徒を決める予算であり、姫和はその内の一人に己の友人である岩倉早苗がなると信じて疑っていなかった。もう一枠には自分が入り、岩倉と2人で本戦に出場する。そして……己は己の果たすべき目的を果たすのだと。そう、信じていたのに。

 

「勝者──堀川!」

 

 その岩倉が、4月に編入してきたばかりの下級生によって破られた。たったの一太刀ですら、交わすことなく。

 

 ──岩倉さん、怯えている……無理もない。見てるだけの私でも分かった尋常ならざる気迫、殺意。あんなものと正面から向かい合った彼女には、尚更キツいものだっただろうな。

 

 決着と同時に尻餅をついた岩倉は、対戦相手が場を去ったにも関わらず、未だに足が震えて立たなくなっている。上手く立てない友人を流石に見ていられなくなったのか、姫和はすかさずその場へ早足に岩倉へ手を差し出した。

 

「岩倉さん、手を貸す。……残念だったな」

 

「十条さん、ありがとう。ううん……私はきっと、負けるべくして負けたんだと思う」

 

「何?それは、どういう……」

 

 負けるべくして負けた。そう言った岩倉の態度を疑問に思った姫和は、何故そんなことを言ったのかと言葉の意味を問いかける。

 

 確かに、相手は姫和にとっても化け物かと思える程の強さを見せつけた。しかし同時に、岩倉のしてきた努力も彼女の培ってきた強さも知っている。決して、彼女がどこか劣るというようなことはなかったはずなのだ。

 

 言葉はまた紡がれる。岩倉は敗北を悟った理由がその『眼』であると、そう語り出した。

 

「あの眼……目が合った瞬間に分かったの。これが試合でなければ、あの子は必ず私を殺してた。あれは人を人として見てない……『荒魂』と同じものを見てる、そんな眼だったの」

 

 荒魂。それは古の時代より人々に災いをもたらす異形の存在にして、刀使が霊験あらたかな『御刀』を以て討伐を使命とするもの。

 

 岩倉が向けられたのは、彼女と荒魂を同一視する眼の視線であった。それは失礼なことだが、ある意味では実戦と同じように斬るべき敵を見据えていたとも言える。この戦いをただの『試合』として捉えていたか、または命奪り合う『真剣勝負』として捉えていたか。きっとそれが彼女との差だったのだろうと、岩倉は負けた理由を締め括るのだった。

 

 ──だとしたら。4月から編入してきたという奴はいったい、何があったからそんな眼をできるようになったんだ……?

 

 トーナメント表を一瞥し、姫和は岩倉を負かしてすぐに去った後輩の名を確認する。

 

 堀川百柄。学校の制服の上から更に紅白の和服を纏い、耳飾りや頭の花飾りなど多くの装飾品を身に付ける小柄な少女。二年の4月からの編入生ということで、その時期の珍しさから少し話題になっていたことを覚えている。

 

 あまり他の生徒と交流しないのか、その話題はすぐに廃れ聞かなくなっていったのだが……まさかこれ程までの実力の持ち主だったとは、姫和も流石に知らなかった。

 

 ──まぁ、いい。トーナメント的に私が奴と当たるとしてもその時は決勝……本戦進出はその時点で確約されている。私の計画に支障はない。

 

 堀川百柄に勝たなければ本戦に出られないというなら別だが、本戦に出るのは決勝に残った2人であり彼女と姫和は決勝まで戦うことはない。戦うことのない相手のことは意識から外し、姫和は己の戦う相手とその先にある果たすべき目的にのみ、意識を集中させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜

 

 時は少し遡り、半年前。

 

 奈良県のとある小さな町が、荒魂の群れによって滅ぼされた。僅か数十人の生き残りは多くが被災後PTSDを発症し、復興及び社会復帰が可能になるまでは、まだまだ長い時間がかかるだろうと言われている。

 

 そんな中、被災者の多くが入院していたとある病院で一つの事件が起こった。患者が1人行方不明となったのだ。

 

 行方不明となった少女の名は堀川百柄。この荒魂被害で家族全員を失い天涯孤独となった彼女は、自身もあと数秒救助が遅れていたら死んでいたという瀕死の状態であった。救助された当時の彼女の姿を見た自衛隊員は、後にこう語っている。

 

 

『あの凄惨な光景を人間が作ったなんて、信じられないし考えたくもない』

 

 

 周囲には町を担当していた刀使をはじめとして多くの人々の死体が、そして力任せに祓われた荒魂が撒き散らした『ノロ』という物質が散らばり、百柄はその中心で、御刀を握りながら立ったまま意識を失っていた。そこで生きていたのは、堀川百柄ただ独りであった。

 

 御刀は選ばれし者以外にはまともに振るえない。つまり百柄は満足に扱えない他人の御刀を握り、その上であの地獄のような空間を1人で生き抜いたということになる。刀使どころか、剣術とも縁のなかったただの女子中学生が、だ。

 

 彼女の治療は困難を極めた。全身をズタズタに引き裂かれており血が少なかったのもそうだが、骨もまたボロボロで無事と言える部分を探した方が早いくらい。臓器に至っては胃袋と肺が大きな損傷を負っており、今後まともに食事を摂ることも困難になるだろうという有様。手術の成功など含めて全てが奇跡と、そう言い切れる結果であった。

 

「ハァ……ハァ……………行か、なきゃ……」

 

 そんな彼女が、病院から姿を消した。病棟スタッフを驚愕させるには十二分な事実。何せ今まで意識は戻っていなかった上に、例え目を醒ましたとして歩くどころか、身体を起こすことすらままならない重体であったはずなのだ。

 

 警察にも連絡が行き、関係各者が血眼になって百柄を探す中。当の本人は病院近くの森の中を彷徨い歩いていた。

 

 行かなきゃ。そんなことを言っているが、別にどこかに何か当てがあるという訳でもない。目的を持って歩いている訳でもない。理由も目的もなくただふらふらと、しかし確かな導があるかのように止まらずに歩いていた。

 

 

「あんな、こと……させちゃ、いけない」

 

 

「私が、斬らなきゃ」

 

 

「私なら、それができる」

 

 

「荒魂、全て……滅すべし」

 

 

「荒魂を、斬らなくちゃ」

 

 

 肺は片方が摘出され欠けており、目は視界が霞んで殆ど何も見えていない。全身に上手く血が巡っていないためか足取りも覚束ず、病院から抜け出した時にそのまま持ってきた点滴棒を支えにしなければ満足に立つこともできぬ有様。

 

 それでも尚、動けるのは。あの災害で体験した出来事が強烈なトラウマになっているからだろう。

 

 百柄は見てしまった。見上げる程に巨大な荒魂が建物を薙ぎ倒し、逃げ惑う人々を喰らう様を。肉が噛まれる咀嚼音が、骨が砕ける破砕音が、脳の奥で今も鮮明に鳴り響いている。生にしがみつくために逃げ惑う人の悲鳴と泣き声が、百柄の脳を揺らして止まない。

 

 百柄は見てしまった。討伐に駆けつけた刀使が6人がかりで荒魂に挑み、それでも返り討ちにされた瞬間を。人が人から物言わぬ肉と骨の塊に変わる瞬間を、希望が絶望に塗り替えられる瞬間を。真っ白になった頭を御刀が地面に落ちる乾いた金属音が、今この瞬間こそが現実であると百柄の意識を無理矢理にでも引き戻す。

 

 

 お前はここで死ぬのだ、と。

 

 

 百柄は戦った。ふらふらとした足取りで落ちていた御刀の一振りを拾い、油断して近付いてきた小型の荒魂一体の頭に叩きつける。霊験あらたかなる刀の力によって荒魂は弾け、周りの荒魂をもう一度戦闘態勢に入らせた。

 

 百柄は覚悟を決めた。正直ヤケクソな特攻を覚悟というのは違うのだろうが、それでも荒魂を倒せる力が自分にあるのなら、何が何でもこの空と大地を覆い尽くす群れを滅し切り、絶対に生き延びてみせると既に死んだ両親と己の心に誓った。

 

 百柄は戦った。そして結果──今に至る。

 

 生き延びこそしたが、その心身には小さくないダメージを負った。この世に荒魂が存在して、今も人の世を脅かしているという現実に我慢ならなくなってしまったのだ。身体の方は言わずもがな。

 

 刀使でもない一般人、それも災害時のように偶発的な御刀の所持すらしていない小娘にいったい何ができるというのか。他人が知れば100人が同じことを思うだろうが、百柄はあくまで大真面目にそんなことを考えている。自分ならできると──自分がそうするべきだと信じて疑っていないのである。

 

「あ……………」

 

 まぁ、そんなことできるはずがない。平坦な道を踏み外して転がり落ちていくような、自分の身体一つも満足に動かせない体たらくで。可哀想に、トラウマで頭がおかしくなった身の程知らずが1人、ここで儚い命を散らす。

 

 百柄の身体が山を転がり落ちていく。歩いていた道は割となだらかで平坦な方だったが、少し道を外れればそこは落ち葉や枯れ木、土で滑りやすくなっている急勾配。ところどころに生える木に身体をぶつけてピンボールのように弾かれ、ようやく動きが止まったその時にはもう百柄の身体は原型を留めぬ程にズタズタになっていた。

 

「いか、な……い……と。荒魂……が、くる……」

 

 驚くべきことに、百柄はここまでボロボロになりながらもまだ命を繋いでいた。支えとしていた点滴棒は既に手放しており、手術痕が開いて包帯も意味を成さなくなった。それでも、土の上を這いながら彼女は進む。最早亀やカタツムリの方が速く動けるだろうといった姿になっても尚、百柄が歩みを止めることはない。あの災害で体験したことは──荒魂への恐怖は、それだけ根強いものであるのだ。

 

「……」

 

 執念では、身体は動かない。少し前から降り始めていた雨が勢いを強め始めた頃、百柄は遂に腕の一本や舌の一枚も動かせなくなった。ゆっくりと重力に従うように瞼が落ち、灰色の瞳が霞んだ眼を覆い隠そうとする。

 

 耳はもう雨の音しか拾わない。鼻は災害の時からずっと機能していない。人生の終わりに見るという走馬灯はついぞ見えなかった。人生のこれを最期というにはあまりにも寂しい、とても静かで呆気ない幕引き──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と!?た…れ……まだ息……る……!」

 

「連……け…まだ間……う…死なせ…な!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────だがそれは。この場にいたのが百柄だけだったらの話。




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