互いに技をすぐに出せるよう構えを取る。百柄は【練気】から【石切】を出せる上段の構え、姫和は【迅移】から一気の突きを放つ【一の太刀】の構え。
【迅移】とは、時間の流れの違う世界に己の身を置くことで加速する技。段階を踏んでいくことで速度は上がり、三段階目ともなれば音速すらも超えることが可能となる。段階を踏む程に持続時間が短くなることが欠点。
──お互いに一撃ぶっぱの構えだ。これなら先に当たった方が勝つ……かな?
普通なら段階を踏んで出力を上げていく必要がある【迅移】だが、姫和はそんな制約を無視して一気に出力を上げることができる。地面が砕けヒビ割れる程の踏み込みから放たれる一撃は、人体を銃の弾丸をも超える速度の一本の槍と化す。
──来る。【石切】、叩き込め!
姫和の身体の揺らぎから技が放たれるのを察知した百柄は、【石切】でいつでも迎撃できるように刀を握る腕の力を抜いて待つ。姫和がどんな速さで向かってこようと、それよりも更に速く振り下ろして地面ごと写シを破壊する用意がある。
いつでも来い。そう思って今か今かと姫和の攻撃を待っていたのだが……
「……すまないな、堀川さん」
放たれた姫和の一撃は、百柄ではなく全く別の標的を捉えていた。
決勝戦の観覧に訪れていた今大会主催、折神家当主にして最強の刀使とされる女。折神紫を斬るべくして、姫和の刃は彼女に向けられたのだ。
「え……!?」
「ひ、姫和ちゃん……何で……ッ!?」
「見て、紫様が襲われてるわ!」
「きゃー!」
「ぐうッ……!」
「それが、お前の【一の太刀】か?」
「まだ……まだだっ……ガハッ!」
「【菫の風】……なるほど、そういうことだったんですね。大会の前からあなたの様子がおかしかった理由、ようやく分かりました」
姫和の放った渾身の一撃だが、折神紫はそれを容易く退け回避して見せた。突然の狼藉に観客が驚きのあまりパニックを起こしそうになるが、そんな背景を尻目に姫和は追撃を仕掛けようとする。しかしそれは百柄の【菫の風】によって阻止された。
【菫の風】は毒の風。その中身は効果の大小さまざまなものがあり、今回使ったのは身体中の筋肉を弛緩させ動けなくする神経性の麻痺毒。姫和がこの暴挙に出た理由を問うために、ワザと効力を通常より弱めて口くらいは動くようにしている。
──だから本戦の前に、あなたはあんなことを言ったんですね。決勝戦ではこうするつもりで、相手と戦う気がなかったから……
決勝戦で当たったとして、その時自分は試合をすることができないから途中のことを言った。折神紫が試合を見に来るのは決勝戦のみ、だからそこ以外で当たることができていれば、姫和は百柄と御刀を持った全力状態で再戦できるはずだったのだ。
「十条先輩……あなたがこんなことをした理由なんて知りませんけど、眼中にないものとして扱われるのはやっぱり、気分悪いんですよ」
「堀川……さん……!」
「百柄、よくやってくれたな。今の技が何なのかは後で聞くとして……この暗殺者を連行するぞ」
「お任せしま……す……ッ!?」
動けなくした姫和を親衛隊に引き渡し、後はあちらに任せて取り調べの結果を後日聞けばいい。そう思って真希に任せようと声をかけようとしたその時であった。
──荒魂ッ!?
折神紫の風にたなびいた黒髪の中、そこに荒魂のそれと同じ橙色の光が見えたのは。
「七笑流奥義──────────【武甕雷】」
「百柄ッ……!?お前まで何故だッ!?」
「邪魔をしないでください……コイツは、コイツは生かしてはおけないッ!」
「ぐう……重たい一撃だな。どうやってそんな真似をしているのかは知らんが、貴様の技はまるで荒魂のそれだな」
奥義を当たる寸前で受け止めた折神紫は、自身の御刀である【童子切安綱】と、【大包平】に神力を込めて百柄を押し返しながら彼女を煽る。師匠より授かった技を、憎き荒魂のそれと同じものとして扱われることは、百柄にとっては竜の逆鱗を鷲掴みにした上で舐め回すが如き所業。当然烈火の如く怒り狂い、刃を握る手にも力が入る。
「次同じことを言ってみろ……八つ裂き程度じゃあ済まさんぞ!」
「それは怖い。では……抵抗してみるとしよう」
怒りのパワーが上乗せされて、百柄は紫の二刀が軋み震える音を立てる程に強く力が篭る。しかしあまりに直上的に動き過ぎたことで、紫に付け入る隙を与えてしまった。押し合いをしている中でわざと一歩引くことで百柄を前のめりにさせ、体勢を崩した彼女の無防備な横腹を一刀で斬り裂く。
本来なら致命傷のダメージを負ったことで写シは儚くも砕け散り、百柄の生身の身体が数々の敵の前に曝け出される。それ自体は元々写シなんて使っていなかったので構わないが、最悪なのは奥義をいとも簡単にいなされやられたこと。まるで始めっから百柄がそうすると分かっていたかのように、丁寧で適切な対処だった。
──十条先輩の攻撃もそうだった……まるで未来が見えているかのような判断力!見えててもどうしようもない技ならあるけど、それはこの場で使ってはいけない技だし……どうする!?
「……──【山吹の風】」
「くっ……何て突風!近寄れませんわ……!」
「ごめんなさい、寿々花さん。今邪魔をされる訳にはいかないんです!」
「写シも失い、尚戦うか。だが奥義を簡単に打ち破られた上で……勝てると、思うのか?」
──思わない。というか仮にここでコイツを斬ったとしても……その後がキツい!
写シの再展開はかなり精神的に辛いものがあるため難しいが、ここでこの荒魂を斬るのは妖術も隠さず使っていけばできるかもしれない。しかし普通にやったところでさっきのように対処されるし、そうさせないようにするなら、周りの人間全てを一緒に巻き込んでしまう。
だから選ぶのは、逃げの一手。事情を知っている姫和を連れてこの場から遠ざかる。まずは情報を得なければならない。このままだと自分達はただの反逆者だが、折神紫の裏に潜む荒魂を見てしまった以上はそれに無関心ではいられない。
「【御伽莉花の幻】……」
「させると思うのか!?」
「いいや、やる。折神紫……いや、お前は必ず私が斬る。仕方ないからこの場は撤退するけど……首を洗って待っていろ!」
「いつの間に……もう追えん、か」
オロシ直伝の妖術の一つ、【御伽莉花の幻】は相手を幻覚で翻弄する変則的な技。それ自体に攻撃力はないし、効果中あまり大きく動けば幻覚に紛れる自分を見つけられるため不意打ちにも向かない。しかし今のように攻撃力を必要としない場では、効果は覿面である。
未来予知じみた紫の対応力の秘密はまだよく分かっていないが、目を誤魔化してやればそれも少しはやりにくくなるらしい。次に戦う時に役に立つであろう情報を得て、百柄は【菫の風】で気を失ったままの姫和を連れて屋敷を逃げ去った。
「すぐに追撃班を編成しろ!」
「紫様、お怪我はありませんか!?」
「奴らは絶対に逃がすな!」
「凄いね〜。刀使ってあんなことができるんだ!」
「百柄さん、あなたまでいったい何故……!」
「大丈夫だ、寿々花……捕らえれば、分かる」
「今は……命令を待ちましょう」
「何がどうなってんの!?さっきまで試合してたはずなのに……」
「可奈美ちゃん?大丈夫……?」
「え……あっ、うん……大丈夫だ、よ?」
「それは、大丈夫とは言わないよ……」
折神紫暗殺未遂の一部始終を見届けてしまった者達がそれぞれの立場から動く中、可奈美は自身の御刀である【千鳥】の柄に手を添えたまま震えて動けなくなっていた。様子のおかしい可奈美に舞衣は心配して声をかけるが、彼女は心ここに在らずといった様子で上手く返事の一つもできなかった。
──無理もないか……せっかく楽しみにしてた決勝戦が、こんな形で台無しになったんだもの。
舞衣はそう考えていたが、実のところ可奈美はそれで狼狽えている訳ではない。百柄の眼が折神紫の髪の中に荒魂の姿を見た時、可奈美もまたその姿を見ていたのだ。
──御当主様が襲われた瞬間……姫和ちゃんの時には何もないところから御刀を出してた。百柄ちゃんの時は百柄ちゃんが動く前から御刀を構えて防御の姿勢を取ってた……!
無から御刀を取り出すことも、未来予知のように起こる前の攻撃に対応することも、いずれも普通の人間には到底不可能なこと。つまり折神紫は人間ではない……そういうことに、なってしまう。
でも、それをここで明らかにしたところで何の意味もない。折神家当主への侮辱として逆に自分が糾弾されることになるし、人間が実は荒魂だなんて気が狂ったと思われてしまいだ。
今の自分にできることは情報を集め、折神紫の裏に潜む荒魂に気付いたことを悟られないよう密かにどうにかする手段を探すこと。深呼吸して乱れた心を整え、可奈美は重要参考人として自分達を取り囲んでいた刀剣管理局の職員に向き直った。
「……ご同行願おうか」
「はい」
折神紫は、その様子を遠くから見ていた。彼女と同じ御刀【千鳥】を持っていた、かつての同輩を懐かしむように。そして同じく【小烏丸】を手にした後輩のことも。
──千鳥に小烏丸。まだ幼い二羽の鳥よ……
「千鳥はまだ、羽ばたかんか」
そして、可奈美を嘲るように嗤った。
〜
「……ッ!……ここは?」
「目が醒めましたか、十条先輩。私達は鎌倉市内のどこかの廃ビルに隠れています。事後承諾になって申し訳ないですが、管理局からの追跡を避けるためデバイスの類は別の所は置いていきました」
「堀川さん……何故あなたまで……!あなたは私の邪魔をしていたじゃないか……!」
「見てしまったんですよ、私も。アレを見てしまった以上見て見ぬふりはできませんでした。折神紫の中に潜んでいた荒魂……十条先輩がいきなりの狼藉を働いたのは、アレが原因なのでしょう?」
逃げてからしばらくして、隠れ場所として選んだ廃ビルの中で姫和は目を醒ました。迅移を段階を無視して一気に引き上げる奥義【一の太刀】を使ったのと百柄の【菫の風】の毒もあり、コンディションは最悪と言える状態だったが……
百柄は逃げる時、この廃ビルに入る前にスマホやスペクトラムファインダーといった機器類を、全て手放してきていた。GPSなどから居場所を探られ見つけられるのを恐れてのことだが、スペクトラムファインダーと国からの支給品である百柄のスマホには細工がされているため正解である。
「堀川さん……今からでもあなたは戻れ。私と一緒にいては同じ反逆者として扱われ」
「てますよ。私も折神紫に斬りかかりましたから」
「はあっ!?ちょっと待て、何てことをしているんだお前は!?奴を攻撃するということは、折神家に奴が統括する刀剣類管理局……ひいては日本全国を敵に回すということなんだぞ!」
「そんなことはどうでもいいです。私が刀使になったのはこの世に害をもたらす荒魂を斬るため……刀使を統べる長が荒魂だなんて、見過ごすことも許すこともできませんから」
百柄が斬りかかった理由。それはただ単に折神紫が荒魂だったという訳ではない。御刀を用いて荒魂を斬ることを生業とする刀使を統括する、刀剣類管理局。その長が荒魂にいいように操られている、もしくは荒魂そのものだったということが、百柄にとっては許せなかったのだ。
それではまるで、命懸けの刀使の戦いが全て茶番のようになってしまうではないか。荒魂の下荒魂を斬るだなんて、それを滑稽なことであると言わずに何と言おう。
「知ってること、話してくれませんか。あなたが事に及んだ理由や、折神紫のこと。ここまできた以上は道連れです。どうか私に、あなたが背負った重荷を共に背負わせてください」
「……分かった。好きにしろ」