「それでは双方備え、写シ……始め!」
折神御殿での可奈美、舞衣との出会いから一夜が明け。遂に剣術大会本戦が始まった。
初戦を飾った姫和は【迅移】を合わせた高速の一撃で相手の写シを破壊し、瞬殺劇で呆気なく勝負を終わらせてみせる。次に出番が来た可奈美は相手の素早い動きに苦戦させられるも、その動きをしっかりと捌き切り左腕を斬り飛ばして勝利。続いた舞衣も苦しい打ち合いが続く中、正眼の構えを崩さず最後まで自分の持ち味を活かして粘り勝ち。
4人の中で残ったのは最終試合に控える百柄だけとなったが、それもまた一瞬で終わる。木刀ではなく七笑を握ることのできる本戦では、写シのダメージ肩代わりにより躊躇いなしで技を放てる上、武器の質が段違いであることで威力も大幅に増す。
それに加えて、今日までの研鑽によりどうにか間に合わせた七笑流剣術と刀使の技の融合。真希と戦いいいとこなしで敗れたあの夜よりも、予選決勝で姫和と相対した時よりも。今の百柄はそんな過去のどんな自分よりも、間違いなく強い最強の自分であると断言できるだけのものがあった。
相手もまた、予選を勝ち抜いてきた強者であるにも関わらず。それでも尚、百柄の技を見切ることは不可能と言って差し支えなかった。
「七笑流──────────【一閃】」
「きゃっ……!?」
同じ技名だが、写シによる生身より強い霊体の構築と【八幡力】による膂力強化が加われば。その一振りは名前通りの閃光と化す。初見での対応などまず不可能、第一試合に続き完璧な瞬殺である。
短めの技名を言い終わるのも待たず、刀は鞘から解き放たれ対戦相手を横一文字に斬り裂く。音をも置き去りにする閃光の一撃で、百柄は危なげなく二回戦へコマを進めた。
「そこまで!勝者、平城学館堀川百柄!」
「対戦、ありがとうございました」
「凄い……鋒が見えなかった、何て速さ……!」
「平城学館の派手な人……あんなに強かったんだ」
「……お前なら、これくらいはやるか」
腰を抜かして立てない相手に手を差し伸べ、起こしてから礼をする。ぽかんと呆気に取られたような顔をしていた対戦相手も、決着が着いたことを受け入れたようで笑顔でその手を取り礼をした。
「初めて会った時からそうでしたけど……あの方、本当に強いんですのね。あの時は写シすら使えない素人同然でしたのに……たった一ヶ月程度の時間でここまで変わるものなのですね」
「御刀を持ってるだけ、みたいな状態でも荒魂相手に無双できるんだ。刀使の技をちゃんと使えるようになったらそりゃあ、このくらいにはなるさ。僕も自主練に付き合った甲斐があったかな?」
「真希……あなたそんなことしてましたの?」
「平城に戻ったらたまたま会ってね」
観戦していた折神家親衛隊の面々も、百柄の成長ぶりに太鼓判を押す。
親衛隊が初めて彼女と出会ったのは、連戦続きで疲弊していたとはいえ、自分達でも倒しきれなかった荒魂を倒す援軍としてだった。ばっさばっさと荒魂を斬り倒していく姿に、まだ世間にはこんなにも強い刀使がいたのかと感服したし、それを全部生身でやっていたと知った時なんかはもう、開いた口が塞がらなかった。
そんな彼女が今、刀使の技術をものにして剣術大会で実力を遺憾なく発揮している。剣術だけで戦っていた彼女を知っている親衛隊としては、子どもの成長を見守るような気持ちであった。
「せっかくだし、僕らは彼女を応援しようか」
「そうですわね。正直、あの堀川さんが負ける姿はあまり想像できませんけども……」
自分の応援がなくとも、百柄の負けを親衛隊2人はあまり想像できなかったのだが。それでも応援のあるなしで、パフォーマンスはかなり変わることがあるということも知っている。
せっかくだし、彼女の強さを信じて優勝を期待している人間がここにいるということは知らせてやりたい。中にはそういった期待がプレッシャーになり潰れる者もいるのだが……流石に百柄はそんなタマではないだろうと、真希と寿々花は彼女を応援することに決めたのだった。
「堀川さーん!とても良い戦いでしたわー!次の試合も期待していますわよー!」
「あ、寿々花さん……応援、してくれてるんだ」
「僕達は君の強さをよく知っている。えこひいきになってしまうが……君の優勝を信じているよ!」
「真希さんもか……ふふ、やる気が出るね」
かなり遠いところからだったが、叫んでくれたおかげでその場を後にしようとする百柄にも2人にの応援は届いた。実際のところ応援を力に変えられるタイプである百柄は、自分の優勝を信じて声援をくれたことに大いにやる気を出した。次の試合の百柄はきっと、初戦の時より遥かに強いだろう。
同時に、周囲の警戒も更に跳ね上がる。一回戦を瞬殺で終わらせたことで各校の代表からは既に要警戒とされていたが、かつての剣術大会で結果を残している親衛隊のお墨付きもあるということで、少なくとも彼女らに匹敵するであろう力を持つと、百柄の実力の想定を大幅に引き上げるのだった。
「相性悪過ぎるんだけどなー。勝てっかなー」
「自分を信じて全力を尽くす!勝てる人間とはそれができる者のことデース!」
「百柄ちゃんっていうんだ……あんなに速くて鋭い居合斬り初めて見たよ!こんなに強い子と戦えるのが楽しみだなぁ……!」
「……それは無理だよ、可奈美ちゃん」
「え、どうして?百柄ちゃんの実力ならきっと次の試合も勝ち上がって……」
「……次に百柄ちゃんと対戦するのは私だし、可奈美ちゃんと戦うのも私だから」
「堀川さん……当たるとしたら決勝、か」
勝ち残った者達も、それぞれが次の試合の勝利を信じて集中力と覚悟を高めていく。二回戦も姫和や可奈美は勝利を収め、最終試合である百柄と舞衣の勝負が始まった。
「美濃関学院柳瀬舞衣、平城学館堀川百柄!前へ!双方備え、写シ用意……始め!」
「居合同士の対決か」
「頑張れ舞衣ちゃーん!勝って私と戦おー!」
──可奈美ちゃん……待ってて。必ず勝つから!
百柄と舞衣の戦いは、奇しくもお互い同じ構えを取るところから始まった。相手の呼吸を読み取り先手を打って、先に刃を届かせた方が勝つという単純明快な試合。
舞衣の方は元々、居合をこんなところで見せるつもりはなかった。本来は予選で自分を負かした可奈美に勝つために捻り出したアイデアであり、可奈美と戦う時のとっておきになるはずだった。しかし相手は一回戦を同じく居合で勝った百柄。出し惜しみをしている場合ではないと判断し、ここで居合を解禁することを舞衣は決めたのだった。
「……どちらも動かないな」
「動けないのでしょう。お互い既に抜刀に繋がるだけの溜めは十分でしょうが、迂闊に動けば呼吸を崩されて致命的な隙を晒すことになりますから。我慢比べになりますわね」
「先に油断した方が負ける、という訳だな」
「どれだけの間待つことができるか。勝負の行方はそこにかかっていますわ」
解除のざわめきも次第に収まり、じっとりと肌に絡みつくような緊張感が場を支配する。動きたくとも動けない、安易な先制攻撃に走れば自分の首を絞めてしまう。相手が痺れを切らして隙を作るまで待てる忍耐がなければ、この勝負は勝てない。
一秒、十秒……刻一刻と時間は過ぎる。額から汗が滴り落ち床に染みを作る中、事態はようやく動きだした。
「すぅ──────……」
「ッ……!?」
両者同時に息を吸い込む。あくまで相手を誘い込むための意図的な隙、だがそれを同時にやってしまったことでお互いに動かざるを得なくなった。罠ということは分かっているが、それでも降って湧いた好機を前に冷静に対処できる程、どちらも心が据わってはいなかった。待ち続ける時間が、神経をすり減らしていたのも要因かもしれない。
お互いにお互いの罠に嵌った以上、もう勝負を分けるのはどちらの刃が先に届くか。二振りの御刀は相手の胴を切断するべく横一文字に振るわれ、刀が振り切られたその時舞衣の両脚が切断され……そして百柄の頭頂部が宙を舞った。
「ぐうっ……やられた……ッ!」
「堀川、写シはまだ維持できるか」
「ご覧の通りですが」
「ならばここまで!勝者、平城学館堀川百柄!」
頭の一部を斬り飛ばされた百柄だが、写シはまだ維持できる範囲であり
逆に舞衣の方は両脚を失ったことで立つことができず。審判は試合続行不可能と判断し、百柄の勝利を告げた。
お互いに胴体を狙っていたはずだが、なぜ頭と脚が斬られたのか。それは百柄が抜刀の瞬間により深く腰を落とすことで、技を【一閃】から【草薙】に切り替えていたからである。
いくら【一閃】が神速の抜刀術とはいえ、舞衣に呼吸を乱された状態ではとてもじゃないがベストの状態で技を放つことはできなかった。だから何とかできるように、より低いところを狙う【草薙】を放つことにしたのだ。脚を落とせば戦闘続行は不可能になるし、【草薙】はまだ見せていなかった技。
【一閃】の速さがなくとも大丈夫と信じて、舞衣に出遅れることを許容してでも腰を落とした甲斐があったと言えるだろう。事実百柄は、この試合に勝利することができたのだから。
「ごめん、可奈美ちゃん……負けちゃった」
「大丈夫だよ……私が仇を討ってくるからね!」
「あっちは凄いやる気出してるなぁ……昨日会った美濃関の子と連戦、かぁ……」
「何、堀川さんならきっと勝てるさ。相手がどれだけやる気になろうとも、最終的に勝つのは結局より強い方なのだから」
意気消沈して戻ってきた舞衣を可奈美は力強く抱きしめ、仇討ちを宣言する。振り返って百柄と眼が合った彼女の顔は、明らかに百柄との対戦を楽しみにしているという表情だったのだが……まぁ何にしろ可奈美と戦うことに変わりはない。
熱量の差に若干引いた百柄であったが、姫和のフォローもありすぐに気持ちを持ち直す。こっちはこっちで何だか元気がないように感じるのだが、前の試合で疲れているのだろうとスルーした。姫和は他人に踏み込まれるのを嫌がるので、あまりこういう時に問いかけたりするものではないと、百柄は学習しているのだ。
「それでは両者、前へ!」
「堀川百柄ちゃん……さっきまでの二試合を見てて分かったよ。あなたは強い、だけどこれは舞衣ちゃんの仇討ち……私は、勝つ!」
「衛藤可奈美さん、だったよね。それなら私も全力でお相手しようじゃないの」
「双方備え……写シ、始め!」
準決勝、堀川百柄対衛藤可奈美の幕が開く。百柄は最初の一撃に【一閃】を選択せず、抜刀したまま正眼に構えた御刀を振りかぶった。既に【一閃】も【草薙】も見られている以上、放ったところで対策されている可能性は高い。だから居合斬りからではなく、普通に戦うことを選択した。
「【練気】……七笑流、【石切】──!」
「ッ……受けて、たーつ!」
岩盤をも砕く一撃が【八幡力】と【練気】によって強化され、より破壊力を増した状態で可奈美の頭上に振り下ろされる。振り抜かれた刀は対象を凄まじい地響きを鳴らし、砕き割った。