風隠の刀使、荒魂を斬る   作:笛とホラ吹き

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11:VS衛藤可奈美

「……やるね。いい判断だ」

 

「そんなこと……言ってる場合かなッ!?」

 

 百柄の渾身の力で放たれた【石切】を、可奈美は御刀同士がぶつかり合うのと同時に、横向きに力を加えることで力押しの方向を変換し、地面ではなく会場の仕切りにぶつけられる場所を変えた。

 

 普通に受けていたならば、百柄の膂力に打ち勝つことができずに地面に埋められていただろう。そのまま試合は続行不可能と判断され、可奈美は敗北を告げられていたはずだ。しかし、力を受ける方向が変わったことで、彼女は埋められるのではなく弾き飛ばされ、着弾点がより遠くなったことで対処する余裕も生まれた。

 

 その結果、身体を水泳のクイックターンのように捻ることで仕切りに着地し、それを蹴ることでより素早い反撃を可能としたのだ。

 

 ──試合エリア全体がヒビ割れてる、それだけ破壊力の高い一撃だったんだ。もしも、食らってたらタダじゃ済まなかったはずだけど……そんな大技を外して無事でいられる訳がないよね!

 

「はあああぁぁッ!」

 

「七笑流の技は──剣術だけじゃないんだよ!」

 

 地面に深く刺さって抜き辛くなった七笑をどうにか引き抜こうとする百柄だったが、それを果たす前に振りかぶられた可奈美の刃が、唸り声のような風切り音を上げて襲いかかる。刀を取り戻せないまま対処を迫られた百柄であったが、彼女はそんなこと屁でもないと言うかのように冷静に、そして大胆に対応してみせた。

 

 振り抜かれた刃が己を一文字に斬り裂く──そうなる直前に百柄は【八幡力】の段階を一つ押し上げてパワーを確保し、直接その刃を掴み取り止めてみせたのだ。いわゆる【真剣白刃取り】というやつなのだが、同時にあまりにも技術もへったくれもない力技でもあった。これでは【真剣白刃取り】ならぬ【真剣掴み取り】である。

 

 ──さて、ここからはどうしようかな?

 

 防いだのはいいが、ここから先どうすれば有効なダメージを与えられるのかが思いつかない。内掛けのような技でバランスを崩してから利き腕であろう右腕を極めて、可奈美の動きを完全に封じることを試みてみるべきか。

 

 それとも、腕に妖力を集め【練気】【八幡力】で強化した握力で御刀を握り潰してみるか。……とは言え御刀は折れないものだと聞いているし、試したところでまぁ無理だろう。この作戦はすぐに放棄し残った最初の案を採用する──つもりも、百柄には実は最初からなかった。

 

「あー、ら……よっ……とおっ!」

 

「あ、あわわ!私の【千鳥】がっ!」

 

 捕まえた御刀を思いっきり放り投げて、可奈美に取りに行かせる。その間に百柄は御刀を地面から引き抜き鞘にしまった。可奈美は背中を向けて走っていったため体術でどうとでもできたのだが、百柄はそれをせず可奈美を待つことにした。

 

 ──私の剣が見たいんだよね?だったらあなたが見れるだけ見せてあげる。だからさっさとその御刀拾って戻ってきなよ。

 

 可奈美の試合を観察していて、百柄は一つ気付いたことがあった。それは意識的なのか無意識でやっているのかは知らないが、彼女は対戦相手の実力を見るために手を抜くことがあるということ。手加減されている相手からしたら、たまったものではない侮辱的な行為であるが。百柄はむしろ七笑流の力を証明するため、そんなに見たいのならいくらでも見せてやるという考えでいた。

 

 この場合、お互い手加減をしているということになるのだが。百柄は技の方で手抜きをするつもりは一切ない。それでは技を出したとしても簡単に対処されてしまい、七笑流の剣術が対策の容易い安易なものであると思われる恐れがあるから。

 

 それに、そもそも真剣勝負の場で作戦でもなしに手を抜くなど百柄は好きではない。だから技を見せるためにある程度速度や力を緩めはするが、その技自体には何の手心も加えないというのが、可奈美に対する百柄の礼儀であった。

 

「……どうして待ってたの?御刀を手放させた時点でもう、勝負は殆ど着いてたのに」

 

「あなたのためだよ。前の試合を見てきたから私には分かる……私のことが知りたいんでしょう?私の剣ともっと戦いを続けたいんでしょう?だからその望み、叶えてあげる。振り切られないよう……ちゃんと追いついてきなよ」

 

「ッ……!じゃあ、心ゆくまでやり合おう!」

 

「七笑流──【草薙】」

 

 地面スレスレになるくらい体勢を下げ、百柄は七笑を抜き放つ。可奈美の足下を狙って振るわれた刀は可奈美がジャンプしたことで回避され、そのまま空を斬る。しかしそこで攻撃は終わらず、振り切った反動を利用して身体を一回転させ、次の攻撃の用意を始めていた。

 

「七笑流──【風車】」

 

 回転を利用して、扇風機のように回る刃の中に入った者を斬り刻む兄弟子ハヤテ直伝の技。本来はこの状態で相手に向かって突進していくのだが、今回は出した状況の都合でその場での回転のみ。

 

 ただ回って斬るだけでは、隙も大きいし格好のカウンターの的となるだけだが。百柄の身体能力ならばその回転の速さは小型の竜巻が如く、カウンターを差し込む隙など一切与えない。可奈美は竜巻の進軍を前に、御刀を弾かれないように強く握りながらひたすらに勢力が弱まるのを待った。

 

 ──大丈夫……確かに速いけど、回転している間は簡単に軸を曲げられない!あの腕が届く範囲にしか攻撃は来ないから、攻撃がどこに来るのか分かるなら抑えられる!

 

 ずっと回っているなら、いつか必ず百柄の三半規管には限界が訪れる。そうなればもうまともに立つことすら難しくなるし、当然だがこの回転連撃も使えなくなるだろう。一撃一撃が本当に重たく、力が抜ければ御刀を持っていかれそうになる。しかしこちらの握力の限界よりも先に、百柄のバランス感覚の方が崩れる。そう確信するからこそ、可奈美はこの連撃を耐える選択ができたのだ。

 

「可奈美ちゃん……お願い、堪えて!」

 

 

「よく目を回さずにいられますわね……」

 

 

「もっと遅けりゃあ反撃もできるんだがなぁ」

 

 

「流石に攻めが単調じゃないか?」

 

 ──うーん、【風車】じゃ埒が開かないか。だったら次の技に行ってみようかな?

 

 16度の撃ち合いを経て、百柄は回転をピタリと止めて可奈美の正面に向き直る。次が来ることを警戒していた可奈美は突然攻撃が終わったことに多少面食らうも、すぐに意識を切り替えて備える。回らなくなった百柄は明らかに力を溜めており、次の一撃を出させてはいけないと判断した可奈美は前へ飛び出して先手を打った。

 

 しかし、すぐに思い直し後ろに跳び退く。先手必勝のつもりで突貫したが、飛び込んだ先は死路だということを直感で理解させられたのだ。そしてその判断が正解だったことを、百柄の腕が振られることで可奈美はすぐに知ることになる。

 

「七笑流、【明星】だよ」

 

「うっひゃあ……なんて威力……!」

 

 陽剣【七笑】の刀身から弾ける紫色の電光は可奈美の鼻先を掠めて地面に当たり、刃が通った部分の床が消失した。砕けたとか斬れたとかそういう次元ではなく、焼け消えた。

 

 もしも御刀で受けていたらどうなっていたのかを想像し、可奈美はその恐ろしさに身震いする。御刀はかなり無茶な扱いをしても折れたりしない頑丈なものであるが、あれを受けていたら折れるを越えて消滅していたかもしれない。そうなれば、勿論御刀の先で守られていた自分も一緒に……

 

 ──でも、縮こまってちゃ勝てない!凄い威力の技だけど、撃たせなければ威力は0なんだから!

 

 何度か技を出されたことで、可奈美は百柄の大技はかなりの溜めか【練気】が必要になるということを理解した。【練気】はただの呼吸なので阻止するのは難しいが、溜めなら脱力を最後までさせる前にこちらから飛び込めば妨害できる。そうすれば百柄が出せるのは、溜めをあまり必要としない【一閃】【草薙】や【紫電】のみになる。受けることができる技なら、勝機を作れる。

 

「……御刀であんなことができるんですのね」

 

「彼女は僕らみたいな普通の刀使と違って、伍箇伝以外のところで戦法を学んでいるからな。地方に隠された特殊な御刀の使い方という訳かな?」

 

「流石にあれ程の強化は非効率ですわ。この試合が終わってからでも言っておくべきですわね」

 

「荒魂相手なら必要な火力さ。刀使相手には過剰なことは否定できないけどね」

 

 御刀から溢れた神力が電撃のようにスパークを起こし、それが触れたものを消し去る程の強烈な破壊力を生み出す。ここまでのことをできる刀使は流石の親衛隊でも見たことがなく、その威力の凄まじさと過剰さに恐れと同時に呆れを抱いた。

 

「七笑流──【紫電】!」

 

「こーい!」

 

 

「まぁ、本人も分かってるようですわ」

 

「いろいろ見せている、って感じだね」

 

 

「む……」

 

 単発の火力が高い技を見せたら、今度は絶え間ない連続攻撃。【練気】を使わず少しの息継ぎのみで技を始めたためそこまで長くは続かないが、それでも【風車】と違って狙える箇所が増える分より厄介なことになっている。

 

 可奈美は果敢に前に出て、【紫電】と打ち合うことを選択した。ただでさえ切れ目のない連撃の回避は難しいのに、それが【迅移】と【八幡力】で更に速く重いものとなっている。これをどうにかするなら自分も【八幡力】で身体強化し、真っ向から打ち勝つのが一番だと結論付けたのだ。

 

 首元、胸、足下、頭……人体の急所を狙って放たれる攻撃をギリギリのところで受け止め、百柄の息が切れるまでをどうにか凌いでいく。一つ読み違えればその時点で写シを剥がされるという極限の緊張感の中、可奈美はそんな恐怖など知らないとばかりに無邪気に、楽しそうに笑っていた。

 

 ──本当に、強い……!百柄ちゃんの剣をもっと知りたい……もっと見たい。

 

「ハァ……ッ!」

 

「……どいつもこいつも、しつこいねぇ!」

 

 ──よく見て、聞いて、感じ取って。百柄ちゃんの全てを……全身で味わって!

 

 可奈美は反撃の目処を立てた。【紫電】の連撃は【風車】と違って、狙われる箇所により多くの選択肢が生まれる。だが百柄の癖なのか、彼女が狙ってくる箇所は人体の急所に限定されている。つまりどこを斬ろうとしてくるのかが分かれば、そこにカウンターを合わせに行けるということになる。

 

 ──今までの技には、必ず終わり際の隙を潰す何かがあった。【紫電】のそれはきっと……連撃の終わりで油断する相手に叩き込むための、単発威力の高い一撃!【石切】か【明星】のどちらか!

 

 狙うは技を切り替える瞬間。連続攻撃が終わったと油断する相手を真っ二つにするための強撃、それを逆に狙い撃つのだ。

 

 その時がくるまでじっと堪える。いつか必ず反撃できる瞬間はやってくる。攻め気を心の奥底に押し留め、受けることだけに集中する。そうして何度かの御刀同士の打ち合いがあり──およそ一分の経過の後に、ついにその時はやってきた。

 

「ふぅ……七笑流、【石切】──────ッ」

 

「この時を……待ってたよ!」

 

 息継ぎ、即ち【紫電】を放ち続けるための息が続かなくなったことを示す合図。ここで一度大チャンスに釣られた自分を演出するため、可奈美はわざと前に出る。もう次の技に繋げる体力がないと思ってやってきたお間抜けさんだと、百柄にそう誤認させて大技を出させるために。

 

 案の定、百柄は七笑を上段に構え吸っていた空気を全て吐き出した。脱力、つまり【石切】を放つための予備動作である。ここまできたらもう、百柄は技を出すのを止められない。下段からの斬り上げで左腕を飛ばし、この試合を終わらせる。

 

「やあああぁぁ……ッ!!?」

 

「私も……この時を、待っていたんだよ」

 

 目論見は完全に成功した。可奈美は【石切】が振り下ろされる前に、百柄の利き腕である左腕を斬り飛ばすことで御刀も失わせたはずだった。もう試合は続行不可能、審判から試合終了が宣言されるはずだったのに……

 

 なのに。なのに百柄の御刀陽剣【七笑】は彼女の()()にしっかりと握り締められていた。百柄は可奈美が【石切】へのカウンターを狙っていることに最初から気付いており、その上であえて彼女に狙っていたことをやらせたのだ。

 

 試合を決める気で放った一撃、それで終わるはずだったので次を意識した体勢は取れない。反撃も防御も回避も不可能という、この状況を可奈美自身に作らせるために。

 

「それまで!勝者、平城学館堀川百柄!」

 

 可奈美の頭上を七笑が押し通る。生身なら真っ二つになっていた軌道で斬られた可奈美の写シは完璧に破壊され、可奈美は強制的に霊体から生身の人間に戻された。体勢は同じのままだが、起こったことをまだ頭が受け入れ切れていないのかその場から一歩も動けない。あんぐりと口を開け、ぱちぱちと瞼を開け閉めしていた。

 

 それが、審判が試合終了を告げる決め手となるのだった。




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